193話 闘争に快感を感じるのは間違っているだろうか
杖の二刀流使いから放たれた、《アイス・ハンマー》と《アース・バインド》のコンボ。
初手で上への注意を向けさせた直後に、足元への拘束魔法とは……中々に考えられた、いい攻めだ。迅雷で強引に脱出しなかったら直撃だったな。
この着ぐるみに着替えてるせいで、ボディイメージが若干狂う。特に、この顔のデカさがネックだ。視界の切り替えがたまに上手くいかない。今度から上下には要注意だな。
勢い余って突っ込んだ深い茂みに身を潜ませ、戦況を分析する。
金色のムキムキマッチョさんは……直撃か。だがまだ死んでないな。虫の息って感じだから今すぐ狩っておきたいが……ダメだな。あの杖使い、俺が仕掛けるのを待ってやがる。
ん~、しかし、ここで待っていても、あの杖使いにマッチョさんのポイントを持って行かれるだけだし……よし、杖使いから潰そう。
「パムーム、パムパムパム!(リロード【焼夷弾PT-X】)」
「──そこかっ《ライトニング》!」
引き鉄を引いたのと、雷が杖から走ったのは殆ど同時だった。ただ違うところがあるとすれば、俺は引いた時点ですでにその場から移動していて、魔術師はその場に居続けたという点。しかしその差は、致命だ。
「あがっ!? 火!?」
誰もいない草原に雷が走り、魔術師の男の肩口からは火柱が上がる。
やはり火はいいな。自分の体から火が上がれば人は本能的にも驚くし、恐れる。いい感じに隙を作っているし、一気に押していこう。
「パム!」
「は、はやっ──ぺがっ!?」
閃光のパンダさんが放った右ストレートは、奴の左頬を打ち抜く。咄嗟に杖を交差させて防ごうとしたあたり、反応自体は悪くなかったが、やはり魔術師。近接戦に対応できていない。体を屈め、回転してからの、
「パムム(後ろ回し蹴り)!」
「ぼっ!?」
紺色のローブがぶわっと広がり、華奢な体が地面を転がる。
手応えあり。リアルならば肋骨の数本は貰っている一撃。惜しむらくは、パンダの足ゆえに変なクッションがかかり、派手に吹っ飛ばしてしまうことか。
だが逃がしはしない。魔術師としては距離をとれてラッキーぐらいに思えているかもしれないが、ガンナーの俺からしてもこの距離は得意領域。魔法と銃、どっちがミドルレンジの覇者か、ハッキリさせようじゃないか。
「こんの、クソパンダ! 《ロックホーnぼらっ!?」
まぁ、魔法名の詠唱とチャージを要する魔法と、照準を付けて引き金を引くだけの銃。負ける気は全然しない。
「あばっ!? べばっ!? ばばばばばばばばばばばばばばばば!?」
翠さんが言うには、魔術師はソロでの戦いには向かいないって話だったが、この人も例には漏れないか。やっぱ後衛職は、安全領域を如何に作り出せるかにその技量がかかって──む。
「はあっ!」
右手に握る杖の先端から、緑色の光が生まれる。その直後に放たれた弾丸は、彼の顔の正面で、透明の壁にぶつかったかのように潰れている。
魔法障壁!? 無詠唱ってことは、スキル、もしくはその杖の力か。不味い、反撃が来──
「──《エレメンタ・ジャベリン》!」
火を纏った炎槍。流水渦巻く氷槍。暴風吹き荒ぶ風槍。殺意を乗せて放たれたソレは、目視できるギリギリの速度で飛来する──が。
「パム!(双刃ナータ)」
3つの閃光が走る。
それだけで、3つの槍は氷の礫の混ざった爆風へと変わった。
「あ、あり得ん!」
そう言ってくれるな。できるものはできる。
それよりいいのか?
