178話 やはり一度立ったフラグの回収はまちがっていない。
モヒカン・ボンバーの母親と遭遇した翌日のこと。
彼を取り巻く事態は、大きく加速する。
『オオサカに巨大な白い狐が現れる~ボスか!?~』
情報サイトの至るところで、こういったスレッドが建てられた。
多くが錯綜した情報の中にあり、信憑性の乏しいものも多く見られたが、どの情報サイトにも共通して見られた点がひとつ存在する。
それは、オオサカ城に白狐が現れたこと。
これは動画としても上げられていたから、ほぼ間違いない情報だと言える。
中にはそれに加えて、天守閣へと登っていった。もの〇け姫が背中に乗っていた。赤いモビルスーツと闘っていた。着物を羽織った美人になったなどの情報も上がっているが、さすがにこの辺の真偽は不明である。
だがその雑多な情報の中に、極一部の者には無視できない情報もあった。
大岩山の山頂にあった封印石を壊したら、巨大な白狐が出てきた。
この情報は、無視できない。あの状況を知る者にとっては。
あの白狐に追われていたプレイヤーの発信した情報だとすれば、色々と納得もいく。
俺たちよりが山頂に着くよりかも早くに、あの冒険者パーティは山頂に辿り着き、最後の封印石を破壊した。それによりあの白狐は解放され、その後に俺たちと遭遇した。
それが、あの場で白狐と遭うことになった、事の顛末だ。
俺と伸二の2人と一戦交えた後の白狐の動向に関しては、わからないことも多いが、オオサカ城にいるというのなら、話は早い。
目的地は決まった。あとは、天守閣まで突っ走るのみ。
そんな思いを胸に、COLORSのギルドハウスに集うのは、いつものメンバーと、風鈴崋山の4人と、モヒカン・ボンバー。
「というわけで、今からオオサカ城のダンジョンに向かうわよ。幸い、サカイの町からそんなに離れてるわけじゃないし、ダンジョン前にアクセスポイントもあるみたいだから、運が良ければ今日と明日でクリアできるかも」
ソファから立ち上がり、翠さんは拳を固く握る。
瞳を潤ませ母親に会いたいと訴える子供の願いを、この女性が無下にできるはずがない。勿論、もう1人も。
「必要なアイテムは購入してあるから、いつでもダンジョンに入れるよ」
滅多に見せることのない、固い決意の瞳。葵さんがこの目をするのは、大抵が、誰かの幸せのためだ。
この目を、曇らせてはいけない。この目を守るのが──俺の役目だ。
「COLORSさんはやる気満々だな。気合入れていくぞ。炎破、雷破、峰破」
「だな。ま、『火』を背負うものとして、燃える心の温度なら負けねえけどな」
「炎破は本当に厨二だねぇ。けど、こういう時ぐらいは、自分に素直になるのもいいかもね」
「そうね。モヒくんのためだし、ここはいっちょやってやりますか。これが終わったら、ソウさんとハイブさんの同人誌を書いていいって許可も貰ったことだし」
「「してねえよ!」」
ダメだ。峰破さんの腐った脳が回転すると、突発性ツッコミ症候群に羅患してしまう。伸二ですら発症してしまう、恐ろしい病だ。
「あー、ソウ、ハイブ。峰破は冬コミで1000部を売り上げる大手サークルの人気絵師だから、止めるならマジで止めといた方が良いぞ」
うおおおおいマジか!? マジで止めてくれよ!? ホントに頼むぞ!?
「あら炎破。そんなにアンタら信号機コンビの同人を出してほしいの?」
青と赤と黄で、信号機コンビ……中々に上手い。やるな、峰破さん。よし、信号機の同人ってことで今回は手を打ってくれ。
「だからやめろって! お前が描くとマジでシャレにならん!」
しかし……この4人。本当に濃い。ていうか峰破さんスペック高いな。
「ほらほら、そんな話してると、モヒくんに呆れられちゃうわよ。早く行きましょ」
パンパンと手を叩き、我らがリーダー翠さんは、癖の強いメンバーの口々を閉じさせる。
羊飼いみたいだな。
■ □ ■ □ ■
「まさか、お昼過ぎに着くなんて思わなかったわね」
巨大ダンジョン|《オオサカ城》の手前で、腰に手を当てた翠さんが感心交じりの言葉を漏らす。
「ダンジョン前にこんな小っさな町があって、しかも駅舎で繋がってるのは意外だったな。あるとは思っていなかったから、完全にノーマークだった」
「ハイブはこういうの詳しい方かなって思ってたけど、抜ける時もあるんだね」
「うちはこういうのはリーフに任せることが多くてな。蒼破は自分で調べるのか?」
「うちは全員かな。でも、炎破は勢いで決めちゃうし、雷破は楽そうな道を選ぶし、峰破はトラブルの起きそうな方を絶対に選ぶから、まとめるのが大変なんだけどな」
「それもある意味凄いな。どうやって行先とか決めてたんだ?」
「ジャンケンだよ。ただ、これが割と攻略ルートに当たることも多いから、案外悪くないんだ」
神隠しの森の深い場所まで進んでこれた実力もだが、運も持ってるのか。なんだか、ラノベの主人公チームみたいな奴らだな。
「しかし……」
一歩、二歩。前に進んだ蒼破は、眼前に広がる人の海を前に、ため息を落とす。
「いくら何でも多すぎだろ、これは」
冒険者風の格好をした人で、ダンジョン前の入り口はごった返していた。
中にはこれを商機とみなしたのか、簡素な露店のようなものを作って商売をしている人までいる。
ちょっとした祭りのような雰囲気を感じるな。
「巨大な白狐が出たって情報は、攻略を意識しているプレイヤーならもう耳にしてるだろうからな。ただでさえボスがいると思われていたダンジョンに、遂にそれらしい影が現れたとなれば、そりゃこうなるわな」
蒼破の肩に、炎破の手が勢いよく乗る。慰めているのか、攻撃しているのか、判断に困るような肩ポンだ。
「だが、この全員とダンジョンで一緒になるわけじゃねえし、気楽にいこうぜ」
え、それってどういうことなんだ?
