165話 やはりこのゲームの説明欄はまちがっている。
様々なブツが入れられた木製の箱。それが所狭しと天井まで積み上げられ、ちょっとした迷路となっている薄暗い素材屋の中を、伸二と共に物色する。
アイテム情報を開いて見てみれば、その幅は実に広い。
鉄。銅。黒曜石。石炭。黒鉛。硫黄。硝石。石灰。
オオイノシシの牙。鬼ヒトデの針。鬼ヤンマの瞳。モグマの爪。幼水龍の鱗。鎌キリ―の刃。しゃーべるタイガーの毛皮。火象の牙。エッグスライムの核。クォーツウルフの角。
鉱石やモンスターの素材が大半だが、オキナワやキュウシュウ本土にいたモンスターの素材も結構あるな。
堺の町をモデルにしてあるだけあって、貿易とかでもしてるってことかも知れない。
「そい、総。見てみろよ」
伸二の指差す先。そこにあったのは、箱に詰められた大量の骨。
「えっと、情報は……」
スケルトンウォリアーの大腿骨。
スケルトンウォリアーの膝蓋骨。
スケルトンウォリアーの踵骨。
スケルトンウォリアーの尺骨。
スケルトンウォリアーの橈骨。
スケルトンウォリアーの第三頸椎。
スケルトンウォリアーの腓骨。
スケルトンウォリアーの脛骨。
スケルトンウォリアーの有鈎骨。
スケルトンウォリアーの胸骨。
スケルトンウォリアーの月状骨。
スケルトンウォリアーの上腕骨。
スケルトンウォリアーの屋台骨。
スケルトンウォリアーの寛骨。
スケルトンウォリアーの恥骨。
スケルトンウォリアーの──
「……なんだこりゃ」
呆れ交じりの声が思わず漏れる。
てか1個、明らかに違うのが混じってなかったか。
「これだけあったら、組み立てたら普通にスケルトンウォリアーが作れそうだな」
それが可能だったら、俺は運営を逆に見直すぞ。
「そんなことより、もう素材探しはいいのか?」
「ん、もうちょっと待ってくれ」
仕方ない。もう少し適当に見てみるか。
ん?
「これは──」
そこにあったのは、氷で作られた花《スノードロップ》。どういう原理なのか、それは溶けることなく、陳列棚に置かれていた。
俺は駄目だ駄目だと考えながらも、溢れ出る欲求を抑えきれず、説明欄へと指を伸ばす。
【スノードロップ:高山の一部に分布する希少な花。効果の高い治療薬の生成にも用いられるが、特殊な採集方法でないとすぐに溶けてしまうため、非常に価値が高い※※】
特殊な採集方法……。採集を生業にしているNPCもいるくらいだし、その辺のスキルがないと扱えないモノもあるってことか。
ん、最後の※ってやつに触れると補足の説明が出るのか。
【現実にもスノードロップという名の花は存在しますが、こちらの設定はフィクションになります】
うん、わかってるよ。でも最近いろいろな人がうるさいから、こんなところまで注意喚起しないといけなくなったんだな。
さて、もうひとつの※は──
【なお、開発部の山田は、奥さんの誕生日にこの花をプレゼントしている。スノードロップの花言葉は『あなたの死を望みます』。山田は殴られた】
山田さぁあああああああああああん!
山田さん、久しぶりっすね!
お元気そうで何よりですよ!
さようなら!
