167話 やはり俺のサバイバルスキルはまちがってなかった。
大阪城。
日本三大名城にも数えられる、言わずと知れた天下の名城。
豊臣秀吉が築城を命じ、日本の頂として天下を見下ろしたこの城は、IEOでも頭ひとつ抜けた存在感を放っている。
オオサカエリアにおける最大規模のダンジョンであり、未だに最高階である天守閣への到達者がゼロという、馬鹿みたいに攻略難易度の高い、馬鹿の作ったダンジョンである。
オオサカ城は、下に広がる城下町の時点からすでにダンジョンと化しており、町には多くのモンスターが跋扈している。
特に危険とされているのが、オオサカパンサーと呼ばれる、豹の獣人。
彼らは、全員が頭にパンチパーマをあてており、その色によって強さや戦闘スタイルが変わってくる。
特に危険なのはピンクで、その強さは1体で1パーティにも相当すると言われている。
しかし、このモンスターの真に恐ろしいところは、その戦闘能力ではない。
彼らはなんと、モンスターであるにもかかわらず、冒険者に対して積極的に話しかけてくる。しかも、その話術は実に巧みで、聞いている側を飽きさせず、かつ、高度なレベルのボケとツッコミを絶妙なタイミングで織り交ぜてくる。
この話術にのせられる冒険者は後を絶たず、最後は「飴ちゃんあげるわ」という言葉とともに、小型爆弾で爆殺させられる。
結論。パンサーは最強。
そんなわけで、俺と伸二、葵さん、翠さんの4人は、これからオオサカ城へアタックをかけるか、別の場所を探すかの議論を、ハローワークの談話スペースでしていた。
「いやいや、オオサカエリアに来ておいて、大阪城を見に行かないとかアホだろ。細胞レベルで行くのが正しいに決まってんだろ」
巨大な丸太を輪切りにして作られた机をバンと叩き、ツッコミの第一人者を自称する騎士が抗議の声を上げる。黙ってはいるが、俺も同意見だ。
しかし、我らがギルド《COLORS》号の船長は、冷静であった。
「またアンタはわけわかんないことを……いい? 今あそこは、大量の冒険者でごった返してんのよ? 総くんを連れた私たちが行けば、間違いなく騒ぎになるでしょうが」
いかん、船が安全な港に着港しようとしているぞ! 名操舵手伸二よ。お前の華麗な舵捌きで、なんとかこの流れを凌ぎ切ってくれ!
「それもそうか。よし、こいつは置いて行こう」
ぶっ飛ばすぞテメぇええええ!?
なんて迷操舵手だ。二度とこいつに舵を握らせるんじゃない。
「総くん抜きで突っ込んでも全滅の未来しかないわよ。それより、まだ手の付けられていない穴場を捜す方が良いと思う」
むぅ……そう言われれば、そんな気もしてきた。
さすがこれまでCOLORS号を何度も導いてきた船長。ポンコツ操舵手では、相手にもならないか。
よし、ここはこの船の戦闘員兼砲手の俺の出番だ。冷静沈着な船長の思考に、死角からハイメガキャノンを撃ち込んでやるぜ。
「リーフ船長。不肖ながら、わたくしソウが察しますに、まず昨今のわたくしめの行動は、一定の配慮がされるものへと変化してきており、船長が申されるような事態にはならないものと愚行致しま──」
「黙れ」
アカァアアアアアアン!
発射口にビームサーベルぶち込まれたぁああ!
問答無用過ぎるよこの船長。
しかし、船員が傷ついた時に活躍するのが船医だ。この船の唯一の癒しにして天使。全俺のアイドル、葵さん。
その白くて小さい手で、俺の傷口に優しく──
「総くん。できないことは言わない方が良いよ?」
塩揉み込んできたよ。お買い得ビッグサイズの塩をワンパック丸ごとぶち込んできたよ。
ちくしょう。四面楚歌とはこのことだ。船長と船医が完全に安全な港へと進路を向けている。操舵手は目的を同じくしていても敵だった。
他にないのか。この絶望的な局面を乗り切る、神のような一手が。
俺の人生、これでいいのか。
「総くん、わたしね。大阪城は、総くんと一緒に、本物を見に行きたいな」
我が人生に、一遍の悔いなし。
これより我らが船《COLORS》号は、安全な港へと着港する。
さらばオオサカ城。お前とは、現実世界で会おう。
「……葵。総くんの扱い、本当に上手くなったわね」
■ □ ■ □ ■
オオサカ城を避け、他のダンジョン、もしくはイベントを探す。
その結論に至った俺たちは、それぞれバラバラに、ハローワークの中のクエストボードを見て回った。
ウィンドウ画面でハローワーク内のクエスト一覧画面を開けば早いのだが、そこはあれだ、雰囲気だ。
クエストボードに貼り付けらえている依頼用紙を、ひとつひとつ確認しながら探していく。その手間こそ、フルダイブ型のVRMMOにおけるひとつの醍醐味ではないだろうか。
「よし、こんなところか」
よさ気な依頼用紙の束を手に作り、さっきまでいたエントランスの一角へ戻る。
「あれ、俺が最後か」
すでに3人は席について、互いの取ってきた依頼用紙を見せ合っている。
その輪に加わり、手に持っていた用紙をテーブルの上に広げる。
「お待たせ。いいのあった?」
「そこそこな。お前は?」
「あったぞ。心躍る依頼が」
テーブル上に広げた用紙を1つずつ指さしていく。
