19話 【驚嘆】俺氏、発情者。違う初乗車
俺は6匹のレッドマングースを片付けると、すぐに伸二たちの援護に駆け付けるべく戻った。だが俺が着いた時には既に敵は1匹しかおらず、その最後の1匹も伸二の剣と盾の連撃によって追い詰められていた。
これは援護の必要はなさそうだな。若草さんの魔法をこの目で見ることが出来なかったのは残念だけど、それはまた後のお楽しみというところか。
そうこう考えていると、最後のレッドマングースが完全に光となって消えた。
「お疲れハイブ。そっちも無事っぽいな」
俺の声に一瞬驚いた顔を見せた伸二だが、すぐにその顔を緩ませ力なさげに口を開く。
「お前の方が早かったか……リアルチートめ……」
「おいおい、それが心配して早く駆けつけた仲間に言うことかよ」
伸二は俺の言葉に苦笑を浮かべるとそれ以上は語らなかった。なんだそのやれやれみたいなリアクション。俺がおかしいのか?
腑に落ちない気持ちを抱えていると、伸二の後ろから淡い水色の和服美少女と、緑のマントを羽織った美少女が小走りでやってきた。
「ソウ君もう終わったの!?」
「お、お怪我はありませんか?」
これはもしかして怪我してたら冬川さんから治療してもらえたとか言う流れか? しまった……少し怪我しておけば良かった。もう1匹モンスターでないかな。今ならどんな遅い奴でも俺に先制攻撃を当てる権利をプレゼントするぞ。
「あぁ、大丈夫だよ。モンスターって言うよりかは獣に近い動きだったからね。手足の長いイノシシと思えば大した脅威じゃ無かったよ」
「それもどうかと思うわよ……」
少し疲れた口調でそう呟く若草さんは、少し伸二と似ていた。あんまり言うと今後伸二と同じリアクションをとられそうだな。気をつけよう。それはそうと……。
俺はさっきから気になっていたものへ視線だけでなく言葉もぶつける。
「ブルーの持ってるそれは笛だよね? それで戦うの?」
「はい。これを吹くと、敵さんが混乱したり離れたり、あと動きが遅くなったりするんです」
なにそれ凄い聞きたい。え、でもちょっと待てよ。
「凄いな。でもそんなことが出来るんならブルーがいるこのパーティって超強いんじゃないのか?」
「そんなこと無いですよ。私の笛は効く敵さんと効かない敵さんがいますし、私が笛を吹くとすぐに敵さんに狙われちゃっていつもあたふたしてます」
「ヘイトってやつか。確か魔法とかはそれを集めやすいんだよな」
これは初日に伸二から教えてもらった話しだ。安全な場所から撃てる魔法や一部の特殊攻撃、それに回復や補助効果のある魔法などは便利な分ヘイトを集めやすい。おまけにそれらを使う職業の多くは防御能力が低いため、安全に行うためにはヘイト管理をしてくれる仲間の存在が不可欠だ。このパーティではタンク役である伸二がそれにもっとも適していると言えるな。
「じゃあその笛も魔法の一種なのか?」
「いえ、私の笛は歌の中に含まれます」
「うた? うたってあの【歌】?」
「はい、多分その歌です。歌の効果は補助魔法や回復魔法に似ているんですが、魔法使いさんが杖とかを触媒に使ったりするのに対して、私たち吟遊詩人は楽器を奏でたり歌を口ずさむことでその効果を発揮するんです」
「なるほどな。じゃあブルーは笛を使って曲を奏でるんだ」
「はい。でもその分ハイブ君には負担をかけちゃって」
後衛が2人に対して前衛がタンク職の伸二1人だからな。まぁそうなるよな。
申し訳なさそうに冬川さんが肩を落とし俯いていると、その肩をそんなの気にするなよと若草さんがバンバンと叩く。え、そこ伸二じゃなくて?
