144話 この憎むべき鬼に制裁を
「ねぇねぇ、クレインはソウ様のどこが好きなん?」
「わ、わっちでありんすか? わっちは……優しいところ、でありんす。そ、そういう蘭はどこを好いていんす?」
「ウチはなぁ……強くて速いところ!」
「蘭、お主は殿の内面に惚れていたのではござらんのか?」
「勿論内面にも惚れとるわ! でもでも、それでもやっぱりあの戦ってる時の勇姿が堪らんねん!」
「神・アネ戦でゴザルな。拙者も、あの時の殿の姿を見て、心から惚れ申した。この鬼神のように戦う方こそ、自分が忍として仕えるお方だと」
「なぁ、今更やけど、大尉や軍曹じゃ駄目だったん? 佐助の言う仕える人って」
「んー、難しい質問でゴザルな。なんと言えばいいのでござろう、彼らはまだ、人の領域にいるというか……」
「あ~、佐助の言いたいこと、ウチなんとなくわかるわぁ」
「わっちもわかりんす。主様には、人を超越した魅力がありんす」
「むむ、蘭もクレイン殿も話がわかるでござるなぁ」
「……ねぇ佐助、なんでアンタってそんな喋り方なん?」
「急に話が変わったでゴザルな。拙者の家は、祖先に忍を持っていたのでゴザルよ」
「え、佐助って本物の忍者だったん?」
「いや、拙者はただの社会人でゴザル。拙者の祖先がそうだっただけでゴザルよ。ただ、昔から強い憧れも抱いていたのでゴザル。だから、この世界では、忍としての生き方を貫いてみたいのでゴザルよ」
「ロールプレイっちゅうやつやな。あ、クレインの喋り方もそうなん?」
「わっちでありんすか? わっちのはこれが普通でありんす。アメリカにいたときに、日本人の友人からこの喋り方を習いんした」
「それは……強烈な日本人やね」
「普通の喋り方はできないのでゴザルか?」
「できるけど、したくありんせん。わっち……この話し方が好きでいんす」
「ウチはええと思うけどな、それ」
「拙者も否定はしておらぬでゴザルよ。誤解させてしまったら申し訳ないでゴザル」
「気にしていんせん」
「なぁなぁクレイン、その着物ってどこで手に入れたん? ウチもそういうの欲しいんやけど、中々見つからんからこの浴衣で妥協しとるんよ」
「これは、向こうのサーバーで活動していた時に手に入れた物でいんす」
「あー、やっぱそうかぁ。なら日本では手に入らんかもしれんっちゅうことやな」
「諦めるのは早計でゴザルよ、蘭。拙者たちは蒼天。欲しいものは、全力で手に入れるのでゴザル」
「そ、そうやな。このゲームのために現実でも色々と犠牲にしてるんやから、ここで妥協はアカンな。うん、佐助、たまにはいいこと言うやん」
「……たまには、は余計でゴザル」
「あっはっは、堪忍な――ってあら、ソウ様どうしたん?」
堪りに堪った感情が、爆発する。
「お前ら喋ってないで戦えぇええええええええ!」
■ □ ■ □ ■
白塗りの壁に囲まれた通路を、俺、佐助さん、蘭さん、クレインが疾走する。
両脇の壁の上からは鬼たちの待ち伏せが、正面の通路からは出合い頭の遭遇戦が時折発生するが、その度に息をつかせぬ速攻で敵を屠る。
何度目かの遭遇戦では、ついに会話に華を咲かせながら戦うという余裕まで生まれていた。生まれていたが、ちょっと待て。
いくらなんでも会話に華を咲かせ過ぎじゃなかろうか。もはや、会話がメインで戦闘がついでになっていやしないだろうか。
その思いからつい出てしまった先の言葉。しかしその言葉は、正確には誤りだ。
この3人は、ちゃんと手と足は動いている。しっかりと、現れた敵に対して対処している。同時に口も動いているし、敵が現れてもそれは変わっていなかったが、それでも一応は対処している。だから、戦ってはいるのだ。
だが、それでもだ。言わずにはいられなかった。俺に深く刻まれているツッコミ属性が刺激されたせいだとでも言うのだろうか。とにかく、ツッコみたかった。
そしてこの3人もそれを待っていたのか、揃って笑みを浮かべて後ろ髪をかく。何だこの息の合い具合は。
「いや~、殿にツッコまれてしまったでゴザル。これで拙者たちの主従関係も一気に進展でゴザルな」