「これは町の付近に出没する辻斬りの討伐依頼だ。犯人は3メートルはある巨漢って話だな。で、これは廃墟となった村落を根城にしている盗賊団の討伐依頼。盗賊は全員がアンデッドモンスターらしい。こっちは、夜限定で現れるっていう巨大コウモリ《夜の王》の討伐依頼だ。その大きさと強さから、実は竜じゃないかって噂もある。そしてこれが──」
「ストップ! 総くん」
「……なにかな、船長」
「またわけのわからない……それより、なによこれ。みんなヤバいのばっかりじゃない。これ、絶対に総くんが闘いたいだけでしょ」
「な、なんのこと、かな」
額から浮かび上がる脂汗と、左右へと泳ぐ視線が、この心情を物語っている。
止すんだ名探偵ミドリさん。そんなことをしても、俺からはボロしか出ないぞ。
「まぁいいわ。それは一先ず置いておいて、私たちが見つけた依頼に目を通してみて」
そう言って翠さんは、一枚の依頼用紙を差し出す。
「これは、ここから東に行ったところにある森の探索依頼。なんでもその森は、NPCからは神隠しの森、プレイヤーからは強制ログアウトの森って呼ばれる、ここら辺でもかなりの不人気エリアみたいで、人の出入りが少ないらしいのよ。まぁ今はオオサカ城っていうホットスポットがあるせいだろうから、じきに人も多くなるでしょうけど、その前に行っておきたいの」
「森、か」
探索と言えば、未知を追求する冒険者にとっては心躍るワードだ。しかし、普段の翠さんにしては根拠が弱いような気がする。
それが、頭のどこかに強烈な違和感として、引っかかりを残す。
「あとこれは、さっき女子トイレの中で本を読んでサボってたNPC職員から聞いた話なんだけど、なんでもその森──」
その言葉は、海底に引っかかっていたアンカーを強引に引き抜く。
「世界樹があるって噂なのよ」
■ □ ■ □ ■
木の根と岩で不規則に隆起する地面を歩きながら、幾重にも重なる緑のカーテンを見上げる。
隙間から差し込む光は、岩にこびり付く苔を照らし、時折吹く風が地面に動く迷彩模様を作り出す。
「都会のイメージが強かったが。は~……こんな森もあるんだな」
剣と盾をアイテムボックスに収納し、代わりに頑丈な木の枝を杖代わりに歩く騎士が、感心交じりに呟く。その瞳には、雄大なる自然への畏敬の念も浮かんでいるようだった。
「現実がどうかは知らないけど、こっちではそうみたいね」
緑色のローブを枝に引っ掛けない様に注意しながら足を動かす占星術師は、進むことに精一杯で周囲の景色を楽しむ様子はやや薄い。
しかし、いくら仮想世界とはいえ、高校生の女の子がこの樹海とも呼べる森を歩くのはきついだろう。
俺の手を強く握り、地面と睨めっこをしながら歩いているような巫女姫を見れば、なおその根拠が強くなる。
「アニメ映画の、森みたい、だね」
息こそ切れていないが、その神経は徐々に擦り切れていっているのか。普段よりも会話のキレが悪い。
しかし言われてみれば、某屋久島をモデルに作られた某アニメ映画を彷彿とさせる自然でもある。もしかしたら、あれに憧れた開発陣が作った森なのかもしれないな。
しかし……。
「こんな過酷な設定じゃなかったら、もう少し楽しめたんだけどな」
どういうわけか、この森に入ってから全体マップが使えなくなっている。
普段であれば、あのマップを見れば現在位置も仲間の位置も楽に把握できるので、まず迷子になる心配なんてないのだが、この森ではそれが封じられている。
念のために用意していた方位磁針も、さっきから壊れたメリーゴーランドのようにクルクルと終る気配のない運動を続けているし、パーティチャットも20メートル以上離れると通じない。
運営の本気の殺意を感じる。
「俺から絶対に逸れるなよ」
その言葉に、彼女の手に一層力が入る。
もしこの森で逸れれば、余程の強運に恵まれない限り、再び会うことはおろか、町に帰ることすら不可能だろう。
この森に入ったプレイヤーが、別名『強制ログアウトの森』と呼ぶ理由がよく理解できる。
「なんにしても、お前がいて本当によかったよ。こういうスキルは盗賊職にでも就いてない限り、身につかないからな」
道具で方向がわからない上に、地図もない。こうなれば、太陽の位置と時計を使って方角を見るしかない。
時計の針を分度器代わりに使い、おおよその方角を導き出す。
太陽が真南に位置する南中が午後12時でピッタリとなるのは、実際には兵庫県明石市付近だけだが、ここは大阪府をモデルに作られたオオサカエリア。それなりに信頼して良いだろう。
本来は太陽の位置を正確に見つけて時計を水平に置くなんかの作業や、時期に応じて微調整したりの計算が難しくて上手くいきにくいんだが、さすがにその辺は慣れだな。幼少の頃から俺を密林に放り込んでくれやがった親父には感謝を──いや、ないな。
太い幹の木を見つけてはてっぺんまで登り、適宜方向を確認し、確実に奥まで進んでいく。
他にも木に印を残すなどをして、来た道を引き返せるようにもしたかったが、残念ながらナイフで付けた傷は、時間の経過で復元してしまう仕様だったので使えなかった。
「真っ直ぐ進むだけならなんとかなる。帰る方法は、ログアウトが一番手っ取り早いだろうがな」
その辺は、この奥でなにが発見できるか次第だな。なにもないのであれば、残念ながら強制ログアウトの森の名を広めるのに一役買ってしまいそうだ。
次回『やはり俺の新章には新キャラが待っている。』
更新は月曜日の予定です。