143話 この隙の無いパーティに愛の手を
両脇を白い塀に囲まれた車二台分ほどの幅の道を、10人の精鋭が走る。後方からは爆発音が何度も響いてきて、城門での激戦の様子が容易に伝わってくる。
葵さんと翠さんのリスクを減らすためにも、一刻も早く敵首魁を倒さなければ。
「殿、どうして忍の拙者よりも速く走れるでゴザルか!?」
「どうしてって……毎日の通学のおかげ?」
スピード上昇系のスキルを多く取得する盗賊と忍者の2人が、俺を上の点とした三角形のフォーメーションで特攻チームの先頭をひた走る。
どうも佐助さんは疑問を感じているようだが、今はそれに時間を取っている暇はない。
「主様、右の角から敵が来ていんす! 数は――」「3だろ?」
「え――わっ!?」
迅雷を起動し、前方の角の手前まで低い軌道で跳躍する。そこから次に発動したのは、
「――疾風!」
鬼たちのいる角の正面に一瞬で跳躍した後、疾風のブーツを起動し、空中でためを作る。クレインたちの目には、俺がカエルのようなポーズで透明の壁に真横から張り付いているように見えているだろう。
疾風は本来、空中を跳躍するためのブーツだが、跳躍のために最大で1.5秒、空中に足場を形成することができる。そのため、使い方によってはこのような空中固定や水平直角跳びのようなことが――
「できる!」
『ギッ!?』
空中にできた足場を強く蹴り上げ、ギョッとした目を向ける赤鬼の横を一瞬ですり抜ける――と同時、赤鬼の喉元と肩口には銀閃が走り、光へと散った。残りは両脇の鬼。
『コ、コイツ、ヨクモ仲間ヲ――ィギアッ!?』
唖然とした表情で刀を持つ青鬼と、怒りの瞳で杖を向けてくる黄鬼の喉元に刀とナイフをそれぞれ投擲する。それだけでは倒れてはくれなかったので、再度両手を広げ、脳天に鉛玉をぶち込む。
「ぬ、主様、敵は!?」
「殿、単独先攻は危険でゴザル! して、敵は?」
足音を立てずに素早く走る独特の歩法で追い付いてきた2人から、立て続けに疑問をぶつけられるや、笑顔で振り向く。
「えっと……お、お掃除完了」
ちょっとだけかわい子ぶって言ってみたが、どうやら受けは最悪だったようだ。2人とも目を点にして硬直している。どうやらこのギャグは相当にお寒いらしい。
――よし、無かったことにしよう!
「そんなことより、直進と右折、どっちに進みます?」
丁度いいタイミングで追いついてきた大尉たちに、すがるような気持ちで――なるべく平静を装い――指示を仰ぐ。
到着するや、先行した3人の間の微妙な空気に軽く首をかしげた大尉だったが、俺の問いかけにすぐさま反応する。
「そうだな……最短距離を行くなら直進だが……蘭、君の考えは?」
どうしてここで蘭さんに振るのだろう。実は第六感が優れている人だったりするのかな? もしくは、翠さんに匹敵するほどの戦術眼の持ち主だったり?