「パム(迅雷)!」
「!?」
現実逃避の言葉を吐く暇があれば、少しでも速く次の手へと移るべきだった。それが彼の失敗であり、
「パム(敗因だ)」
■ □ ■ □ ■
『……圧巻でしたね』
『……マヨ』
『え~、それでは、先ほどのバトルを振り返ってみたいと思います。まずはなんといっても、あのパンダですね』
『マヨ』
『三竦みに割って入ったパンダが最初に狙ったのは、あの中で最も身軽な盗賊職のロック選手。本来は相手の攻撃を躱し、手数で敵を翻弄する盗賊ですが、あのパンダの攻めはその隙を与えませんでした』
『ククリ刀と体術が見事にマッチした技だったマヨ。あの動きは、軽業師やソードダンサーなどが習得する体術系アーツに似ているマヨ』
『あの身のこなしは凄いの一言でした。木こりのムニス選手からの不意打ちにも難なく対処していたところを見ると、その練度も伺えます』
『アサド選手との中距離戦も見応えがあったマヨ。あのレべルで銃を使いこなすプレイヤーは、そうはいないマヨ』
『確かにあの射撃は正確なものでした。そう言えば、アサド選手との距離を一瞬で詰めたあれは、アーツでしょうか、それともアイテムでしょうか』
『ん~あれだけじゃわからないマヨね。アイテムの場合、一定のダッシュ力を得るタイプのアイテムと、装備者の本来の脚力を倍率で強化するタイプのアイテムがあるから、それによっても使い勝手が変わってくるマヨ』
『なるほど。ではズバリ、アサド選手の敗因はどこにあるとお考えですか?』
『ん~、難しいマヨね。本来は魔術師であるアサド選手が距離を詰められたところですと言いたいマヨが……二杖流のアサド選手はアイテムでその辺の不利を補っているタイプだったから、あの形も完全な悪手というわけではないマヨ。強いて言えば、アサド選手に原因があるというよりは、ただ単に相手が悪かったように感じるマヨ』
『そう言えば、アサド選手の《エレメンタ・ジャベリン》を鉈みたいな武器で撃ち落としてましたね。あれはどのようなアーツなんでしょうか?』
『近距離武器による防御手段はいくつかあるマヨが、あんなの作った覚えも承認した覚えもないマヨ。多分、あのパンダの素の能力マヨ』
『なるほど、素の能力ですか……あの魔法、テニスのトッププロのサーブよりも速いって噂で聞いたんですが』
『……別のモニターに変えるマヨ』
■ □ ■ □ ■
派手な戦闘を繰り広げたあの場から立ち去っておよそ30分。草原の下に広がっていた地下空洞を偶然見つけた俺は、空中に映し出される50センチほどの幅のシステムウィンドウに映る映像を、食い入るように見つめていた。
『上手い! タンク選手、盾で後衛のカイフク選手をしっかりとガード! その隙をカリョク選手、逃さない! それにしても偽名が雑だ、このチーム!』
白銀の騎士こと伸二と緑色のローブを纏う占星術師翠さんは、実況を興奮させる連携を見せながら巨大な蛇との戦いを繰り広げていた。しっかし適当なネーミングだな。
『オオサカ代表チーム、運悪く巨大モンスターのブロンズ・バジリスクに遭遇してしまいましたが、抜群のチームワークでこれを捌く!』
今見ている映像は、実況本部の大型モニターで映し出されているものと同じもの。
このバトルロイヤルに出場しているプレイヤーは、基本的には外部の情報を得ることは禁止されているが、1時間のうち10分間だけ、実況本部より放送されている動画だけは視聴を許されている。
その貴重な10分で、俺はちょうど最も動向の気になるチームの映像を拝む幸運に巡り合うことができた。
『いや~、これは見応えがあります! 《お前そっちに行くのかよ!?》チーム、全長10メートルを超える大蛇を、ほとんど完封しています! 明太マヨさん、いかがでしょうか?』
