141話 このややこしいタイミングで合流を
草木が風に揺れ動く山中に、武装した男女が多数集まる。杖を持った魔術師、弓を持ったアーチャー、大剣を背に抱える剣士、首に十字架のネックレスをつける僧侶、迷彩服の拳闘士、黒いローブを羽織った暗殺者、巫女服を纏う女神など、実に様々なメンバーが。これがもし現実の光景だったら通報間違いなしだな。
「……なるほど、これで互いの状況がわかったな」
眉間によったしわを抑えながら呟く大尉。どうやら、何かを考えているらしい。
翠さんたちと合流してからすぐ、俺たちは互いの状況を確認しあった。
こちら側の状況は至ってシンプル。海に出る金がないから、ここに狩りに来た。それだけだ。シンプルすぎて大尉以外の人からは疑われたが、どこにも嘘はない。だから、そうとしか言いようがない。
対して大尉たちの状況は、この山の中に鬼たちのアジトがあることを見抜いた上で、捜索網を展開していたとのことだった。
俺たちが偶然見つけたここに、彼らは狙ったうえで来ていた。さすがはトップギルド。情報網も行動力もずば抜けている。
そういうことだったら、俺と彼らが不幸な遭遇戦になったのも頷ける。大事な作戦中はピリピリしていることが多いと聞くし、ここは笑って水に流すべきだろう。あ、でも肘鉄かました人には後で一言だけ謝っておこう。先に攻撃してきたのは向こうでも、こっちは無傷だしな。
それに、これから一緒に作戦を遂行する彼らと、これ以上の揉め事はまずいしな。
「では、我ら蒼天と君たちとでの合同クエストということで、今回はどうだろう?」
「オッケーです、大尉」
大尉の提案に、俺たちの代表兼頭脳の翠さんが了解の意を返す。勿論俺たちに反対意見はない。彼らの実力はよく知っているし、ここでバラバラに動くメリットもない。むしろ、こちらからお願いしたいくらいの状況ですらある。
大尉以外の蒼天のメンバーは、その話が出た瞬間に表情を硬くしたが、彼らの口が開くことはなかった。
「よし、ではここにいるメンバー以外も紹介したいから、少し移動しよう」
大尉の誘導に従って、山の中を進む。
さっきまでいた他のメンバーは、再び気配を消して周囲を索敵している。おそらく、俺たちが鬼と鉢合わせないように動いてくれているのだろう。大尉からそんな指示を受けた素振りもなく即行動に移せるとは、見事だ。
それからモンスターと一度も遭遇することなく、俺たちは洞窟の中に展開されていたベースキャンプへと案内された。
縦横ともに3メートルほどの幅の洞窟を進むと、その先に教室ほどの広さの空洞があった。机や椅子だけでなく、ホワイトボードのようなものまで置かれているそこは、ベースキャンプというよりはちょっとした会議室の様相を呈してすらいる。全員で……15人ぐらいかな? 外の人数と合わせれば、この倍はいるかもしれないな。
「大尉、おかえりなさい」
机の上にここら一帯の地図を広げていた牧師風の男性が駆け寄ってくる。それに大尉は片手を挙げて応える。
「ただいま。偶然フレンドと会ったから、彼らにも協力してもらおうと思ってね」
大尉の言葉に、男性は「え?」と言いたげな表情を浮かべる。まぁ自分たちのギルドで進めていた作戦に、途中から部外者が入ったら面白くはないよね。
「そう心配するな。彼らには過去、神アネとの戦いで共闘したこともある仲だ。実力は軍曹も認めている」
「あの軍曹が!?」
あ、一番驚くポイントそこなんだ。
「まぁ……そういうことでしたら」
完全な納得ではないだろうが、軍曹と大尉のお墨付きのおかげか、彼がそれ以上反論することはなかった。
「さて、では早速皆にソウ君たちの紹介を――」
「ソウさまぁあああああああああああ!」「おっふ!?」
凄まじい衝撃が腹部を襲い、世界が回転すると、そのまま壁面に激突――いや、これはめり込んだな。なんというパワー。
「ソウ様! やっぱりソウ様や! 会いたかったでぇええ!」
これは……確かレイドボス戦の時に一緒に戦った、蘭さんだっけ。ハルバートをぶん回してた。なるほど、あのパワーで激突したらこうなるのか。女性のタックルだと思って軽く受け止めたのがまずかったな。HPの4分の1が減った。
「ソウ様もウチに会いたかったん? もうウチ嬉しいわぁあああ!」
何だろう。このところ、こういうのにやたらと縁があるな。だがおかげで耐性も付いた。少し前の俺なら動揺でまともに口が動かなかっただろうが、今は違う。何にも動じない、鋼の精神を手に入れたのだ。
「ど、どどどどど、どうしました、ら、蘭さん」
駄目だ、この鋼、腐ってやがる。
「ウチの名前、憶えておいてくれたん? もう感激やぁああ!」
畜生! より状況が悪化したよ。大尉、伸二、何とかしてくれ!