「ん~……ウチとソウ様が右に行って、残りの有象無象が直進なんてどうです?」
違う。この人は眼は灰色に淀んでいる。戦術のせの字も見ていない。
「蘭、今は真面目に――」「右がいい気がしま~す」
呆れ顔の大尉の言葉に被さるように、蘭さんの声が通る。だが大尉はそんな蘭さんに呆れはしつつも怒る素振りは見せず、軽い溜息を零した後に皆へ指示を出す。
「全員で右を突破する! 先行は同様にソウ君、佐助、クレインさん。私とハイブ君は最後尾。残りは中衛だ!」
迅速かつ力強い指示に、蒼天のメンバーは全員揃って応の声を上げる。ちょっとカッコいい。
■ □ ■ □ ■
突入を開始してから5分以上が経過し、城門からだいぶ離れた位置まで来た。もう城門付近の戦闘音は聞こえない。
城内に入ってからの素早い行動のおかげか、はたまた城門で分隊が敵を引き付けてくれているおかげか、敵と遭遇する回数は最小限に抑えられている気がする。
それでも数回は敵との遭遇戦はあったが、クレインと佐助さんの高度な索敵能力と、俺のなんとなくな勘により、ほとんどの敵に対してこちらから先制することができている。
まれに後ろを取られることもあったが、その時は伸二と大尉が踏ん張り、中衛の味方がカウンターを加えることで危なげなく進軍を継続できている。
しかし驚いたのはクレイン。
佐助さんや蘭さんは以前レイドボス戦で一緒に戦ったから、かなりの猛者だということは知っていたが、クレインも2人に負けていない。トップギルドの主力メンバーであるこの2人に。
この戦いの前に伸二からチラッと聞いた話では、クレインの装備している着物の名は《夜の紫陽花》。飛び道具に対しての耐性を備え、装備者のスピードすらも補正がかかるもので、彼女に対する鬼たちの攻撃は殆ど空を切っている。
両手に持つ黄金のナイフもかなりの逸品のようで、振るわれる双刃は鬼の四肢を切り刻み、素早い挙動でいくつもの光を生み出している。接近戦の実力は伸二より上か。
中々に隙の無い布陣だな、これは。
「……主様、そんな熱い目でわっちを見つめなんし。照れてしまいんす」
曲解した解釈も伸二以上だな。俺の精神を揺さぶることにかけても。
「クレイン殿、殿が困っておられる。その辺にするが良かろう。それに……」
3人の足が同じタイミングでピタリと止まる。
「分かれ道でゴザル。しかも、これまでにないパターンの」
差し掛かったT字路。その壁には『←天国への階段』と『地獄の扉→』の2つが墨のようなもので書かれてある。
「凄い両極端でゴザルな。普通の感覚なら迷わず天国を選びたいでゴザルが……」
佐助さんの言いたいことはわかる。この運営だからな。本当に天国のような楽園があるとは思わない方がいいだろう。
そう考えていると、7人分の足音が一斉に耳に入ってくる。
「おいおい、総。なんだこりゃ」
「これは……俺が良く行く店の名前に似てるな」
着くなり俺に確認を求める伸二に、見たまんまだよと返す。ちなみに大尉の発言は無視だ。ちょっと、いや、かなり気になるが、蘭さんがゴミ虫を見るような目を大尉に向けているから、これは触れちゃ駄目なタイプのやつだ。
「見た感じでは、片方がトラップ。もう片方がゴールで……いや、この運営だと両方トラップということも考えられるな」
両方トラップか……それはえげつないな。ここにきて実は引き返すのが正解でしたとか勘弁してほしいぞ。
「……よし、二手に分かれよう!」
意を決した大尉の言に、その場で異を唱える者はいない。
「右をソウ君、クレインさん、蘭、佐助に任せる! 残りは左だ!」
異を唱えたい。その人選に悪意はありませんかと声を大にして異を唱えたい。
いや、右の地獄の扉に行くことには何の不満もない。むしろ強敵が出てきそうでワクワクしている。
人数が4人と少ないことに関しても同様だ。均等に分けろだなんてみみっちいことは言わない。
だが、だがだ。何故にその人選!?
そのメンバー全員俺に対して精神攻撃仕掛けてくるんですけど!?
もっと戦いに集中できるメンバー構成にしてもらえませんか!?
せめてツッコミ役の誰かをあと1人いただけませんか!?
大尉、俺の顔見て!? 察して!?
「ふむ、その顔。どうやら君にならすべてを任せても良さそうだな」
チクショウ! どうして俺の周りの人の目はこうもポンコツなんだ!
だがその時だ。俺の方に、救いの神の手が降りたのは。
「……ハイブ」
タカハ神の降臨だ。これで我が国は救われる。さぁ伸二、言ってくれ。
「総、頑張――ブフッ、頑張れよ」
このやろぉおおおおおおおおおおおおお!
「主様、わっちを護ってくれなんし」
むしろ俺を守ってくれ。
「ソウ様、ウチ、怖いけど頑張るわ」
大丈夫、俺が一番怖い。
「殿。拙者、見事務めを果たしてみせ申す」
「……お願いします」
かつてこれほどまでに心を乗せた「お願いします」があっただろうか。本当に頼むよ、佐助さん。補佐の「佐」に「助」けると書いて佐助さん。俺のMP、あなたにかかってますからね。
その願いが通じたのか、佐助さんは俺の目を見るとコクリと頷き、
「クレイン殿、蘭。殿の側室になるのならば、この程度の試練は笑って乗り越えねばならんぞ」
俺のMPは空になった。
次回『この憎むべき鬼に制裁を』
更新は木曜日の予定です。