151話 このレイドボスの出現に怨念を
チュウゴクエリアに、もうすぐレイドボスが実装される。
この情報はプレイヤーたちの行動に、大きな影響を及ぼした。
多くのプレイヤーが未だ踏破されていないダンジョンへと乗り出し、ベースキャンプとして機能している町や村などは活気溢れるプレイヤーたちでごった返している。
そしてそのプレイヤーを目当てに、商魂たくましく動く生産職の人々も集い、それぞれの町は異様な熱気に包まれていた。
一部のエリアを除いては。
「ここは静かだね、総君」
先頭を歩く美女がクルッと振り向いた拍子に、紅白の巫女服がふわりと舞う。
「てっきりまた前回みたいに人が多いと思ったけど、逆に良かったよ。今度は落ち着いて色々見て回れそうだ」
砂利の音を鳴らしながら、大きな松に囲まれた表参道を歩く。前来た時も感じたが、さすが出雲大社。神聖な空気をヒシヒシと感じる。
「色々と、ブルーのどこを見るのかな? 総君」
胸です。と危うく答えてしまいそうになる質問をぶつけてきたのは、我がギルドのマスター、翠さん。先日の緊急クエストの報酬で得た羽付きの靴《乙女の夢》でスキップしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
「そりゃまぁ……口とか?」
読唇術でもしてんのか、俺は。
「ブルーさんの口を……はっ! まさか主様。接吻をする気でありんすね」
おっとそう来たか。だがここ最近の怒涛の弄りラッシュのお陰で、俺の耐性はかなり強化されたぞ。もうそんな言葉に一々心を乱す総一郎さんではない。
「まったくクレインは。ブルーもクレインの言葉は気にしないでくれよ」
「は、はははははい! そ、そうでしゅね!」
この子には急所にクリティカルヒットだったか。
「あっはっは、相変わらず清い交際してんなぁ、お前ら。だがブルー、総も男だ。今は犬ッコロでも、夜になると狼に豹変するかもしれないから気を付け――」
おっと、足が滑った。
「ほべらぁあああ!?」
おや伸二どうした。脇に立つ立派な松の木に頭からダイブするなんて。いくら欲求不満だからって松の木に突っ込むのはよくないぞ。
「……なにか今、総君の足が一瞬消えたように動いた気が」
「気のせいだよ、リーフ。きっとあの松に一目惚れして頭からダイブしたんだよ」
ナゼか顔面を木にめり込ませている伸二に、小走りで駆け寄る。
「大丈夫か、ハイブ?」
「て、てめぇ、どの口が――」
「まぁとりあえず立てよ」
口元を抑えうずくまっている伸二に、手を差し伸べる。
おっと、袖口に隠していたナイフがチラッと出てしまったぞ。いけない、いけない。
ん、どうした伸二。そんな青い顔をして。大丈夫か? え? もうさっきのはいいのか?
よくわからんが、口は禍の元という。今後も口と足元には気をつけろよ?
そのまま伸二に手を貸し、華々しい女性三人のもとへと戻る。
「主様、今度こそブルーさんと一緒に鈴を鳴らせるといいでありんすね」
意外と言ったら失礼に当たるだろうか。隣に寄り添ってきたクレインが、ゴールポスト前の俺に絶妙なアシストを決めてくる。
敵陣のディフェンダーが急に味方になったような感覚に近いな、これ。
「あ、あぁ。そのためにわざわざもう一度ここに来たわけだしな」
今回再びこの出雲大社に来たのは、クレインが言ったように、葵さんと一緒に鈴を鳴らすためだ。前回は突然鬼が出現したことにより台無しになってしまったからな。もうあの緊急クエストは終わったから、さすがに邪魔はされないだろう。
まだレイドボスは残ってるけど……さすがにこんなピンポイントに命中しないよな。ラノベの主人公じゃあるまいし。
それから雑談を交わしつつ、目的の鈴のある境内まで歩みを進めていく。途中、何人かの冒険者と思われるプレイヤーや、職員と思わしきNPCと何度かすれ違うと、それは見えてきた。
「あら、さすがに境内の周りは人が多いわね」
「本当でありんすね。どういたしんす、主様」
どうもいたしんせん。ただ並ぶだけです。クレインは俺のことを何だと思っているんだ。
「何もしないって。ブルーとちょっと並んでくるよ。いこ、ブルー」
「う、うん」
彼女の手を引き、列の最後方へと向かう。
「……あいつ、今普通に手を握ったな」
「やれば出来るじゃない、総君」
「主様、ブルーさん、頑張るでありんすよ!」
クレインの素直な応援は少し気なるが、それでも声援に背を押され、境内から一直線に伸びる人の列に加わる。
気のせいか葵さんの顔が赤いな。呼吸も少し早くなってるし。もしや体調が悪いのか?
