139話 この腹立たしいイベントに逆襲を
『ナンダ貴様! タッタ一人デ、コノ数ヲ――アギャッ!?』
『コ、コノ、人間ノ分際デバガァア!?』
『ハギャァアアアアア』
『ヒゲブッ!?』
『ト、取リ囲メ! 取リ囲ンデ確実ニ殺セ!』
『ダ、駄目ダ、速――ギフッ!?』
『アギィイイイイ』
『オゴバッ……』
『ガッ!?』
『ヒ、ヒィイイイ――イビジ!?』
『アガァアアアアアア』
『助ケ――デェエア!?』
『……ダ、駄目ダ。逃ゲロ……ニ、逃ゲロォオオオ!』
『アアアアアアアアア』
『ヒッ、オ、追ッテクルゾ!?』
『ク、来ルナ、来ルナァアアア――アガッ!?』
『ナ、ナゼ攻撃ガ当タラナイ!?』
『駄目ダ、逃ゲラレナイ!』
『ウォオオオオオオ――ビギャ!?』
『ピギャァアアアアア』
『コノ……化ケ物ガァアアアア――ッ!?』
『ソ、ソンナ、隊長!?』
『隊長ガ……瞬殺……』
『ヤメロ、来ルナァアアアアア』
『ギャァアアアアアア』
『アーーーーーーー!』
『アガッ!?』
『……コンナノ……嘘ダ』
『アアアアアアアア』
『オゴッ……』
「……次」
■ □ ■ □ ■
『ギィエエエエエエエエ!?』
肩から腰に掛けて真っ二つになった鬼の断末魔が鼓膜に響く。もう何匹倒したのかすらよく憶えていない。100ぐらいまではカウントしてたんだが。
少し冷えた頭を軽く振り、ゆっくりと息を零す。
「しっかし……こりゃすげぇな。至る所で戦闘が起こってる」
一際大きな建物の屋根から、中央にある下の広場へ視線をやると、戦隊ヒーローのように豊富なカラーの鬼たちが、焦った様子で武器を振るう冒険者と戦っている。
「色によって装備や力量が違うな。今さっき倒した黒い鬼は結構強かったし」
これまで見てきた限りでは、赤い鬼は鈍い光沢を放つこん棒を持つベーシック型。青い鬼は野太刀を装備し、動きが赤よりも速い。黄色は身体能力は弱いが、持っている杖から雷の魔法を放ってくる。緑はボウガンを装備している他、ダメージを追うと薬草などの回復アイテムを使用する。
そしてピンクは、他の鬼が虎模様のパンツなのに対してなぜが同じ模様のスカートを履いている。ヒロイン枠だとでも言うのだろうか。だが泣いている子をさらにギャン泣きさせるであろう、いかつい顔に、筋骨隆々な体。なにより手に持つモーニングスターは、どう見てもヒロインの枠から外れている。
「まぁなんでもいいや。どっちみち全部倒すことに変わりはないから――な!」
背後から忍び寄り、野太刀を横薙ぎに振り抜いてきた青鬼の一撃を上に飛んで躱し、回転様に刀を振り抜く。
『グガッ!?』
首筋に走った赤い線。だが致命傷には至っておらず、鬼は振り抜いた刀を反射させたかのように走らせる。
「おっと」
金属と金属の衝突する甲高い音が響く――と同時、火薬の弾ける音が2つ、左手に持った銃から轟き、鬼は両の目を破裂させる。
『ガァアアアア!?』
「やかましいんだよ、クソ野郎」
開いた口に突き刺した刀の切っ先が後頭部から音もなく生えてくる。最初からそこにあったのが当然と言わんばかりに。
青鬼は、足元に転がる青い勾玉を遺して消えていった。
「しかし……ドロップアイテムのこの青い勾玉はなんだ? 鑑定しても説明欄が出てこないし」
アイテムボックスには収納できるから、かさばることはないが、せめてなんなのか情報が欲しい。
倒した鬼の色に依存するらしく、青い勾玉はさっきので9個になった。ちなみに赤い玉は10個。黄色が5個。緑が8個。ピンクが7個。黒が1個だ。
黒鬼は1体しか倒してないから今のところドロップ率は100%だが、それ以外の鬼のドロップ率は30%以下ってところかな。
