173話 やはりこのクエストはぶっ飛んでいる。
オオサカエリアのどこかに封印されているという、モヒカン・ボンバーの母親を救うべく、俺たちは封印石について連日情報を求め、時に動いた。
モヒカン・ボンバーは自らの出自や種族についてはまったく話そうとしなかったが、あの尻尾でおおよその見当が付いていることもあって、その辺はなぁなぁで済ませている。
もしかしたら俺たちのように動いているギルドもあるかも知れないから、実際にこのクエストがどこまで進行しているのかはよくわからないが、いまのところは問題らしい問題は起こっていない。
問題があるとすれば、モヒカン・ボンバーの扱いについてだ。
彼がレアイベントに関わっているであろうことは、おそらく間違いない。それどころか、そのままエリアボスに直結するイベントかも知れない。
そうなれば、彼を巡るプレイヤー間の争いに発展する恐れがある。いや、間違いなくそうなる。
伸二が言うには、MMORPGである以上、彼がいなければボスに辿り着くことができない、といったことはあり得ないらしいが、それでも彼の価値が下がるわけではない。
ボスへの有力な手掛かり、もしくは何らかのレアイベントに関わる彼の存在が明るみに出れば、間違いなく他のプレイヤーからの接触を求められるだろう。
母親と離れ離れになって寂しい思いをしている彼に、これ以上の負担はかけたくない。
だからこそ、この攻略はなるべく早くに終わらせなければならない。
だから、俺は──
「どらぁああああああああああ!」
『タコォオオオオ……』
全身に無数の弾痕と刀傷を刻み、倒れる巨大ダコ。
こんがりと焦げ目の付いた触手の先には爪楊枝が握られ、口からは墨の代わりにマヨネーズを噴出する。別名、巨大たこ焼き。運営の悪ふざけをこれでもかと再現したオオサカエリア固有のモンスターである。
サカイの町に近い海岸周辺に潜む全長3メートル──足の長さまで入れれば10メートル以上──の化け物は、消える際に光の粒子、ではなく鰹節と青ノリをまき散らし、電子の海へと還っていった。
「マジでソロで倒したよ、この人……」
「こんなの絶対にガンナーじゃねえよ……」
後方で待機していた蒼破と炎破の呟きが、潮風に乗って耳を触る。
「いやいや、2人が足止め役をしてくれたおかげだって。そうじゃなかったら、今頃あいつは海に逃げてたよ」
蒼破が雷を付与した弓であいつを陸に引っ張り上げてくれたおかげで、かなりやりやすかった。正直、海の中で闘ったらギリギリだったと思う。
「いや、確かにあれは逃げたくなるわな。俺なら全力で逃げる」
「これは炎破に一票かな。俺も逃げる。しかし、巨大ダコとソウの死闘というか絡みを見たら、峰破はなんて言うだろうな」
よし、話題を変えよう。
「蒼破、このタコを討伐するのが、なにに繋がるんだ?」
昨日は用事でほとんどインできなかったから、今日することの詳しい事情は聴いていない。
「最初に俺らが受けた薬草の依頼があっただろ? あれは結局世界樹じゃなくて、レアな薬草だったんだけど、あれを成功させた後、同じNPCから追加の依頼があったんだよ。いくつかのアイテムを分けてほしいって。その中の1つに、このタコからのドロップアイテムがあるんだ。リーフさんが言うには、最後に残っている封印石に繋がってるかもしれないんだってさ」
すでにモヒカン・ボンバーと会ってから、一週間が経過している。その間に、オオサカエリア内の封印石が、他のプレイヤーの手によってさらに3つ破壊された。
オオサカ城の54階にあったという2つ目の封印石。
ツーテン閣という塔の最上階にあったという3つ目の封印石。
USJの奥にあったという4つ目の封印石。
俺たちが最初に壊したものを含めると、残るはあと1つだが、その場所はまだわかっていない。そこに繋がりを見出しているとは……さすがは、我らがリーダー。
ちなみに、USJとは(U)うちの(S)そばの(J)神社の略。やかましいわ。
「そうだったのか。よくわからずに、たこ焼き討伐してたよ」
「……よくそんな曖昧なモチベーションでアレに向かおうだなんて思えたね」
「いやいや、たこ焼きを討伐して来いなんて言われたら、スキップで向かうだろ、普通」
「「向かわねーよ!」」
向かわないのか……あんなに心躍るワードに反応しないのか……そうか……。
ちょっとしたカルチャーショックを受けつつ、俺たちは残りの素材を求めてモンスターの狩りを続けた。
「あとは、オコの身焼きと、九鹿Ⅱか。このペースだと、マジで明日までには全部揃えられそうだな」
■ □ ■ □ ■
二日後の夜。
俺たちの招待を受けた風鈴崋山の面々と、俺、伸二、翠さんの7人は、最も大きな部屋であるCOLORSのギルドホールで、円形のテーブルを囲んで腰を落ち着けた。
「マジで揃ってる……アンタたち、どんな裏技使ったの? これ、どれもこれもちょっとした中ボスクラスのドロップアイテムよ?」
テーブルの上に置かれた各種素材を目にして、峰破さんの目が点になり、表情筋が硬直する。
「いや、普通に討伐して集めたんだよ」
「まぁ、普通かどうかは置いておくけどな……」
ため息交じりに漏らす蒼破と炎破の顔に、引きつった笑顔が浮かぶ。
「蒼破と炎破、なんだか疲れてる?」
ギルドメンバーに心配そうに声をかける雷破さんだが、2人はそれに軽く手を振って応えるのみで、何かを語ることはなかった。
「なにはともあれ、これで次に繋がりそうだな、リーフ」
