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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第6章 チュウゴク激動編
160/202

160話 あの不器用な悪魔に恩返しを(前編)

とある人物の回想編となります。

当初の予定よりも長くなってしまったので、3話に分けて投稿します。

 これは、1人の泣き虫な女と、不器用な悪魔の物語。




 将来は、日本に留学して文化を勉強したい。そんな将来ビジョンを思い浮かべるぐらいには日本のアニメや漫画が大好きな私は、それなりに勉強して、それなりの成績を収め、学校の先生からも応援され、推薦を書いてもらえそうな程度にはうまくいっていた。


 しかし、その反動とでもいうのだろうか。友達付き合いは、あまり得意とは言えなかった。


 学校でも誰とも喋らず、休み時間は翻訳された日本の小説を読みふけり、授業が終われば真っすぐに帰路に着く私は、他の子から見ればとても地味で、とてもつまらない子に見えたことだろう。


 それでも、私は苦しくはなかった。


 家に帰れば、心が躍り、空に浮かぶかのような気持ちに戻ることができる。今日はなんのアニメを見ようか。それとも漫画にしようか。早く日本に行きたいな。毎日毎日、そんなことばかり考えていた。


 そんな日だった。


「なんかアンタ……ムカつくね」


 突然だった。隕石が落ちてきたかのように、それはなんの前触れもなく、私の前に降ってきた。


 クラスのマドンナであった女子の1人のもたらした言葉は、私のつまらない学園生活を、一瞬で肥溜(こえだめ)に変えた。


 死ね。ブス。汚い。臭い。近寄るな。陰険。おおよそ考え付く侮辱の言葉のあらん限りが、理解の追い付かない私の頭に、耳に侵入してくる。何度防ごうとしても、何度も、何度も、何度も、何度も。


 暴力だけは振るわれなかったが……まだ、その方が楽だったかもしれないと思えるほど、この時の私は追い詰められていた。


 助けて。心は必死に叫んでいたが、叫ぶ相手が見つからなかった。


 両親には……話せない。絶対。


 友達……虚しい言葉だ。


 それでも完全に隠し通すことはできず、日に日に口数の少なくなる私を心配し、両親はスクールカウンセラーと何度か面会したが、返ってきた答えは「思春期特有の悩みですから、ご心配なく」というもの。これは後になってわかったことだが、私をイジメのターゲットに決めたアメリアという子は、有名な政治家の娘だったらしい。


 こうなっては、ただただ嵐が過ぎ去るのを待つばかり。勉強を続けて、問題さえ起こさなければ、いつか夢を叶えることができる。この地獄のような時間は、いつか終わる。それまでじっと、耐え続ける。


 じっと耐え続け――


「きゃぁああああああああ!?」


「なんだ、どうした!?」


「あ、あの子が! あの子がアメリアさんを階段から突き落としたんです!」


「なんてことを……彼女のご両親に何とご説明すれば……」


「そ、そんな、私は何も――」


「それは後で聞く! それよりも早く、アメリアを病院に!」


 いきなりだった。昨日家の階段でこけたはずのアメリアさんは、この瞬間、学校で私に突き落とされたことになった。


 私は何もしていない。彼女が勝手に目の前でしゃがみ込んで言っただけだ。あの怪我と私は関係ない。


 何度言っても、叫んでも、その声は――誰にも届かなかった。


 これ以上の地獄はない。そう思っていたのに……地獄に底などなかった。


 私の両親は、彼女の家に赴き、三日三晩謝罪した。


 そして、自宅謹慎を言い渡された私の下に一本の電話が届き――


『お前がそんなことをする人間だとは思わなかった。あの推薦の話は忘れろ。向こうのご両親のご厚意で、退学だけは免れるだけありがたく思うことだ』


 世界が、音を立て崩れていく。


 そこから先のことは詳しくは覚えていない。


 これ以上両親の悲しむ姿を見たくないという思いから、謹慎が明けて以降、学校にはなんとか通った――が、それも長くは続かず、次第に家に、そして部屋に引きこもるようになった。しかもどういうことか。あれだけ楽しみにしていた日本のアニメや漫画にも、どこか関心を失ってしまっていた。