「さて……出るか」
気持ちと記憶を切り替え、次に向かったのは、明るい表通りにあり、最も存在感を放つ店。
太い丸太も惜しげもなく用いられた三階建ての木造建築物には、日本人として素直に感動してしまう。重要文化財の神社仏閣を見たときの心境に近いかもしれない。
取り扱っている商品は、武器や防具、各種補助アイテム、生活用品、スポーツ用品など様々。
サカイの町で、間違いなく品揃えが最も充実している店だろう。
「おい見ろよ、総。さすがに生産職プレイヤーだな。品揃えの豊富さも、マニアックさも、NPCとは全然違うぞ」
ここは、ある大手生産系ギルドが町からレンタルしているという店。中に入れば、多様なフロアが形成され、ちょっとしたショッピングモールのようになっている。
「ハイブ。店員さんってプレイヤーなのか?」
店員の姿は着物姿で統一されており、見た目も冒険者ほどの派手さはない。それだけ聞けば、彼らをNPCとも思うだろう。
しかし伸二に疑問で聞いたのは、彼らの対応が、さらに言えば表情が、プロのそれとは違ったから。
明らかに戸惑った様子で、客の質問に答えようとする者。笑顔がぎこちない者。そもそも無表情で淡々としている者。ニコニコというよりは、ヘラヘラに近い笑みを浮かべている者。百貨店に長年勤めるベテランの雰囲気を醸し出す者。
実に様々で、統一性がない。
その問いに伸二は、明瞭な答えをくれる。
「ああ、ここはNPCは基本裏方しか雇ってないらしいぜ」
「やっぱりか。だが、なんでプレイヤーがこんなことまでしてるんだ? 生産職の人にとって、売り子をするのにメリットなんてないだろ?」
売り子をすることで得られるスキルや隠しイベントがあるならともかく、そんなのは聞いたこともない。生産スキルを極めたいのなら、生産に没入すればいいのに。
「まぁ、合理的に考えればそうなんだが、そこはほら、やっぱり人としてのアレだよ」
人としてのアレか。なるほどな。さっぱりわからん。
張り付けたようなスマイルで「へ~」と言っていると、察したであろう伸二が、後ろ髪を掻きながら言葉を続ける。
「あ~、お前さ。この前に冬──ブルーに手料理作ってもらったって言ってたじゃん」
おう、作ってもらったぞ。あれは最高だった。料理もおいしかったが、何よりそれを作ってくれる葵さんが最高だった。
「そん時のブルー、お前が食ってるのをどういう風に見てた?」
「え? どういう風って……それは……嬉しそうに?」
「だろ。自分が作った料理を美味そうに食ってくれてる姿ってのは、嬉しいもんなんだよ。生産職の人らも、作るものは違えども基本は同じだと思うぜ」
そういうことかと、感心して伸二を見つめる。
彼らは良い物を作ることに情熱を注ぐ職人であるが、それだけでは他人の評価はわかりにくい。しかし、それを自分で直接売ることで、それを直に感じることができる。
自分が作った物を他人が求め、手に取るという瞬間は、生産職の彼らにとって、きっと至高の時間なのだろう。
「お前、そういうところ結構見てるんだな」
「俺からすれば、総は物事を合理的に考える傾向が強い気がするぞ。まぁその方が生存確率が高い、とか言われればそうなんだが」
これまで何度も伸二としてきたやり取りが、駆け足で脳裏を過ぎ去る。
うん、言ったな。何度も。
「せっかくだし、いろんな人の考えや価値観に触れていけよ。そもそも、お前がこのゲームをする動機のひとつはそれもあっただろ」
それから武器や防具を中心に店内を見て回る。
これまでの冒険やイベントで、懐事情はかなり温かかったため、性能のいい装備にも楽に手が届いた。
「さて、そろそろあいつらと合流すっか」
伸二に言われ時間を確かめてみれば、葵さんと翠さんとの合流時間まで、あともう少しになっていた。
「そうだな。必要なものは大体買ったし、そろそろ行くか」
店を後にした俺と伸二が向かうのは、大通りにあるギルド会館。
ギルド会館のすぐ横にハローワークもあるため、サカイの町ではプレイヤーが最も多い場所とも言われ、近付くにつれ徐々にプレイヤーの姿が増えはじめてきた。
巨大な斧を背中に担ぐ偉丈夫。
全身黒マントの不気味な雰囲気を放つ男。
グレーのスーツに身を包むオールバックの女性。
セーラー服を着て腰にライフル銃を提げる女性。
Tシャツとジーンズ、スニーカーという現実と変わらぬ容姿を維持する男。
皆、思い思いの格好を楽しんでいるのがよく伝わってくる。
そして、これだけプレイヤーが多くなると、自然と攻略に関する話があちこちで聞こえてもくる。
おっといかん。聞き耳スキルが勝手に──
「まだボスの情報はなしか」
「オオサカ城の攻略、まだどこも成功してないらしいぞ」
「オオサカ城にボスがいるって話、マジかな」
「超巨大ダンジョンって燃えるな」
「城下町と城が一体化してるダンジョンとか、燃えない訳がないだろ」
「なんでも、かなりの数の中ボスがいるらしいぞ」
「戦国武将をモデルにした中ボスか……絶対に戦いたいな」
「幸村様……私を攫って……」
「やっぱ城主は秀吉だろ」
「この運営だからな……」
「森の探索クエスト? んなもんやってる暇あるか!」
「あのクエスト、マジだりぃ。クソだわ」
「無職連合はヒョウゴエリアか」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
ほほう、なるほど……。どうやら大阪城がこっちの世界にもあって、そこが一番ホットな場所みたいだな。
さて、この後は葵さん、翠さんと合流して、これからの攻略の話し合いだ。
次回『やはり俺たちのギルドはパワーアップしている。』
更新は月曜日の予定です。