なにかを察したのか、伸二が勢いよく翠さんへと声をかける。
なにを察した。
「うん。じゃあ峰破たちはこれを持って、例の依頼をクリアしてきてくれない? もしかしたらまた何か頼まれるかも知れないけど、その時は他にも色々と会話を試みてほしいな」
「了解、リーフ」
まるでクラスメイトとやり取りをしているかのような軽いやり取りで物事を進めていく2人。年齢と性別が同じってだけではなく、それ以外の面でもウマが合うのかな。
「ほら、ぼさっとしてないで行くわよ、アンタたち」
どこか、心ここにあらずな蒼破と炎破、それに雷破を連れ立って、風鈴崋山の面々が一旦ギルドハウスを出る。
それを見送ると、入れ替わるように2つの足音が近付いてくる。
「おまたせー」
「ごめんね、遅れちゃって。あれ、風鈴崋山の皆は?」
灰色のジンベエに着替えたモヒカン・ボンバーが、尻尾を左右にフリフリさせて勢いよく入ってくる。
それに数歩遅れて入ってきたのは、我が心の天使、葵さん。今日もその藍色の巫女服、最高です。袴じゃなくてスカートにしたのも、最高です。
「裏口から入ったから、ちょうど入れ違いになったな。それと、お疲れ様」
風鈴崋山の面々を迎える少し前。どうしてもたこ焼きを食べたいとゴネたモヒカン・ボンバーに根負けし、葵さんには彼を連れて屋台街へと赴いてもらっていた。勿論、モヒカン・ボンバーの耳と尻尾は巧妙に隠して。
「峰破たちには、アイテムの納品に行ってもらったわよ。あっちと繋がりのあるNPCが、思っていた以上に情報通だったみたいだから、期待していいかもよ」
「そうなんだ……よっかったね、モヒくん」
「うん!」
翠さんが言うには、ボスに繋がる情報や道筋は複数ルート存在すると言う。モヒカン・ボンバーや、風鈴崋山と繋がりのあるNPCは、それらの1つであるというのが翠さんの見解だ。
言われてみれば、ナガサキを攻略していたときは、全く関係ないであろうイベントから、ボスの弱体化アイテムへと繋がった。情報サイトによれば、弱体化アイテム自体も複数存在──重複使用は不可──し、一部のプレイヤーによる独占、独走状態を防ぐ目的もあるのだとか。
まぁ、オキナワの時みたいに、偶然ボスを見つけて、弱体化アイテムもイベントも全部すっ飛ばして攻略することも不可能じゃないから、急がば回れの精神が必ずしも正しいってわけでもないだろうが……。
「おい、総」
「ん、なんだよ伸二。そんな──」
「しっ。もっと声を落とせ」
背後に回ってそう語る伸二の顔には、さっきまでとは打って変わった真剣さが滲み出ていた。
「わりぃ、翠。ちょっと総と話すことがあるから外すわ」
「え、うん」
なんだなんだ、えらく強引だな。
しかし、ここまで真剣なこいつも珍しい。ここは大人しく従ってみるか。
そうして伸二に連れられ、ホール奥の倉庫へと入る。
「ここならいいか」
なんでもいいから早く済ませてくれ。天使の姿を1秒でも長く網膜に焼き付けたいんだ。
「お前、モヒの正体は、モンスターだと思うか?」
「……さぁな」
伸二の問いに、数拍の間を置いて答える。
「わかった。なら違う質問だ。総、普通のNPCが、封印されると思うか?」
「……いや」
答えはわからない。ただ、そんな話は聞いたことがない。
「このゲームを普通のゲームとして考えるのは危険だが、ここは一旦普通に考えよう。封印されているということは、誰かが封印したということだ」
「そりゃそうだ」
「じゃあ、なんでモヒの母親は封印されてるんだ?」
「え、そういう設定だからじゃないのか?」
ゲームってそういうものなんだろ?
「普通、ゲームだとしても、その辺には結構理由があったりするんだよ。もし俺の予想が正しければ、冬川は少し危険かもしれない」
「……伸二。ホシの名前を言え。すぐに消してくる」
「おい、よせよせ、まだ予想だ。それに、そういう意味の危険じゃない」
殺気を持って動こうとする俺の肩に、伸二の手が強めに乗る。
「えーと、順番に話すぞ。まず俺が考えたのは、エリアボス、モヒの母親説だ」
「……え?」
「そもそも、5つの封印石で封じなきゃいけないほどの強い存在なんて、エリアボス以外に考え付かん」
……言われてみれば。
「いいか、総。基本的に、エリアボスってのは俺たちプレイヤーの敵だ」
何をいまさら。
「だとすれば、俺たちの敵を封印から解こうとしているモヒは、敵側のNPCかもしれない」
あー、そうなるか。
「そこまで考えてなかったな」
「こういう展開ってのは、ゲームとかじゃよくあるんだよ。ちなみにこの考えには、武力極み振りのお前と、超お人好しの冬川以外の全員が至ってる」
……さいですか。
「で、俺が言った冬川が危ないかもって言ったのは、まさにそこなんだよ」
「……葵さんが、モヒに裏切られて、傷つくかもしれないってことか?」
「あぁ。さっきも見てただろ、あの入れ込みよう。まぁ、その辺は翠も同じなんだが、あいつはあれで割り切って考えることも上手いからな」
その言葉に、ナガサキでNPCの少女を必死に助けようと動いていた彼女の姿が浮かぶ。
瞳から涙を零す、彼女の姿が。
「総。このことを、それと無く冬川に伝えといたほうがいいんじゃねえか?」
様々な思いが錯綜する。
思考の海に腰まで浸かった脳は、やがて1つの答えに辿り着き──
「決めたよ、伸二。俺──」
次回『やはりこのダンジョンはぶっ飛んでいる』
更新は月曜日の予定です。