しかし俺の願いに応えたのは、迷彩服のマッチョでも鎧の騎士でもなく、忍び装束で口元も隠した忍者だった。
「――蘭よ、そこまでにするがよかろう。殿が困っておる」
えっと……確か佐助さんだっけ。この人もレイドボス戦で一緒に戦った人だったよな。ていうか殿って誰よ。
「さあ蘭、いつまでも抱きついてないで離れ――むっ! う、動かん。さすがは近接特化職ベルセルク。ちょっ、マジで動かん。た、大尉、手伝ってくだされ!」
「あ、ああ!」
それからなんとか蘭さんを引き剥がし、大尉による説教を挟んでから再び仕切りなおした。
「あー、すっかりかき乱してしまったが、知らないメンバーもいることだし改めて自己紹介をしよう。私は大尉。このギルド《蒼天》のマスターをしている。で、こっちの浴衣を着た危ない奴が蘭。こっちの忍者が佐助だ」
「皆さん、よろしゅう」
「よろしくでゴザル」
それからも10人以上のメンバーを順に紹介され、いよいよ俺たちの番が回ってきた。
「私はリーフ。ギルド《COLORS》のマスターです。こっちが同じギルドに所属している、巫女のブルー、騎士のハイブ、そしてガンナーのソウです。それで――」
「わっちはクレイン。日本に来ている留学生でありんす。ちなみに、こちらの主様の愛人でありんす」
「違います」
とんでもない爆弾を、よりによって不発弾が埋まっているここで落とすクレインに、間を開けずに否定の言葉を入れる。油断も隙も無い。もしかしてさっきのことを根に持ってる?
そう思い視線をとばすと、クレインと蘭さんの視線がぶつかり合い火花を散らしている。うん、根に持ってる。
「さて、各々いろいろあるみたいだが、それはこのイベントが終わってからにしてくれ」
いや、終わった後もやめてくれ。
「このベースキャンプにいるのは20人。それと、周りの哨戒任務にあたっているのが同じく20人。合計で40人だ」
結構多いな。
「攻略先は、この山の山頂にある城。その名も《鬼ノ城》」
なんてそのまんまなネーミングだ。これ、さすがに創造だよな。現実にはないよな。
「敵戦力は推定だが――1000」
1000。その数に、伸二や翠さんはゴクリと唾を鳴らす。喉が乾いたのだろう。あの程度の鬼が1000程度いても、囲まれない限りは大した脅威ではない。
「まずは外で哨戒に当たっているチームが、城の近くで騒動を起こす。それからなるべくたくさんの鬼を、多方面へと釣って本陣の守りを薄くする」
哨戒役がそのまま囮役になるのか。おそらく機動力に優れた編成だろうから、ヘタに動かない限りは囲まれて全滅するなんてことはないだろう。
「敵が釣れたら、ここにいる20人で敵城門を総攻撃。城門の左右に立つ櫓の上には敵の射手がいるから、射撃職はそれらを先に排除して欲しい」
これは俺の仕事だろうな。もし射線が厳しければ、最悪櫓を登るか、塀を飛び越えて内側から城門を開けよう。
「城門を突破した後は、このメンバーで迅速に敵陣深くへ突き進む」
大尉が指さすボードには、大尉、蘭さん、佐助さんを始めとした蒼天のメンバー7人に、俺、伸二、クレインが加わった、計10人の名前が記されている。見た感じ、接近戦ができて乱戦に強く、かつ機動力もそれなりにあるメンバーが中心に選抜されてるな。
「残りの10人は、俺たちが突破した城門を使って防衛戦を展開して欲しい。なるべく派手な魔法やアーツで、敵の目を引き付けてくれ。だが、厳しい時は迷わず撤退だ」
回復役と魔法職が多めに編成されているチームで防衛戦というわけか。葵さんと翠さんがいるから心配ではあるが……いや、心配だからこそ、早くに敵首魁を攻略しないといけないか。
「では、10分後に作戦を開始する。各人それまでの間に準備をしておいてくれ。では、解散」
その後は蘭さんや佐助さんを交えたメンバーでしばらく雑談をしつつ、その時が来るのを待った。
少し前まで険悪な空気だったクレインと蘭さんは一先ず刃を収めてくれたらしく、今では翠さんを交え、互いの装備やスキルなどについて話している。
佐助さんはと言うと、伸二から俺の――所々にボカした――武勇伝を聞いているらしく、その目を少年のように輝かせながら聞き入っている。こちらからすれば、武勇伝というより黒歴史なんだが。
そうして残ったのは、俺と、その隣で弓矢を真剣に見つめている巫女。何をそんなに考えているのだろう、と少し前の俺だったら思っていただろう。だが今の俺は葵さんの彼氏。彼女の考えていることは、少しだがわかるようになってきている。
あれはきっと、これから大規模な作戦が始まるにあたって緊張しているのだろう。新しい武器がどこまで通用するか、皆の足を引っ張らないかどうか。きっとそんなことを考えているのだ。よし、ここは彼氏として、その緊張を解きほぐしてあげよう。
「ブルー、そんなに――」「総君、蘭さんとはどういう関係なんですか?」
おっと……
おっと。
次回『この物々しい戦場で共闘を』
更新は木曜日の予定です。