14話 【断罪】俺氏、ナハに紅い華を咲かす
初の狩りを成功させた翌日の午後、俺は【ナハ】の町にいた。俺の高校は土曜日は基本半日授業だが、今日は学校の都合により1日丸ごと休みだ。素晴らしきかな2連休。
午前中は妹の相手をしつつ宿題を済ませ、午後からは妹と母さんが買い物に出かけるというので、俺は家に残りゲームに耽ることにした。ああ、素晴らしきかな2連休。
清々しい気分でIEOにインした俺の目に最初に飛び込んできた光景は、燦燦と輝く太陽の下、満面の笑みで飛びついてくる親友の姿だった。ログアウト。
ふぅ、とんでもないものを見た。火炎放射器を持ってたら間違いなく汚物として消毒していたな。
ヘッドギアを外し重い溜息を吐き出していると、脇においていたスマホが震え俺にメール着信を知らせてくる。まぁ誰からかは予想がつく。仮想世界からでも現実世界にメールは送れるからな。俺は再び溜息を吐くと、渋々画面を確認し、
【ゴメンナサイ、モウシマセン】
【なら許す】
再びIEOの世界へとダイブした。
「――で? 何の用だ? あとどうやって俺がインするタイミングを知った」
正座待機している伸二に冷めた視線を送り、先ほどの不可解で不愉快な一幕の理由を問いただす。
「ゲームにインしたときに降りる場所は、前にログアウトした時から一番近い町か、フィールドやダンジョンに設定してある休憩ポイントって決まってるんだよ。で、ナハの町ではインする時この辺に降りるから、お前が来るのを待ってたんだ」
「ん? ずっと待ってたのか?」
こいつどんだけ暇なんだ。
「待つって言ってもこの周辺でぶらぶらしながらだけどな。総のログイン時にコールが鳴る様に設定してたから、このタイミングで来ることがわかったんだ」
そんな設定があるのか。よし、なら俺も女の子のフレンドがインしたらコールが鳴る様に設定しよう……俺にそんなフレンドはいなかったな。おっと、目から汗が。
「で、何の用かって話だけど、お前と一緒にクエストに行きたくってさ。誘いに来た」
「なるほど、そういうことか」
「そういうこと。じゃ、行こうぜ」
「待て」
それは「誘う」とは言わない。俺は伸二の強引な「連行」に待ったをかけ、
「美人の姉ちゃんが待ってるぜ?」
「行くぞ」
折角の親友の誘いだ。無下に断るわけにもいくまい。俺はさほど乗り気にはなれなかったが、ここは親友の顔を立ててやるということにした。
■ □ ■ □ ■
「こんにちは藤堂――じゃない、ソウ君。今日はよろしくね」
「よろしく……リーフさん」
伸二の後を付いてきた俺の目の前に現れたのは、昨日友達になった若草翠さんに瓜二つの「リーフ」という名の女性プレイヤーだった。
リアルの髪型をそのまま映したとしか思えないセミロングの髪に、これまたそのまま映したとしか思えない綺麗な黒髪。少しだけ吊り上がっている目からは芯の通った女性を思わせる凛々しさを感じる。女性プレイヤーの初期装備である旅人風の服装の上から緑色のマントを羽織った麗人がそこにいた。
いや若草さんじゃん。テメェ伸二……確かに美人であることには1ミリたりとも反論は無いが、嵌めやがったな。
俺の視線の意味を察した伸二は得意そうに笑う。殴りたい、その笑顔。
「実はちょっと狩りで行き詰ってて。ソウ君がこのゲームやってるって伸二から聞いてたから誘おうって話になったの」
「そうだったのか。俺も特にやることが決まってたわけじゃないから誘ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」
「おい総、お前俺の時と随分態度がゴホォッ!?」
気をつけろ伸二。腹部に蚊が止まっていたぞ。払ってやったから当分来ないだろうが、迂闊なことを口走るとまた止まるかもしれないぞ。
「どうしたの伸二? いきなり」
「咽たんじゃないかな。ゲームでもあるんだな、そういうこと」
常人には認識されにくい速度で突っ込みを入れても実際に怪我をすることは無い。この世界は本当に――俺が伸二をどつくのに――都合がいいな。
「そ、総……てめぇ……」
「半分以上自業自得だからな」
さて、これであのムカつく笑顔の件は気が晴れた。これで本題に移れるな。
「これで全員って訳じゃないんだろ?」
「あぁ、あと1人、昨日いたちっこいのが来る予定だ」
おいおい、冬川さんその言い方気にしてたぞ。容赦ねえな伸二。
「そうね、あと1人、昨日いた胸の大きいのが来る予定ね」
おいおい、その話今度詳しく。
■ □ ■ □ ■
それから冬川さんを待っていた俺たちだが、中々現れないため若草さんが連絡をするも、本人からの返事はないままだった。
伸二と若草さんにフレンド一覧を見てもらい、インしているのは確認できた。普通インしていて連絡がとれないとなると何かのクエストやバトル中であることを想像するが、伸二と若草さん曰く、彼女が単独でそれをすることはまず考えられないらしい。そうなると何かしらのトラブルに巻き込まれたのかもしれない。ということで、若草さんにはこのまま待っていてもらい、俺と伸二で手分けして冬川さんを探すことにした。
それから俺は伸二とは逆の町の南側へと向かった。すれ違う人や横に逸れる路地などに注意を払いつつ、俺はまだ仮想世界での名前も服装も容姿も知らない冬川さんを探す。
――俺はアホか!
