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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第6章 チュウゴク激動編
159/202

159話 このまんざらでもなくなったパーティに解散を

 日本の高校生の実に99%が、1年間で最も絶望に打ちひしがれる瞬間。それがやってきた。やってきてしまった。


 まだ、遠い先の話だと思っていた。


 まだ、自分は安全圏にいるんだ。そう言い聞かせてきた。


 しかし、時というのは、どんな権力者にも実力者にも、平等に訪れる。


 それでも、抗う気持ちは、まだこのひと時が終わってはいないという微かな希望は、俺の、俺たちの中で輝き続けている!


「明日から二学期だね、総君」


 ごっはぁああああああああああ!


「そ、総君!? 大丈夫!? そ、総君!」


 拒み続けてきた現実が、拒むわけにはいかない人の口から伝えられる。


「ブルー、ほっときなさい。ついでに巻き添え食らって隣で倒れてるバカも」


 見れば、伸二(バカ)も俺と同じく苦悶の表情で地面に横たわっている。


 ……ふっ、同志よ。死ぬ時は一緒だぜ。


「あれだけちゃんと宿題やっときなさいねって言ったのに……馬鹿ね」


 ぐうの音も出ない。


「主様、ファイトでありんすよ」


 憐れむ者を見る目だ。憐れむ者を見る目が、今俺に向けられている。モップさんだったら泣いて喜ぶな。


「ともかく、色々合ったでありんすね」


「……だな」


 俺たちがスサノオを倒してから間もなく、大尉から、全てのオロチが討伐されたとの連絡が入った。


 スサノオを本来倒すべきではないタイミングで倒してしまったので、オロチの弱体は中途半端なものになってしまったが、あれは杞憂に終わった。

 というのも、そもそも各エリアの封印は、そのエリアのオロチにしか適用されないものだった。俺たちの担当したのはシマネエリアだったが、それ以外のエリアでは無事――と言っていいのかわからないが――スサノオによる完璧なオロチの弱体化が成され、何とかギリギリ討伐できる難易度にまで下がっていたらしい。


 ではシマネエリアはどうなったかという話だが、そこは妙な巡り会わせがあった。


 シマネエリアのオロチに当たっていたのは、蒼天と並ぶトップギルドとして名高い《無職連合》というギルド。勿論他にもプレイヤーはいただろうが、彼らが中心となったことで、中途半端な弱体化しか施されておらず、鬼のような攻略難易度のオロチは、凄まじい激戦によって討伐されたらしい。


 彼らには助けられたな。会ったことないけど。




 それからの数日は、葵さん、伸二、翠さん、クレインの5人で、クリアされたダンジョンや各地の観光施設を時間の許す限り見て回った。


 そして……今日が訪れた。


「主様。わっちが居なくても、ブルーさんから目を離したらダメでありんすよ?」


「あぁ、気を付ける」


 普段であれば笑いながらツッコむ場面でも、今は儚げに微笑むことしかできない。


「クレインさん……本当に、行っちゃうんですか?」


 言いたくない。言いたい。両方の感情がごちゃ混ぜになったような表情で、苦しむように葵さんが呟く。それにクレインは、少しだけ影を差した笑顔で応える。


「あい。夏休みの間だけという約束でありんしたから」


 クレインは夏休み期間中、ホームステイという形で日本に滞在していた。外国から日本サーバーにログインすることは原則的にできないらしいから、クレインとはもう……。


 その現実に、葵さんの表情は一層深く影が差す。


「そう、ですか……」


 手をパンパンと叩き、凛とした表情で翠さんが間に割って入る。


「困らせちゃ駄目じゃない、ブルー。最初からそういう話だったでしょ」


「うん……そう、だね。そうだよね」


 葵さんに慈しむような視線を向けたクレインが、その質を大きく変化させてこちらへと戻す。


「主様、わっちがいないと寂しいでありんすか? 温もりが足りないでありんすか?」


 からかうような、悪戯を見守るような表情で覗き込むように言うクレイン。


「あぁ、寂しいよ」


 温もり云々に関しては明言を避けるが、夏休みの間、クレインと一緒にいた時間は、自分でも思っていた以上に楽しかった。それは、今のこの感情が何よりも強く証明してくれる。


 アメリカサーバーから帰ってきて。


 クレインと出会って。


 毒殺されて。


 鬼共に色々と邪魔をされて八つ当たりして。


 抱き殺されて。


 龍と神にも邪魔をされて八つ当たりして。


 本当に色んなことがあった。


 クレインのお陰で色々と拗れかけもしたし、2回もデスペナを食らってしまったが……まぁ、それも含めていい思い出……だよ、な。だよな。


 最終的には葵さんと良いところまでいけたわけだし……。色々とけしかけてくれたクレインのお陰と言えなくもない、か。


「ん、どうした、クレイン?」


 見ればツインテールが左右へとピンと伸び、顔が紅潮している。


「えっと、その……そんな風に言ってもらえるとは、思わなかったでありんして」


 なんだなんだ、いっちょ前に照れて。クレインも可愛いところがあるじゃないか。


「これがツンデレというものでありんすね。さすがでありんす、主様」


「違うわ!」


 やっぱり、クレインはクレインだ。油断ならない。


「……主様、わっち、最後にお願いがあるでありんす」


 思いつめた顔へと変わったクレインが、急に重くなった唇を動かす様にして喋る。


「聞いてみないと返事しにくいけど、ブルーが悲しまない範囲でだったら、出来る限り聞くよ」


 念のための予防線をしっかりと張るが、クレインにそれを意に介した様子はない。いや、その余裕がないとみるべきか。


「主様……その、最後に、頭を……ポンポンしてほしい、でありんす」


「……ポンポン?」


「……ポンポン、でありんす」


 う、う~ん。これは、どうなんだ? アウトか? セーフか?


