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リアルチートオンライン  作者: すてふ
7章 キンキ戦争編(前編)
177/202

177話 やはりこのエリアの攻略はまちがっている。

 月の光が、今日はやけに眩しく感じる。


 頬を撫でる風は、数時間前の荒々しかったものとは打って変わって、そっけなさすらある。


「いや~、参ったな、ありゃ」


 ブランコの鎖を両手で掴み、仰け反って星の輝く夜空を仰ぎ見る騎士は、ため息交じりに愚痴を零す。


「もしかしたら勝てるかもって思ってたが、まさかあの結末はねえよな。あんなの、どうしようもねえだろ」


 今度は肺を膨らませた後に、特大のため息を零す。受験に疲れた高校生の顔になってないか。


「あれ、どうする? 伝えるか?」


 誰に、なにを。など聞く必要はない。それぐらいは、俺だってわかっている。わかっているからこそ、こんなにも悩んでいるんだ。


 鎖を垂らすハンガー部分に立って、夜の風を全身に浴びながら、頭の中で何度も自問自答した答えを口にする。


「いや……判断がつかない。とりあえずは、ここだけの話にしておこう」


 それが正しいことなのかわからない以上は、凡人である俺にできるのは一先ず保留して、その時が来れば、一生懸命、頑張ることぐらいだ。


「そうすっか……。なぁ、総」


「ん?」


「この攻略……他のギルドに譲るってのは、どうだ?」


 ホットケーキの上に乗ったバターにたっぷりの蜂蜜をかけるような魅力的な提案に、一瞬心が揺らぐ。


 それができればどんなに楽か。


 しかし、なぁ。


「乗りかかった船、だろ」


「だよなぁ」


 本気で言っているわけではない故の即答。鎖の軋む音が強くなる。


「良かった点と言えば、モヒが敵じゃないってわかったことぐらいか。よかったな、手を下さずに済んで」


「だな」


 もしモヒカン・ボンバーが敵側だった場合。


 あの日にギルドで伸二に言われたことの答えは「俺が殺す」というシンプルなもの。しかし、それ以外の可能性が僅かでも残っている内は、ギリギリまで守る。


 そう決めて口にした言葉だったが、モヒカン・ボンバーが敵でなくて良かった。


 いや……もしかしたら、敵だったほうが、楽だったのかもしれないな。


 冷たい風が背筋を這う。すると、


「ハイブ。来たっぽいぞ」


 風に乗って聞こえる足音が3つ。


 パタパタと間隔短く地面を叩く音。


 それよりは少し間隔を広げて、草履のような柔らかい履物で走る音と、ブーツのような硬めの履物で走る音。


 それらをより近くに感じると、振り返る前に、天使の声が夜の公園に響いた。


「総くん!」


 公園の入り口で、肩で息をした葵さんが潤んだ瞳でこっちを見ている。


 なんと声をかけたものか。ブランコのハンガー部分から降り、少し俯き気味に口を開く。


「えっと、その……ただいま」


「──っ!」


 必死に足を交差させながら、葵さんがゆっくりと近付いてくる。遅い、あまりにも遅い足だ。この速さでは、自力でモンスターから逃げるなんて不可能だろう。


 なんとしても彼女を守らなくてはという決意が湧き、同時に、今回は守れた、という安堵も生まれる。


「そ、く!」


 さて、まずは何と言うべきか。いや、何を言われるべきかを考える方が先か。勝手なことをしたことを怒っているかもしれない。心配させたことを怒っているのかもしれない。どちらにしろ怒っているだろうが、それをどう謝るかが重要なポイントだな。


 ん、にしても、葵さんの足に減速の意思が感じられないな。いくら遅いと言っても、さすがに高校二年生の足だ。それだと止まるのがギリギリになって──いや、これ止まる気ないな。


「総くん!」


 一瞬、ドロップキックが飛んでくるんじゃとも思える勢いで突っ込んできた彼女は、その柔らかな体を、真っ直ぐに俺の胸に預けてきた。


「……」


 少し前だったら、頭が完全に混乱し、わけのわからないことを口走っていただろう。しかし、もう昔の総一郎さんではない。ここは、彼氏の包容力を言うものを見せつけてやるぜ。