こっちでの冬川さんってどんな姿してんだ? 顔はわかるって言いたいがそもそも冬川さんの顔は髪で隠れててよく見てねえよ。大体キャラネーム何さ!? 俺はアホか! アホの子なのか!?
……アホの子だった。
自虐に予想以上のダメージを受け勝手に落ち込んでいると、ふと視界の端に数人の野郎の姿が映る。別に見たくはなかったのだが、その中心に怯えた様子の女性の姿が映れば、それはもうガン見せざるを得ないだろう。それは自然の摂理だ。俺は目だけでなく耳にも働くように命じ神経を尖らせる。
「な、俺たちが色々教えてやっからよ」
「効率のいい狩場に連れて行ってあげるよ。心配しなくても俺たちが君を守ってあげるからさ」
これはアウトだろうな。もしこれで相手の女性がノリノリであれば俺もこのまま通り過ぎるところだが、囲まれている女性は明らかに萎縮している。
「じゃあ行こうか。ほらっ!」
野郎の1人が女性の手を握り自分の方へと引っ張り出した。アウトだな。
俺は気配を殺して女性の手を引く男の背に立つと――仮想世界で感じるかは別として――殺気を纏い口を開く。
「お兄さん方、彼女嫌そうだよ? 離してやったら?」
「なっ!?」
背後から声をかけられた男は俺の声に飛び上がり、慌てて振り向く。
「なんだテメェ! いきなり声かけてくんじゃねえよ。ビックリするじゃねえか」
こいつちょっと可愛いな。態々自分から言うか、ソレ。だがそんなことは一切表に出さずに俺が男の言葉を無視して女性の傍に立つと、他の男たちも険悪な空気を発し始めた。
「おいこら、関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」
「んだテメェ、ぶっ殺されてぇのか!?」
テンプレ回答ありがとう。もうその手の言葉はリアルでお腹一杯だよ。
俺はその言葉も無視すると、囲まれていた小柄な女性に軽く腰を折って話しかける。
「こんにちは。この人たちは貴女のお友達ですか?」
女性は震えて声が出ないのか、首を目一杯横に振ることで意思を表す。あと一声だな。
「助けがいりますか?」
女性は閉じた瞼から涙を流し震えつつも、コクリ――と小さく頷いた。
よし、そろそろくるな。彼女を巻き込まないように少しだけ移動しよう。
俺の女性を気遣う言葉に我慢の限界を迎えた野郎3人は、リーダー格の男の言葉を皮切りに、前後と右側の三方から一斉に襲い掛かってきた。
「やっちまえ!」
よし、これで正当防衛成立。先に手を出したのはお前らだからな。きっかけを作ったのは俺だが。まぁそれも自業自得だ。最初に来るのは……後ろか。
背後から迫る拳を縦軸に回転することで避けると、そいつの背中を押して正面から来る男にプレゼントする。
「おわっ!? こっちくんな!」
「ぐえっ」
二人の男がもつれ合っているうちに右側に残ったリーダー格の男に目をやれば、刃渡り20センチ程のナイフを手に俺に斬りかかってきていた。俺は真っ直ぐな軌道で向かってくるナイフを先ほどと同じように回転することで避けると、ナイフを持っている手の肘の内側に手刀を打ち込む。
「ぐあっ」
短い苦悶の声を上げた男は、その拍子にナイフを空中に置き去りにする。その武器欲しかったんだよね。
俺は空中に放り出されたナイフを奪うと、そのまま男の首に一閃を描く。
「がああああ!?」
首の裂け目から赤い光のエフェクトが勢いよく噴出される。頚動脈どころか気道まで切ったからリアルだったら声も出せずに失血死するんだけどな。まぁいいや。手にしたナイフでそのまま心臓をもう二突き、肋骨の隙間を縫う様に突き刺し男から離れる。これでこいつは終わり、と。
残りの二人に意識を向けると、俺に背中を押された男は体勢をいち早く直し向かってこようとしていた。逆に俺にその男をプレゼントされ受け止めた男の方は、その後ろでリーダーがやられたことにビビッている。うん、順番は決まったな。
俺は手にしたナイフを今にも殴りかかってきそうな男の額に、肘と手首の動きだけで投擲する。
――トン、とまな板に包丁を突き立てたような音が響く。
額からナイフを生やした男は、その生え際から赤いエフェクトをぶちまける。うめき声を上げられるのも不快だったため、すぐさま双銃をとり、今にも声を上げそうな男の口を吹き飛ばす。
6発の銃弾を顔――主に口――に受けた男はそのまま何も出来ずに地面を舐める。あと1人。
最後の男は目の前の仲間が突然やられたことに半ば恐慌状態に陥り、俺への注意を完全に逸らしていた。ここまでくればもうどうにでも料理できるのだが、俺の頭にふとある考えが浮上した。
――そうだ、どうせならリアルだと危険すぎて試せないことをしよう。
自分の中の悪魔が陰湿な笑い声を上げるのを感じつつも、俺は試してみたい衝動に素直に身を任せることにした。
「ひっ!?」
俺は男の反応できない速さで背後に立つと、自らが逆立ちになり交差した足で男の首を挟んだ。そして――
「ひぎゃっ!?」
捻りながら地面に叩きつけ、地面に真っ赤なトマトをぶちまけた。まぁ実際は赤いエフェクトだけどな。
そして地面を彩る赤いエフェクトを見て、俺はふとある感想を抱いた。
――やりすぎた。