138話 この神々しい神社で縁結びを
島根県出雲市。そこには、日本で最も有名な神社と言っても過言ではない、あれがある。
そう、出雲大社だ。
そして当然の如く、日本を模した世界であるこのイノセント・アースオンライン、日本サーバーにおいても、それは存在する。
そう、イズモ大社だ。
「すげぇなこれ……さすがはイズモ大社だな」
目を点にした伸二の口から漏れるのは感嘆。一言一句否定できぬ言葉に、緑色のローブを羽織った魔女も同意を示す。
「ほんと……これはすごいわ。ね、ブルー」
「う、うん」
同意に同意で応える巫女。だがその顔には、感嘆というよりもっと別の何かが浮かんでいる。それに心当たりのある俺の顔にも、似たようなのが浮かんでいるんだろうな。
葵さんとしっかり仲直り(?)をした翌日。俺と伸二、翠さん、葵さんの4人はここイズモ大社に来ていた。
目的は縁結び。
色々と呆れた表情の翠さんとタカハ神から「とりあえず行け」と言われ、そのまま何となく来て現在に至っている。
しかし、何度も思うが本当にすごい。木製の巨大な大鳥居をくぐり、樹齢数百年はありそうな松の木に囲まれた参道を行った先にあるこの光景は、圧巻の一言。
これぞ日本の伝統と言わんばかりの巨大な木造建築物は、見ているだけで自然と頭を下げてしまいそうになる。さすがは神々の集う大社と言うべきか。
優雅な曲線を思わせる彫り込みのされた側壁。その上に構える屋根は、美しい茶色一色で構成されている。あれは……木の皮か? 瓦じゃないんだな。きっと日本の伝統的な手法の1つなのだろう。行き交う人々の多くが、その光景に圧倒されている。もしくは、魅入られてしまっている。
「ここは現実でもこっちでも縁結びの神様が祭られている神社なんだから、しっかりとお祈りしてきなさいって」
朗らかな笑みを浮かべて巫女の背中をたたく魔女。それに葵さんは、顔を赤らめつつも、瞳に光を宿し「うん」と力強く答える。
「しっかし運営も公式サイトで堂々と《縁結びの神社》と宣伝するとはな。よっぽどヘッタレランドの件が悔しかったのかな」
大規模アップデートで公開された情報。その中の1つに、縁結びの聖地というワードがあり、運営公認の縁結びの聖地としてここは認定されている。
普通であればそこまでいちエリアの建造物について宣伝することはないのだが、これはやはり俺たちが勝手にやったレイドボス撃破時に刻んだ石碑《恋愛成就の聖地~ヘッタレランド~》が効いているのであろう。
と言うのも、あの石碑の立つ地には、今でも多くのプレイヤーが恋愛成就祈願のために訪れており、そこにいる神・イモートが逆に邪魔者扱いされているのだ。運営がこのイメージを払拭したいのも頷ける……いやマジすいません。
「なぁハイブ。それはそうと……どうしているんだ?」
そっと後ろに立つ人物に視線を移すと、そこには先日俺を毒殺したプレイヤー、クレインの姿がある。昨日と同じく、薄く着崩された和服を身に纏い、こちらをいじらしそうに見ている。
「いやな、なんでも彼女、今こっちに短期留学してる外国人らしくてさ」
ほうほう、そうなのか。で? それとこれにいったい何の関係があるんだ? てか留学先でゲームすんな。日本の文化をここで体験するんじゃない。
「外国人だったのかとか、留学先で何やってんだとか色々ツッコミたいとこはあるが、一先ずさきの質問にもう一度答えろ。何で、彼女がここにいるんだ?」
この流れ。どう考えても伸二か翠さんが連れてきた感じだろう。でなければ、クレインがここにいるはずがない。一体どういうつもりなんだ? 返答によってはこっちにも考えがあるぞ。
「いや、あれからクレインに色々聞いたんだが、なんでもあの子、日本の留学先でうまくいってないらしくてな」
クレインと呼び捨てにする伸二に少し「ん?」と思いつつも、そのまま耳を傾ける。
「お前の恋人ポジションは諦めるけど、せめて少しの間だけでも一緒にいさせてくれって頼みこまれてよ」
なんか色々と端折られた説明のような気がするな。端折られすぎていて、気になることのほとんどが解決していない。怪しすぎるだろそんなの。嫌だぞ、そんな得体の知れない人と一緒に冒険なんて。いつも俺にゲームのイロハやマナーについて説くお前はどこに行ったんだ。
「むしろ、お前とブルーの仲を応援するって言ってるぜ」
めっちゃいい人だな、クレイン。最初に見た時から信じられる人だって思ってたぜ――ってそんな訳いくか!