「もうすぐ夏休みが終わるから人がいっぱいかなって思ってたけど、そうでもなかったね」
ん~、赤いけど顔色が悪いって感じじゃないな。むしろ血色がいいぐらいだ。気のせいだったか。
「時間があるからこそ、レイドボスの捜索に必死になってるんじゃないかな。今のIEOでそれより優先することってないだろ?」
「そうかな。私は総君といろんな所に行ってみたいよ?」
おおお俺の馬鹿野郎!
「お、俺もブルーと一緒に色んなところ見て回りたいよ!」
「え、う、うん……もっといろんなところに、いこう、ね」
レイドボス。少し前まではお前と闘うことばかり考えていた。どんな体躯だろう、どんな技を使うだろう、どれだけ心震える敵だろう、と。
だが、すまんな。急用ができた。今回はお前の討伐はパスだ。緊急クエスト《彼女との時間を楽しめ》の発生だ。このクエストは、余所見をしながらクリアできるものではない。
■ □ ■ □ ■
「あ、次、私たちの番」
日光の直下にありながら、太陽よりも眩い輝きを放つ女神が少し早口に言う。こういう時は、大概がテンションが上がっている時だ。
神社で巫女服という効果もあってか、葵さんに多くの人の目線が集まっている。だが彼女がそれに気付いている様子はない。人の視線にあれだけ敏感な葵さんが気付かないとは、そんなにテンションが上がっているのだろうか。もしそうであれば、その気持ちに応えるのは俺の使命と言えるな。
「今度こそきっと総君と……よし、頑張るぞ」
しくじれば命はない任務と思ってよさそうだ。同じく、この任務を妨害しようとする奴は全力で排除しなくては。
決意の炎を瞳に灯していると、すぐにこちらに順番が回ってきた。
葵さんと一緒に木造の境内に上がり、一緒に鳴らせば永遠に幸せになれるという鈴の前まで来る。
「……総君」
「いくよ、ブルー」
人の首ほどもある縄を両手で掴み横へ視線を移すと、彼女と視線が絡み合う。
一生こうしていたい、と思わなくもないが、この先にはこれ以上の幸福が待っている。いや、一緒に作りださなければいけない。だから、俺は踏み込まなくてはならない。足踏みはしていられない。
そして、俺たちの想いを乗せた幸せの鈴の音は、夏の日差しが強く差し込む神社に鳴り響――
――ウウウウウウウウウウウウ!
耳を劈く大音響が、神社のあらゆるところから鳴り響く。
『緊急事態発生! 只今、チュウゴクエリアの各所でレイドボスが出現いたしました!』
レイドボスが各所?
ならレイドボスは複数いるのか?
それとも何か違う仕様が働いているのか?
そんな疑問は、コンマ5秒で掻き消えた。
『またそれに伴い、チュウゴクエリアにあるいくつかの施設で封印が施されます。プレイヤーの皆様は直ちにレイドボスへの対処に当たり、チュウゴクエリア全域を浄化してください』
次の瞬間、出雲大社の境内へ向け、地面から真黒な侵食が這いあがってくる。
「え、こ、これ」
「ブルー、とにかくここから降りよう」
「う、うん――ひゃ!?」
お姫様抱っこで彼女を抱え、そのまま地面へと飛び降りる。
「あ、ありが……と……」
頭から蒸気を吹き出している葵さん。それを見て、自分が何をしているのかを悟る。
「わっ、ご、ごめ――」「見ろ! 神社が!」
慌てて――だがなるべくそっと――彼女を降ろしていると、反射的に出た謝罪の言葉が伸二の声にかき消される。
その声に従い、境内へ視線を戻せば、そこには、
「神社が……」
地面から吹き出してくる瘴気のような黒い靄。それにあてられた神社の柱が、徐々に染まっていく。
そしてあっという間に、床から這いあがってきた闇は境内の全てを黒く染め上げ、出雲大社はその神々しさを完全に失った。
へ~、これが封印ってやつか。そっか、そっか~。
「ふざけんなぁああああああああああああああ!」
明けましておめでとうございます。
今年も変わらず投稿していきますので、よろしくお願いいたします。
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更新は来週水曜日の予定です。