185話 やはり俺の仲間はぶっ飛んでいる。
白狐を映す瞳に浮かんだ涙が、彼女の頬をつたって落ちる。
そこに沁みた、怒りと悲しみの色を、俺は、俺たちは知っている。
その涙に、俺と同じぐらい怒り狂っているこの人もまた──
「どっちにしろ、ここで倒せばこの人は正気に戻るんでしょ! ちょうどイライラも溜まってきたことだし、全力で叩き潰すわよ!」
緑色のマントを翻し、銀尺を前に振りかざす占星術師。その口から出てきた怒りに、残りのメンバーも呼応する。
「やってやっぜ! 待ってろよモヒカン。俺がお前のかーちゃんを正気に戻してやっからな」
「俺たちが、だよ炎破」
「ひとりで燃えてんじゃないわよ。私たちだって燃えてるんだから」
「僕も、さすがにここまでだと、ちょっと燃えるね」
モヒカン・ボンバーの悲しみが、怒りに変換され波及する。あの冷静で温厚な葵さんがあそこまで怒るぐらいだからな。
しかし……。
「……んな目で見んなって。わかってるよ、総」
冑の隙間から、覇気のない目が覗く。
「ここまで来たら、後はやるだけだ。とっくに腹は括ってる」
たとえ覇気が失われようとも、それに代わる使命感が、その手に剣と盾を、銃を取らせる。
そして自然と口は綻び、
「よし、それじゃあ──」
「プランCで!」
「「「──行くか!」」」
翠さんの声を合図に、俺と伸二と炎破の足が一斉に畳を蹴る。
行先は勿論、
『簡単に我が膝元に来れると思うなかれ──《狐火》』
真っ白な掌から、スイカ大の火球が次々に吐き出される。速度は100キロ前後。連射は効くが秒間1発ってとこか。余裕だな。
「《柳》発動!」
「《ディフェンス・シールド》!」
「えっと……避けつつダッシュ発動!」
流れるような動きで飛来物を躱していく双剣士。盾を構えたまま疾駆する騎士。なんか走ってる銃士。
それら三者の歩みは、まったく止まらない。炎破はたまに危ない時もあるみたいだが、そういう時は決まって伸二が間に入るか、炎破の方から後ろに身を潜めている。嫉妬したくなるくらい連携バッチリだな、こいつら。
『ならば──《火雨》!』
天井が急に明るさを増す。ぞわりと走る嫌な予感に従い視線を上にとばすと、そこには無数の火が雨となって降り注ぐ、悪魔の光景が広がっていた。
「げ」
こういう面制圧系の攻撃は苦手だ。回避を主な戦闘手段にしている俺にとって、こういった必中系の攻撃は非常に相性が悪い。他の奴らであれば防御すればいいのだろうが、俺の防御力は紙だ。あんなのの直撃を食らえばHPがだいぶ持っていかれる。
赤鬼になって戦うのも手だが、まだ白狐女のHPは半分ほど残っている。手札はできる限り温存しておきたい。
となるとここは、
「総、炎破、こっちに来い! ──《アイス・シールド》! からの、スキル《シールド・ラージ》発動!」
傘となるように上に掲げられた盾が、蒼白い光を発していく。さらに、間髪入れずに発動されたスキルによって、それはみるみるその面積を横に広げていく。
『むぅ、ほんに煩わしい……』
火の雨を反射するかのように遮断する氷の盾を、白狐女が恨めしそうに見つめる。
にしても、
「さすがハイブ。イケメンな盾だな」
「俺じゃなくて盾が!?」
そんなこと気にするなよ。伸二と言えば盾。盾と言えば伸二。つまり、盾がイケメンならお前もイケメンさ。
ん、待てよ。そうなると、俺は伸二を盾にしてこの攻撃を凌いでいるということになるのか。俺に降り注ぐ攻撃を、伸二が身を挺して防いでくれていることに。
伸二……お前ってやつは。
「ハイブ、お前の犠牲は無駄にしないぜ」
「お前俺と会話する気ねえだろ!?」
そんなことはない。俺は常にお前と話したいと思っているさ。
おっと、
「それより、そろそろ攻撃が止む。迅雷で突っ込むから、援護任せたぞ」
「おまっ……さっさと行っちまえこの野郎!」
テンションの変動の激しい奴だな。まぁいい。行けと言われたし、ここは素直に行っとこう。
氷の盾へと降り注いでは、跳ね返され灯を消していく炎。その勢いが弱まった瞬間を突いて、
「迅雷」
靴型に踏み抜かれた畳が、爆散する。
直後。
『っ!?』
縦線の入った瞳が、下へと動く。真っ白な着物を沿うように下に降りる視線は、やがて腹部へとめり込んだナイフに固定され、驚愕へと変わる。
『貴さm──』
「──からの、回転剣舞!」
ナイフを手放し、回転様に刀を三閃。
白狐の着物が、白から赤へと染まる。
『がっ……』
イケるな、これは。
「こいつも持ってけ──牙突零式!」
どてっぱらに突き刺さった刃と、くの字に折れ曲がった体。一瞬のタメを作ったそれは、その直後、爆発を起こしたかのように後方へと吹き飛んでいった。
ちなみに今のは「きばとつ」と言うのであって、断じて「がとつ」ではない。某人気剣劇アクション漫画の三番隊隊長さんとは、何の関係もない。
そんな誰に対しているのかわからない言い訳の文字が頭の中で通り過ぎた後、伸二と炎破の足音が近付いてくる。
「すげえな、ソウ! なんて連撃だよ。今のアーツの習得条件、俺にも教えてくれよ」
「やめとけ、炎破。アレの習得は、基本的にゲームの世界じゃできねえよ」
「え、それってどういう──」「よーし、追撃だ!」
炎破の追及を巧みに……巧みに躱し、吹っ飛んだ白狐目掛けて走る。
この白狐は、ボスにしては耐久値が低い。HPもそうだが、なによりその防御力が低い。これなら、
「リロード《炸裂弾PT-X》」
こいつとは、さぞ相性がいいことだろう。特殊弾丸と相性の良いリボルバーで撃てば、なお良しだ。倍プッシュだ。
『この……いい加減にし、ヒガッ!?』
起き上がろうとしていた白狐の手首を撃ち抜き、再び畳の感触を味わってもらう。人型の相手は本当に簡単だな。獣だとこうはいかない。そういう意味では、白狐が本性を現したのは失敗と言えるかもしれないな。
目標まであと10メートル。銃をしまい、再び日本刀《夏風》を召喚する。
「ソウ、俺は左だ」
背後から炎破の声が耳へと入る。
「なら俺が右だな」
それに少し遅れる形で、鎧のこすれる音を激しく鳴らしながら、息遣いの粗くなった伸二の声がする。
なら俺は──上!
