175話 やはりこの攻略はぶっ飛んでいる。
4人の冒険者を追っていた、巨大白狐。
どういう経緯でこうなったのかは気になるが、それを説明できるものはもうここにはいない。
なら、この場での最善手は、
「一先ず、ぶっ飛ばすとしようか!」
しかし、気合を入れて対峙する俺とは対照的に、巨狐はゴミでも見るかのような視線をこちらに向けて微動だにしない。
「……ん? どうしたんだ、こいつ」
さっき追っていた冒険者パーティに対してはあれだけ漲らせていた殺意が、今はすっかり飛散してしまっている。
「……総」
伸二もどうしたものかと迷った視線を送ってくる。
そんな目で見るなよ。俺も同じだ。
後ろでは翠さんたちがなにやら慌ただしくなっているが、まぁこんなボス級のモンスターがいきなり現れでもすればそうなるか。
「ハイブ。ここに来た目的は、封印石の破壊。俺がこいつとここで遊んで──食い止めておくから、お前らは先を急ぐってのはどうだ?」
「ん~、お前ならマジでなんとかしそうな辺りが怖いが、それもアリか……いや、違うな。総、俺たちは、足手まといか?」
困惑を浮かべていたさっきまでとは違う。何かを確信したような、強い視線で問いかけてくる伸二。
その目に、嘘はつけないな。
「……あぁ。この足場の悪さじゃ、後ろのメンバーを庇いながら戦うのはまず無理だ」
この戦場において、転倒はまず間違いなく死と直結する。疾風とワイヤーガンで空中戦のできる俺はともかく、それ以外のメンバーがこの環境でコイツと闘うのは非常に厳しいだろう。
蒼破や炎破ならもしかしたらその辺のスキルをいくつか持っているかもしれないが、そうなるとモヒカン・ボンバーの守りが不安になる。
ならこの場は、俺が殿を務めるのがベストだ。
「わかった。リーフに伝える。だが、俺も残るぞ。コイツのヘイトがあっちに向かわないとも言い切れないからな」
そう強く語る口はやや強張り緊張し、向けてくる目の奥には、決意の炎が灯っていた。
こういう目を向けられると、俺は弱いな。
「了解。じゃ、先に死んだ方はジュース奢りな」
「ハッ! なら俺のリクエストはスタボのキャラメルマキアートだ」
それちょっと高いやつじゃねえか、この野郎。
「いいぜ。てことで、後ろへの連絡は任せる」
伸二が翠さんたちとチャットで連絡を取っている間、微動だにせずそこに立つ巨狐を注視する。
こうして見ると、自分がネズミにでもなった気分だ。世の小動物たちは、常にこんな危険と隣り合わせの世界で生きていたんだな。急に、あいつらのことを尊敬できそうになってきたよ。
『グルゥ』
僅かに零れ見える牙の奥から、獣の王を思わせる唸り声が漏れ聞こえる。
来るか。
左手には変わらず銃を、右手にはナイフ《GB-16》を握り、緊迫した空気の中、その時を待つ。
『グルルルル』
その時を待つ。
『グルルルル』
その時を……待つ?
『グルルルル』
……うん、来ないな、これ。
「おい、総!」
どうした伸二。振り返ってそう言おうとした口が、自然と閉じる。
伸二の後ろに、必死に走ってくるモヒカン・ボンバーと、それを追う他の面々の姿を見たことで。
どうしてこうなった。代わりに湧いてきた疑問も、すぐに掻き消える。
モヒカン・ボンバーの、魂からの叫びによって。
「ママぁああああ!」
……マジか。
この巨大な白狐がモヒカン・ボンバーの母親?
だとすれば、モヒカン・ボンバーもこの姿になるのか?
それとも、白狐の本来の姿は人型なのか?