 いや、わかってる。わかっている。


 叶わなくなった夢を、諦めたくない気持ちを、自分で気付かないようにしているのだ。


 だから……。





 ■ □ ■ □ ■





 ………………また、今日が来たなぁ。


 ベッドから上半身だけを起こし、また、1日が始まる。


 今日が来てほしくなかったわけではない。しかし、待ち望んでいたわけでもない。


 空虚な、長い、永い人生の、その内の1日というだけ。


 ――変わりたければ、自分から動きなさい。


 昨日、お父さんから言われた言葉だ。


 自分から行動を起こさなければ、何も変わらない。なるほど、もっともな言葉だ。しかし、その変化は、私に何をもたらしてくれるのだろうか。


 今ですらどん底と思えるこの人生だが、地獄に底などないということを、私は少し前に知った。


 ならば、何もしなければ、これ以上は底に堕ちることもない。


 だから――


『――――――――!』


「!?」


 机の上に放り投げていた携帯が甲高い音を上げ、全身に鳥肌が立つ。


 昔はよく調べものに使っていた携帯だが、あの日、先生からの電話を取って以来は、極力手にしないようにしていた。


 どうせ、いたずら電話か間違い電話だろう。今更私に用のある人間なんていない。いるはずがない。暫くしたら、止むはずだ。


『――――――――!』


 うるさいな……もぅ、ほっといてよ……。


『――――――――!』


 何もしないほうが良いと思っていた自分の考えを、少しだけ修正する。たまには、自分から何かした方がいい時だってあるかもしれない。そんな気まぐれから、ベッドから立ち上がり、机へと向かう。そして携帯を手に取り――