もう何体倒したのかまではわからないし、このアイテムに何の意味があるのかもわからないが、
「とりあえず、100個目指して集めてみるか」
100個集めると神の龍が出てきて願いを叶えてくれるかもしれないからな。出でよ神の龍。そして願いを叶えたまえ。え、願い? そうだなぁ、じゃ、じゃあ、葵さんと――
『食ラェエエエエエ!』
「妄想まで邪魔するのか、テメェらはぁあ!」
屋根を上って襲い掛かってきた赤鬼の眉間に6発の弾丸をぶち込む。弱点攻撃時にダメージボーナスを得るスキル《極》の発動下であれば、それで倒せるのはもう知ってるからな。
一息吐き、屋根の上にポツリと遺された赤い勾玉を拾う。
「さぁ、刈り尽くしてやるぞ、畜生共」
■ □ ■ □ ■
それから十数分。もういくつの光を生み出したのかわからない。勾玉の数はとっくに100を超えている。
……神の龍は出なかった。
「ま、まぁいいし。別にショック受けてないし。願いごとくらい自力で何とかするし……ん?」
神社の中央に位置する巨大な庭園が見えてくると、そこに大量の鬼を見つける。
「100どころじゃないな……200はいるか?」
しかしあれは……何かを取り囲んでる?
ってこの状況だったらプレイヤーに決まってるか。よし、だいぶ気も晴れたし、ここは人助けといこう。もしかしたらこれをきっかけに、友達ができるかもしれないし。
それからとりあえず敵の集団に斬り込んでみると、読み通り大量の鬼に囲まれているプレイヤーがいた。数は20人といったところか。
よし、ここは助けに来ましたよと声をかけて、彼らの好感度を上げておこう。そうすれば、この件が終わった後に、フレンド登録をしてくれるかもしれ――いや、待て、それでいいのか総一郎。そんな打算で友達を増やしてお前は嬉しいのか。
違うだろ。友達ってのはそんなんじゃないだろ。共に苦境を乗り越え、心の根っこにその存在を置く。それが友達ってもんだろ。てか親父がそう言ってたな。
よし、ここは何も言わずに鬼たちを蹴散らそう。その姿勢で、彼らに対する気持ちを表現しよう。
それからの戦闘は互いに激しいものとなった。基本的に連携の取れない俺は鬼の集団に飛び込んで数をとにかく減らしていき、連携の取れているプレイヤー集団は互いに背中合わせとなって正面の敵にのみ対応し続けた。飛び交う魔法、激しく打ち鳴らされる金属音。これぞ戦場と言わんばかりの物々しい雰囲気は、互いの精神を極限まで高揚させていった。
その中で、彼らの中から倒れていく者は少なくなかったが、数分が経過したころには、周囲の鬼は全て光となり、生き残ったプレイヤーたちは肩で息をし、剣や槍を杖代わりにしながら、周囲を見渡す。
「凌ぎ切った……のか……」
「し、死ぬかと思った……」
「なんだってあんなに囲まれたんだ……」
「俺たち……やればできるじゃん……」
「つ、疲れたぁ……」
「な、なぁ、ところでアイツ……」
荒々しい息遣いの中で、互いの生存を喜び合う彼らの声を聴き、強張っていた頬が緩む。
そこで彼らの集中力は完全に切れたのか、多くの――いや、全員が大きなため息を吐き出しながら、その場に尻もちをついた。
まだ戦闘が終わったわけではないのに……呑気なものだ。いやしかし、その気持ちもわからないことはない。苦境を乗り越えた先にある安息は、なににも代えがたい至高だ。ただ、もし俺が敵ならこの瞬間に再度襲撃を――
『グゥオオオオオオ!』
「あ、やっぱり」
塀の向こうから、赤と青の鬼が飛び込んでくる。一息を吐き出したばかりのプレイヤーたちは、その光景に目をむき出しにし、ある者は再び武器を取り、またある者はその場から一目散に逃げだした。
だが逃げ出した方向が悪い。そっちは、
