162話 あの不器用な悪魔に恩返しを(後編)
「遅いな……アイツ……」
いつもならこの時間にはここで横になってるのに……どうしたんだろ。あ、もしかして――
「嫌われた、のかな」
昨日、あれだけのことをしたのだ。気持ちが悪い奴と思われて当然かもしれない。折角、ともだちになってくれるって言ったのに……。
「失敗……した……」
『なにを?』
「ふおおおおおおおお!?」
『ふああああああああ!?』
急な声かけに驚く私と、驚いたことに驚く悪魔。なんだこれ。
「あ、あ、あ、アンタ……何でもない」
遅いじゃない、とは言えない。別に時間を指定して約束したわけでもない。私が、ずっと一方的に待っていただけだ。
『いつもより遅くなってごめんな。倒すのに手間取ってさ』
「倒すって……誰を?」
『ボスを』
「ふ~ん……はぁああああああああああああ!?」
『おう、なんなんだ、今日は。絶叫大会かなんかの練習か?』
「誰のせいだ! え、ていうか、倒したの!? ボスを!? ソロで!?」
『倒したよ。ボスを。ソロで』
ほ、本当に? 冗談……を言ってる雰囲気じゃないな。
『はい、これ』
そう言って、悪魔は巻物のようなものをこちらに放る。
「わっとと。え、なにこれ」
『やるよ。俺には無用なモノっぽいし。譲渡可能アイテムだったし』
紐をほどくと、空中にメッセージが浮ぶ。
《海外渡航券:任意の海外サーバーへ、期間限定でインすることが可能》
「これ……」
『日本に興味があるんだろ。それで来いよ。仮想世界だけど、アニメとかのコラボコンテンツも結構沢山あるから』
「アンタ……もしかして、このためにボスに?」
『いや、ただの偶然』
そう話す悪魔は、普段よりかも少しだけ口調が堅かった気がする。
「そ、そう。あ、でも、こんなの貰えないわよ! これってボスドロップでしょ!? 譲渡可能ってことは売却も可能ってことだし、売ればもの凄いお金になるわよ」
『金かぁ、それもいいな』
「でしょ!? じゃあこれはアンタが――」
『でもそれだと、お前は笑わないだろ?』
時計の針が、動く音がした。
『笑えよ。その方が、楽しいだろ?』
静かに動いていた心臓が、跳ねた気がした。
『一緒に笑うのが、ともだちだろ?』
悪魔は……本当に、人の心の隙間に入り込むのが、上手いな。
「……そう、なのかな」
どうしよう。嬉しすぎて、わけがわからなくなってきた。急にこんなに恵まれて、本当に大丈夫かな。
それからしばらく、私と悪魔は話をした。これまであった少しの楽しかったこと、たくさんあった辛かったこと。互いのことを、色々と。
『そっか……辛いことがあったんだな』
「アンタも……苦労してるみたいね」
付き合ってる彼女と、未だに手も繋げないなんて……ラノベの主人公みたいな悪魔だな。
「こっちのサーバーにいるのも明日までよね? いいの? イベントに参加しなくて」
『いいよ。ボスと遊べて満足できたから』
「そう。あ、でも、結構大変なことになってるから、その方がいいかもね」
『大変なこと?』
首を傾げる悪魔に、ゴーストタウンで起きようとしている事態を告げる。
『そんなことになってたのか。全然知らなかった』
あれだけボスアタックに夢中じゃ、仕方ないかもね。
『しかし、良く知ってたな。そんな情報』
「連絡が来たのよ。ゴーストタウンを包囲するから来いって。まぁ、無視しちゃったけど」
連絡を寄こしてきたのは、学校の同級生で、アメリアと同じように私に接してきた男の1人。少し前の私だったら、この命令に震えながら参加しただろう。
『無視していいのか?』
「いいのよ、あんな奴ら」
少し心に余裕ができたせいだろうか。普段の自分なら話さないことまで、口にした。してしまった。
『そうか……』
そう言うと、悪魔はある方角に仮面を向ける。
『やっぱり同族のピンチは放っておけないな。よし、助けに行くか』
