140話 このイベントの発生源に強襲を
突如として始まった、チュウゴクエリア全域での緊急クエスト。同時多発的に発生する鬼を断つには、その発生源を特定するしかない。そのポイントがどこなのか、ゲームの内外において、ありとあらゆる可能性が議論されていた。
そしてその中でも、最も確率が高い――いや、賛同者数の多い選択肢。
それが、鬼ヶ島だ。
岡山県の桃太郎と言えば、子供でも連想できるほどに有名。そしてこの鬼は、桃太郎の鬼で間違いないだろうというのが、大多数の意見だった。俺もそう思う。そういうわけで多くのプレイヤーが、港にある船を――かなりの高額らしいが――レンタルし海へと乗り出している。
だが、それとは違うルートを進むのは、俺、伸二、翠さん、葵さん、クレインの5人。海ではなく、オカヤマエリアの中央付近にある山岳地帯を、やや疲労気味の足で進む。
これには理由が2つ。まず1つとして、金がない。全員分の所持金を足せば何とか船をレンタルするくらいはできるが、さすがにそれはできない。ならば資金調達もかねて狩りに行こうということで、ここに来た。
そしてもう1つの理由。これは先ほどの考えと相反するのだが、翠さん曰く、敵の拠点が鬼ヶ島ではない可能性があるとのことだった。
どういうことかと尋ねれば、なんでも鬼ヶ島のモデルとなった島は香川県にあるらしく、チュウゴクエリアではいけない、もしくは最初から存在しないらしいのだ。
だがそれ以外に思いつく選択肢があるわけでもない。とりあえずの目標は資金集めとしつつも、状況に応じて動けるようにフットワークを軽くする。これが今の状況に繋がっている。
「それにしても、山しかないわね。どこを向いても山、山、山」
両手を広げ、クルリとその場で回りながら歩く、緑色のローブを羽織った魔術師。オキナワ以降も変わらぬ装備に見えるが、ローブ自体はバージョンアップを幾度も施し、性能は一級品と言える。背負う杖は先端に三色の宝石が散りばめられ、彼女の魔法をより高次元へと引き上げている。上位ギルドでも十分に通用するレベルだ。
「いいじゃねえか。ハイキング気分で行こうぜ」
顔以外のすべてを鋼の鎧で覆う騎士が、漏れ出た愚痴を受け止め、色を加えて返す。今はなにも手にしていないが、敵が現れれば、その右手には炎属性が付与された鉄製の剣を、左手には高級金属ミスリルを一部使用した盾を装備するナイトへと変貌する、頼れる騎士だ。
「あ、お弁当も作ってるよ」
紅白の美しいコントラストが映える巫女服に身を包む女神の口から、祝福の言葉が零れる。その頭部には銀のかんざしが、耳には勾玉を模った赤と白のイヤリングが付けられ、神聖さと可愛さと神々しさと可愛さと清らかさと可愛さと可愛さと可愛さが溢れ出ている。加えて最近練習している弓の腕前も――アーツでだが――メキメキと上達していってるときた。もうその可愛さに死角はない。
「主様、わっちも弁当を作りんした。後でたんと食べなんせ」
俺とブルーの仲を応援すると公言した金髪和服ツインテール娘、クレイン。どの辺が変わったのか説明を求める。だが彼女は俺の意思のこもった瞳もなんのその。すぐにブルーの隣へと駆け寄り、ニシシと口元を緩ませる。
「主様が意味深な目でわっちを見ていんす。これは、わっちを愛妾にしようとしていんすね」
「するか!」
口が開けばその半分以上が問題発言な爆弾娘。ツッコミを受けても何ひとつ怯まぬその笑顔は、むしろ清々しくすらある。
「ふふっ、総君もクレインさんとすっかり仲良しだね」
その言葉にツッコミどころがないわけではない。だが、肝心の葵さんが一切動揺せずに笑っているのだから、これはこれでいいのだろう……よくわからないが。
よし、話題を変えよう。
「それよりも、中々出てこないな、モンスター」
同じことを考えていたのか、伸二がすぐに反応する。
「だな。あの一件以来、各地で鬼が出没して他のモンスターも活性化してるってのに」
それにしては、ここは静かすぎる。嵐の前の静けさだとでも言うのだろうか。
「ここまで来て引き返すのもあれだし、もう少し進んでから判断しましょ」
「了解だ、リーダー」
翠さんの提案に賛同した俺たちの足は、そのまま山の奥へと進んでいった。
■ □ ■ □ ■
雑談交じりに進み始めて約三十分。これまで現れることのなかったモンスターが、ようやく姿を見せる。
だがそこにいたのは、普段フィールドで見かけるような1パーティ単位などではなく、ダース単位で行動しているモンスター、それも、鬼だった。
こちらのほうが先に気付いたため、全員で脇の草むらに身を隠す。
「気付いてないな。なら先制攻撃で一気に殲滅――」「ストップ!」
草むらから飛び出そうとする俺を、リーダーの声が制止する。
「もう少し観察してみましょう。もしかしたら、ものすごいアタリを引いたかもしれない」
少しだけ興奮の乗った声を、押し殺すように出す翠さん。アタリってなんのことだ? アイスの棒?