『見事マヨ! タンク選手が前衛で攻撃を引き付け、カイフク選手がタンク選手の傷を癒し、カリョク選手が大火力の魔法を叩き込む。シンプルで安定しているから簡単そうに見えるマヨが、これがやってみると中々上手くいかないマヨ。想定していない初見の敵だと特にマヨ』
『普通にこなす、ということが如何に難しいのかということですね』
うんうん、わかってる人はわかってるな。
『ギルド《風鈴崋山》のメンバーもやるマヨ。アーチャーの蒼破選手、ソードダンサーの炎破選手、付与術師の雷破選手、衛生兵の峰破選手、全員が凄腕といっていいレベルマヨ』
風鈴崋山のメンバーは、伸二たちと違い名前や容姿になんの偽装も施していない。ゲーム内での名を高めたい彼らからすれば、そんなものは必要ないそうだ。
『なるほど、このメンバーならば、少人数でオオサカエリアをクリアしたのも納得ですね』
実況役の人がマヨマヨとうるさい人に話を振るが、マヨな人はすぐには反応せずに表情を歪めながら唸り声をあげる。
『ん~、正直、腑に落ちないマヨ』
『と、いいますと?』
『確かにこの7人は強いマヨ。でも、オオサカエリアのボス《クズノハ》は、それでも厳しいマヨ。このレベルの選手が12人揃って、何十回も挑戦して、ようやくクリアできるかどうか、という難易度マヨ』
『そうですか。では、オオサカエリア代表の皆さんにはまだ何か隠し玉があるのでしょうか?』
『そんな気はするマヨ。でも、どんな隠し玉があればアレを倒せるマヨ?』
マヨ星人がスクリーンを指さす。
そこには、雪のように真っ白な腕を伸ばした麗しい美女の姿があった。
が、次の瞬間──
『おおおおおおおおお!? な、なんだこれはぁあああ!?』
大蛇を飲み込む炎の竜巻。見る者を圧倒するそれは、十数秒間の暴虐の後、煙のように消えた。
あとに残るのは、消し炭となった大蛇だったモノのみ。
『クズノハの魔法で、《ボルケーノ》マヨ。あれに耐えられるのは、中ボスクラス以上の耐久力を持つモンスターだけマヨ』
『こ、これは凄まじい! 凄まじすぎて、とっても近寄りたくない! オオサカエリア代表《お前そっちに行くのかよ!?》チーム、これは強い!』
会場中がどよめきの渦に包まれている。きっと、羨ましいのだろう。なにせ、あんなに強いチームが他にも5つあるのだ。その全てと戦うことができたならば、それはもう至高と表現するほかないだろう。
『さあ、大蛇を倒したオオサカエリア代表チームですが……おっと、これは移動でしょうか。今いるのは第一の島の草原フィールドですが、どうやら別の島への移動を開始するようです』
なに!? どこに行くんだ!? 伸二と他数名はクソどうでもいいが、葵さんの居場所と安全だけは確認しておきたいぞ!
『これは……第三の島、複合テーマパークランドへ向かうようですね。大蛇と交戦したことで、モンスターの多い第一フィールドから、ほとんど生息していない第三フィールドへ移動を決めたようです』
モンスターが多いから……そんな理由であの翠司令が移動を決断するだろうか。移動というのは、部隊にとって最も危険な瞬間でもある。常に状況が変化するし、自分たちの対応がどうしても後手に回ってしまう。まぁ成功すれば得られるメリットも大きいのは事実だが……。
──これは、もう少しこの映像から情報を集めた方が良さそうだ。
『さて、それでは、各島の戦闘がひと段落したところで、これまでの主な出来事をまとめていきたいと思います』
お、ナイスタイミング!
『まずは、あの無双したパンダに焦点を当てていきましょう。既にネット掲示板では、あのパンダを無双パンダと命名し様々な議論が酌み交わされています』
俺は映像をそっと閉じた。
次回は今週の金曜日の12時に投稿予定です。