181話 やはり俺の対ボス戦はまちがっている。
あとがきでお知らせがあります。
「──っ」
扉を通ってすぐ。床一面を覆う、畳独特の臭いが鼻を衝く。
そして、
「広いな」
城の最上階ということもあって、扉のあった部屋の大きさは一軒家程度しかなかったはずだが、今いるこの中は明らかにサッカー場ぐらいの広さはある。
おそらく、ボス部屋特有の特殊フィールドだからだろう。
天井までは……10メートル。高いな。
壁は……木の板か。破壊不可オブジェかどうか、早めに確かめた方が良さそうだな。
だが問題は──
「いないわね。ボス」
翠さんの声が、プレイヤーとNPCしかいない空間に響く。
「肝心のボスがいない……どうして」
困惑の表情を浮かべる峰破さんから、弱々しい声が漏れる。
その波紋は、葵さん、モヒカン・ボンバーにも伝播する。
「そんな……」
「おかぁ、さん……」
しかし、それ以外のメンバーの目はまだ死んでいない。
「おい総。これ、あのパターンじゃねえか?」
その言い草。伸二、お前も俺と同じ結論に至ったか。だが問題は、想定しているパターンのどれなのか、というところだ。
まず最有力は、ボスが夕飯の買い物に出ていて留守にしているパターンだろう。その場合は、仕掛けられるだけの罠を仕掛けて、帰ってくるボスを待ち伏せる必要がある。機先を制することができる代わりに、長丁場になるから精神力が問われることになるな。
次に候補に挙がるのは、ボスがエステに通っているパターンだな。なにせここにいるのは、噂が本当ならモヒカン・ボンバーの母親。つまり女性だ。女性ならエステに通いたい気持ちが沸き起こっても、なんら不思議ではない。このパターンの場合は、万全のコンディションで帰ってくることになるだろうから、一層の用心が必要になるだろう。
最後に残る候補は、ボスが俺たちのことを新聞の勧誘だと思っているパターンか。この展開で厄介なのは、最悪の場合、居留守を決め込まれてしまうところにあるな。そうなるとこっちの出方にもそれなりの柔軟性が求められるだろう。まずは、野球観戦チケットと洗剤と飲み物、どの辺が好みに合うかの事前調査からだな。
よし──
「あぁ、俺の考えでは」
「あ、変なボケとかいらねえからな?」
テメエ! これまで散々人にツッコミさせておいて!
くそ、まぁいい。
「これまでのパターンでも、ボスが最初に姿を隠していたことはある。奇襲を警戒するべきだろうな」
その意見に真っ先に反応したのは、風鈴崋山のリーダー、蒼破。
「ソウの意見にも一理ある。でも、買い物に出ていて留守にしている可能性も否定できない。その時は待ち伏せが有効だね」
「即否定するわ!」
ちくしょう、なんだこの先を越された感は! てかここでお前がボケるのかよ。
「おい蒼破。それはないだろ」
「え、そうかな、炎破」
炎破よ、ガツンと言ってくれ。
「エステに通って留守にしている可能性の方がずっと高いだろ」
「限りなく低いわ!」
お前らの脳内はお花畑か!? お笑い草の根がびっしり脳に根付いてんぞ。
「蒼破、炎破。ここはふざける場面じゃないって」
「「……雷破」」
真面目な顔で、もっともふざけた変態が2人の前に出る。言っとくが、俺は欠片も信用していないぞ。
「ソウの意見を参考にして、僕が考える答えは──」
「新聞の勧誘とか言わねえだろうな」
「──ソウはエスパーだったのかい?」
ほらねチクショウ!!
期待はしていなかったし、心の準備もしていたけど、それでもチクショウ!
くそ! ことごとく俺のMPが削られていく!
