21話 【追憶】私の罪
葵の回想編になります。
これは、私の罪の話。
私のお母さんはR国の出身で、お父さんは日本人。今は家族3人、日本で仲良く暮らしています。
お母さんのアッシュグレイの髪や瑠璃色の瞳はこの国では珍しく、道行く人々にジロジロ見られるのが煩わしいと言っていました。小さい頃はその意味が分からなかったけれど、小学校に上がるとその意味がよくわかりました。お母さんの髪と目をそのまま受け継いだ私にも、同じ視線が注がれたからです。
いえ、見るのが子供である分、その目には素直さ故の残酷さも混じっていました。それでも私は、自分の見た目が周りの子と違うことはわかっていても、なぜそれを理由に意地悪をされるのかまでは分かりませんでした。
そしてそれは、行く学校が小学校から中学校に変わっても――変わりませんでした。
私はお母さんと同じこの髪と目が大好きです。でも、周りの子はこの髪と目はおかしいと笑います。たまにですけど、引っ張られることもありました。とても、とても悲しかったけれど、それでもお父さんとお母さんを心配させたくなくて、学校には通い続けました。
私が中学2年生の時、塾が長引いて帰りが遅くなったことがあります。その時の私は、自分の髪や目の色が同級生からあまり良く思われていないことはわかっていたけど、他の大人の人たちからどういう目で見られているのかまではわかっていませんでした。
――だからあんなことになったのだと思います。
駅の裏手を歩いていた私は、気付いたら大きなバイクに跨った男の人たちに囲まれていました。その人たちが私を見る目は、これまでに向けられたことのない、面白い玩具を見るような目をしていました。それは私にとって、これまでに感じたことのない恐怖。私は足がすくみ、声を上げることすらできませんでした。
「お嬢ちゃん可愛いね。お兄さんたちと少し遊ばない?」
誰か……助けて。目を瞑り、必死に心の中でそう祈る私の耳に届いたのは――ヒーローの声でした。
「お前らか……俺の天使の安眠を妨害するクソ野郎共は」
「あぁ? 何だテメェ!」
そこにいたのは、金色の綺麗な髪と碧色の瞳をした、とても綺麗な男の子でした。年は私と同じくらいかなぁ。さっきまで恐怖を抱いていたはずの私は、そんな感想を抱いてその男の子を見つめていました。
「今この場で夜は静かにすると誓え。そうすれば、お前らの罪は赦してやる」
「わけわかんねえことを言いやがって……ぶっ殺す!」
周りを囲んでいた男の人たちは、誰かの発したその声に呼応して一斉に男の子へと向かっていきました。私は先ほどまでの恐怖が急に甦り、道路にしゃがみ込み目を閉じることしかできませんでした。
そんな私の耳に入るのは、けたたましくも恐ろしい男の人たちの怒号。それから徐々に短い悲鳴のような声が聞こえるようになり、最後にはうめくような声しか聞こえなくなっていました。そこで私はようやく目を開き周囲に目をやることができ、
「うそ――」
私の視界に映し出されたのは、道路に横たわる沢山の男の人と、その中で1人立つ金髪の男の子の姿でした。顔や服の所々に血のようなものが付いていましたが、月夜に照らされて1人たたずむその姿に、私は思わず見とれてしまいました。
「大丈夫? こんな時間に1人でいると危ないよ?」
男の子は私の傍まで来てくれると、とっても優しそうな笑顔を浮かべ私に手を差し伸べてくれました。その手を取ろうと自分も手を出そうとしましたが、男の子の手に付いていた血を見て、思わず手を引いてしまいました。
そしてその血を見た時、この男の子が横たわっている人たちに何をしたのかが急に頭の中に入ってきて、どうしようもなく怖くなってしまいました。差し伸べられた手から逃げるように後ずさり、目に大粒の涙を浮かべて――私は男の子を恐怖の眼差しで見つめました。
その時の私を見る男の子の顔は今でも忘れられません。
それは人から拒絶された時に浮かべる顔。その顔を見て私はようやく気付きました。私が何度も何度も何度も何度もされてきた拒絶を、今度は自分が目の前の男の子にしてしまったんだということを。それも、ついさっき私を助けてくれた人に対してです。
私は自分がとんでもないことをしたことに気付き、慌てて男の子の手を取ろうとしました。でも、
「あ、ご、ゴメ、なさ、そ、その、私――」
「っ――」
男の子はそのまま闇の中へと走って行ってしまいました。寂しそうな、顔をして。
「私……何てことを……」
