154話 この罪深き神を地獄の底まで追いかけるドン!
「総、しっかりしろ、総!」
地面に伏した俺のもとへ、伸二が大慌てで駆け寄る。
「これは……ダメージだけじゃない。状態異常……それもマヒか」
「ハイブ、それよりHPの回復を早く! このままじゃ総君のHPが尽きちゃう」
「あ、あぁ、くそっ、くたばるんじゃねえぞ、総。お前はこの後、やることが盛沢山なんだからな!」
妖精の姿が刻印されたガラス瓶のフタが外されると、頭に冷たい感触が降り注ぐ。
「よし、HPは何とかなった。あとはこのマヒを外さねえと。ええと、アイテムは……」
「わっちが持っていんす。騎士殿、これを!」
クレインがアイテムボックスから、タンポポのような花を1つ取り出す。
「《海月花》か、助かった」
凄い名前だな。で、それをどうするんだ? 俺の体はまだうまく動かないぞ? それを煎じたものを飲むとかか?
「総、口を開けろ!」
……は? いや待て、まさか、お前。
「あー、じれってえな、さっさと食え!」
「ふがっ!?」
伸二の手ごと、海月花が無抵抗な口へと強行突入してくる。
しかも――
「――っ!? に、苦っ! い、いや辛っ! の、のがぁあああああ!?」
な、なんだこれは!? 下にまとわりつく強烈な苦み、鼻の奥に突き刺さる刺激、喉の焼かれる感触、なんの攻撃だこれは!
「本当は煎じて飲んだり、回復薬に溶かしたものを振りかけたりとかするものだが、お前ならこれでも効くだろ」
なんだそのアバウトな治療は!? そもそもここはゲームの世界だぞ! 俺だけに効くはずがないだろ!
しかし、その思いと裏腹に、鉛のようだった体は、一転していつもの軽さを思い出していった。もう楽に立てる。
「お、効いたな。さすが攻略サイトに載っていた使用法。効き目もバッチリだな」
なんだ、ちゃんと調べた結果だったのか。なら――
「死ぬほど不味いから絶対にやめておけって情報も正しかったな」
ゼッタイ許さん。
「ほら無駄話してないで、さっさと動くわよ、ハイブ。それに総君も、銃を向ける相手が違うでしょ」
伸二の喉元に突き付けている銃を戻す。そうだな。
「さっさとブルーを取り戻すわよ」
あのクソッタレを、必ず殺す。そのためには、
「だがどうするんだ? 追おうにも、あいつらは地面深くだろ?」
「あのねえハイブ。アンタ、あれが見えないの?」
そう言って翠さんが指さすのは、神社の境内に突如現れた太鼓の、さらに奥。
「あれって……地下への階段か?」
「太鼓が出てきた時にはなかったし、ほぼ間違いなくブルーの居場所に通じてると思うわよ」
黄金色のツインテールが目の前で跳ねる。
「主様、行くでありんすよ!」
クレイン……あぁ、わかってるさ。あの野郎をぶっ飛ばして、必ず葵さんを救い出す。
「ハイブ、クレインさん、総君、準備はいい? それじゃあ……行くわよ!」
■ □ ■ □ ■
境内の奥にいつの間にか出現していた地下へと続く階段。幅は3メートル程度と広く、両壁には等間隔に松明が灯されており、視界も極めて良好だった。
「火が付くってことは、下には酸素があるってことだよな。どこか外と繋がってんのか?」
こけないギリギリのスピードで階段を駆け下りつつ、伸二の疑問に翠さんが答える。
「ここはゲームよ? 単にそういう設定なだけじゃない?」
「そうか……ま、どっちでもいいか。しかし、結構深いな、これ」
すでに降り始めてから数分が経つが、未だに底は見えない。地下数十メートルどころではないな、これは。
「少し肌寒いでありんすね。外はあんなに暑かりんしたのに」
「地下だし、鍾乳洞とかの気温に近いのかもしれないわね――ってちょっと待ってよ総君。急ぎたい気持ちはわかるけれど、もう少しだけ足並みをそろえて。チャットこそ通じないけど、ブルーのパラメーターには何の変化もないし、無事なのは間違いないから」
葵さんは、翠さんとクレインの3人でパーティを組んでいた。それは今も解除されておらず、翠さんは葵さんの現状を冷静に分析する。
「あのきざったらしい奴はブルーのことを姫って言ってたし、手荒なことはされてないわよ、多分」
「それは……そうかもしれないけど」
歯切れの悪い答えに、翠さんは足を動かしつつ視線をこちらへ流す。
「……総君、一度ちゃんと整理しましょう。総君はブルーを助けたいの? それとも、あのキザ野郎をぶっ飛ばしたいの?」
