16話 【歓喜】俺氏、青い春を謳歌する
ナハの町を出た俺たちは、少し歩いた先にある駅舎を目指した。IEOの世界は、リアルほどではないがそれでも非常に広大であり、まともに歩いて次の町を目指そうとすれば数日かかることすらあるらしい。
そこで長距離の移動の際に重宝されているのが駅舎だ。
駅舎は町から少し離れたところにあるが、それでも移動を躊躇うほどの距離ではない。少なくとも、徒歩で次の町を目指すよりはよっぽど早くて建設的な考えだ。俺たち一向は草原フィールドを歩き、その駅舎を目指していた。
が、俺はどうしても気になることを伸二に聞く。
「なぁハイブ、俺駅舎って行ったことないんだけど、こんなファンタジーな世界を電車か車が走るのか?」
ナハの町は所々に琉球文化を模したような装飾はあったが、基本は中世ヨーロッパ風の町並みだった。そしてその外に広がるフィールドはまさにファンタジーを謳うに相応しい世界だ。俺はそんな世界の真ん中に電車が横切る光景を思うと、どこか……何といえばいいのだろうか、形容し難い虚しさに襲われるのだ。文明の利器である銃をぶら下げておいて何をと思われるかもしれないが、とにかく俺はそう思ってしまうんだ。
「いや、この世界では車みたいな乗り物は存在しないぜ。少なくとも今の時点ではな」
今の時点と付け加えたのは、今後のアップデート次第では変わるかもしれないからだろう。もしそんなアップデートが公表されたら俺は反対の声を大にしてあげるぞ。あ、でも戦車だけは許す。あれは男のロマンだ。
「駅舎には馬車のように人を運ぶモンスターがいるんだよ。その馬車に乗ると、歩くよりも何倍も早く着くことができるんだ」
「へ~なるほどねぇ。じゃあその駅舎を使えば色んな町にどんどん行くことができるんだな」
「そうだな。ただ、駅舎の開通しているのはプレイヤーが一定人数足を踏み入れた町の間だけだ。まだ見ぬ未踏の地や少数のプレイヤーしか入っていない町には開通しないぜ」
「つまり、新しい町や土地には自分の足で行けってことか」
「そういうことだな」
伸二が親指を立てて正解の意を示す。この広大なフィールドを自分の足で全て行くとなると相当大変だからな。町と町を繋げてくれたプレイヤーには感謝だな。
「因みに俺たちが駅舎を使って行く町は【ナゴ】だ。目的地はそこからさらに少し北に行ったフィールドだけどな」
「そっか。まぁ俺は殆ど知らないからお前に任せるよ」
リアルでも沖縄には来たことがないから町の位置関係とかもあまりわからないからな。さて――
1つの疑問が解消したところで、俺はもう1つ気になっていたことを今度は若草さんと冬川さんに聞く。いや、聞こうとしたんだが。
「なぁリーフさん、それとブルーさん。2人は――」
「ちょっと待ってソウ君」
俺の言葉を遮り、若草さんことリーフさんは俺の眼前に手を出し待ったをかけた。
「私のことはリーフでいいわ。キャラネームでさん付けされるのには慣れてないのよ」
「あ、私もブルーと呼び捨てで呼んでください。私も、あの、その……」
若草さんは堂々と、冬川さんはオドオドと、同じことを口にする。このコンビ、見てて飽きないな。
「了解だ。じゃあ俺のこともソウでいいよ」
おいおい、女の子に名前を、それも呼び捨てさせるなんて俺の人生大丈夫か? ここがピークじゃないよな!?
「あ、それはちょっと」
ピーク過ぎたぁ! 思ったよりも直角に墜ちていったよ俺のピーク。調子に乗りすぎたか。
「ソウ君の場合こっちでもリアルでも名前が一緒だから、ちょっと恥ずかしくってさ」
だよねえ、ゴメン調子に乗りました!