いくら親友の頼みとは言え、これは無理だ。これ以上葵さんを悲しませることはできない。伸二とクレインには悪いが、ここはキッパリと断って――ってあれ、翠さん。どうして葵さんを陰に連れて行くんだ? 何耳打ちしてるんだ?
ん、あ、戻ってきた。
「ねぇ、総君」
なんだい? 女神様。
「私、クレインさんと一緒でも……いいよ」
……え?
■ □ ■ □ ■
「つうわけで、改めて自己紹介な。俺はハイブ。職業は騎士で、このパーティでは盾役を務めてる」
「私はリーフ。職業は魔術師で、このパーティでは後衛をしてるわ」
神社の片隅で突如始まった自己紹介。俺以外のメンバーは納得しているようだが、こちらは未だに大混乱だ。
「えっと……ブルーです。職業は巫女で、回復支援が得意です。その、よろしくお願いします」
だが葵さんが納得している以上、反論するわけにもいかない。彼女と翠さんの間でどんな話があったのかはわからないが、これが彼女の選択だというのなら、俺はそれを尊重しよう。それに、自分の番も回ってきたことだし、この思考にはケリをつけるべきだな。
「知ってるだろうけど、ソウだ。職業はガンナーで、このパーティでは……前衛をやってる」
自分のポジションが何なのかを一言で表すのは難しい。他の3人はまだいいだろうが、俺は好き勝手に色々やってるから尚更だ。
そう考えていると、金髪ツインテールの留学生は両手をヘソの前に重ね、一礼をする。
「わっちはクレイン。元々は海外のサーバーでこのゲームをプレイしていんしたが、留学期間だけこっちのサーバーに来ていんす。職業は……盗賊でありんす」
なんだ今の間は。自分のことを棚に上げる問いだが、それでも言おう。なんだ今の間は。本当に盗賊なのか? いや、その問いはいい。それよりも、
「じゃあ、改めてよろしく、クレイン。で、さっそく質問なんだけど、なぜそんな喋り方を?」
このゲームには自動翻訳機能がある。アメリカサーバーで色々とはっちゃけた時には、大変お世話になった。だがクレインは翻訳機能を使わずに日本語を直接自分の口で発している。ならばあのおかしな喋り方は、動作不良でもバグでもなく、クレインの意志だ。なぜ外国人のクレインが、わざわざそんなことを。そう思っての質問だ。
「ん、この話し方でいんすか? これはわっちの国に来ていた日本人の友達に勧められた言葉でありんす」
誰だ、こんな変なしゃべり方を勧めた馬鹿は。クレインも少しはおかしいと思わなかったのか。
「それって花魁言葉って言うんでしょ? 私はかっこよくていいなって思うけど」
え、この話し方って翠さん的にはカッコいいのか?
「正しくは廓言葉だよ、リーフ。江戸時代に吉原遊郭で働いていた女性たちの言葉で、出身や身分の違いでバラバラになる遊女の話し方を、優雅さを感じる言葉で統一するために作られたんだって。クレインさんのはそれよりもちょっと崩してる言い方みたいだけど」
遊郭……ほう。ほほぅ。ほほほほう。さすがは物知りキャラ、葵さん。とっても面白い情報をありがとう。
「そうなんでありんすね」
知らなかったのかよ!
まぁいい、次こそ本命だ。
「で、クレインはどうして俺を捜してたんだ? てか、俺のことをどこで知ったんだ?」
その問いに、クレインはしばし顔を地面に向け、そしてゆっくりと上げて――
「……恩返し、でありんす」
「恩返し? 初対面の俺に?」
その言葉にもクレインは少し詰まるような反応を示す。答えにくい質問だったのだろうか。
いや、それでもしっかりと聞こう。聞かなきゃダメな気がする。それにそれを聞けば、これまでの色んな疑問が吹き飛び、この人に対して正面から向き合えるようになるかもしれない。そうだろ、総一郎。
「前世で、主様はわっちを救ってくれしんした。わっちは、主様に今世でその恩を返したいんでありんす」
おいいいいいいい!? これダメじゃない!? 伸二!? これダメなタイプの子じゃない!? めっちゃ怖いよこの子!?
「うっし。それじゃあそろそろ行くとするか」
うっしじゃない! 何も解決してないぞ伸二!
さっきからツッコミ警報が鳴りっぱなしだ。ていうかどうして伸二と翠さんはそんなに冷静でいられるんだ。それとも俺の感覚がおかしいのか!? 世間一般では前世の恩を返しますという交流が一般常識なのか!?