それから私は、その日起こった出来事をありのまま両親と学校に説明しました。後日、私を囲んでいた男の人たちは皆お巡りさんのお世話になりましたが、私の一番知りたかった、あの金髪の男の子のことだけは、何もわかりませんでした。
■ □ ■ □ ■
中学校を卒業した私は、地元から少し離れた隣町の高校に通いだしました。アッシュグレイの髪を黒く染め、蒼い瞳も前髪と度の入っていない眼鏡で隠して。そんな私にお母さんは、普段通りに優しく「いってらっしゃい」と言ってくれます。本当は悲しいはずなのに。
見た目を変えた私は入学式で誰からも声をかけられず、とっても安心しました。よかった、この格好をしていればもうイジメられない。そんな安堵に包まれながら教室へ向かっていると、目の前で小さな人だかりができていることに気が付きました。そこからは元気な男の子の声が聞こえてきて――
「だから部活しようぜ総! お前なら何したってスーパーエースだって。甲子園も花園も国立競技場も両国国技館も武道館もどこだって行けるぜ!?」
「いや、後半なんかおかしいの混ざってたぞ。っていうか部活はしないって言ってるだろ伸二。いい加減しつこいぞ」
部活かぁ……私もしてみようかなぁ。そんな思いを抱いていると、人だかりが割れて声の主であろう2人がこちらへ歩いてきました。私は思わず廊下の端によってその人たちが通り過ぎるのを待っていると、そのうちの1人の姿が目に入り――
「そうだ、軽音楽部に行こうぜ。お前のルックスならギター持ってるだけで人気バンド間違いなしだ。ファンの子は俺に紹介しろよ?」
「仕方ねぇな。多国籍でマッチョな野郎なら今すぐダース単位で紹介してやるよ」
「や、やだなぁ総さん……冗談っスよ冗談」
――間違いない。あの顔と髪の色、あの時の男の子だ。まさか一緒の高校だったなんて……。
この時の私は、まさに雷に撃たれたかのような衝撃を感じ、ただただそこに立ち尽くしていました。
それから私は何度も何度もあの時私を助けてくれた男の子――藤堂君にお礼を、ごめんなさいを言おうとしました。でも……どうしても名乗り出る勇気が出ませんでした。
それどころか、あんな酷い仕打ちをした私のことなんてもう思い出したくもないんじゃと考えると、どうしようもなく怖くなり、言い出すことができませんでした。
それから少しして、私の髪と目のことを知っても全然気にしない友達――いえ親友ができました。さらにその親友、翠は、私が本当の自分を偽っていることに罪悪感を感じていることを知ると、仮想世界にダイブする【レーヴ】というVR機を勧めてくれました。このゲーム中なら、私の好きな姿で遊ぶことができると言って。
それからの私は、毎日のように翠と一緒に遊びました。現実の世界でも、仮想世界でも。
そして、高校2年生に上がったばかりのある日、私は自分の中で最も赦せない罪を彼女に告白しました。
「なるほどね~。葵と藤堂君にそんな繋がりが」
「う、うん……でも、私はその時と見た目が全然違うから、多分藤堂君は気付いてないと思う」
それどころか忘れているかもしれない。その方が彼にとってはいい事のようにも感じるけれど、私はそれに少し悲しさも感じていました。
「よし、そうとわかったら助っ人召喚よ! ちょっと待っててね」
そう言うと翠はスマートフォンを片手に、電話口の相手に告げました。
「あ、伸二? ちょっと相談があるから今から来てくれない? え、これからゲームする? 丁度いいわ。じゃあIEOで会いましょう。私もそっちに行くから。え? ふーん、そういうこと言うんだ? 今度のテストは自力で頑張ってね。え? 最初からそう言えばいいのよ、じゃあ【ナハ】の町で待ってるわね」
翠……ちょっと強引すぎる気が。電話の相手って翠の幼馴染の高橋君だよね? もうちょっと柔らかく接してあげてもいいような気がするけどな。
「伸二も快く承諾してくれたわ。じゃ、私たちもこれからインしましょう」
それからすぐに、先日翠と揃って買ったIEOというゲームの世界へ、私と翠は揃ってダイブしました。
■ □ ■ □ ■
「来たわね、伸二。それじゃ、早速作戦会議よ」
「待て。色々と突っ込みたいことは山ほどあるんだが、まず最初にそこの天元突破美少女を紹介しろ」
「え? あぁそっか。こっちの姿じゃ伸二にはわからないか。葵よ葵。私の親友の」
「な、なにいぃぃ!? こ、この超絶美少女があの地味な冬川ぁ!?」