「おい、そっちは敵の伏兵が――」
『白雷!』
潜んでいるから気をつけろ。そう言い切る前に、彼らの胸を水平に走る雷が貫き焼いた。
「あー……言わんこっちゃない」
最後までは言ってないけどな。
しかし……完全に囲まれたな。残ったのは俺を含めて6人。囲んでいる鬼は……50はいるな。
だが考える時間も、連携をとる時間も鬼共は与えてくれなかった。最初に現れた赤と青の鬼は猛然と突進を行い、伏兵として現れた黄色い鬼は魔法の杖をこちらに向けている。それに草木の中に姿を隠してはいるが、おそらく緑の鬼がボウガンで狙っているはずだ。
――ヤバいな。
この状況を打破する手はいくつかある。閃光弾や煙幕弾を使い、かき乱すなどが最もやりやすい手段だ。だが、それでは自分しか助からない。まだ友達になろうと言ったわけではないが、俺の中では彼らは既に他人ではない。苦境を共に乗り越えた、戦友だ。
そんな戦友を見捨てて1人助かる道を選ぶなんて、俺の良心が絶対に許さない。まだ一言も交わしていない間柄だが、そんなことは関係ない。
彼らと共に、再びこの苦境を潜り抜け――
「くそっ、だからこのガンナーを囮にして逃げようって言ったのに」
ん?
「てかこいつが大暴れしたから囲まれたんじゃねえか!?」
んん?
「くそっ、このブサイ……金髪クソ野郎が!」
んんん?
「おいテメェ! 責任取って死んで詫びろや!」
んんんん!?
「失せろ、この疫病神が!」
……落ち着け、彼らは精神が昂るあまり心にもないことを言っているだけだ。
もし仮に、仮に! 彼らが俺のことをなんとも思っていない、いや、疫病神と思っていたとしても、それでも彼らをここで見捨てるのは気が引ける。
そう、ここは自分の中の良心を信じるんだ。俺の中の良心は何と言ってる。胸に手を当ててみろ、総一郎。
「このボッチが! お前なんか一生ボッチだ!」
良心は言った。彼らは他人。
「リロード【煙幕弾PT-04】!」
■ □ ■ □ ■
濛々と立ち込める煙幕の中、両手に持った銃の引き金を引きまくる。
視界は前方数メートルしか確認できないが、それは相手にとっても同じこと。反応速度と回避速度を生かして、遭遇する敵の目と口を撃ち抜き、弾が切れたらリロード時間が回復するまでナイフと刀で斬るKill斬る。
『ゲガァアアアアアア!?』
水平に走る雷を跳躍して躱し、炸裂弾で術者の歯と舌を吹き飛ばす。
『……エ?』
迅雷を起動し、超速の抜刀で数体の鬼の四肢を斬り飛ばす。
『グフ!?』『ヅダ!?』『ザクレロ!?』『アッシマー!?』
疾風を起動し空中を跳躍しながら、目につく頭部をコマのように回転しながら蹴り、蹴り、蹴り、蹴る。しかしやられる時の声ちょっと意図的すぎないか。特に最後。
『ピギャァアアアアア!?』
そうそう、こんな感じだよ。やっぱ悲鳴はこうじゃなきゃな。破壊力最重視の銃弾《回天炸裂弾》を胸に受けた緑の鬼が口から大量のエフェクトを吹き出して絶命――いや、光になる。
よし、今ので周囲の敵は掃討できたはずだ。煙も晴れてきたし、ここは一旦伸二たちと合流して――
「あー……」
全然掃討できてない。正面にある鳥居の下に、わんさか集まってる。しかも、こっちガン見してるよ。こういうイベントの時のモンスターは大概が索敵マップに何も反応しないから、本当に厄介だ。
「いや、探す手間が省けてラッキーと捉えるべきか」
折角向こうから出向いてくれたのだ。これは我が国の心、オ・モ・テ・ナ・シをしないとな。
『ハッハッハッハッハ、観念シロ、人間!』
お? 先頭に立つやつが喋ったな。てっきり一目散に突撃してくるかと思ったら。他と違って白い色をした鬼だし……もしかして指揮官か何かか?