しかしそんな俺の心の叫びは誰にも響くことなく、ただただ虚しく胸の中に溶け込んでいく。
あぁ……もう、これは諦めよう。これ以上突っついても、警報が疲弊するばかりだ。ここは伸二の言葉に大人しく乗ろう。長い物には巻かれよう。正直ここ最近で一番意味不明な出来事だが、ここは親友を信じよう。多分、何か考えがあるのだろう。
……多分。
それから向かったのは、神社の中央に構える境内の前。
横に立つ葵さんが心配そうな視線をこちらに向けているのが、横目にもわかる。
「これを2人で鳴らせばいいんだよな」
賽銭箱の上に吊るされている巨大な金色の鈴と、それにぶら下がるようについている巨大な紐。これをカップルで鳴らすと、その2人は永遠に幸せになれるという。
「う、うん。いいと、思う」
俯いていながらも、真っ赤に染まる耳が彼女の顔を雄弁に語っている。何だよこれ、最高かよ。
「あーもうはいはい、バカップル」
「畜生……嬉しいけど畜生……」
「ブルーちゃん……いいなぁ」
外野が何やらうるさいが、無視だ、無視。
「……じゃあ」
「……うん」
2人でしっかりと紐を握る。
何だか初めての共同作業って感じだな。共同……いかん、幸せな妄想が押し寄せて潰れてしまいそうだ。それは後だ、後。ログアウトしてからしろ、総一郎。
昨日今日と色々……本当に色々あったが、とりあえずこれでチャラだ。こんな幸せイベントに繋がったのだから、あの出来事もいい思い出に――ならないな。毒殺されてそんな気分にはなれない。
だがとにかく、これを鳴らすことで気持ちに一区切りは着けられそうだ。
そうだ総一郎。これを鳴らして、そして誓うんだ。彼女を――葵さんを絶対に幸せにすると。そのために、俺は戦うと。
「――よし」
行くぞ。
彼女の手の温もりが伝わってくる。チラッと横を見れば、巫女服の美少女が真っ赤な顔で、しかしとても幸せそうな笑みでこっちを同じく見ていて――
あぁ、これは……いいな。
想いを込めた2つの手が、ギュッと紐を握る。そしてそれは、おもいっきり鈴の音を鳴らす――
はずだった。
――ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
大音量の警報音が轟き、耳の中で木霊する。
『緊急クエスト発生! 突如として、イズモ大社に大勢の鬼が出現しました。冒険者各位は至急迎撃に当たってください!』
その場内アナウンスは、居合わせたプレイヤーたちの顔に戸惑いと歓喜の色を浮かばせる。
…………。
「お、おい、総。聞いたか、緊急クエストだ。どうする!?」
「落ち着いてハイブ。それより、現状の把握が先よ。まずは敵と地理の確認。それから……総君?」
「ぬ、主様や? どうされんした? 気分が優れないでありんすか?」
「そ、総君? 大丈夫?」
仲間たちの声が耳に入る。だがその言葉は、頭には入ってこなかった。
――あぁ、そうか。ことごとく、ことごとく邪魔してくれるか、貴様ら。なら、徹底的に付き合ってやる。もう、ツッコミなんてしないからな。そんな心の余裕はどこにもないぞ。
「……総?」
ただひたすら、このドロドロに淀んだ感情の捌け口になってもらうぞ、畜生共。
「お前、もしかしてブチ切れて――ってあぶねえ、上だ!」
境内の屋根から、1つの影が舞い降りる。その肌は青一色で、盛り上がった筋肉と額から生える一本の角から、アナウンスで言っていた鬼だとすぐに連想できる。
『――死ネ!』
あぁ……もう本当に、
「リロード【回天炸裂弾】」
うざったい。
『――ギビッ!?』
鬼の両目が同時に弾け、後頭部からは爆発したスイカの中身のようなものを飛び散らせる。
そのまま力なく落下してきた鬼に、
「来い――冬雨」
四肢と首を刎ね飛ばされた鬼は、光へと変わった。
さて、
「この気配……まだぞろぞろ来るな」
もう気配すら不快だ。徹底的に掃除しよう。部屋に入り込んでしまったGと戦う殲滅兵器になろう。
「リーフ。ごめん、ちょっと別行動させてくれ」
「え、あ……うん、行ってらっしゃい」
戸惑いつつも、頬に一筋の汗を伝わせながら、彼女は自由行動の許可をくれた。
申し訳ないが、連係プレイができる気がしない。それに、今の自分はあまり葵さんに見られたくない。
「そ、総君?」
そんな目で見ないでくれ、葵さん。ちょっと、掃除に行って来るだけだよ。
「ちょっと行ってくる。ハイブ、頼んだぞ」
「あ、あぁ、こっちは心配するな」
騎士の覚悟を確認するや、多数の気配の出現したポイントに全力で駆ける。
もう自重なんて知ったことか。これまで色々と我慢してきたが、もうやめだ。
全力で、一匹残らず……
「――殲滅だ」
次回『この腹立たしいイベントに逆襲を』
更新は月曜日の予定です。