18話 【奮闘】俺氏、出番なし
伸二視点です。
総が右側から迫るレッドマングース6匹を相手している間に、俺と翠、冬川の3人は左から迫る4匹のレッドマングースを迎え撃つことにした。
4匹のレッドマングースが俺たち3人にそれぞれバラバラに突っ込んでくる。それをそのまま迎え撃てば、接近戦の得意な俺以外はあまりいいことにはならないだろう。
ま、させねえけどな。
「――ハイ注目!」
決して注目を浴びたい一心で叫んだわけではない。まぁこれで世の中の美女の注目が集まるのなら、喉が張り裂けるまで叫ぶが。
俺の声がフィールドに響くと、奴らの挙動は急に俺だけしか見えていない様なものへと変化した。俺が発動したスキル【ハイ注目!(Lv1)】は、半径10メートル圏内の敵のヘイトを一挙に自分へ集めることのできる、所謂ヘイト操作系スキルだ。
これを使用された敵は、俺のことをまるで親の仇の如く付け狙う。リキャスト時間が180秒もあるため1度の戦闘で使える回数はそう多くないが、使いどころ次第で戦局を変える優秀なスキルだ。
スキル範囲にいたレッドマングース4匹は、その全てが狙いを俺へと変えると一斉に襲い掛かってきた。
「来たな。ディフェンスシールド!」
相手の攻撃を盾で防ぐ防御専用アーツ【ディフェンスシールド(Lv2)】。レベルが上昇するごとに連続防御回数は上昇するが、今のレベルでは3回が限界だ。それでは眼前に迫りくる4匹の突進は防ぎきれない。そんなことは百も承知で、俺はこのアーツを選択した。
「ぐっ」
盾を構える腕に鈍い衝撃がのしかかる。そのまま構えていただけならば盾ごと押し倒されていたであろう強力な突進だ。だが今の俺の盾操作能力はアーツのお陰で熟練者の域に達している。真っ正面から受けるのではなく、力が外へ逃げるように敵をいなす様に盾を構え、その勢いを利用して彼方の方向へ弾き飛ばす。
「――1っ!」
第一波を凌いでも敵は次々に波状攻撃を仕掛けてくる。俺はすぐに意識を次に迫ってくる敵へ切り替えると、並走して向かってくる2匹のレッドマングースを迎え撃つべく盾を構えなおす。
森林フィールドと違い、草原フィールドの敵は陣形や連携を組むと言った能力が比較的乏しい傾向にある。だが同じ対象に突っ込む以上、偶然はある。
結果としてだが、俺に降りかかる攻撃は第一波を餌に僅かな隙を生み出し、その隙を2匹同時に突く形となった。
全くの偶然だろうが、まぁヘイトスキルを使った以上はこうなることも覚悟はしている。これがゼロ距離だったらやばかっただろうが、幸いなことに第一波と第二波の間には若干の距離があった。なら俺が動けば、この不利な位置関係は忽ち変化する。
俺は左に大きくステップを踏むと、追撃してくる敵に盾を構える。位置を横にずらしたおかげで俺の視線の先にいるのは、無様な突進を仕掛けてくるレッドマングースの1匹だけとなった。もう1匹はその少し後ろを追従している。
「俺の位置をずらせば同時攻撃は防げるからな。これで――2ぃ!」
盾職において防御力は言うまでもなく重要な能力だが、敵に対する位置取りもまた同じぐらい重要な能力だ。場合によってはこの位置取りが命運を分けると言っても過言じゃないだろう。そういう意味では、俺はこの盾職ってのが苦手じゃない。
「これで3ぁんんっとわぁ!?」
くそっ、3匹目の突進が最初のよりも間隔が短かったから完全には勢いを殺せなかった。ちょっと後方に吹き飛ばされてしまった。
4匹目は……やっぱくるよな。まぁ来るように仕向けたのは俺だしな。
俺のアーツが発動し終わった決定的な隙を、4匹目は逃さなかった。最後尾にいたレッドマングースは、俺の頭上に発達した爪を振り上げ、そして――
「くっ、ブレードアタック!」
降りかかる爪に鋭い剣筋をぶつけ何とか押しとどめる。だがとっさに出した攻撃はレッドマングースの爪撃を食い止めるのが精一杯で、反撃にでるまでには至ってない。