「そんなの気にしちゃ駄目よブルー。ハイブは私たちの盾になれて喜んでるんだから。この間なんて踏みつけてくるモンスター相手にありがとうございますって言ってたわよ」
「言ってねえよ!!」
伸二が若草さんの悪ノリを全力で否定する。ドMなタンク職とか天職だと思うんだが、どうやら伸二はそういう意味で騎士をしているわけではないらしい。だがこのネタは使えるな。今度俺も使おう。
「そこまでは言ってねえけど、リーフの言う通りそんなこと気にすんなよ。それに俺以外に前衛の、それも遊撃の出来る職業の奴が1人加わると、このパーティは化けるぜ。それまでの辛抱だ。ブルーは今のままでいてくれ」
その言葉に冬川さんは「はい」と笑顔で頷く。その様子は大変微笑ましく俺の疲れた心を確実に癒してくれるが、俺はそれよりもその横で何かにピンと来た顔をする若草さんのほうに意識を削がれていた。
すると若草さんは口元に三日月を模ったような笑みを浮かべ、俺を見つめる。それはもう、見事な真っ黒な笑みで。
「そうねー、あと1人、前衛が出来て尚且つ遊撃も出来て、それに加えて中距離も出来るような人が加われば完璧よねー」
若草さんの言葉を受け、伸二も若草さん同様の黒い笑みを浮かべる。あー、そうくるか。
「おいおいリーフ、そんな都合のいい人材が転がってるわけ無いだろ? 前衛が出来て尚且つ遊撃も出来て、それに加えて中距離も出来る鬼のように強いガンナーが。なあブルー?」
テメェ冬川さんに振るなよ。そんなあからさまなパス受けても冬川さん困るだろ。
「そ、そうですね……ソウ君が来てくれたら私とっても嬉しいです」
ドライブシュート決めてきたよ。腹黒司令塔のスルーパスにダイレクトに応えたよこの超純粋ワントップ。純粋なだけに破壊力も抜群だよ。ゴールネットめっちゃ揺れてるよ。
「ま、まぁそこら辺の話しはまた今度しようぜ? それよりも早く駅舎に向かおう」
俺の反応に伸二はあからさまに顔を歪め、若草さんもそれを見て真似をする。まぁそこら辺はあまり気にならないが、冬川さんの明らかに落胆した後に無理して笑顔を作ろうとする仕草は、効くなぁ……。
正直この4人でいるのは思っていた以上に楽しい。若草さんも冬川さんも俺にはもったいないぐらいの友人だ。だがだからこそ、それを壊したくない気持ちが沸き起こる。俺のような奴は、大事なものは隣で眺めるぐらいでちょうどいいのだ。触れてしまうと、きっと壊れてしまうから。
■ □ ■ □ ■
胸に残るもやもやとしたものを振り払うように、俺は目の前にある建物を見て声を上げる。
「これが駅舎かー。何ていうか駅というより牧場みたいだなー。な! 伸二」
「ソウデスネー」
さっきのことを根に持っているのか。それともただ単純に俺のことを寒いやつだと思っているのか。はたまた両方か。どれでも地獄だがこれは俺が自分で進んだ道だ。地獄だろうが荊ロードだろうが進むしかない。
「リーフ、リーフはここに来たことあるのか?」
「……アリマスガ、ソレガナニカ?」
アンタもかい。目の死に方がリアルで伸二より怖ぇよ。駄目だ、最後のオアシスに行こう。
「ぶ、ブルーはどこか行きたい所とか無いのか?」
「いいんです、そんなに気を使わなくて……私にそんな価値は無いんですから」
最後のオアシス干上がってるぅ!? 待って元気出してお願いテンション上げてぇ!
「さて、総で遊ぶのはここまでにして、パイナップル園に行く車に乗ろうぜ」
「そうね。あ、ソウ君今のやり取り録音してるから後でスマホに送ってあげるね」
……こいつら。伸二、後で覚えてろよ。あと若草さんそれ辞めて、マジでへこむやつだからそれ。
「勘弁してくれ……」
「ふふっ、今日はこのぐらいで勘弁してあげるわ。ほらブルーもマジヘコミしてるんじゃないわよ」
え、冬川さんだけマジだったの? それどういう――
俺の思考はそこでフリーズせざるを得なかった。なぜなら、俺の目の前で冬川さんの「たわわ」な「たわわ」が若草さんに後ろから鷲掴みにされ「たわわ」になっているからだ。
何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起こっているのかわからない。
「い、いやあああああ!」
「ヘブシッ!?」
冬川さんの振り向きざまのビンタが若草さんの頬にクリーンヒットする。それはもう盛大に。
「みみみみみ、翠ぃぃぃ!」
思わず本名を口にする冬川さんだが、これは流石に責められない。紅潮する顔が意味するのは恥ずかしさか、それとも怒りか。まぁ両方だろうな。
「ゴメンゴメン、あまりにも軟らかそうだったからつい」
「それは理由になりません!」
「あはは、ゴメンって。機嫌治してよ、私の揉んでいいから」
「も、ももも!? ――知らないっ!」
そのまま冬川さんは受付のある小屋の方へと行ってしまった。俺はあまりのことに暫し呆気にとられていたが、見かねた伸二が若草さんに声をかける。
「おいおいリーフ、あれは流石にやりすぎじゃねえか?」
「いいのよあれくらいで。それよりもソウ君」
なんですか若草さん。冬川さんの代わりに揉むという件でしたら全力で務めあげさせていただきますよ。
「ブルーのことお願いできない? 私じゃ逆効果だろうし」
デスヨネー。
「いや、俺もさっきあまり上手く話せてなかった気がするし、ここは伸二の方が――」
「それでさっきの録音は消去してあげるから」
「行ってくる」
……この人、いつか地獄に落ちるぞ。
たわわ