そのやり取りに、ため息を零した翠さんが割って入る。
「そこ、いつまでもふざけてないで、真面目にして」
あれ、おかしいな。その「そこ」に俺の名前も含まれてないかな? 俺、完全に被害者側だと思ってたんだけど……もういいか。
「最後にもう一回確認ね。モヒくんのお母さんは狂化、バーサーカー状態にあるけど、このオオサカ城でHPを削れば正気に戻る可能性がある。まずは体力を25%以下にするわよ」
「おう」
男衆は声で、女衆は真剣な眼差しで応える。
モヒカン・ボンバーは……そうだよな。お前も、男だもんな。
「総くん、ここは石ころコロコロ作戦がいいと思う」
了解だ、翠さん。
「リーフさん。石ころ作戦って?」
蒼破の疑問に翠さんが答える前に、右足は地面を強く蹴り彼らから距離を取っていく。
石ころコロコロ作戦。それは、敵が待ち伏せている危険地帯に向かって、石ころ──囮とも言う──を投げて敵の出方を窺う戦術のこと。我がチームでは、その石ころの役割を「ソウ」というプレイヤーに変更しているが、それはさして問題ではない。
「さて、そろそろかな」
集団から50メートルは離れた辺りで足を止める。室内、それも畳の上を全力疾走するのは滅多にないことだったから、少し楽しくなって距離を取りすぎた感があるな。
「……う~ん」
来ないな。少なくとも、この部屋の中にはいない。瑠璃や親父クラスの隠形のスキルがない限り、それは間違いない。
いや、これはゲームだ。もしかしたら、今はこの部屋に存在していないが、突如としてワープしてきたり存在していたことになる機能が働いたりするのかもしれない。ここは油断せずに、石ころ、もとい囮の役割を果たしていこう。
ここは無難に銃でその辺の床を──
「っ!」
撃ち抜こうと動いた手はピタリと止まり、視線は部屋の奥にある木製の壁へと向かう。
すると、壁の一部がクルリと回転し、奥からは白く、そして神々しい輝きを放つ、巨大な狐が現れた。
「隠し扉……」
オオサカ城というダンジョンの性質を考えれば、むしろ真っ先に浮かんでもよさそうな発想だな。全然考えてなかったよ。
だが、位置は悪くない。後衛に人が固まりすぎてしまったが、相手の出方を探るなら、むしろ単独のほうがやりやすい。
前回、岩山で初めて対峙した時の戦法を取ってくるなら、まずは最初に飛び込んでくるはず。カウンターで初撃を入れて、そこからゼロ距離で張り付いてヘイトを管理──
「……」
いや。一度勝ちかけているといって、油断はできない。あれは薄氷の勝利だった。それに、この部屋は岩山と違って障害物がない。体のデカいアイツの方が有利だ。
それに、あの目……。最初に会ったときは、怒り狂っていてまるで周りが見えていなかったが、今のアイツからは研ぎ澄まされた名刀のような雰囲気すら感じる。
狂化状態にあるとモヒカン・ボンバーからは聞いていたが、その考えに凝り固まらない方がいいかもしれない。
ここは、特殊弾丸で先手を取って、最初からこっちのペースに乗せた方が得策か。
考えをまとめ、リボルバー《イナギ》を手に取る。
時を同じくして、白狐はゆっくりとその全身を壁の奥から出してくる。
「ん、なんだあれ」
背中に白い何かが乗って……ビニール袋か?
真っ白い毛皮の上に重なるように背負われた大きな白い袋。白狐は、それを「よっこらしょ」と言いたくなるようなダルそうな動きで下ろす。
「……来るか」
よくわからないが、警戒が必要だ。くそ、先手、取られたかもしれない。
そう考えていると、ドサリと音を立てて落ちた拍子に、袋の口は開き、中に入っていたものがゴロゴロと飛び出してくる。
「あ、あれは!?」
そこにあったのは、大きな大根、ネギ、ゴボウ、キャベツ、玉ねぎ。そして50%オフのシールの貼られた豚肉入りのパック。
大きく空気を吸い込み、同じ量だけ吐き出す。それを三回繰り返すと、脳ミソからは、さきほどまでの緊張が奇麗に排出され、
「買い物行ってんじゃねえかぁああああああ!」
次回以降の更新は活動報告でお知らせいたします。
リアルチートオンライン二巻の発売が、7月21日に決まりました。
活動報告の方で表紙や書籍オリジナルストーリーにも触れています。
よければ覗いてみてください(*´ω`*)