152話 このイベントの攻略に協力を
3日前、チュウゴクエリア全域に突如として現れたレイドボス。その正体は、地面から体を生やす巨大な大蛇――いや、龍だった。
それも――8匹。
シマネエリアに現れたのは、同エリアのボスとしても登場した《イチマタノオロチ》。しかしボスの時と違ったのは、その大きさ。シマネエリアのボスだった時は軽自動車ほどの太さで全長も20メートル程だったが、レイドボスとなって新たに現れた時は大型トラックほどの太さで、その全長も地面から出ているだけでも30か40メートルはあった。デカい。めっちゃデカい。
ヤマグチエリアに現れたのは《ニマタノオロチ》と《ミマタノオロチ》。二又や三又の名は付いているが、その体躯はシマネに現れたやつと変わらない。
ヒロシマエリアに現れた《ヨマタノオロチ》と《ゴマタノオロチ》。オカヤマエリアに現れた《ムマタノオロチ》。トットリエリアに現れた《ナマタノオロチ》と《ヤマタノオロチ》。いずれもイチマタノオロチ同様の巨躯を誇る龍だ。
これら8体の龍が、各エリアに突如として出現し、その猛威を振るった。
偶然その場に居合わせたプレイヤーたちは、なんとかその脅威に対抗しようと立ちはだかったが、結果として1体も打ち倒すことは叶わず、8体の龍はその姿を地面深くへと消してしまった。
深く残ったその穴を捜索したプレイヤーもいたが、数十メートル進んだ辺りで真っ黒な板のようなものに遮断されていて、それ以上探索することはできなかった。
しかしその翌日、やつらは再び同じ場所から現れた。しかも、前日と同じ時間に。
前回と違い、多くのプレイヤーたちが迎撃に当たったが、それでも成果は前日と同じ。討伐までには至らなかった。
多いところだと1体につき500人以上が同時に討伐に参加したそうだが、それでも駄目だったらしい。なんでも、討伐人数に応じてボスの最大HPが変化しているとか。尋常じゃないな、今回のボス。運営の悪意、いや殺意を感じる。
というのが、さきほど大尉から聞いた話の内容。彼は今、俺たちのギルドのホームである《ギルドホーム》に来ている。
お洒落なカフェをイメージして作られた部屋の中央に置かれる、アンティーク調の丸いテーブル。それを囲んで、俺、葵さん、伸二、翠さんのギルドメンバーに、最近付き合いの濃くなったクレインと、用件があって訪問してきた大尉が座る。
「我々のギルドメンバーも多くがオロチに立ち向かったが、結果はさっき伝えた通りだ」
重いため息まじりにそう漏らす大尉。しかしその顔には、疲労は見えても諦めの色は見えない。作戦行動中の軍人の顔そのものだ。さすがなりきり系ギルドのマスター。迷彩服をいつも身にまとっているのは伊達ではないということか。
「この3日間のアタックで判明したことは、やつは1日に1度、決まった周期で決まった場所に出現するということ。それも、8体同時にだ」
「その内の何体かは倒せたんでありんすか?」
「いや、いいところまで追い詰めたのはいたが、HPがレッドゲージなると急に全身に黄金のオーラを纏いだして、こちらの攻撃のことごとくを弾いてしまうんだ」
HPが半分のイエローゲージになる、もしくは4分の1のレッドゲージになると挙動が変化するのはボスのお決まりのパターンだ。しかし、攻撃が無効化されるのはこれまでのどの変化よりもえげつない。これはもう、アレしかないだろう。
「間違いなく弱体化アイテム、もしくはそれに類似するイベントが用意されているだろう」
だろうな。大尉の話を聞いていた俺たちの顔には、揃ってその顔が浮かんだ。
「実は、その条件が何なのかはもうほとんど判明しているんだ」
「マジですか」
立ち上がって驚きを表現する伸二。しかしその隣の翠さんは、眉間に小さなしわを刻んでなにかを思案していた。