「いやいやいや、さっきと言ってること全然違うから! ちょっとヤメテよ、私のことならもう大丈夫だから」
私のことを貶めていた相手がいる方角に、強い感心を抱く悪魔。
「私、もう大丈夫だから! アンタのお陰で、少し視界が開けてきたから。だから、もうこれ以上、私の為にしないで!」
そんなにされたら、もう返しきれない。対等なともだちでいられなくなる。だから、これ以上は――
しかし悪魔は、こんな時だけ、本当に悪魔っぽく喋る。
『なんのことだ? 俺は、同族を助けに行くだけだぞ?』
「信用できるか! ていうか、アンタがいくら強くてもひとりじゃ無理だって! 死にに行くようなものよ!」
ボスをソロで倒すような化け物なら、もしかしたらと思わなくもないが、それは表に出さない。
『やってみなけりゃわからないだろ。それに――』
悪魔は私の制止を聞かず、そのまま歩を進める。
『ともだちを泣かした奴をぶっ飛ばすのに、理由なんているか』
■ □ ■ □ ■
風になびく草原の絨毯。その上に寝転がり、道具袋を枕に空を見上げる。
アイツはまだ来ていない。昨日あいつのやったことを考えれば、それも仕方がないと思うべきか。
直に見たわけではないが、情報サイトのコメントを見れば、昨日ゴーストタウンで何が起こったのかは想像に難くない。
あの、阿鼻叫喚のコメントを見れば。
「アイツ……本当に、悪魔なのかな」
まさか、あの包囲網を突破するなんて。凄いとは予想していたけど、軽くその上をいかれたな。
「もう、来ないかもしれないな」
彼が日本のプレイヤーと言うことは、このアメリカサーバーにインできるのも、今日までだ。最後ぐらい、自分の好きに回りたいかもしれない。
でも、叶うなら――
「さよならぐらい……言いたかったな……」
『誰に?』
「ふおおおおおおおおおお!?」
『ふああああああああああ!?』
急に視界に現れた一つ目の仮面に飛び上がる。悪魔も飛び上がっている。デジャブ?
「アンタはそんな声掛しかできないのか!」
あれ、なんだか普段と様子が違うな。全身から出る赤いオーラがないし、角も生えてない。肌も普通だし。一緒なのは金髪と、仮面が付いてるぐらいか。
『いや、スマンスマン』
悪魔は詫びを入れながら隣に腰掛け、同じ空を見上げる。
「ねぇ、昨日のことだけど」
『ん、あぁ。なかなか楽しかったよ』
「そ、そうですか……」
1000人に囲まれた戦場に行ってその感想が出るなんて、さすがだな。私とは頭のネジの締める場所が違う。
「今日、帰るんだよね」
『あぁ。もう少ししたら、こっちのサーバーにインできる時間が切れるな』
「そう……」
折角、ともだちが、できたんだけどなぁ。
『なぁ』
「な、なに?」
普段の倍は速く、口が動く。
『ともだち、増えるといいな。お互いに』
「そう、ね」
すぐには動けないかもしれない。でも、もうずっと止まることはないだろう。ともだちの素晴らしさを理解できた、今なら。
『あ』
何かを思い出したかのように、悪魔は立ち上がる。
『名前!』
「……え?」
『名前! まだ、自己紹介してない、俺たち』
そう言えばそうだな。私は彼のことを悪魔って呼んでたし、向こうも私のことを呼ぶことがなかったから、気にしてなかった。いや、気にする余裕がなかったと言うべきか。
『あ、あの、俺は――』
名を言いかける彼の仮面に、手を添える。
「最後のお願い……仮面を取って、くれない?」
なにか理由があるのは容易に予想できる。仮想世界でも素顔を晒したくない人も多いから、似たようなものを装着する人だっている。
だけど……。
『そうだった。ゴメン、最近これ付けるのが癖になってて』
そう言うと、悪魔は一つ目の仮面を外す。
『ソウ。俺の名前。職業はガンナー』
こっちでも珍しい緑色の目。白い肌。奇麗な金色の髪。私なんかよりかも、よっぽどアメリカ人っぽい彼に、しばしの間、見惚れてしまった。
『その……今更だけど、よろしく』