「なん、で……」


 気怠(けだる)そうに携帯に伸びていた手はピタリと止まり、背筋には巨大な氷柱が侵入する。


「アメリア……」


 最も見たくない、最も関わりたくない人物の名が表示されたソレは、なおも甲高い音を発し、小刻みに震えて少しずつ机の上をスライドしていく。


「…………」


 声が出ない。手も、足も動かない。いつのまにか、呼吸をするのも忘れていた。それほどまでに、その名は私のすべてを乱した。


「…………」


 どうしよう、出ないと怒られる。でも、出たらもっと嫌なことが起きるかもしれない。どうしよう、どうしよう。逃げたい、逃げたい。


 そう迷っているうちに、携帯は徐々に机の端へとスライドしていき、そのまま重力に従って落下した。


「――あ」


 咄嗟に掴もうとするが、ここ数週間、寝てばかりいた私の体は、そんな反応などできるわけもなく、携帯はゴツンと音を立てて、床へと転がった。


『――あ、やっと繋がった。もしもーし、聞いてるー?』


 なんということだ。落ちた拍子に切れてくれればいいものを、あろうことか電話が繋がってしまった。これでは、出るしかない……。


 金縛りにあう中、必死に右手を伸ばし、電話を取る。


「は……はい」


『なんだ、いるんじゃん。ならさっさと出てよ。私の時間を無駄にするとか、アンタ何様?』


「ご、ごめんな、さい……」


『あー、もういいわ。それより、アンタ最近全然学校に来ないじゃない』


「え……」


『会えなくて寂しいから、ゲームの中で会いましょうよ』


「……ゲーム?」


『そ。イノセント・アース・オンラインっていう日本発のVRゲームなんだけど、これが結構面白いのよ』


「私、ゲームなんて」


『あーはいはい、どうせ持ってないって言うんでしょ? そんなことだろうと思ったから、アンタの家に送っといたわよ。今日の昼には届くと思うわ』


「そんな……」


『言っとくけど、逃げるなんて許さないからね。インしたら私の携帯番号から検索して、フレンド登録を飛ばしなさい。そこから合流するから』


 ブツッと音が鳴り、画面が暗くなると、それが伝播するように、私の視界は真っ黒に染まった。


「何もしようとしなくても……まだ、堕ちるんだなぁ……」





 ■ □ ■ □ ■





 イノセント・アース・オンライン。テレビのCMでも宣伝しているのをよく目にしていたせいか、その存在は前から知っていた。


 冒険するのはもちろん、色んなスポーツを体験することもできる。着飾ることもできる。超人的な能力を習得することもできる。自分のままで、自分を超えろ。


 大層ご立派な売り文句だ。クソほども魅力を感じない。


 自分は、自分だ。それ以上になんか、なれるはずがない。


 そんなことを考えつつも逆らえない私は、もうひとつの世界で、言われるがままに新しい自分を作った。


 職業は盗賊。スキルやアーツと呼ばれるものをいくつか持っていたけど、正直どうでもいい。


 アメリアに言われた通り、彼女にフレンド登録を飛ばし合流すると、学校での取り巻き――女が3人、男が2人――に囲まれた彼女がやってきた。


 彼女は私を見るや、


「盾が欲しかったのよねー。見ていて楽しくなるような盾が」


 そう軽々と口にし、心底愉しんでいると言いたげに顔を歪ませる。周りの取り巻きも、実に愉しそうだ。


 それからの日々は、思っていた通りの――クソだった。


 呼び出されるたびに、彼女の盾となり、囮となり、彼女の玩具にされた。


 拒む手段はある。簡単だ。ゲームにインしなければいい。ただ、それだけ。


 それだけの、はずだ。


 なのに……。




 それから何週間が経っただろう。気付けば、彼女たちの無茶な要求に応え続けているうちに、ゲーム内での私のスキルやアーツは、かなり成長していた。

 おそらく、本気で戦えば私に敵う人はこのパーティにはいないだろう。盗賊職ではあるが、暗殺者を名乗ってもいいぐらいのスキルやアーツを取得している。身体能力もだいぶ強化されていて、一時的ならばトップアスリート並みのポテンシャルを出すことすらも可能になっている。


 初めの頃は敵モンスターの巣に突撃させられて、しょっちゅう死んでいたが、今なら掃討することも難しくはないだろう。まぁ、そんなことをすれば彼女の機嫌を損ねることになるのは間違いないから、する理由はないけれども。


 ――そんな時だった。いつも狩りをしている草原フィールドで、あの悪魔に出会ったのは。


「お、モンスターだ。狩っちまおうぜ」


 パーティメンバーの1人が声を上げる。いつも私のことを下卑た目で見る最低野郎だが、その戦闘能力はまずまず。重量のある槍を振り回し敵を屠り、青銅の鎧が攻撃を弾くその姿は、正しく戦場の華。見すぼらしい盗賊衣装の私とは全然違う。


「どうする? いつも通り、こいつに特攻させるか?」


「相手は1体だけだし、その必要はないでしょ」


 リーダー的存在であるアメリアの言葉に異を唱える者はいない……けど、この人たち、本気?


 目の前にいる相手は、2本の角を生やす悪魔型モンスター。ボロ布に身をくるみ、ひとつ目の仮面を被っていて少し不気味な雰囲気を発しているその姿は、どうみてもただのモンスターとは一線を画している。


 ……アレは、ヤバいやつだ。


 ゾワリ――と冷気が背筋に走る。明確な根拠はないが、生物としての本能とでもいうのだろうか。アレとまともに戦うのは絶対にやめておけと、私の中の何かが叫ぶ。アレと対峙するぐらいなら、まだモンスターの巣に裸で突っ込んだ方がマシな気がするぐらいだ。


