146話 この好敵手に光の華を
ボールに当たればホームラン間違いなしのフルスイングを放った蘭さん。視界の先では、打球と化した銀鬼が血の池に盛大なダイブを決めた。
「おー……すげぇなこれは」
水しぶき――いや血しぶきが舞い、辺り一面を赤く染める。完全に地獄絵図だな。
「あ~、気持ち……いぃ」
うっとりとした表情でそれを見つめる蘭さん。その瞳の奥には、うっすらとSの色が浮かんでいる。雪姫さんと同じ人種か。
「蘭、油断大敵でゴザルよ。あれだけの敵。そう簡単には沈まぬであろうし、同じ手は通用せぬはずでゴザル」
「分かっとるわ、佐助。でもちょっとぐら――」『ぬんっ!』
血の池が爆発したかのように爆ぜ、吹き飛ばされた以上のスピードで迫る銀鬼が蘭さんの顔面にその鉄拳を――
『……また貴様か』
「悪いね」
ギリギリのタイミングで、鬼の腕に横から蹴りを入れ、軌道を逸らす。
銀の拳の余波を受けた蘭さんの髪は、砲弾でも通過したのかと思うほどに乱れている。まともに食らっていたら首から上が吹っ飛んだな。
「蘭、離れるでゴザル!」
その言葉に慌てて反応した蘭さんが、後方に跳び退く。
『今の速度に反応できるとは……貴様、本当に人間か?』
「そのつもりだけど――な!」
失礼なことを言う鬼の口に、鉛弾を3発。これでその尖った歯を少し丸くしな。
『……なんだ、オヤツでもくれるのか?』
「マジか」
まさか口の中まで硬いのか? そんなんアリかよ!?
あれ、でも最初に徹甲焼夷弾をぶち込んだ時は効いてた気が……まさか。
そう思い鬼の表情をよく観察すると、その顔はピクピクと引き攣っており、額には大粒の汗が浮かんでいた。
「やせ我慢じゃねえか!」
『おばばばっ!?』
追撃の弾丸をさらに3発、鬼の口に放り込む。
それに鬼は大きく仰け反り、堪らず距離をとる。
『き、貴様……鬼か』
「お前にだけは言われたくねえよ」
顎を抑えながらそう言う鬼に、反射的にツッコむ。
どうもこの敵は俺のツッコミゲージを消費してくるな。もうボケ役は味方の時点でキャパオーバーだから、こいつには早いとこ眠ってもらおう。
「佐助さん、クレイン。俺が前でこいつとやり合う。援護を頼んだ」
「りょっ……了解でゴザル! ゴザル!」
「わかりんした。任せなんし」
俺の背後に控えるように立つ忍者と、寄り添ってこようとしてくる盗賊に指示を出す。上からで申し訳ないが、こいつと正面から殴り合えるのは俺だけだ。それと、
「蘭さん。さっきみたいに大きいのをぶち込めるときは遠慮なくどうぞ。俺も援護します」
「大きいのをソウ様にぶち込む……ソウ様、そっちもイケるん?」
どう曲解したらそうなる。どうしてもというなら伸二を貸してやるから、今は真面目にとりあってくれ。
「冗談や、冗談。……あん、真面目にするから、そんなん睨まんといて。ウチ妊娠してしまう」
どの辺が真面目になった。やめろ、ボッチだった俺に、その手の冗談は非常に効く。
『……もう攻撃していいか?』
こちらをじっと見つめていた鬼が、呆れた色を声に乗せて飛ばしてくる。ついにNPCにまで気を使われだしたよ、俺たち。
「あぁ、悪いな」
その言葉を皮切りに、再び俺たちは銀色の鬼と地獄庭園を踊った。
■ □ ■ □ ■
一瞬の油断が命となる、神速の拳と弾丸のやり取り。それはまるで互いに会話をしているかのように、絶え間なく続いた。
――お前の拳はこんなもんか? まだ力を隠してるんだろ? 出し惜しみはなしに行こうぜ。
「と、殿ーーー!? もっと余裕をもって避けてくだされ! そんな皮一枚で!」
――回天炸裂弾は美味しかったか? キュウシュウを発つときにスミスさんがくれたとっておきなんだぜ。
「ソウ様……鬼になったソウ様も素敵や……」
――紅蓮徹甲弾も美味しかったろ? 今じゃあバージョンアップして、1日に3発まで撃てるようになってるんだぜ。あと2発、いいところで食わせてやるから楽しみにしてろよ?
