194話 休憩と奇襲が相思相愛なのは間違っているだろうか
『パム~』
地下空洞から身を乗り出し、草原の上を走る風を浴びる。仮想世界でも、かつ着ぐるみを着ていても、地下空洞は埃っぽさを感じるし、草原の風は命の息吹を感じる。VRマジすごくね?
っといかん、そろそろ動かねば。
試合開始から既に2時間が経過した。あと1時間で、昼の休憩のためのログアウト時間となる。実況の話では、10人ほどのプレイヤーがこの仮想世界から消えたらしい。
早々に大乱闘になる最悪の事態は避けられたか。良かった……なるべく多くのポイントを稼がなければならない以上、こんな早いタイミングで消えてもらっては困るからな。
特に、ドル箱のエリア代表チームに何かあったら大変だ。なるべく早めに足取りを掴まないと──
「こいつが早々と噂になってるパンダか。思ったより小柄だな」
静寂を破ったのは、ハスキー気味の男の声だった。
振り向けば、黒のTシャツに青のジーンズ姿の青年が、石造りの遺跡の上に登ってこちらを見下ろしてくる。その右手には剣、左手には銃が握られている。
……完全に後ろを取られるなんて親父以来だぞ。
「油断しないでください、ミケランジェロ。追い詰めすぎて、相打ちにでもされると厄介です」
青年の数歩後ろには、フルプレートの男が盾を構えてこちらを見ている。こいつも気配がしなかった。なんて手練れだ、こいつ──参ったな、囲まれた。
いきなり、周囲に人の気配が複数出現した。地面に隠れていたとかそんな生易しいものではない。闇から生まれた、別の次元から召喚された、と言われた方がしっくりするぐらいに急に現れた。
2人以外は姿を隠しているが、気配からして10人は隠れているな。となると、どこかのエリアを踏破した代表チームと考えるのが筋だろう。ボスモンスターの姿が見えないから、どこの代表チームなのか判断はつかないが……。
「どうします? アレで一気に決めますか?」
ジーパン青年は顎に手を当てる。
「他チームにあの情報を渡したくはないが、こいつは危険だ。確実にここで仕留めたい」
丁寧口調の鎧の男が、僅かに体を屈める。
……来るか。
「了解です。では、いつも通り、ということで」
フルプレート男の右手が挙がるのとほぼ同時に、左右から砲撃の音が響く。
『パッパム!(来い、夏風! 迅雷!)』
前方へ高速で移動した直後、背中に爆風が届く。
前方には男2人が手ぐすね引いて待ち構えているが、後ろに下がれば囲まれてジリ貧になる。それよりも、相手の援護が行われにくい接近戦を常とする方がやりやすい。これが最善手。まずは目の前のジーンズから屠る!
「勇気ある決断です、が!」
『パムッ!?』
ジーンズの後ろにいたはずのフルプレート男の盾が、瞬間的に視界に飛び込む。その衝撃で、キュートな頭は盾にめり込む形で歪む。
今のは──そういうことか!
「──《ディフェンス・シールド》!」
後方にはじき返される。が、色々と謎が解けて頭はクリアだ。三回ほど後ろに回転して着地することで、何とかダメージを最小限に抑える。
「手を緩めるな! 射撃支援!」
フルプレートの後ろで、ジーンズ男が周囲に聞こえる大声で指示を出す。もう少しゆっくりさせて──くれないわな。
左右からだけでなく、後方と真上から降り注ぐ砲弾──魔法も交じってるな──を躱しながら考えをまとめる。
最初にあのジーンズとフルプレートに後ろを取られたときは、親父並みの猛者の出現かと一瞬心が震えたがそれにしては身のこなしは素人。しかし、その後のフルプレートの動きで、謎が解けた。
あれは、瞬間移動。それも、術者が他に隠れていて、そいつが援護しているタイプのやつだ。
だから、あの2人が急に背後に現れたし、他の気配もこんなに近付かれるまで気付けなかった。
「こ、こいつ!?」
「どうして当たらない!?」
う~ん、しかし、これは厄介だぞ。こんなやつらがいたとは完全に想定外だ。こいつらに狙われたら、さすがの伸二たちでもやられてしまうかもしれない。この瞬間移動の使用条件はわからないが、もし使われでもしたら回復である葵さんは真っ先に狙われるだろう。それだけは避けなければ。
「なんでこのパンダこんなに身軽なんだ!?」
便利すぎるな、あの能力。もしかしたら、エリアボスの能力かも。同じエリアボスであるクズノハなら対処できるのかもしれないが……うん、ダメだな。誰かは確実に殺られる。
「おい! 今あいつ確実に空中を跳んだぞ!?」
葵さんが、こいつらに殺され──え?