主従関係ってなにさ。俺たちの間にはただのツッコミとボケの関係しかないよ。
「ソウ様がウチにあんな荒々しい言葉を……これは、そろそろ抱かれる段階やな」
そんな段階があったのか。よし、葵さんに毎日ツッコミを入れよう。
「主様……そんなにわっちと一緒に話をできなかったのが苦しかったでありんすな」
あぁ、苦しい。お互いに日本語なのに、全く会話が成立しないこの感じが苦しい。
どうしてこっちのメンバーはこの4人なのだろうと何度も思うが、その度に大尉から分かれる前に言われた一言が頭を過る。曰く、自衛手段の最も強そうな人選だと。
佐助さんも蘭さんも、これまでの戦闘を見る限り相当の手練れだ。確かにこれなら、よっぽどのことが起きない限り、大抵のトラブルは自分で何とかするだろう。
クレインがこっちなのもわからなくはない。大尉からすれば、クレインは最も情報の少ないプレイヤーだろうからな。しかしそれなら、せめて伸二はこっちに欲しかった。あいつがいてくれたらこの精神的な負担も少しは軽減できたかもしれない。
まぁ、向こうは盾役が不足していたから、伸二が欲しかったのはわかるけど……恨むぞ、大尉。
「殿、正面に門が! おそらくあれが《地獄の扉》というやつでゴザろう」
黒一色に塗られた、巨大な鋼鉄の門。鬼の顔の掘られたソレは、なるほど確かに地獄の扉だ。
そしてその前には、
「な、なんやアレ!? 鎧を着こんだ真っ黒な鬼が」
門へと疾走を続ける俺たちに対して、地獄門の番人の雰囲気を漂わせる黒鬼が仁王立ちで睨みを利かせてくる。
『我コソハコノ《地獄の扉》ノ番人、黒鬼ナリ! 貧弱ナル者ヨ、ココデ散レ!』
あれは……イズモ大社で倒したあいつか。確か薙刀を振り回してくるやつだったな。
そう考えていると、並走していた佐助さんが重そうに口を開く。その顔には、冷や汗のようなものも浮かんでおり、
「殿、あれは少し厄介でゴザル。拙者、この前の緊急クエストでやつと相対したでゴザルが、その力はかなりのもの。ここは皆で四方から一斉に――」
「いや、さっさと消して門に入りましょう」
「え――」
全力で疾走し、隊列から一気に抜け出す。これで奴のヘイトは俺に向いているはずだ。なら、奴の初撃は――
『ム、小癪!』
頭上で旋回された薙刀が、神速となって振り下ろされる。
「やっぱりか」
しかし、来るのがわかっていれば、神速の鉄槌もただ速いだけの棒。横に回避し、そのまま地面に激突した薙刀の上に登る。
『――ッ!?』
「遅い」
そのままに勢いを保持し、黒鬼の顎に膝をカチ入れると、やつの顔が天を仰ぐ。
「全く同じパターンだ――な!」
大きく晒された首筋に、腰に差していたナイフ《16GB》を走らせると、着地と同時に5本の赤い柱が噴き出す。
『ガァアア!?』
よし、やっぱり前に戦ったやつと同じ攻撃パターンだ。ならあとは、前回同様に銃で残りのHPを削れば――
「黒鎖縛!」
鬼の影から、勢いよく飛び出てきた黒い鎖が、やつの体に絡みつく。
「ようやった佐助――双斬空!」
後方から走ってきた蘭さんが、両刃付きの槍、ハルバートをXの字に二閃する。その軌跡から顕現した半透明の刃は、そのまま鬼の胸元まで飛翔し、やつの体に罪の字を刻む。
『キ、貴様ラ――』
体から赤いエフェクトを噴き出しつつも、黒鬼に宿る憎悪の眼差しは陰ることはない。その手に持つ薙刀を上段に構え、
「飛刀翼撃!」
クレインの両手から放たれたナイフが、それぞれに弧を描きやつの腋窩に食い込む。
『オガッ!?』
――なるほど、大尉の狙いがわかった気がする。確かにこのパーティ編成は、戦闘にだけ限って言えばアリだ。ここにいる全員が、
「俺のスピードに合わせられるわけか。リロード《徹甲焼夷弾》」
開いた顎の奥に放られた弾丸がやつの頭を吹き飛ばすと、残された体も後を追うように光へと散っていった。
「もう、ソウ様。行くなら行くって先に言ってほしいわ」
後ろから少し疲れた感のある草履の足音と声が入る。
あれ、一応言ったと思ったけど……あれじゃ駄目だったのかな?