「そろそろ選挙について考える年になってきたな。やっぱり争点は福祉と医療かな」


「……ねぇハイブ。なに言ってんの、このポンコツ」


「言うな、リーフ。泣きたくなってくる」


 奇遇だな、伸二。俺も泣きたくなったところだ。


 しかし胸の中で縮こまっている彼女は、そんな言葉は──幸運にも──耳に入らなかったようで、震える手でギュッと胸の服を掴む。


「心配したんだよ!」


「うん……」


「すっごくすっごく、心配したんだよ!」


「うん……」


「ゲームだけど、ゲームだけど……総くんがいなくなっちゃうのは、嫌なんだから……」


 これは……この世界においても、おいそれと死ぬわけにはいかなくなったな。


「い、痛いところはない?」


「大丈夫だよ、これゲームだし」


 これは、リアルに作られ過ぎているこの世界の弊害とも言えるかもしれないな。


 情の深い彼女には、とくに堪えるみたいだ。


「なんともないよ。それより、さ」


「?」


 外に向け、それに釣られるように彼女の首が外を向くと、真っ白な顔は見る見るうちに紅潮していき、


「ブルー。あんた、最近大胆ね」


「総。これ、録画しようか?」


 翠さん、あんまり煽らないでやってくれ。葵さんが茹でだこになる。


 伸二、よろしく。


 声にならない声が、夜の公園に鳴り響いたのは、この3秒後だった。





 ■ □ ■ □ ■





「なるほど……つまり、モヒくんのお母さんは狂化している、と」


「うん……ボクをわからないくらい、してた」


 葵さんの心身の事情から、場所をギルドホールへと移し、モヒカン・ボンバーから詳しい事情を聴く。


 その過程で分かったのは、モヒカン・ボンバーの母親は狂化と言われるバーサーカー状態にあり、我が子すら認識できないほどに狂乱していること。


「もう……ママ、助からないのかな」


 クシャクシャの顔で、涙ながらにそう口にする少年に、翠さんも葵さんもかける言葉が見当たらないでいる。


 大丈夫。絶対になんとかなる。そう言えればどんなに楽だろうかと、2人の表情は重く、暗い。


「大丈夫。絶対に助ける」


「……え?」


 呆けた顔でこっちを見上げる少年の尻尾が、ゾワリと逆立つ。


「お前の母親を助けるって言ったんだよ。大丈夫だから、任せろ」


「ちょ、ちょっと総くん。そんな簡単に」


 立ち上がって抗議する翠さんを手で制する。


「これから、あの山でなにがあったのかを話す。言いたいことはあるだろうが、最後まで聞いてくれ」


 何かを言いたげな様子な翠さんだったが、グッと堪えて着座する。


「まず、俺と伸二は、あの山でモヒカン・ボンバーの母親をそれなりに追い詰めた」


「はあああ!?」


 大きく声を荒げて再び席から立ち上がる翠さんを、葵さんがどうどうと宥める。


「その時、少しの時間だけだったが、あの母親は正気に戻ったんだ」


 モヒカン・ボンバーが大きく目を見開き、身を乗り出す。


「そこで分かったのは、封印が解除された経緯と、母親を縛り続けている存在だ」


 そこまで話したところで、言いたげそうにこちらを見ている伸二にバトンタッチする。


「まず、あの狐に追われていた冒険者だが、あいつらこそが、あの山の山頂にあった封印石を破壊したプレイヤーだったらしいんだ。で、封印を解かれた狐はそこから出られたらしいんだが、体から湧き上がる破壊衝動を抑えきれない状態だったらしいんだ。なんでも、封印石に蓄積されていた邪気を吸収してしまったとか言ってたな」


「それで、あんなことに……」


「ただ、その状態で倒してしまうと、母親は正気に戻らずに、また新しくできる封印石の中に封じられてしまうそうなんだ」


 あの時はそういうサイクルがどうとかとも言っていたな。伸二は理解してたっぽいが。


「だがある場所でなら、自分を倒すことでその邪気を払うことができるらしい」


「もったい付けないで、どこなのよ、それ」


「それがわからないんだよ」


「はあ?」


「それを聞く前に、狐が再び狂化しちまったからな。で、俺と総は、ここで倒すわけにもいかないってことで、その場から離れてログアウトしたんだ」


「アンタたち……死んだんじゃなかったの」


「死んでねえよ。まぁ戦闘行為中のログアウトだったから、それなりのペナルティは食らったけどな」


 実際、死ぬかもしれない場面は何度もあったし、鬼神も使っての薄氷の勝利みたいなものだったけどな。


「つうわけだから、元気出せよ、モヒ。そのある場所ってところを探し出して、母親の呪いを解いてやっから」


 その言葉にモヒカン・ボンバーは、溢れ出る涙を堪え切れずに、伸二に向かって何度も何度も、ありがとうと言い続けた。


 しかし、本当の苦難はこの後にあるのを、俺も伸二も語らない。


 あの時、白狐が語った、もう1つの、悲しい真実を──

次回『やはり一度立ったフラグの回収はまちがっていない。』

更新は月曜日の予定です。

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