「迅雷!」
今日何度目になるか。靴型に踏み抜かれた畳が、爆散する。もし畳さんの精がいるならば、「解せぬ」とコメントされただろう。
まだ見ぬ畳の精さんに謝罪の念を送りつつ、白狐へ大上段からの斬撃を振るう。
『二度も!』
安易な攻撃は喰らわない。そう言いたげな表情で、白狐は50センチほどの鉄扇を召喚し、刀の軌道へと割り込ませる。
──────!
耳の奥へと入り込むような甲高い音が、室内に響く。
上空からの、それも俺の本気の斬撃を、こうも難なく止めるか。流石にエリアボスだけのことはある。
『愚か者が。空中では身動きが取れまい!』
鉄扇を持っていないもう一方の掌に、青い炎が浮かぶ。
『火ダルマになるがよい!』
向けられる掌。差し迫る炎。
これが現実世界ならば、間違いなく火ダルマになっただろう。だが、この世界の俺は、空中戦はむしろ得意分野だ。
「疾風!」
空中跳躍のブーツで、空を蹴る。
火炎放射器から吹き出されたかのような業火。それは、さっきまで俺がいた場所を虚しく走る。
こうして上から見ていると、なんとも間抜けな光景だ。
『この──』
さらに上へと跳躍した憎き敵を追わんと、炎を吐き出し終えた手が再び上へと向けられる。
もう一発来ても、ワイヤーガンを使えば躱せるだろうが……いいのか? こっちばかり見てて。
「奥義──《胴離し》!」
「《氷槍突破》!」
横一線に振られた剣が白狐の腹を深く抉り、氷属性を帯びた槍の刺突が右肩を貫く。
『……っ!』
横一文字に結ばれた口が歪む。
だがその瞳はなおも滾る怒りが溢れ、こちらを見続けている。火炎放射器となる掌が、こちらへと向けられたまま。
「……ヘイト管理、ミスった」
これはヤバい。ここはワイヤーガンで一時離脱──
「《影縫いの矢》!」
蒼破のイケボに合わせ、空を切り裂く矢が、白狐の足元に放たれる。
『ぬっ、動けない……行動阻害か!』
相手の動きを封じる行動阻害系の技は、戦闘における最も強力なアーツとして認識されている。その効果は、こういった格上相手の敵に特に有効だ。
その分こういったアーツは、成功率が低かったり、発動条件が厳しかったり、なんらかのペナルティがセットだったりとするし、対人戦では基本的に使用できなかったりするのだが。
「このアーツはボスクラスでも10秒間は拘束できる。今の内に──」
了解だ、蒼破。ありったけの攻撃をぶち込んでやる。回転炸裂弾にするか、紅蓮徹甲弾にするか、それとも極光六連にするか。いや、いっそのこと、赤鬼からの鬼神発動で一気に勝負を──
「逃げるんだぁあああ!」
え、逃げ?
「まさか!?」
そう口にしたときは、すでに遅かった。
案山子のように突っ立ったままの白狐と俺の真上の天井に、巨大な赤い花が咲いている。
なんか見覚えが……あっ! 翠さんの魔法か! 確か名前は……。
「──《アマリリス》!」
そう、アマリリスだ。真上から衛星砲をぶち込む、点にして面を制圧することのできる頭のイカレた攻撃魔法だ。
なるほど。発動から発射までの時間が長いことが難点だったこの攻撃を、蒼破の行動阻害とセットにすることで、最も効果的に活かしたのか。
うんうん、いいプランだ。
──俺ごと吹っ飛ばすのを除けばな。
「ぶるぅああああああああああああああああああ──」
魂の叫び。爆炎に消える。
次回『それでも、母と子が一緒にいるのは間違っていない。』
投稿は明日の12時を予定しています。