「なんだかわからないけど、了解」
それから数分の間、茂みの中から鬼たちの行動を監視し続ける。その中で分かったのは、あいつらが先日イズモ大社で掃討した鬼と同種であること。同じ色の鬼であっても、身長や体格が微妙に異なること。意思疎通は言語で行われること。感知能力は低いこと。
他愛もない雑談でもしてくれればもっと情報は集められただろうが……町人とかのNPCならともかく、モンスターにそれを求めてもどうしようもないか。
ま、なにはともあれ、
「行ったな」
その場からすべての鬼の影がなくなり、ようやく一言を発する。すると、皆も緊張の解けた様子で頬の筋肉を弛緩させ、ゆっくりと息を吐き出す。
「ふぅ……かくれんぼは苦手でありんす」
「でも、襲撃しなくて正解だったかも」
「うん、だね」
「……そういうことか」
翠さんの言葉に納得する葵さんと伸二。待ってくれ、置いてかないでくれ。
「どういう意味でありんすか?」
ナイスだクレイン。よくぞ聞いてくれた。
「あの鬼がイベントで出てきた鬼だとしても、この辺には観光施設は何もないでしょ?」
うん、ないな。こんな山奥に。
「なら、あの鬼たちはどうしてここにいるの?」
どうしてって、それは……その日の気分?
「なるほど、わっち、わかりんした!」
頭の上にピコンと電球をともしたクレインが朗らかに口を開く。マジか、クレインもわかったのか。
「つまり、あの鬼たちの巣がこの付近にあるかもしれない、ということでありんすね?」
「そういうこと」
なるほど。じゃああの鬼たちの去った方向が奴らの本拠地である可能性があるということか。もしくは、支部のような扱いの前線基地かも知れないが、それでもその情報は貴重だ。
「もちろん、総君もわかってたわよね?」
「トーゼンデスヨ?」
急なキラーパスに声が上ずってしまった。なぜ疑問に疑問で返したとツッコまれやしないだろうか……いや、あの顔、わかった上で遊んでるな。
「ふふっ、なら安心。じゃあ、追跡は総君にお願いしてもいい? 総君なら無傷で追跡して、そのままここに帰ってこれるでしょ?」
「マカセトケー」
拒否ったらこの醜態が葵さんにバレる。彼女の顔を見て、俺は瞬時にそう判断した。
「じゃ、行ってくる」
そこまで離されていないし、このスピードならすぐに追いつくだろ。
極力音を殺し、草木を掻き分け進む。山の中の移動は親父との戦闘で慣れっこ――いや、むしろ得意だ。場合によっては大きな木の上に飛び乗り、地面に足を付けずに追跡を続ける。連続で二回まで空中を跳躍できるブーツ《疾風》を使えば、そのぐらいわけはない。
「――見つけた」
そこまで急いで移動していたわけではない鬼に追い付くのは、簡単だった。それからしばらく鬼の後をつけていると、鬼たちがある山の頂上に向けて移動していることに気付く。
「あの山……なにかあるのか?」
この辺にダンジョンがあるなんて聞いたことないが……まぁいい。
「このまま尾行して、あいつらのアジトを――なに!?」
視界の隅に浮かぶ索敵マップ。それに何の反応も示さない不気味な気配が複数、俺を取り囲むようにして感じられる。
本来索敵マップには、隠れているモンスターや一部の特定フィールドのモンスター、隠密スキルや特殊アイテムを持つプレイヤー以外は概ね映し出される。ならこの気配の主は、特殊なモンスターかプレイヤーである可能性が高い。
だがこの気配……鬼じゃない。だとしたらプレイヤーか? それがなぜ、鬼ではなく俺を取り囲むように展開している。しかも、殺気にも似たものを一部の奴は発してるぞ。
