187話 やはり俺の相棒はまちがっている。
回天炸裂弾。
対象の内組織をズタズタに破壊する非人道的なこの兵器の特徴は、高コスト高リスク高リターンの三高にある。
まず、シャレにならないくらい高い。素材が希少素材のミスリルを使っているせいだが、大体3発も撃てばそれなりの剣や盾が容易く買える。これまでエリアボスやレイドボス相手にそれなりに稼いできた金が湯水の如く消える様は、見ている者の肝を縮める。
次に、そのリスク。特殊弾丸は銃に対する負荷も尋常ではなく、普通の銃では回天炸裂弾を撃った瞬間にぶっ壊れる。スミスさんの作ってくれたこのリボルバー《シナギ》でなければ、とてもではないが発射、ましてや連射などできはしない。
最後に、高リターン。これだけの高い代償を払っているのだ。威力は、豊富なバリエーションを誇る俺の銃弾コレクションの中でも文句なしの最強。唯一の弱点と言えば、貫通力がやや心許ないところだが、この白狐の装甲は通常弾でも通用する程度。問題はない。
それが口の中ともなれば、尚更。
『お……ば……』
白狐の口から鮮血が吹き出す。
これまでの中で、最も手応えのある反応だ。
間違いない。ここが、この戦いの天王山。
モヒカン・ボンバー、もう少しだ。もう少しで、
「総くん、焦らないで!」
追撃の手を緩めるな、と刀を手にした瞬間、翠さんの声が響く。
翠さんは情に厚い優しい女性だが、それに戦局を見誤るような人でもない。と、いうことは。
『──《虎の衣を借る》』
半透明の膜のようなナニカが、白狐の全身を覆う。
なんだかヤバい気がする。翠さんの忠告もあるし、一旦距離を──
『どこに行く。宴はこれからぞ』
赤く染まった瞳に射抜かれ、心臓が跳ねる。
──ヤバい。
野生の勘とでも言うのだろうか。それに従い後ろへ下がると、真上から巨大な獣の前足が降ってきた。
前髪を掠めたソレは、畳を敷いた床に直撃すると、床の破片と防風を巻き起こした。
「なるほど……そういうことか」
見れば、白狐は変わらず半透明の膜のようなものを纏っている。そしてその両手の動きに呼応して、空中に浮いた巨大な虎の手が得物を狩りに来る、と。
虎の威を借る狐め。衣を借るどころか、手を借りてんじゃねえか。
「……これが奥の手か」
その言葉に、白狐は片眉を上げる。
『まだじゃ。本当に威を借るのは、これからよ──《虎威暗狂》!』
白狐の目の前に、魔法陣のような三角形の紋様が浮かび上がる。中央には漢字の「参」が描かれている。
『──滅』
刹那。それは撃ち出された。
なにが? わからない。
だが、なにかが撃ち出された。
視認できない速度でなにかが撃ち出され、峰破の体の左半分をもっていった。
「──う、そ」
体の半分が消し飛んだ峰破が、その場に倒れこむ。
それを見た蒼破、炎破、雷破が、急ぎ駆け寄るも、
「止せ、お前ら!」
張り裂けそうな伸二の声が響いた直後、雷破の頭が宙を舞った。胴体の方は、胸から首にかけての部分がなくなっている。
「ハイブ!」
翠さんの必死の叫びに、騎士が応える。
「おおよ──《虎牢関》!」
畳を押し上げて出現した土塁が、白狐から翠さん、葵さん、モヒカン・ボンバーを隠すようにそびえ立つ。
これで、あの不可視の攻撃から三人は守ることができる。
なら、残る問題は、
「おい総、あれはやべえぞ! 峰破と雷破が一撃だ! HPもほとんど満タンだった2人をだぞ!」
白狐を挟んで対角に位置する伸二が、必死の形相で叫ぶ。
それほどに、あの攻撃は脅威であり、理不尽だった。
「ああ、だが安心しろ。多分あと一発しか撃てないぞ、アレ。魔法陣の漢数字が、参から壱に変わってる」
「ほ、ホントだ……って、まだあと一発来るってことじゃねえか!? どこが安心できる!?」
「少なくとも、俺かお前のどっちかは生き残れるだろ?」
伸二の目が、ピクンと跳ねるように一瞬大きくなると、次の瞬間には口元に三日月を浮かべる。
「ったく! しょうがねえなぁ、この野郎!」
戦意を高め、大盾を両手で構えながら、伸二が吼えるように檄を飛ばす。
「リーフ、俺と総で前線を維持する! あとは任せたぞ!」
壁の向こうから、葵さんの驚いた声がする。
だが、彼女は、
「任せる!」
その言葉のみを返し、騎士の背中を叩く。
お前ら、もう恋人飛び越して夫婦になれ。熟年カップルになれ。
……ん?