『貴様モ相当ナ実力ノヨウダガ、我ガ将ニハ到底及バヌ』
副官かな? しかし将か。それは楽しみだ。つまり、そいつが最高責任者。今回の件に対して、一切の責任を負う立場のやつというわけだな。じゃあこの諸々の感情も、そいつに全部受け止めてもらおう。
『ソシテ我モ、将ニハ及バズトモ剛ノ者。ヒ弱ナ人間ナド相手ニナラヌワ!』
「そこまで言うなら、お前らの将ってのは何色だ? 金か? 銀か?」
その問いに、鬼は無言で首を横に振り、
『我ラガ将ハ漆黒。全テヲ飲ミ込ム、暗黒ノオ方ヨ』
誇らしげに語る鬼。だが俺は、その答えに1つの心当たりがあり、それをアイテムボックスから取り出す。
「これのことか?」
鈍い光沢を放つ黒の勾玉を取り出し、白鬼に向ける。それを見た白鬼は、制止したままゆっくりと口を開け、
『……エ?』
この後めちゃくちゃ狩り尽くした。
■ □ ■ □ ■
後頭部に柄を、口から刃を生やした白鬼が、ビクリと体を震わせ崩れ落ちる。光となって散っていくそれは、白い勾玉を遺して消えた。
「……ふぅ」
ようやく訪れた安息。敵の気配も皆無。そのひと時を噛みしめながら、その場に崩れるように尻もちをつく。
すると、
「暴れたわねー、総君。辺り一面勾玉だらけ」
背後から翠さんの声が聞こえた。色々なものを通り越して呆れた。声からは、そんな色が透けて見える。
「主様、これを1人で……やっぱり凄いでありんす」
「どうだ、気は済んだか? 総」
隣に来た伸二がそのまま座り込み、軽く視線をとばす。
「あぁ、ちょっとな」
色々とあったが、最後は怒りというより楽しみだった。やっぱり戦いは楽しい。それに、これは緊急クエスト。怒りの矛先など、最初から存在しない。強いて言えば、あれは八つ当たりみたいなものだ。
「ところで他の地域はどうなってるんだ? 緊急イベントはここだけか?」
「いや、なんでも、ここと同じくチュウゴクエリアの全域、それも観光地を中心に鬼の襲撃があったらしいぜ」
運営の公式ホームページを開きながら言う伸二。だがその顔に、納得の色は浮かんでいなかった。
「にしても、らしくねえな」
「何がだ?」
「運営だよ。これまで都市襲撃タイプの緊急クエストはあったが、いきなりこんな町中からスタートしたのは今回が初めてだ」
言われてみればそうか。ナガサキ以降は参加を自粛していたから気付かなかった。
そのタイミングで、視界の端に赤いマークが浮かぶ。俺宛にメッセージが届いた際のサインだ。そして他の反応を見るに、どうやら皆にも届いたらしい。
会話が途切れ、そのまま皆、画面を開く。そして一通りに目を通すと、先ほどとは打って変わって、納得の、それも不敵な笑みを携えた伸二が再び口を開く。
「なるほど、こういうことか」
『システムメッセージ。これより、チュウゴクエリア全域における緊急クエスト《鬼退治》を開始します。チュウゴクエリアのいずこかに存在する鬼の本拠地を攻略しない限り、不特定多数のポイントで鬼が同時多発テロを行います。プレイヤーの皆様は、こぞってご参加ください。なお、不参加を表明される方は、システム欄にある設定より変更を行ってください。この変更は一度行うと、クエストが終了するまで再変更できませんので、ご注意ください。それでは、皆様のご健闘と阿鼻叫喚をお祈りいたします』
おい、最後。
次回『このイベントの発生源に強襲を』
更新は木曜日の予定です。