少し赤くなってきた顔を俯け、右手を差し出してくる。その行動で、私の止まっていた時も秒針を刻みだす。
「あ、うん。私はエル。職業は盗賊よ。よろしくね……ソウ」
『あぁ……エル』
繋がっている手が、徐々に熱を帯びてくるのを感じる。いや、私が熱を発しているのかもしれない。
『あ』「あ」
彼の、ソウの体が光を帯びてくる。小さな光の玉が生まれ、それが天へと還っていく。
『時間みたいだ』
「そう、みたいね」
まだ、話したいことが山ほどある。伝えきれていない想いが――
「あ、あの! 私、本当に感謝してて!」
まだ、全然――
「ソウのお陰で、少しだけど、立つことができた!」
だから――
「だから!」
そこまで来て、言葉が出ない。肺から息が、出てこない。まだ、まだだ。まだこの想いを伝えきれてない。
徐々に強くなっていく光。それを逃がすまいと、必死にソウの手を掴む。
すると――
『エル』
ソウの手が、頭にポンと乗る。
『――またな』
その笑顔は、光の中に消えていった。
私の中に、大切な、かけがえのないものを残して。
草原に1人で立つ私は、堪え切れないものを大量に零しつつも、彼の言葉に応える。
「うん……またね」
■ □ ■ □ ■
ソウと別れてから数日。私を巡る環境――いや、私の見ていた景色は大きく変わった。
まず、あの日の翌日。私は意を決し、学校へと通った。しかし、決意の炎を瞳に灯す私の前にあったのは、驚くほどの無関心。
あれだけイジメを楽しんでいたアメリアやその取り巻きは、私のことを見ても知らんぷり――どこか避けているようでもある――で、話しかけようともしない。それ以外の人は、元から私には無関心だった。
――なんだ。誰も私のこと、そんなに見てないじゃん。
あれだけ怖かったはずの周囲の視線。しかしそれは、ほとんどが自分の過剰な意識だった。多くの人にとって、私はそこまで気にするべき人間ではない。そのことがわかって、張り詰めていた空気が、急に萎んだ気がした。
まだ友達を作れるほど行動はできていないけど、それだって、いつかはなんとかしてみたいと思う。
そんな決意を胸に、私はIEOのとある町の一角に立つ。
手には、ソウから貰ったあのスクロールを握りしめて。
「大体こんな感じでいいかな」
貯まっていたお金を全部使って、服装を一新。盗賊スタイルから、日本の花魁をモチーフにした軽装の着物を着用する。
「髪は……この髪型ならいいかな」
髪型を背中まで伸びるロングのツインテールへと変更する。長さまで大きく変わってるし、化粧もバッチリしてソバカスも消しているから、これなら私とはわからないだろう。というか、自分で見ていても自分とは思えない。
「あ、そうだ。ついでだから、口調も特徴的なやつに変えよ。せっかく花魁風になってることだし、ここは口調もそれっぽくいこう――でありんす」
さて、後はプレイヤーネームだな。さすがに、エルのまんまだと即行バレちゃうだろうから……そうだ!
ネーム変更アイテムを使用して、空中に浮かぶ文字をタッチする。最後に音声認識でっと……。
日本には、鶴の恩返しという物語がある。じゃあ、その鶴を英語で――
「――クレイン」
待ててね、ソウ。今度は私が、恩を返しに行くから。
中々進展できないって言ってた日本の彼女との関係。後押ししてあげるからね。日本の少女漫画を参考に勉強したから、恋のアシストはバッチリのはずだよ。
まずは、恋のライバルが現れるところからスタートだね。そして次は――
これにて本章はお終いです。
サイコパスな新キャラが多数登場した章でしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
楽しめたという方は、これを機にブクマや評価をしていただいてもいいんですよ?(チラッ
さて、次話は掲示板回。
来週の水曜日に投稿予定です。
それでは(´・ω・`)ノシ