「さすが殿。拙者、増々の忠誠を誓うでゴザル」
この人の思考回路はどうなっているんだ。
「主様、お怪我はありんせんかえ? ではそろそろわっちと契りんす」
「よし、さっさと門を開こう!」
心から。心からそのセリフを叫ぶ。それは紛れもなく、この現実から一刻も早く離脱したいがためだが、誰がそれを責められようか。
俺と佐助さんの2人で、重厚な扉を左右に押し開く。
その先にあったのは、
「これは……まさしく地獄でゴザルな」
武家屋敷を思わせる屋敷と、それを取り囲むように広がる日本庭園と池のようなものがそこにあった。
そう、ようなものが、だ。
広がる庭園は刃と針で形成されており、間違って飛び込もうものなら一瞬で草木は赤く染まるだろう。
端にある池は既に濃い赤に染まっており、生き物の気配をまるで感じさせない。
奥にそびえる屋敷は、作りこそ木造だが、柱には苦悶、絶叫、絶望、苦痛の表情を浮かべた彫刻がなされ、建物の全体から禍々しい妖気を感じる。
「殿、なにが出てくるか不明な以上、先ほどのような突貫は」
「わかってますよ、佐助さん」
俺とて馬鹿ではない。おそらくだが、ここは敵の首魁のいる最奥。いつボスの奇襲があるかわからない。敵が姿を現してからも、その一挙手一投足を観察し、あらゆる攻撃に備えなければならない。
その意思を宿した瞳を見て察してくれたのか、佐助さんは緊張の中にありながらも笑みを浮かべ頷いてくれた。
「主様、わっち……怖くなってきんした」
「ソウ様、ウチも怖いわぁ……」
そう語る2人の顔には、眼前にぶら下がった馬肉に涎を垂らす肉食獣のソレが隠れ見える。
俺も怖い。
「お主ら、くれぐれも殿の邪魔だけは――む、殿!」
「はい。来たみたいですね」
佐助さんと俺の視線が、奥の屋敷のふすまに集中する。
するとそれは、あわただしさの欠片もない所作で、ごく自然に開かれた。
『……ようこそ、客人。ここに来た人間は主らが初めてだ。丁重にもてなそう』
全身銀一色の鬼がいた。その体躯はこれまでの鬼とさほど変わらず、上半身は裸。下半身は紺色の袴のようなものを着ている。
しかし、他の鬼とは明らかに違う。全身の色や、優雅な口調がではない。
「……格が違うな」
全身から溢れる強者のオーラ。俺はこれを現実で何度も、いや毎日見てきた。この雰囲気は、あのアーミーゴリラ、親父と瓜二つだ。
一度開戦の狼煙が上がれば、ここは間違いなく地獄と化すだろう。
『おや? どうした? 私を倒しに来たのだろう? かかってこないのか?』
全く無駄のない綺麗な動きで、鬼が手招きをする。
しかしそれは、間違いなく鬼の手招きだ。その招待に応じれば、来客は間違いなく地獄へと誘われるだろう。
「……殿、この雰囲気。エリアボス以上でゴザル」
「ソウ様、これはちょっと……」
「主様、大尉たちの到着を待ちんした方が……」
3人もやつの醸し出す雰囲気を感じたのか、額に汗を浮かべ、迷いの乗った声を発する。
個人的には早く戦いたいのだが、さっき無暗に突撃するなと釘を刺されたばかりだし、今はチームプレイに徹するべきだよな。
うん。ここは撤退も視野に、やつの情報を集めつつ交戦して様子を見るべきだろうな。少し、いやかなり残念だが、それがチームの一員である、俺の役目だ。迂闊な先制攻撃よりも、出来る限りやつの引き出しを曝け出して、皆で安全にこのクエストを――
『来ないのか? ならば、門の方で闘っている煩いネズミどもから先に始末してや――』
俺は徹甲焼夷弾をやつの口に放った。
『はばぁああああああ!?』
次回『この懐かしい感覚に戦慄を』
更新は月曜日の予定です。