 個人的にはセーフだと思うが、それを決めるのは葵さんの顔を見てからだ。葵さんは――あ、全然オーケーですか。そうですか。


「それくらいなら」


 水を軽く掬うような丸みを作った手を、小麦色の輝きを放つ頭へと軽く置く。


「…………」


 年代物のワインをじっくりと味わうかのように深く瞳を閉じるクレイン。まだ続けたほうが良いのかな?


 数拍の後、クレインは目をパチッと開け、次いで口が続く。


「も、もっと、激しくでありんす!」


 こ、こうか?


「あ、あぁ、ん、主様、ちょっと」


 激しすぎたか? ならこうか?


「んん、じょ、上手でありんす」


 そっか、良かった良かった。


「あんっ、も、もぉ、わっち」


 あれ? なんだか声が上ずっているような気が。それに心なしか、顔もピンクになってないか?


「どうした、クレ――」「このドアホがぁああああああ!」「――イン!?」


 金属バットで殴られたかのような感触が後頭部を襲うと同時、翠さんの声が耳に入り、直後、俺の顔面は地面へとめり込んだ。


「か、彼女の前でなにをやっとるのか己はぁあああ!?」


 頭ポンポンですが……今は頭ガンガンです。


「クレインさんも、冗談が過ぎますよ?」


「ふふっ、ごめんでありんす。つい。ブルーさんも、ごめんでありんす」


 最後の最後まで、クレインはクレインだった。本当に油断ならない。


「……じゃあ、わっちはそろそろ行くでありんす」


 目は笑っているが、吊り上がっていた頬の肉はスッと落ち、喜怒哀楽から哀が際立つ。


「クレイン、ありがとな。楽しかったよ」


「色々あったけど、私も楽しかったわよ」


 伸二と翠さんが一歩前に出て、それぞれ手を差し出す。よし、今のうちに起き上がろう。


「……わっちも、騎士殿とリーフさんに会えてよかったでありんす。本当に」


 次は自分の番と、2人が下がるのに合わせて葵さんが前に出る。


「く、クレインさん、わたし……クレインさんのお陰で、色々と勇気が出せたと思います。色々ありましたけど……今は……寂しい、です……」


 最後の言葉で堰を切ったように、青い瞳からポロポロと涙が零れる。止まることなく、ポロポロと。


「ブルーさん」


 細く縮こまり震える巫女を、花魁風の美女が優しく包む。


「主様のこと、離しちゃダメでありんすよ」


「はい……」



「主様は一筋でありんすが、ライバルも多いから、気を付けるでありんす」


「はい……」



「主様は、どこか抜けているからしっかりと支えてあげるでありんすよ」


「はい……」



「それと、涙は女の武器でありんす。そういうのは、ここぞという時に主様に使うでありんす。だから、今は……笑ってほしいでありんす」


「……はい」


 溢れる涙を止めることのできない巫女が、くしゃくしゃの顔で、笑う。


 少しの間抱き合った2人が、ゆっくりと離れると、クレインの顔はこちらへと向いた。


「主様」


「は、はい」


 ちょっと緊張してしまった。


「主様。本当に……本当に、楽しかったでありんす」


「俺も、楽しかったよ」


 偽りのない、心からの言葉だ。


「わっち……役に立てたで、ありんすかね」


「急にどうしたんだよ。らしくない」


 役に立つとか立たないとか、俺たちの関係はそんなものの上に立っているものではないだろうに。


「なんとなく、でありんすよ」


 なんとなくって……そうだな……。


 クレインは真剣な目でこちらを見つめ続けている。どういう事情か分からないが、これは、逃げるわけにはいかないな。


「役に立つって言い方は好きじゃないから、違う言い方で返させてくれ」


 無言でこちらへの視線をピクリとも動かさないクレインに、こっちも覚悟を決めて話す。


「クレインと出会えて、クレインがいてくれて、本当に良かったと思ってる」


 ピクリと体を震わせるクレインに、かまわず言葉を続ける。


「クレインの助けのお陰で、乗り越えられた戦いがあった。クレインのお陰で、向き合う決心がついた。だから、クレイン」


 そっと、右手を前に出す。


「またな」


「……それは、卑怯でありんすよ」


「あれ、涙はここぞという時の武器なんじゃないのか?」


「こ、これは汗でありんす。バグって汗腺と涙腺が入れ替わったんでありんす」


「すげえ地味なバグだな」


 ツッコミになおも顔を赤く染めあげるクレインが、強引に両手で右手を握る。それが照れ隠しであることは……言わない方がよさそうだな。


「……じゃあ、行くでありんすね」


「あぁ」


 ログアウトボタンが押され、体がゆっくりと光に溶けていく。


「主様、ブルーさん、リーフさん、騎士殿」


 目の端に涙を溜め、それでもクレインは笑いながら、


「また、でありんす」


 別の道を歩いて行った。

これにてチュウゴクでの物語は終わりです。

お楽しみいただけたでしょうか。

本章はあと4話(過去編3話+掲示板回)ほど続きます。

ダレノカコダローナー(棒)

次回『あの不器用な悪魔に恩返しを』

更新は来週の水曜日を予定しています。


また、リアルチートオンライン1巻の電子書籍の配信が決定いたしました。

3月9日(金)を予定しています。

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