「どうした。そんなところでじっとして。来ないのか?」
不可視の攻撃を振るう白狐。こちらには、それをまともに防ぐ手段はない。戦況は圧倒的に不利。
そんな中、白狐は不敵に笑みを浮かべながらこちらを見つめ、動こうとはしない。
なにかあるのか?
『貴様なら、この奥の手でさえも躱してしまう気がしての。確実に当てられる瞬間を待っているのよ』
「そりゃ買いかぶりだ」
あの不可視の攻撃を確実に躱すのは難しい。発射までの予備動作がなさ過ぎて、なんとなくの雰囲気で動くしかない。あれだと、良くて回避の成功率は30%といったところだろう。
だが、伸二がいるなら、この状況はなんとかできる。
どっちかは死ぬだろうが、な。
「迅雷!」
鬼の脚力で倍増された脚力が、さらに倍増される。
その速度は人間どころか動物の瞬発力を超え、残像と畳の破裂音を残して、本体を白狐の懐──魔法陣の内側──へと運ぶ。
賭けだったが、この魔法陣はすり抜けることが可能か。問題は、あの不可視の攻撃がこの魔法陣のどこからどういう軌道で放たれるかだが、これだけ肉薄すれば、そうは撃てないだろう。空中に浮かぶ、巨大な虎の手も。
「──ふっ」
黒く光るナイフが、白狐の腹部へとめり込む。
こちらの手を止めようと伸びかけていた無防備な腕を掴み、
『ぎぃあ!?』
逆方向へと極める。
今の感触は、靭帯損傷と骨折もいったな。
『触れるな!』
白狐の膝が上がると同時、半透明の虎の爪が地面をすり抜けてきたかのように出現する。
「っと!」
寸前で横に躱し、再び距離を取る。今のような得体のしれない攻撃がある以上、互いのHP残量を考えれば、まだ無理はできない。
互いにHPが残り20%前後とはいえ、向こうはまだまだ攻撃を受け止める余力は残しているからな。今の俺なら、下手すれば掠っただけで死ぬ。まともに食らえば、雑魚モンスターの一撃でも死ねるな。
「──《コ・メテオーラ》!」
「──《螺旋剛弓》!」
翠さんと蒼破のアーツが、白狐に直撃する。が、奴は興味がないと言わんばかりに、こちらへの視線を外ささない。
『貴様さえ消えれば、他の者などどうとでもなる。貴様は、確実にこの切り札で──』
来る──ん?