俺が剣と爪で押し合いをしている間に、盾で弾き飛ばされたレッドマングースが取り囲むように集まってきている。このままだとタコ殴りにされるな。
――このままなら、な。
「ハイブ、行くわよ――風車!」
いかにも魔法使いの好みそうな木製の杖を頭上に振り上げると、リーフのとっておきの魔法が俺の周囲に発動する。俺を中心に2本の風の刃が伸び、そのまま高速回転――ヘリのプロペラのような軌道を描き、周囲を囲む敵をまとめて切り刻んだ。
その威力はすさまじく、1匹が光の粒子となり、残り3匹のHPも半分以上が削られていた。
「相変わらずのバ火力だな。だが助かったぜ」
「どういたしまして! でも次の魔法まで時間がかかるわ。援護は期待しないでね」
「わかった、後は任せろ!」
IEOにはHPはあるがMPという概念は存在しない。その代わり、魔法には放つまでのチャージ時間や、放った後一定時間それが使えなくなるリキャスト時間、一部には回数制限なんかも存在する。
一般的に威力の低い魔法はチャージまでにかかる時間もその後のリキャスト時間も短く、高威力の魔法ほどその対極に位置する。威力が高ければいいってもんでもない。要は使い分けだ。
【風車】は序盤に習得する魔法の中ではかなり高威力の魔法だが、その分チャージもリキャスト時間も他の魔法より長く、とにかく使い勝手が悪い。翠にはもうちょっと使い勝手のいい魔法を覚えてもらわないとな。
とは言えあとは残り3匹。ここは一気に決めよう。
「もういっちょいくぜ、ブレードアタック!」
最も近い位置にいる敵に熟練した剣筋を2本重ねる――が。
「げっ!? マジか」
HPゲージが残り半分を切っていたから油断したのか。それとも焦りか。精彩を欠いた俺の攻撃は、僅かにそのHPを削り損ねていた。
しまった、こんな大事なポイントでこんな失態を――
「するわけにいくかああ!」
目の前の敵に、力の限り剣を振り抜く。アーツを使っている時に比べれば酷く鈍い剣閃だ。破れかぶれとも言えるだろう。
だが、その破れかぶれがギリギリのラインで届いた。脳裏に浮かんだのは、親友の姿。
「せ、セーフ……総の真似は心臓に悪いな。だがこれで、後2匹!」
剣と盾を持つ手に力を入れ、残りの2匹の襲撃に供える。が、俺は眼前の光景に肩透かしを食らう。レッドマングースは俺を完全に無視し、魔法を放った翠へとその足を向け駆けだしていた。
「ま、そう来るよな」
当然と言えば当然だ。スキル【ハイ注目!(Lv1)】により一旦は俺に全てのヘイトが向いていたが、今モンスターのヘイトは高威力の魔法を放った翠に向いている。そしてこういう戦法をとればこうなることが分かっている俺たちは、当然その対策も打ってる。
「ブルー、行ったぞ!」
「はい!」
俺の声に、これまでずっと準備していたブルーが緊張した面持ちで応える。その手には、武器ではなく楽器――横笛が握られていた。
「――幻惑の奏」
殺伐とした戦場に場違いともとれる笛の音が響き渡る。その音は俺たちの耳には実に見事な音として届いていたが、敵にとっては耳の奥で虫が這いずり回るような急激な不快感を与えるものだ。心の底から冬川が味方でよかったと思う。
「GYAOOOOOOO!?」
見た目へのダメージは全くないが、2匹のレッドマングースは冬川の笛の音に集中を完全に乱され半狂乱に陥っている。流石PvPにおける最強の嫌がらせ職。絶対に敵に回したくない。
俺は笛の音を明らかに嫌い冬川と翠から距離をとった敵の背後に駆け寄り、
「――アタックシールド!」
盾での殴撃を、レッドマングースの背後からぶちかます。既に翠の魔法により甚大なダメージを受けていたレッドマングースは、さしたる抵抗も出来ずに光へと変わった。
「これであと1匹だ!」
複数では脅威であるレッドマングースだが、単体ではそこまでの脅威にはなりえない。最後に残った1匹も、リキャスト時間から解放された俺の剣による連撃に沈み、この戦いは幕を閉じた。