「主様……鬼よりも鬼らしい……」
――おいちょっと待て。今の回し蹴りどうやった。右足で蹴ったはずなのに、どうして俺の左の脇腹に衝撃が入る。見えなかったぞ。
「ソウ様に何すんやこのド阿呆がぁあ!」
おお、今の蘭さんの一撃凄かったな。一瞬ハルバートが三本に見えたぞ。
互いに削れていくHP。だが俺の攻撃は巨大な岩盤をノミで削る作業なのに対し、向こうは最初からダイナマイトで破壊にやってきている。凄まじい理不尽さだ。最高かよ。
しかしその戦いも、次第に均衡は破られる。
銀鬼のHPが、5割を下回ったことで。
「な、なんとか……ここまで削ったぞ……」
肩で息をしながら、黄色に変わった鬼のHPをみて呟く。それに鬼は、なおも不敵な笑みを絶やさずにこちらを見続ける。
「主様……」
敵の攻撃を2回喰らって、俺のHPはすでに残り3割程度。クレインが回復薬を途中使ってくれてこれだ。ソロだったら死んでたな。
「殿……」
俺同様に、HPが半分以上削られている佐助さん。回復アイテムを使ってあげたいが、こいつはアイテムを使われるたびに奇抜な動きでその使用者と対象者を殺しに来る。下手に突いて活発化させるよりは、このまま殺り合ったほうがまだいいだろう。幸い、クレインと蘭さんのHPはまだ8割以上あるしな。
『まさか……その人数で俺とここまでやれるとは。見事だと言っておこう、小さき者らよ』
全身に銃痕を刻み、靭帯や内臓の至る箇所に切り傷を有する鬼が、感嘆の声を発する。
「お前と身長はちょっとしか変わらねえよ」
たかだか20センチぐらい、ちょっとだろう。誤差だ、誤差。
しかし鬼は、その言葉に首を横へ振る。
『……いや、貴様らとは、天と地ほども違う』
不遜な態度を崩さぬ銀鬼。どこまでも上からな敵だ。なら、その言葉が間違いだってことを、しっかりと証明――
そう思っていた思考は、次の瞬間、完全に否定された。
「と、殿……」
「ソウ様……」
銀の鬼の筋肉が突然膨張を始める。効果音をつけるとしたら、ボゴォンだろうか。キモイ。
「主様……これ……」
泣きそうな声で呟くクレイン。女性が見るには少しショッキングな光景だな。
『……ふぅ。これでもまだ違うか? 小さき者よ』
5メートル以上の高さにまで巨大化した銀鬼が、首を下に傾けて見下ろしてくる。
「確かに、俺たちのほうが小さいな……物理的に」
そんなんアリか、とは言わない。これはゲームだ。敵が巨大化するくらいあるだろう。それに、この手の敵とは昔ナガサキで殺り合ったことがある。
「――なら、こっちも奥の手だ」
自分の首筋に薄く、ナイフを走らせる。
それによって残りHPは25%へと減り、ゲージの色を黄色から赤へと変えた。
そして――
『……ほぅ』
「と、殿、そのお姿は!?」
「ソウ様!?」
感心するかのように息を漏らす鬼と、両目を飛び出す勢いの2人。クレインだけは落ち着いて見ているが、もしかしたら伸二や翠さんからあらかじめ聞いていたのかもしれないな。俺がいきなり自傷行為に走るって。
「これで互いに鬼だ。どっちが上か、決着付けるぞ」
紅く燃え上がる瞳に銀鬼を映し出し、紅鬼は嗤う。
『はっはっは、来るがいい!』
その言葉が終わると同時。足元の地面は靴型に陥没し、体全体に重い風圧がのしかかる。
狙うは足首の靭帯。鋼のような硬さの鬼だが、今の俺の力がどこまで通じるか見てやる。
「――っし」
一閃。刀が走った後に、少量の血飛沫が咲き散る。
「入る……けどまだ硬い、か。なら!」
1回で駄目なら10回。10回で駄目なら100回だ。刀が折れるまで叩き込んでやる。
残像が見えるかと思うほどに速く、荒く、連続で振り抜く。
よし、傷が少しずつ開いて――
『次はこっちの番だ』
直後、振るった刀は空を切り、頭上に巨大な足底が現れる。どうやらこいつは、巨大化したら鈍くなる特撮ヒーローの法則を守る気はないらしい。
「やっば」