「クソが! 全員で狙い撃て! こいつはダッシュ力もある! 近接は備えてろ!」
アオイ サン ガ コイツラ ニ コロサレル カモ シレナイ
「ん? なんだ? こいつ急に止まって……い、今がチャンスだ! 一斉に撃てぇええ!」
■ □ ■ □ ■
「明太マヨさん、これは急展開でしたね」
「急展開も急展開マヨ!」
「突如として始まった、無双パンダとヒョウゴ代表チームとの戦い! 会場は今日一番の盛り上がりを見せています!」
「これを待っていたマヨ! もっと盛り上がるマヨ!」
「いやしかし、明太マヨさん。無双パンダの付近に突如として現れたヒョウゴ代表チームですが、あれはいったい何なのでしょうか? 会場では、ワープではないかと言われていますが」
「その通り、ワープマヨ」
「なんと!? 本当にワープだったのですが!? このイノセント・アース・オンライン内ではワープなどの瞬間移動系のアーツや魔法は存在しないと思っていたのですが」
「プレイヤーは使えないマヨ。でも、プレイヤーでなければ使うこともできるマヨ」
「と言いますと。これはもしや」
「マヨ。これは、ヒョウゴのエリアボス《シラサギ》の能力マヨ」
「え~、ここで《シラサギ》についての解説です。ヒョウゴのエリアボス《シラサギ》は二つ名を持っており、その名も《天空の城》。日本城郭で出来ている胴体から翼と首の生えた巨大なシラサギであり、ここの運営らしい非常にユーモラスと悪ふざけに溢れたモンスターです」
「そんなに褒められると照れるマヨ」
「……ッチ」
「今舌打ちしたマヨ!?」
「そんなことありません。それより、先ほどからヒョウゴ代表チームが行っているワープは、このシラサギによるものとのことでしたが、具体的にはどのような能力なのでしょうか?」
「シラサギのあの瞬間移動は、いわゆる異空間収納系の魔法マヨ」
「えっと……もう少しわかりやすく……」
「え~、もう、しょうがないマヨなぁ。天空の城は、気付いている人もいると思うマヨが、兵庫県にある天空の城《竹田城》と、白鷺城とも呼ばれる名城《姫路城》をイメージして作ったモンスターマヨ。空飛ぶ城なんてあったらいいなぁと思って作ったマヨ」
「そ、それでは普通に城が飛ぶだけでも良かったのでは? どうして鳥にしたのでしょうか?」
「おかしなことを言うマヨね。城が飛ぶわけないマヨ」
「……」
「続けるマヨ。それで、シラサギは自分の体内、もとい城内に物や人をため込んでおけるマヨ。そしてそれらを排出するときは、一定範囲内の座標に転移させることができるマヨ」
「そ、それは凄すぎる能力ですね。完全にバランスブレイカーじゃないですか?」
「そうマヨ。これは奇襲に便利すぎるマヨ。だから、あの転移が行われてからの一定時間は、攻撃系のアーツや魔法、武器の使用ができなくなるマヨ。まぁ、それでも数秒の間だから、奇襲に対してすごく便利な点は変わらないマヨ」
「なるほど。先ほど無双パンダ氏に対して行われた奇襲戦法の正体がアレだった、というわけですね」
「マヨ」
「ん? でも待ってください? であれば、ヒョウゴ代表チームは無双パンダ氏の背後から声をかける必要はなかったのでは? 確かに周囲を囲む形で展開できたのは素晴らしいアドバンテージでしょうが、それでも数秒間潜んでいれば最初から攻撃できたのでは?」
「そうマヨね~。あの無双パンダなら、人の気配だけで反応してしまいそうな気がするのは置いておくとして、多分、そこにも明確な理由があるマヨ」
「それは一体どのような?」
「その方がカッコいいからマヨ」
「……なるほど」
次回以降から不定期更新へと変更します。