「よし、俺に任せろ!」


 アメリアの方を目の端に映しながら、最初に声を上げた男――ヤヤックカードが槍を振り回しながら前に出る。


「おら、喰らいなぁ! 必殺、キング――え」


 なぜか突きではなく大上段からの振り下ろしを敢行する戦場の華。しかし、その両腕は振り下ろされることなく、一拍の静寂の後、ずるりと肩から滑り落ちた。


「う、腕がぁあああああああああ!?」


 酷く取り乱す男。しかしそれも、悪魔からそっ首を()ねられることで終わりを迎える。光と共に。


「な、なによコイツ……ちょ、ちょっとアンタ、いつもみたいに盾に――」


 普段通りにアメリアたちの盾としての役割を命じられそうになっていたが、皮肉にも阻止してくれたのは、


『リロード《炸裂弾PT-X》』


悪魔から放たれた凶弾だった。


「ひぃ、ゆ、指が!?」


 アメリアの右手の指が半分以上吹き飛ばされている。弾丸にしてはやけに破壊力が高いな――などと冷静に見ていられるのは、相手が彼女だからだろうか。


「ちょ、ちょっと何してるの!? 早くアイツを何とかしてよ!」


 私だけでなく、取り巻きの人間にも同じように怒鳴り散らすが、それに逆らえる者はいない。私を含めた5人で一斉に取り囲む。


 しかし――


「速い!」


「ま、回り込r」


「だ、ダメだ、うわぁああ!?」


 囲むどころか、こちらがいいように翻弄されている。全職の中でも最速クラスの盗賊職の私でも、その速度に全然追いつけない。


 次々と仲間――欠片もそうは思っていないが――が討たれていく。両膝を撃ち抜かれて動けなくなった者。四肢を斬り飛ばされた者。関節があり得ない方向に曲がっている者。


 これは抵抗しても無駄――というか、逃げる以外に手が思いつかない。でもアメリアの前で逃げるわけにはいかないし。あぁ、そろそろ私の番だな。


 しかし、覚悟を決めたはずの私の前で、悪魔はピタリと動きを止めてしまった。


「……え?」


 なにか特殊なギミックでもあるのだろうか。悪魔は、少し考える素振りをした後、私を素通りして後ろのアメリアへと向かっていった。


「え、ちょ、なんでこっちに来んのよ!?」


 腰が引けた状態で、慌てて後ろへ下がる。しかし、この女がただで引き下がるはずがない。


「アイスハンマー!」


 上空に顕現した氷の鉄槌が悪魔を押し潰――さなかった。


「レインボーレイン!」


 天空から降る七色の光の矢。それらが悪魔の体を貫――かなかった。


「なによコイツ。ちょっとアンタ、そんなとこで見てないで早く私を助げ――」


 彼女の喉元に、二つの穴が開く。


「あ、あああ、ああああああああああああああ!」


 半泣きの状態で、震えながらウィンドウ画面を開き、大慌てで彼女はログアウトしていった。


 戦闘中のログアウトは、デスペナルティとあまり変わらないほどのデメリットがあるというのに。


『……さて、次はお前か』


 喋った。ボスクラスになると喋るモンスターがいるというが、もしかしてこの悪魔はそれに該当するのだろうか。


 悪魔は私に逃げる素振りがないことを見抜いたのか、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。


 そしてあと数歩までと迫ったところで、悪魔は首を傾げてその手を止める。


『どうして、笑ってる?』


「え?」


 なにを言っているのだろうという思いが駆け巡った直後、私は自分の頬に両手を当て、そこで初めて自分が笑っていることに気付いた。


「……どうしてだろうね」


 そんなことはわかりきっている。それを口にしなかったのは、気まぐれだろうか。それとも、卑しい人間性を少しでも否定したい気持ちが現れたからだろうか。


「私も、殺す?」


 モンスター相手に何を言って言うのだろう。そんなのイエスに決まっているだろうに……。


 あぁ、そうか、久しぶりに、人と話でもしたかったのかもしれないな。最近は、人とあまり会話をしていなかったから。


『いや……無抵抗の相手を嬲り殺しにする趣味はないよ』


「そうなの?」


 おかしなNPCだ。いや、NPCらしいというべきかもしれない。これが人間ならば、喜んで嬲り殺しにするだろうから。少なくとも、私の周りにはそういう人間が多かった。


「なら……どうするの?」


 どうしてそんなことを聞いているのだろう。もしかしたら、例え悪魔であっても、久しぶりのまともな会話を楽しもうとしている自分がいるのかもしれない。


『……どうしよっか』


 変わった悪魔だ。

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