横に飛ぶと、巨大な足は地を割り、突風と土煙を巻き上げる。俺は本当によくこのパターンで吹き飛ばされるな。
「蘭、殿の援護を!」
「わかっとる!」
吹き飛ぶ俺と入れ替わるように佐助さんと蘭さんが突っ込む。
「主様!」
クレインの柔らかい腕を背中に感じる。吹き飛ばされる俺を受け止めるとは。クレイン、結構力強いな。
「サンキュ、クレイン」
「どうもでありんす。それより主様、あの鬼の弱点わかりんすか?」
「ん? いや、全然」
「ならなんで突っ込みんした!?」
「え? あんな巨大な敵見たら普通突撃するだろ」
「普通はしんせん!」
おぉ、クレインからツッコまれた。何だか新鮮だ。
「そ、それよりも敵でありんす! 主様には策がありんすか?」
「え、ないよ?」
おや、今度は口を開いたまま静止したぞ。さっきから新しい一面を披露しまくってくるな。
っといかん。佐助さんと蘭さんにばっかりあいつとのバトルをとられ――任せるわけにはいかない。
「佐助さん、蘭さん、今行きます!」
戦線に復帰した記念すべき最初の光景は、鬼の拳で首から上が吹き飛んだ佐助さんの惨劇だった。
「さ、佐助さ――って、分身か」
ドロンという音と共に消える分身。その後方から、ひょっこりと佐助さんが姿を現す。
「殿、あの鬼、異常な強さでゴザル。こちらの攻撃は装甲を突破できず、距離を詰めると一撃必殺の拳や蹴撃が飛んで――おわっ!?」
未確認飛行物体が佐助さんに襲来し、その体を俺の視界の外へと運ぶ。ん、よく見たらあれ蘭さんか。なるほど、鬼の攻撃によってぶっ飛ばされた蘭さんが佐助さんにぶつかった感じか。ってことは……
『遅かったな、待ちくたびれて他の奴らと浮気してしまったぞ』
「……つれないこと言うなよ。これからだろ? 俺たちの時間は」
この台詞、絶対に葵さんには聞かせられないな。
再び交わる紅と銀の瞳。互いに映るのも同じく鬼。その顔は揃って笑みを浮かべている。
『……行くぞ』
「おう、来な」
爆発。いや、鬼が地面を蹴った衝撃で地面が爆ぜる。直後に視界を覆い尽くす鬼は、遥か頭上から隕石のような拳を振り下ろす。
横に――いや、それだとまたさっきの繰り返しだな。
「よっ」
腕を登るようにして躱し、地面で発生した爆風を背に一気に鬼の顔面へ迫る。
「まずは一発」
拳を固め全力のフルスイングを、鬼の頬に向ける。しかし流石は鬼と言うべきか。瞬きをすれば終わるようなこの一瞬の攻防に、しっかりと着いてきている。ガッチリと奥歯を噛みしめて、俺の攻撃に備えているな。
それでこそ――
「やりがいがある」
急制動をかけた直後に体を逆に捻り、後ろ回し蹴りを入れる。
巨大な鬼の――眼球に。
『がぁああああああああ!?』
よし、上手くいった。赤鬼化した今の体ならではの動きだな。ぶっつけだけど上手くいって良かった。
よし、もう片方の眼球も、
「――主様、これを!」
追撃をかけようかというタイミングで、クレインがダガーを全力で投擲する。
……俺に。
「――っ!? クレイン、一体」
「それは人型のモンスターに対してダメージ補正の付くダガーでありんす!」
なるほど、それはナイスだ。だがそのパス、俺以外にはやめておけよ? 普通にフレンドリーファイアになるからな?
ま、何はともあれ、
「サン――キュ!」
『のぉおおおおおおお!?』
深々と突き刺さるダガーが水晶体を喰い破り眼球の奥へと侵入する。
『ぐぬ、この――』
一時的とは言え視界を奪われた銀鬼が、一瞬だけ体を縮こませる。
あ、このパターン、多分あれだ。
『劫火!』
鬼の全身から青い炎が噴き出す。やっぱりな。ナガサキの鬼と同じパターンか。開発陣め、使い回したな。来るのが分かっていれば、これはそこまで怖い技じゃない。
バックステップでダメージを食らわないギリギリの距離まで下がる。
そんで、この火が消えた時がお前の――
「命の灯火が消える時だ――極光六連!」
次回『この残された時間に全力を』
来週の更新は水曜日を予定してます。