「ブルーを助けるに決まってるだろ」
「なら、もう少し落ち着いて。そして私たちと呼吸を合わせて。ここがダンジョンなら、戦闘だけでは先に進めない可能性もある」
言い返せない。彼女が正しい。
「そうしょんぼりしないで。別にあいつを見逃せだなんて言ってないわ。ブルーの無事を確保できたら、あのキザ野郎はフルボッコよ」
階段をなるべく急ぎ駆け下りつつ、彼女は三日月上に頬をつり上げる。
「おい総。俺のことも忘れんなよ。親友の腹に風穴開けられて黙ってられるほど、俺は温厚じゃないぜ?」
「主様、わっちも! わっちもでありんす!」
少し前までは煮えたぎっていた頭が、徐々に、徐々に、冷静さを取り戻していく。
「あぁ……頼らせてもらうぞ、みんな」
「たりめーだ」
「勿論よ」
「わっちに任せなんし」
皆の心意気が嬉しい。この時ほど、自分は1人じゃないと実感できる時はない。
それからすぐ、俺たちの待ち望んでいたものの1つが視界に入る。
「総、見えてきたぞ!」
階段一直線の光景が、視界いっぱいに広がる床へと変化する。これは……結構広いな。
「わぁ……野球場ぐらいの広さはあるわね」
「アメフト球場ぐらいではありんせんか?」
どちらも同じぐらいのような気はするが、とにかく2人に共通しているのはここが広いということ。そして、それ以外は何もない。いや、
「土と岩……しかねえな。総、なにか見えるか?」
「あそこ、大きな岩と岩の間に、穴がある。多分、地下への階段じゃねえかな」
「お前……あれが見えるのか。どんな視力してんだ」
こんな視力ですが……ん、あれは。
「ハイブ、話はそこまでだ。何か出てきたぞ」
階段と思わしき場所から、何かが出てきた。何か、としか表現のしようのないそれは、そこから出てくると、真っすぐにこちらに近付いてくる。
やがて、それらが伸二たちにも肉眼ではっきり見える位置まで来ると、
「……総。なんだ、あれは?」
「俺が知りたい」
一つ目の仮面をつけた巨人。それが8体、横並びでこちらへと歩いてきている。その体躯は3メートル近くあり、全身を緑のタイツで包んでいる。
「敵……でしょうね、これは。名前は……アシナヅチ?」
聞いたことのない名前だ。伸二も同じ顔をしている。だが、敵なのは間違いないだろう。あれだけの殺気と敵意を向けているやつらが、にこやかに名刺交換に応じてくれるとは思えない。
「アシナヅチ、テナヅチ……ヤマタノオロチの神話に出てくる登場人物の名でありんすね」
おぉ、凄いなクレイン。まさか日本神話に最も詳しいのが外国人のクレインだったとは。
「でもそれ以外の敵は……多分オリジナルでありんすね。シリナヅチ、ハラナヅチ、ユビナヅチ、ハナヅチ、ミミナヅチ、カミナヅチ。どれも聞いたことのない名でありんす」
体の部位をもじったんだろうな。テナヅチというモンスターは手の長さと太さが他のやつらの倍はあり、アシナヅチは足が倍はある。他のモンスターも、体の部位の名に応じた個所が倍以上デカい。
だが、おかしい。これはおかしいぞ。
肩に、騎士の手が乗る。
「わかるぜ、総。お前も同じこと考えてるんだろ」
やはりお前もか、伸二。
「リーフ、気をつけろ。多分、まだあと1体がどこかに潜んでるぞ」
「え、そうなの?」
「間違いないぜ。な、兄弟」
ああ。なにせ、手、足、尻、腹、指、歯、髪と来ているんだ。それなら当然――
「絶対に胸が隠れているはずだ。このチョイスで、胸がないはずがない! どこだ、どこにいるんだ、出てきやがれパイナヅチ!」
そこはムネじゃないのか、などといった無粋なツッコミはなしだ。素晴らしいネーミングだ、伸二。お前、天才だな。
「CやDじゃないだろ!? いや、もしやEですらなく、エ――ふぁぼろぉおおおおおおお!?」
凄いアッパーだ。アーツ抜きであれが打てるとは。翠さん、もしや最近何か始めた? ッとイカン。視線がこっちに流れてきた。
「総君、まさかとは思うけど、総君も……」
「なんのことだ、リーフ? そんな馬鹿なことより、今はここを突破するのが先決だろ」
そうだ、無駄な追及はやめるんだ。そんなものを突いても、俺からはボロしか出ないぞ。だからやめろください。
あれ、なにチャット画面を開いてるの? 誰と連絡とりあってるの!?