そ、そんなリアクションを取られると怒った方がいいのか照れた方がいいのか困っちゃいます……。
「いいから、話が先に進まないでしょ。まず何から説明した方がいいかしら――」
それから私は高橋君に藤堂君と私の出会いと私の罪の話をしました。高橋君はその話を聞いてる最中、何度か難しい顔をしていましたが、最後に私が藤堂君にお礼とごめんなさいが言いたいことを伝えると、ニッコリと笑って協力を約束してくれました。
「そっかそっか、ようやく俺以外にも総の良さを分かってくれる奴が現れてくれたか」
そう語る高橋君は、本当に嬉しそうな顔をしていました。
「アンタ本当に藤堂君大好きね。いつかそっちの方向にいくんじゃないかってこの前おばさんも心配してたわよ?」
「大きなお世話だ!」
「で、何かいい作戦ない?」
翠強いなぁ……。高橋君、何だかごめんなさい。
「ん~、そうだなぁ……作戦も何もさっさと総に話しかければいいだけじゃねってのは無しなんだよな?」
「それが出来てたら1年もグズグズしてないわよ」
「だよなぁ」
うぅ……ごめんなさい。
「とりあえずは総と接点を持たないと話にもならないか。だが総のプライベートには常人じゃついていくことは不可能だしなぁ」
「う~ん手強いわね、流石藤堂君」
「そう言えば俺がこのゲームしてるって聞いた時の総のリアクションは面白かったな……かつてないほどに羨ましがってたし。そうか、その手が使えるか。うん、いいかも」
高橋君は頭に豆電球のエフェクトを出すと、人差し指を立てて私たちに考え付いたことを教えてくれました。
「総をこのゲームに誘おう。もうすぐ総の誕生日だから、その時にゲームをねだってみろって勧めてみるよ」
「それは良い考えね。ゲームの中だったら他の人の邪魔も少ないだろうし、葵もこの姿のままで藤堂君に会えるしね。どう? 葵」
「う、うん。それなら何とか」
「よーし、そうと決まれば早速行動よ。で、伸二。藤堂君の誕生日っていつ?」
「あと2週間後だよ」
「そう、じゃあそれまでの間に伸二は藤堂君のことをお願いね。私たちは……どうしよっか」
高橋君が藤堂君をこのゲームに誘ってくれるまでの間か……何すればいいのかなぁ。
「そうだ、折角だから俺たちのギルドを作らないか? で、総をそのギルドに誘おうぜ」
「それはナイスアイディアね。じゃあ私と葵はギルドを作るための準備をすればいいわね。どう、葵?」
「う、うん。私もそれがいいと思う」
「じゃあ当分はそれでいこう。俺の方の進展具合はまた報告するぜ」
な、なんだか急に話が進んじゃった……翠、凄い……。
「じゃ、悪いけど俺は落ちるぜ。ちょっと用事があってな」
「はーい、ありがとね」
「あ、あの高橋君。ありがとうございます」
「いいってことよ」
それから私と翠はギルドに必要な資金とポイント集めに奔走しました。あまり戦うのは得意じゃないから、薬草とかを拾って一生懸命お金を貯めました。
そして、藤堂君の誕生日までに、私たちはなんとか自分たちのギルドを作ることができたんです。
そのさらに数日後、私と翠と高橋君は最後の作戦会議をしました。
「あ、やっと来た伸二。遅いじゃない」
「わりぃわりぃ、総がやっとIEOに戻ってきてくれてよ。その手伝いをしてたんだよ」
「そう、でもほんと良かったわ藤堂君が戻ってくる気になってくれて」
藤堂君がIEOを始めたその日に何があったのか私は詳しく知りません。分かっているのは、藤堂君がIEOを始めたその日にこの世界から姿を消して、藤堂君を連れ戻すために高橋君が頑張ってくれたことだけ。
「うん、良かった……高橋君、ありがとう」
「いいよ、俺も総に借りがあったからな。ここは俺が何とかしたかったんだ」
それでもやっぱり……ありがとう。
「じゃあ明日いよいよ作戦決行ね。伸二、明日の動きはもうオッケー?」
「あぁ。まずは俺が教室で総をギルドに勧誘する。だが多分総は断るから、その時は翠と冬川が俺と総の所に来て知り合いになる。その後、IEOの世界で総と何とか合流して、一緒にクエに行く。そんで冬川が総に告ると」
「そうね、概ねオーケーよ」
「こ、こここ告白なんてしません!」
「え、しないの?」
「しません!」
「なーんだ、つまんないの」
そんなこと出来るわけないじゃない……私なんて……。
「じゃ、明日いいタイミングで連絡入れるから来てくれよ」
そう言うと高橋君はログアウトしていきました。私と翠はその後少しだけ話をしてから、眠りにつきました。