身構えた瞬間、脇を高速で駆け抜ける、赤い閃光を見た。
「うぉおおおおお──《剣舞・龍牙》!」
赤く灯された双剣が高速で舞い、白狐の体に幾重もの傷を刻む。
『鬱陶しい。貴様から始末してくれようか』
「おお、やれや! そうなったら、俺たちの勝ちは確実だな」
炎破の気合に、伸二も乗る。
「そりゃ正論だ。よし炎破、俺たちはこれから死ぬぞ! 覚悟はいいな!」
「たりめーだろ!」
鬼気とした笑みを浮かべ、伸二と炎破の剣が白狐の体へと刻まれていく。
さすがの白狐もその猛攻は無視できなかったのか、一旦視線を俺から外し、2人の迎撃に手足を動かす。
「ほらほらどうした、お母さんよ! そんなんじゃソウにやられる前に俺たちにやられちまうぜ!」
「炎破、この虎の手と爪は脅威だが、必ず本体の動きと連動している。本体から目を逸らすなよ!」
そうは言いつつも、目の前にはいつ発射されるかわからない大砲が置かれている。その砲身が火を噴けば、峰破や雷破と同じ運命を辿るだろう。そんな緊張感に置かれて、なお、2人は挑発を絶やさない。
自分に向けて最後の一発を撃て。そう顔が、行動が、訴えている。
だが、これだけやれば俺も動けるか。
「おい総! 俺と炎破でヘイトを奪う。ジョーカーはまだ動くな!」
僅かに動いた重心を、元に戻す。
よし、ここはこいつらに賭ける。
『この……邪魔じゃ!』
横一線に薙ぎ払われた手。それに呼応して、巨大な虎の前足が炎破を引き裂く。
「がっ、やば」
炎破の細身が、空中を舞う。そこに、白狐の手が再び伸ばされ、
「《ディフェンス・シールド》ぉおお!」
虎の手で繰り出されるネコパンチを、大盾が正面から受け止める。
だが、
『さらば』
突き貫かれた白い拳は、そのまま虎の手へと伝わり、伸二と炎破を大盾ごと吹っ飛ばす。
……あれ。
ヤバくね、これ。
マジヤバくね。
任せろって言ってた剣と盾が、吹っ飛んでいったんだけど。
ほら、白狐もこっちをめっちゃ見てるじゃん!? あいつ完全に俺への恨み忘れてないよ!? ヘイト全然俺が持ってるよ!? がっしりホールドしちゃってるよ!?
『さて、待たせたな』
アイツらなにやってんだぁああああ!?
状況最悪じゃねえかぁああああああ!!
畜生、ここは勝手に動く方が正解だったパターンか。
まぁいい。もともとあの不可視の攻撃は自力でなんとかするつもりだったんだ。よっしゃ来いや。自力で避けてやんよ。
『──あ』
ぽかんと開いた口から声が漏れ、白狐は俺の後ろへと視線を移す。
なんだ、一体何が──
「って、なにもない──」
『はん』
飼いならされた犬がお手をするかのように、白狐が手を下げる。
刹那、周囲を一瞬で影が覆い──
「のおおおおお!」
双刃ナータ。楕円を描くき端に重量を持つククリ刀を急ぎ召喚し、頭上から迫る巨大な虎の《お手》を受け止める。
「てめぇええ、卑怯だぞ!」
『まさか、本気で引っかかるとは思わなかったぞ』
畜生! なんて悪魔的な頭脳プレーをしやがる! 俺に頭脳プレーはめちゃくちゃ効くからやめろください!
って、ヤバいヤバい、これ、マジで、
「お、も……」
なんて可愛くないお手だ。リアルで親父が虎をペットにするのはアリかななんて言っていたが、絶対にお手は覚えさせないようにしないと。
そうこうしている間も、剣は軋みを上げ、足元の畳は徐々に陥没していく。
まずい、まずい、まずい。これじゃ動けな──
『──終いじゃな』
その声とともに、壱の字が刻まれた魔法陣が光る。
──クソッ!
「《肩代わり》!」
伸二の声がした後、青白いの光が体を包む。それはほんのり暖かく、綿のように優しい。
少し前に伸二が、一定範囲内にいる味方のダメージを自分が肩代わりするスキルを取得したといっていたが……まさか。
「おい、総」
その声の主は、背中越しに声をかけてきた。
「さっきのミスは、これでチャラってことで頼むわ」
その声の主は、腹に大穴をあけている。
「全部お前に押し付けることになって悪いが」
その声の主は、体の殆どが光へと変わっている。
「後は」
そいつは、消えかかった顔をこっちに向け、親指を立てながら、
「頼んだ」
消えた。
「……しん、じ」
次回『やはり俺の感動親子ストーリーはまちがっている。』
投稿は明日の12時を予定しています。