「……まぁいいわ。この件はブルーを取り戻した後にしてあげる。で、問題はあの敵だけど……」
かなりの巨体に、8という数。イベントモンスターっぽいし、かなりの強敵である可能性は高い。ここは全員で切り抜けるべきだろう。
「総君。さっき足並みを揃えてって言ったばかりなところ申し訳ないけど、ここは私たちに任せて、先に行って」
「……え?」
「え、じゃない。こんなところで消耗してる場合じゃないでしょ」
「いやしかし、ここを皆で切り抜けて、全員で奥に行った方が成功率は高まるんじゃ」
「そうしようと思ってたけど、そうもいかなくなったっぽいのよ。さっき大尉から連絡があって、封印を解いた別パーティがあのクソッタレキザ野郎に襲われたって連絡があったの。どこのパーティも例外なく、回復魔法を使った術師が攫われて、それを助けようとしたプレイヤーはやられたそうよ」
あの野郎、他の所にも現れていたのか。分身か、それとも別個体か。
「それで、私たち同様に地下へと進んだパーティが、まさにあんな感じの敵と相対して戦ったらしいんだけど」
彼女の顔が、徐々に陰っていく。
「あの敵、倒しても際限なく次々現れるそうよ。既にいくつかのパーティは全滅したみたい」
「底が尽きるまで倒し続けるってのはナシかな?」
「ナシね。総君がここで消耗するのは絶対に避けたい。それなら、ここは私たちが残って時間を稼ぐ」
しかし、それだと、
「そんな顔しないでよ。別に死ぬつもりなんてないから。倒そうとせずに、死なないように戦えば何とかなるかもしれない」
それは、そうかもしれないが……
「おい、総」
その声と同時、脳天にチョップが降りる。
「な、なにを」
「お前、俺たちを信じてないのか? ここは任せろって言ってんだよ。で、お前にブルーを任せるとも言ってるんだ」
……。
「主様」
ニカッと開く口の間から八重歯を覗かせ、クレインは俺の胸に拳を突き出す。
「自信がないなら、わっちが変わってあげてもいいでありんすよ?」
……恵まれてるよな、ホント。
「ありがとう……行ってくる」
信頼には信頼を。常々親父から言われていた言葉だが、実行するのは、今を置いて他にないだろう。
「決まりね……ハイブ、クレインさん」
「あい――《存在が空気》!」
「喰らいやがれ――《ハイ注目》!」
自身のヘイトをアップさせるスキル《ハイ注目》が敵全体にかけられ、一定時間対象人物のヘイトを低下させるスキル《存在が空気》が俺にかけられる。
これなら――
「よし!」
迅雷を起動し、敵の脇を駆け抜ける。
伸二に注目しきっている8体の敵は、俺のことなど脇を飛び回るトンボ程度にしか見ていないのか、チラッと見ただけですぐに視線を伸二へと戻した。
頼んだぞ、お前ら。お前らの分まで、あいつをフルボッコにしてくるからな!
その意気が通じたのか、3人は階段を下りる寸前の俺にボイスチャットでそれぞれに、
『総、俺の分はあばら骨でいいぜ』
任せろ、24本全部折ってくる。
『あ、じゃあ私は前歯』
了解、上も下も全部抜いてくる。
『わっちは#$%&を』
なに言う気だったあの娘ぇええ!? 運営の設定しているNGワード思いっきり叫ぶんじゃない!
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