どうする。ここで一戦交えるか? 得体の知れない相手と? いや、ここは翠さんに相談するべきか。囲まれてはいるが、軍曹並みの使い手でもない限りは楽に突破できるはずだ。なら、ここは情報を持ち帰るべく撤退――
しようとしていた俺の意識に、背後から音もなく忍び寄った影が迫る。その先からは、紫色のオーラを発するナイフが飛び出している。
問答無用に攻撃か。とりあえずは撤退として、軽く反撃しておこう。
半円を描き背中越しにナイフを見送り、肘鉄を影の脇腹に入れる。リアルなら肋骨粉砕の上、最悪折れた骨が内臓に突き刺さる危ないやつだ。しかしここは仮想世界。どんなことをしてもリアルは大丈夫だ。
そう――どんなことをしても。
視線の先に映るのは、くの字に折れ曲がった影の頸部。そこに、真下から膝を――
「ま。待ってくれ!」
聞き覚えのある声に、彼の喉元まであと数センチと迫った膝がピタリと止まる。周囲の影もその声に戸惑いつつ止まっている。
う~ん、これ、やっちゃったかもしれない。
そう考えてると、茂みの中から6人のプレイヤーが現れる。内1人は、自衛隊の装備する迷彩服に身を包んだ精悍な顔つきで、歴戦の勇士という言葉がこれほど似合う男もいないだろうと思える雰囲気を発している。
「……大尉」
トップギルド《蒼天》のギルドマスター、大尉。その彼が、額に汗をびっしりと浮かべ、やや蒼白気味の顔でこちらへと近づいてくる。これは……やっちゃったな。
すると大尉は、開口一番、
「すまない!」
直角に腰を折った謝罪。不正をやらかした会社が記者会見の時に見せる謝罪よりも、遥かに誠意のこもった謝罪を、俺よりかも一回り以上年上であろう男が行う。
「い、いや、俺こそすいません!」
慌ててこちらも腰を折る。この人に謝られると、どうしてかこっちが逆にすいませんとなってしまう。この人は、何となくそういう空気を纏っている。もうさっきまで考えていた色んなことが吹っ飛んでしまった。
互いに低くなる頭。だが、謝罪以外の言葉が最初に出てきたのは、俺の口でも大尉の口でもなく、
「マスター。なんだってこんな奴に頭なんか下げて――うごっ!?」
1人の盗賊風の男が大尉に歩み寄りそう漏らすが、言い終わる前に頭上から神速の拳骨が振り下ろされる。久しぶりに見たな、あの拳骨。
「このバカ垂れが! 彼は俺のフレンドだ! いやそもそも、他のプレイヤーを無暗に襲うなと普段あれほど言ってるだろうが!」
「い、いや、今回はちゃんと理由がありますって。こいつが鬼たちをありえない動きで追跡してたから、不穏分子と思って排除しようと」
「それが無暗だと言っとるんだ! プレイヤーなら最初に武器ではなく言葉で向き合わんか!」
マジすいません。
「しかもよりにもよって、その相手がソウ君だなんて……お前ら、俺が止めに来なかったら間違いなく全滅してたぞ」
いや、そこまではしませんって…………多分。
「ソウ君、本当にすまない」
再び直角に下がっていく頭。それに付随して、大尉に頭を押さえつけられた男の頭も下がる。
「いや、気にしてませんから。むしろちょっと楽し――いやそれよりも、互いの状況を確認し合いませんか?」
状況がイマイチ、というか全然読めん。ここは翠さんたちも呼んで、お互いにイチから話し合ったほうがいいだろう。
その答えに、大尉は頬に幾筋もの汗を這わせながら頷いてくれた。
この人も苦労してるんだな。
次回『このややこしいタイミングで合流を』
更新は月曜日の予定です。