「だからって訳じゃないけど、こっちでソウ君って言う代わりにリアルでも総君って呼んでいい?」
え、何その地獄から天国に突き上げんばかりの素晴らしい提案。あれか、神か。貴女はやっぱり天上の神だったのか。
「勿論私とブルーの2人でね」
――神様。
若草さんの提案に冬川さんは飛び上がるほどビックリしていたが、頭から湯気が出そうなほどに顔を赤く染め、俯きながらボソリと呟いた。
「そ、その……よろしくお願いします」
……拝啓父上様、母上様。俺は今日、世界で一番幸せな男になりました。
「あぁ、よろしくな。リーフ、ブルー」
俺は感涙に咽び泣きたい衝動を鋼鉄の精神で抑え、何とか平静を装う。隣で伸二が笑ってるから、バレる奴にはバレてるみたいだが。
「うんうん、いいねこういうの。なんか青春って感じがするぜ。総、このまま勢いに任せて明後日学校で2人に会ったら下の名前で呼んでみろよ。案外違和感なくいけるかも知れねえぜ」
いや、流石に無理があるだろソレ。違和感ありまくりだわ。いやしかし挑戦せずに結論を出すのは早計というものか。いやでも……失敗したらダメージは深刻だ。チャレンジは大事だが、それと同じぐらい時というのは大事なんだ。俺はそんな無謀なチャレンジはまだ出来ない。
「あら、私は別に構わないわよ。翠って呼んでくれて」
よし、やろう。
「あ、あの、わ、私も葵って呼んでいただけるとその……」
早く明後日にならねえかな。
「そっか、じゃあ明後日からはそう呼ぶよ」
今日は何て素晴らしい日なんだ。あぁ夢じゃないかな……夢じゃないよな? 実はレーヴ装着したつもりが寝てるだけでしたとかそんなオチないよな? やめてよ? 泣くよ?
「おいなに変な顔してんだ、総? 大丈夫か?」
いかん、つい顔に出てしまった。とりあえず、これが夢でないという仮定でいこう。いや夢じゃないはずだ。俺に夢なんてない。俺は夢が無いぞ!
「あぁ、おれは夢のない男だ」
「いきなりどうした!?」
いかん。完全に取り乱した。落ち着こう。
「そう言えばリーフとブルーに聞きたいことがあったんだよ」
「無視かよ!」
無視だよ。
「ん? なになに? 好きなタイプ? え~どうしよっかな~」
え、それメッチャ聞きたい。
「それも気になるけど違うよ。2人の名前はリアルの名前からもじってつけてるのかなって思って」
若草翠のリーフに冬川葵のブルーだ。2人の名を知っていれば誰でもピンとくるものがあるだろう。
「そうよ、私の名前は姓も名も植物って感じでしょ? だからリーフ」
「私は青だからブルーです」
「やっぱりか。でもおかげで覚えやすいよ」
「ソウ君ほどじゃないけどね」
「ふふ、そうですね」
……確かに。
「お前ら、いつまでもイチャついてないで先行こうぜ?」
そんなイチャついてるだなんて伸二。俺たちそんな関係じゃないから。でもちょっとでもそれで動揺してくれちゃったりなんかしてくれちゃったりなんかしたら――
「そうね、早く付きたいし少しペースを上げよっか。ほらブルーも」
「わっ、ちょっと引っ張らないでよリーフ」
デスヨネー。
■ □ ■ □ ■
「良かったわね葵。総君が一緒に来てくれて」
「うん……ありがとう翠。でも聞こえないようにもうちょっと小声でお願い」
「大丈夫よ。総君あっちで伸二とじゃれてるもの。それより、あのことは今日言うの?」
「……うん。そのために高橋君も翠も協力してくれたんだし……何よりここで逃げちゃ、いけないと思うから」
「そう。葵が決めたんなら、私は応援するだけよ。頑張ってね」
「うん。私、今日こそ藤堂君に――ううん、総君に言う」
「その意気よ! 私も援護するからビシッと決めなさい」
「う、うん。頑張るよ」




