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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第6章 チュウゴク激動編
137/202

137話 この愛らしいヒロインにゴメンねを

 この世界で初めて死んだのは、オキナワエリアボス《ジーザー》と、伸二と2人で殺り合った時。


 次に死んだのは、キュウシュウエリアレイドボス《神・アネ》と戦った時。


 ともに、その地域における頂点と言える猛者との死闘の果ての出来事だった。


 だが今日、この猛者たちの中に、新たに名を刻んだ者がいる。


 名をクレイン。


 金髪ツインテールの、薄着な着物美女。


 それが、俺を3番目に殺した相手の名。プレイヤーというジャンルで言うなら、最初に殺した者ということになる。正直、


「……マジか」


 というしかない。


 ……マジか。




 そんなことを考えながら、沈み込んだ意識は現実世界への浮上を始めた。





 ■ □ ■ □ ■





 自室の天井が視界に映ると同時に聞こえてきたのは、ある人物からの連絡を知らせるスマホの着信音。


 伸二か。まぁ何の用件かはわかっている。なければこっちから連絡しようとしていたし、ちょうどいい。


 スマホに手を伸ばし、画面の中央下にある着信の文字に触れる。すると、


『ぶはははははは! そ、総。お前、ど、毒殺って……ぶははははははは』


 畜生。殴りたい。


『主様、主様! わっち、わっち……』


 爆笑の後ろから、クレインの悲壮感漂う声が聞こえる。なんとなく、もう向こうの状況は見えてきた。


『女の子の手料理で毒殺されるなんて、お前らしいと言えばお前らしいけどな』


 教えてくれ、どの辺が俺らしい。毒殺のどこに俺らしさがある。


「お前はそれを言うためにわざわざ電話してきたのか?」


『ん? あぁ、それもある。が、もう1つあってな』


 この野郎……もう1つの用件ってのも急に聞きたくなくなってきたな。


『ブルーが泣きながらログアウトしていったぜ。追いかけたほうがいいんじゃねえか?』


「早く言えこの野郎!」


 急ぎ電話を切り、二階の窓から飛び出す。


 まとまらない思考を置き去りにするかのように足を動かす。


 目指すは葵さんの自宅。今日は平日だから、おそらく親父さんは仕事で不在だろう。もし出くわしてしまったらいつもの如く襲い掛かってくるだろうが、今日ばかりは適切な加減ができる自信がない。頼むから出てくるなよ。




 それからしばらくして、目標の扉の前にたどり着く。


 両膝に手を置き、肩で息を整える。


「ふぅー……よし」


 インターホンを押すと、すぐに扉の奥から「はーい、どうぞー」ときれいな声が聞こえる。何度か聞いた、葵さんのお母さんの声だ。


 額の汗を拭い、余った片手で扉を開く。


「どなたーって総君か。いらっしゃい。葵なら上の部屋よ」


 エプロン姿で出迎えてくれたお母さんの言葉に甘え、玄関先で靴を整えお邪魔する。


「はい、お邪魔し――」「くらえぇえいい!」


 いきなり左側に置かれていた下駄箱が開き、スタンガンを持った親父さんが飛び掛かってくる。


「――ま~す」


 だがそんな些細なことに意識を割く暇はない。左手で親父さんの手首を掴み、捻りを加えてスタンガンを奪うと、そのまま右手でスタンガンをキャッチし、親父さんへと返却する。スイッチを切り忘れてしまったのと、首元に当たってしまったが、まぁ些細なことだろう。


 朦朧としている親父さんを床に寝せ、そのまま階段へと向かう。


「もぅ、本当にこの人は……これで12戦12敗ね」


 お母さんによる無情なカウント。もはやこの家に上がるときの風物詩とさえなっているこの光景に、出るのはため息ばかりだ。


「いつもうちの人がゴメンね、総君」


「いえいえ、気にしないでください」


 親父とは、相手の隙を見て必殺の一撃を叩き込んでくる生き物だ。少なくとも、俺は体でそう教わってきた。葵さんの親父さんも問答無用で襲ってくるし、おそらく世の父親とは皆こういうものなのだろう。すげぇな、父親って。俺も将来父親になる時が来たら、しっかりと襲わないとな。