「判明しているのに、わざわざここに訪ねてくる。今回も総君の力が必要ってわけですか?」
翠さんの視線に、大尉は慌てて両手を広げ答える。
「そう警戒しないでくれ。確かに総君の力は喉から手が出るほど借りたいが、今回は違うお願いをしに来たんだ」
「と言うと?」
「今回は、巫女の職業に就いていて強力な回復術も使える、ブルーさんにお願いしたいことがあって来たんだ」
「え、私、ですか?」
自分の名前が挙がるとはまったく予想していなかったのだろう。目をパチクリとさせている。可愛い、ウサギみたいだな。
「あぁ。実はレイドボスの出現と、封鎖された施設には関連があることがわかったんだ」
封鎖された施設。俺たちが訪れていた出雲大社もその1つだったわけだが。思い出したらまた怒りが沸々と湧き上がってきたな。あのクソ忌々しいレイドボスめ。
「各地で封鎖された施設は、その多くが神社などの神聖なものだった。シマネなら出雲大社、ヒロシマなら厳島神社のようにね。それで、その封鎖された施設の封印を解くことが、レイドボスの弱体化の条件だってことがわかったんだ」
それはすごいな。どうやってそこまでの情報を掴んだのだろう。
「施設の封印を解くには、神聖な職に就いている者の強大な祝福が必要。それがわかってから蒼天はその人選に奔走しているんだが、ブルーさんにはその内の1つをお願いしたいんだ」
そういうことか。確かにそれはうちのギルドでも葵さんにしかできない。だが問題は、
「危険はないんですか?」
「……ソウ君の危惧はもっともだ。そして、それに対して明確な答えを持っていない私を、どうか許してほしい」
椅子から立ち上がり、直角に腰を折る大尉。
普段であればすぐに顔を上げてくださいと反応しただろうが、葵さんの安否のかかっているこの状況で、それは出てこない。
俺は。
「顔を、上げてください、大尉さん」
慈愛のこもった声が、大尉の背中を優しくなぞる。
「私、協力します」
そこには、普段のような気弱さなど微塵も感じさせない、凛とした表情の葵さんがいた。
「ありがとう……だが、頼んでおいてなんだがいいのかい? この仕事は危険がないとは言い切れないものだが」
「それなら、大丈夫です」
そう言うなり彼女は、あまり音を立てないように椅子から立ち上がり、テーブル沿いに俺の隣までやってきて、
「総君が……守ってくれますから」
小さくて真っ白な手が、軽く肘をつまむ。
ぐっは……。
これは、凄いな。親父に殴られた時よりもはるかにクラクラする。小さな天使たちが俺を天へと誘おうとする。この力に抗うのはちょっとキツイよ、パ〇ラッシュ……っといかん。昇天してる場合じゃない。
「ぜ、絶対俺が守るよ、あ――ブルー」
急ぎ立ち上がり彼女の手を両手で掴む。
こんなにドキドキしたのは、告白した時以来かもしれない。
「あ、ありが……とぅ」
先ほどまで白一色だったゲレンデに、赤唐辛子のパウダーが一面に振り撒かれる。俯いていて表情は見えないが、その紅潮した肌は全てを物語っている。自分でやっていて恥ずかしくなったんだな。
凄いわかる。
「あんたら……最近いろいろと大胆になってきたわね」
灼熱の砂漠が一瞬で氷河期に陥る。そうだった、今みんながいたんだった。頭に熱が上ると葵さんしか見えなくなるのは、俺の悪い癖だな。
「はっはっは、若いってのはいいなぁ……本当に」
気のせいかな。大尉の目の端にうっすらと光が浮かんでいるような。
「まぁこれだけ強いナイトがいれば、確かに安全だろうね……むしろ敵に同情するレベルだよ」
それからも少しばかりなんやかんやあったが、大尉は少し疲れた表情をぶら下げながら帰路につき、俺たちも作戦決行に向けて動き出した。
次回『この罪深き神の所業に激オコだドン!』
更新は来週の水曜日の予定です。