そんなことを考えている間に、どこにそんな脚力があるのかというスピードで、モヒカン・ボンバーが脇を駆け抜け、白狐へと向かう。
感動の再開となるのか。それとも──
「も、モヒくん、待って」
息を荒げながら、翠さんたちもやってくる。だがそれを、これ以上前に出ないように手を横に広げて制する。
「そ、総くん、なんで」
非難の目を向けてくる翠さん。だが、応えている暇はない。
それ以上前に出られると、何かが起きた時に守れなくなる。要するに、ここが俺と白狐とのデッドライン。ここより前に、モヒカン・ボンバー以外は通せない。
「なにかが起きても、俺が何とかする! だから今は、見守ろう」
その言葉にどれだけ納得してくれたのかはわからないが、とりあえず全員が俺より後ろで足を止めてくれた。
これで前のことだけに集中できる。
どうして封印されているはずの母親がここにいるのかは気になるが、この後の動きで、モヒカン・ボンバーの立場がより鮮明になるはずだ。
「ママ、僕だよ! モヒカンだよ!」
畜生。シリアスな場面のはずなのに、あの名前がことごとく邪魔をする。
「どうしたのママ!? どうしてそんなに怒ってるの!?」
我が子の叫びを受けても、白狐はその口から荒々しい吐息を零し、血走った眼を変えない。
「ねぇ応えてよ! ママぁあ!」
最後の叫びが届いたのか。
白狐はビクッと体を震わせ、全身の毛を僅かに逆立たせると、眼前で涙を流す我が子に──
『フォォオオオオオオオオオオ!』
「──え」
振り上げられた前足が、少年のいた地面に落ち、爆散する。
それが、子の叫びに対する、母の答えだった。
「いやぁあああああああ」
「も、モヒくん!?」
葵さんと翠さんの悲鳴が、殺戮場に響く。
だが──
「なんとかするって言ったろ、リーダー」
土煙が舞う中、白狐より左に逸れた位置から、ファーストミッションのクリアを伝える。
その脇に、呆然とした表情のモヒカン・ボンバーを抱えて。
「そ、総くん!」
葵さんの嬉しそうな声が聞こえる。録音したい。
しかし、これ以上は……うん、ダメだな。
さっきまでと違って、明らかに逃がす雰囲気が消えた。
なら、俺が取る道は、1つしかないよな。
「蒼破!」
急に名を呼ばれた蒼破が、ハッとした表情でこちらを見つめるのを待ってから、脇に抱えるあるモノを振りかぶる。
「え、ちょ、まさか」
「受け取れぇええ!」
それは、実に見事なオーバースローだったと、後に伸二は語った。
「ぎゃぁあああああああああああ──」
空を切り裂く矢と化すモヒカン。叫び声が一瞬で遠ざかる。
「ぐふおっ!?」
モヒカン・ボンバーをキャッチした蒼破の肺から、空気が噴出する。
ちょっと強く投げ過ぎた、か?
「そ、ソウ! 一体何を考えて──」
すぐさま体勢を立て直し、非難の声を上げる蒼破を、真っ直ぐな目で射抜く。
男なら、この目の意味がわかるはずだ。
その視線を受けた蒼破は、グッとなにかを逡巡した後、
「……っ! 炎破! 雷破!」
「「っおう!」」
意を察してくれたであろう残りの2人が、気持ちよく応えてくれる。
悪いな、皆。
「え、ちょ、ちょっと炎破、なに!?」
「ボサッとしてんな、峰破! モヒを連れて逃げるぞ!」
「ブルーさんも! 急いで!」
「え、え、雷破さん?」
炎破と雷破に促され、まだ事態を完全に飲み込めていない2人が後ろに引っ張られる。
翠さんは多分俺の考えぐらい見抜いてるだろうから、誰かに頼む必要はないと思うけど……。
「総くん!? 総くん、総くん!」
必死に俺の名を叫び向かって来ようとする葵さんと、なんとかそれを止める雷破。しかし、その2人に緑色のマントを羽織った占い師が近付くと、砂塵舞う岩山にパーンと乾いた音が響いた。
「り、リーフ……」
「アンタ、総君の気持ち、無駄にする気?」
翠さんの制止で、葵さんが落ち着きを取り戻す。
そんな悲しい目で見ないでくれって。
「総くん……待ってる!」
自分に言い聞かせるような、強い口調だ。強くなったな、ホント。
下山を始めた彼女の背中を見つめていると、その視線上に蒼破、炎破、雷破が割り込む。最初は邪魔すんなとも思ったが、次の瞬間、彼らは揃って親指を立て、こっちは任せろと意を示してくれた。
あぁ、
「一番大事な役だ。任せたぞ」
聞こえてはいないだろうが、ボソリとそう呟くと、翠さんと峰破さんもこっちを何度も振り返りながら、山を下りていく。
「よし、これで残ったのは」
「俺たちだけだな」
ミスリル製の白銀の鎧を纏う騎士が、勇壮な顔立ちで口を開く。
「まさか、また逃げろなんて言わねえだろうな?」
なんと言われようが答えは決まっている。そう言外に語る騎士を、不覚にも、かっこいいと思ってしまった。
「まったく、お前は……」
「な、なんだよ」
軽く唇を尖がらせながら冑の紐をきつく締め直す騎士に、俺は思っていたことをそのままぶつける。
「伸二。お前、翠さんに告白しないの?」
「いきなりなに言ってんだ!?」
間違えた。思っていたことをそのままぶつけ過ぎた。
軽く咳ばらいをし仕切り直すと、ケアレスミスを犯した口は再び開き──
「伸二、お前の力がいる。背中は任せた」
「待ってたぜ、その言葉!」
俺たちの戦いが、始まった。
次回『やはり俺の死亡フラグはまちがっていない。』
更新は月曜日の予定です。