 っといかん。早く行かないと。


 駆け足で階段を上がる。というか飛ぶ。


 そして二階について突き当りにある扉の前に立つと、軽く、2回ノックする。


「…………」


 返事はない。だが、気配からしてこの中に彼女がいるのは間違いない。


 返事を待つべきか、それとも……。


 超高難易度の二択問題だ。選択を誤れば、自分を許すことができないだろう。


 だが……わかっている。これは、逃げるか逃げないかの選択だ。そして俺は……逃げない。だから――


「葵さん、開けるよ?」


 ドアノブに手を伸ばす。しっかりと握り、右へと回すと――そこには鏡に写したような動きの葵さんがいた。恰好からして、ドアを開けようとしたのだろう。


 だが開けようとしたドアはその前に開かれてしまい、ドアノブに伸ばした手は行き場を失ってそのまま上半身ごと俺の体に吸い込まれていく。


「っと、大丈夫?」


 彼女の柔らかい両肩を掴み、崩れそうなバランスを立て直す。彼女の髪が鼻をくすぐり、甘いいい香りがして昇天しかけたのは内緒だ。


「あ、ごめんなさ、その、大丈夫」


 葵さんが再び髪を躍らせ、体を後ろに戻す。だが、バックステップを決めようとする彼女の足元には、どういうわけか踏んだら転びやすそうな丸い瓶が転がっていた。


「ひゃっ!?」


 ふと脳裏に、この先のシチュエーションが浮かび上がる。


 転ぼうとする彼女。それを止めようとする男。だが男の伸ばした手が彼女に届くことはなく、無情にも彼女は倒れ、そしてどういうわけか男はそれにかぶさるように倒れてしまう。形としては男に押し倒されたかのような恰好の彼女。だが彼女は急に頬を赤らめると、なぜか瞳をつぶり、ただコクリと頷く。その瞬間男は固い唾をしっかりと飲み込み、彼女のはだけかけた服に手を伸ばし――


「あ、ありがと……」


 まぁ実際はそんなことになる男女がいるはずもなく。彼女の背中に手をまわして、転倒を防ぐのだが。


「いや、どういたまして」


 噛んだ。この上ないタイミングで噛んだ。


 よし、なかったことにしよう。


「でさ、入っていいかな?」


「あ、うん……どうぞ」


 これまでも何度もこの部屋には来た。だがそれはテスト勉強対策という大義名分を引っ提げてのこと。それに、ふたりっきりになることはあまりなかった。


 だが今日は違う。ふたりっきりだ。


 急にその現実が見えてきたせいか、首から上が茹で上がってきた。


 しかし今更あとに引けるか! 行け、ゆでだこ!


 錆びついた足取りで、彼女の部屋の中央に腰掛ける。


「…………」


「…………」










 ――あっれぇえええ!?


 なに話せばいいんだ!? 急にわかんなくなってきたぞ。


 さっきは死んでごめんなさい? 毒殺された被害者が謝ってどうする。


 料理美味しかったです? いや、今ここでいうことじゃない気がする。


 あの子(クレイン)とは本当に何の関係もないんだ? それを言う方が不味い気がする。


 なぜ泣いてログアウトしたの? それを聞けたら苦労はしない。


 ダメだ。このしわの少ない脳みそではどうしても正答を導き出せない。どうする、どうす


「――ごめんね」


 桃色の唇がかすかに開くと、そこから出てきたのは、謝罪だった。


「え、いや、葵さんが謝ることなんてなにもないって! それより、あんなことになってゴメン! 正直、どうしてああなったのか自分でもわからないけど、とにかくゴメン!」


 こんな的を得ていない謝罪は迷惑だと思う。謝るなら、せめて何に対してゴメンなのかを明確にするべきだろう。それが欠けている時点で、これは謝罪のていを成していない。


 だが、葵さんが俺に謝るのはもっとナシだ。そして、大好きな彼女にそれをそのままでいさせるのはさらにナシだ。


「ううん、謝るのは、やっぱり私」


 首を横に振った後、さきほどよりも僅かに光を戻した視線が絡み合う。


「私ね……すごい、我儘なのに、気付いたの」


 ワガママ? 誰が? 葵さんが?

 葵さんが我儘なら、世の人口のほとんどが我儘星人になってしまうぞ。


「私……総君のこと、誰にも、渡したくない」


 ……へ?


「私のことだけ、見てほしい……そんなことを考えてるのに、気付いた」


 ……どうしよう。


「総君がクレインさんの料理をおいしそうに食べてるの見て……胸がチクっとして」


 ……これは。


「でも、総君カッコいいし……優しいし……私だけの総君じゃない、から。そんなこと、考えちゃいけないのに」


 超可愛いんですけどぉおお!?


 え、ナニコレ! 何この生き物!? 可愛い、超可愛い!


 もう俺君のものです! 所有権を是非主張してください!


「そんな自分が嫌になって……それで……もしかしたら、総君に嫌われちゃうかもって思ったら……」


 ん? 葵さんが俺の所有権を主張したくて、俺も葵さんに所有してもらいたい。これのどこに問題があるんだ? なんなら領土侵犯の上、武力制圧してくれてかまわないぞ。俺は全力で無条件降伏する。


「でも……わたし、総君に嫌われたく、ない……」


「嫌わないって!」


 真剣に悩みを吐露する彼女に対して、こんな苦笑いしながら言うのは失礼だと思う。だが、彼女の空回り具合が、とても可愛く、とても嬉しく。いや、こんなのニヤケるだろ。


「大好きだよ、葵さん。誰よりも」


「……え」


 突発性難聴の彼女に、もう一度、しっかりと告げる。


「俺のことを独占したいって想ってくれる葵さんが、大好きだよ」


 さっきまではゆでだこだったが、今はもうたこ焼きだな。首から上が熱いを通り越して、もう油が跳ねそうな勢いだ。


 だが、彼女にあんな顔をさせるくらいなら、いくらでも茹で上がってやる、跳ね上がってやる。


 言うんだ総一郎、いや、タコ! ここが決め所だ、外すんじゃないぞ!


「だから、ありだこお」


 噛んだ。

次回『この神々しい神社で縁結びを』

更新は木曜日の予定です。

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