「え、それってどういうことなんですか?」
奇跡だ。俺の思いと葵さんの思いが、綺麗に重なった。今俺たちは、シンクロ率100%という名の絆で繋がっている。
「あー、なんて言えばいいのかな……雷破!」
「ハイハイ。また僕が説明するのね……えっと、オオサカ城は、ダンジョン内のプレイヤーの数が一定を超えると、フィールドを新しく作り直すと言われているんだ。検証組の話だと、その数は500~1000人ぐらいって言われているらしいんだけど、こういった混雑を避けるための処置は人気ダンジョンには結構施されているから、珍しいことではないよね。だから、広大なダンジョンを囲んでいるこの塀の向こうは、今僕らが見ているところとは別空間になるってことなんだよ」
……雷破がいきなり宇宙語を喋り出した。だが俺にわからないということは、シンクロ率100%で繋がっている葵さんもわからな──
「そうなんですね。よくわかりました。ありがとうございます、雷破さん」
悪夢だ。俺の思いと葵さんの思いが、綺麗に別たれた。今俺たちは、シンクロ率0%という名の深い谷を挟んで向かい合っている。
人知れず肩を落としていると、聞き慣れた足音が近付いてきて、隣で止まる。
「あとで教えてやるから、気を落とすなって」
伸二の声が、開いた傷の隙間に沁みる。
ありがとう。マジで。
「ねぇ……リーフねえちゃん」
緑色のローブの袖に、小さな子供の手がかかる。
彼女はそれを優しく握ると、ストンと腰を落とす。
「ん、どうしたの? モヒくん」
将来はいい保育士になれる。そんな確信が即座に出てくるほどの笑みで、翠さんは丁寧に声をかける。
「その……ボク、ね」
最初は無理に使っていた言葉使いが、段々と素に戻ってきているのは、彼の警戒心が徐々に薄れていっているからだろうか。
「ボクも……戦う」
強い言葉だ。強い言葉だが、それを発した口は小刻みに震え、目と眉は山の斜面のように垂れ下がっている。
「無理しなくてもいいのよ? 私たち、強いから。特にこの人」
うん、翠さん。どうせ褒めてくれるなら、言葉だけじゃなく表情も連動させてくれ。その顔は『余計なこともする問題児だけどな』と訴えているぞ。よすんだ。その表情は、俺に効く。
「うん……ソウ兄がヤバいのは、なんとなく、わかる」
そこはせめて『強い』と言ってくれ。
「でも……ボクも……」
母親を助ける力になりたい。言葉には詰まっていても、その想いは力強く握られる拳から──いや、全身から溢れ出ていた。
小さくても、こいつも男ってことか。なら、
「モヒカン。持ってる得物と、得意分野を教えろ」
「ちょっと、総くん!?」
彼の願いを肯定する姿勢の俺に、翠さんは戸惑いと驚きの声を上げる。
「大丈夫だよ、リーフ。こいつは強い。それに、もしもの時も、俺が必ず守る」
モヒカン・ボンバーの護るべき優先順位を、葵さんの次の第二位に押し上げる。ちなみに最下位は伸二だ。
「こういうのは、どっちかと言うとブルーの担当だと思ってたけど、まさか総くんに言われるとはね」
「まぁ、たまにはね」
モヒカン・ボンバーの願いは、俺と伸二にとっては、ちょっと特別な意味もあるからな。
「よくわかんないけど、まぁいっか」
軽い溜息を零しつつ、彼女は襟周りを軽く整え、
「それじゃ、行きますか!」
話はそれくらいに切り上げてそろそろ行くぞ。そんな意味を孕んだかのような強めの口調で、翠さんが銀の杖を前に掲げる。
その杖の先にある門を、モヒカン・ボンバーだけは、意味深な眼差しで見つめていた。
次回『やはり俺たちの攻略は強行突破である。』
更新は木曜日の予定です。