136話 この煌びやかな料理で対決を
唐突に始まった《俺争奪戦》。方法は、決められた食材を用いての料理対決。俺のハートを撃ち抜いた方の勝利。景品、俺。
こんな誰も参加したがらなそうな勝負に名乗りを上げるのは、俺的好感度天元突破の葵さんと、いきなり現れた変な言葉使いの金髪ツインテール和服女子、クレイン。
対決の場はキッチン一式の完備されている料理場。町にある施設の1つで、お金を払えば誰でも使うことのできるもの。
ただし、今いる町はクラヨシではない。
「なぁハイブ。もう一度聞くが、なんでわざわざシモノセキに?」
ここはヤマグチエリアの最西部に位置する町、シモノセキ。海産物豊かな港町だ。
「俺は魚介が食いたい」
自信満々にそう口にする親友。鉛弾をぶち込みたい。
「それに、こことクラヨシは高速船で繋がってるからな。利用しない手はないだろ」
チュウゴクエリアには、最初からヤマグチとトットリを結ぶ交通機関が開通していた。通常であれば、プレイヤーの足でそれなりに探索しないと解放されないものだが、今回に限ってはある事情により、それが解禁されている。
それは、シコクとのエリア数の違い。
現在日本サーバーでは、チュウゴクエリアとシコクエリアとで、どちらが先に踏破できるかを競っている最中だ。だがシコクのエリア数は4なのに対し、チュウゴクエリアはヤマグチ、ヒロシマ、オカヤマ、シマネ、トットリと5つのエリアがある。これでは最初から勝負として公平に反している。そこで実装された救済措置が、本来は初期時にはあるはずのない、高速移動手段の一部開放だ。
これにより広大なチュウゴクエリアを、短い時間で行き来することが可能となり、数時間前までトットリエリアにいた俺たちがこうしてヤマグチエリアに足を運ぶことができているわけだ。まぁ、
「巨大なカニに引っ張られることになるとは思わなかったけどな」
鳥取県は松葉蟹をはじめとしたカニの漁獲で有名なところだから、おそらくそのような仕様だったのだろうが、あれはさすがに驚いたな。何がすごいって、カニなのに横歩きでなく直進するのがすごい。確か現実でもそんなカニがいたような気がするが、直に見ると違和感が尋常じゃないな。
「んなことより、早く始めようぜ、勝負」
「そうそう。私たちがここにいたら2人も始められないし」
なぜか俺よりも乗り気の伸二と翠さんに背中を押され、厨房の外の席へと追いやられる。
その際に、葵さんのほうを首だけ回し振り向けば、彼女は両の拳を握り、頑張るよと熱さを感じさせる瞳で応えてくれた。
一体どうしたんだろう、葵さん。普段はこんな勝負事、絶対に嫌がるのに。
「じゃあ2人ともいい? レディ……ファイッ!」
答えの見つからないまま、なぜか唐突に勃発した俺争奪戦は、始まった。
■ □ ■ □ ■
それからほどなくして、落ち着かない気持ちで座っていたテーブルの前に、トレイを持った女神が現れた。
「総君、お待たせ」
こんなことになってゴメン。反射的に出ようとしたその言葉は、彼女の輝きを宿した瞳によって引っ込められる。
葵さん、気合入ってます?
「ど、どうぞ!」
だが力強い言葉とともにテーブルに置かれたのは、皿ではなく、
「……瓦?」
瓦だ。屋根の上にある、あの瓦だ。その上に、焦げ目を付けた焼きそばのような麺、何かの肉、海苔、錦糸卵、ネギ、スライスレモンなどが乗っている。
「うん、瓦そばって言うんだ」
瓦そば。なんかのグルメ番組で聞いたことがあるな。
「美味そ……これ、食べても?」
「ふふ、そのために作ったんだよ?」
そうだった。そうだったんだが、ついなんとなく聞いてしまった。
「あ、じゃあ……いただきます!」
「はい。召し上がれ」
箸で持ち上げると、焼かれた麺の香ばしい香りが鼻の前を漂う。
これは……絶対に美味いやつだ。食べる前にわかる。直感がそう告げている。
その直感が正しかったことを俺の舌が確認したのは、その直後。
「――うま!」
これは茶そばか。抹茶の心地よい苦味を内包した麺に、やや甘めの麺つゆが絡むことで、素晴らしい相乗効果を生み出している。
「ブルー、これ美味いよ!」
「あ、総君。そんなに急いで食べるとむせちゃうよ?」
そんなこと言われても、手が止まらないんだ。美味いものが目の前にあり、それに箸を通した以上、手を止めるのは至難の業だ。
気が付いたら、テーブルの上には何も乗っていない瓦だけが残されていた。
ふぅ、美味かった。
「ごちそうさま」
「はい。お粗末様でした」
「今度は、現実でも、その」
「え……うん。じゃあ今度、ね」
これが料理勝負でなかったらこのままデートに行きたい。心の底からそう思う。だが、そういうわけにはいかないよな。
「はいはい、私もお腹一杯よバカップル」
いつの間にコスチュームチェンジしたのか、ウェイトレス姿になった翠さんが割って入ってくる。
その後ろには、薄めに着崩された着物姿の金髪ツインテールの姿。
「次はわっちでありんす。主様、たんと召し上がりんせ」
そう言って差し出されたのは、外側が米で出来ている巻き寿司。まさか……これは、
「カリフォルニアロール?」
「あい。わっちの得意料理でありんす」
着物女性と洋風寿司。なんだこの組み合わせは。いや、金髪だし、よく見ると外国の人っぽい見た目にもしているから、そういうキャラ作りは大切なのかな? あれ、でもならどうして着物? いかん、考えれば考えるほどわからなくなってくるぞ。
「主様、食べなんし」
飲食店で即戦力として働けそうなほど完璧な笑みを浮かべるクレイン。
そうだな、食べないとな。納得がいったわけではないが、とにかく勝負は始まってしまったのだ。なら、もう俺にできることは食うことだけだ。そして、公平なジャッジを下すのだ。それがこの場における、俺の義務だ。
一口大にカットされたそれを手に取り、添えられた醤油に軽く付けてから口へと運ぶ。その際、ご飯の周りに散りばめられた白ゴマが軽く鼻腔にジャブを入れてくる。
うん、香りから感じるイメージはカリフォルニアロールそのものだな。問題は味だが、果たして――
「――っ!」
程よい酸味を感じさせる酢飯の奥から、脂の乗ったサーモンが顔を出す。そこに醤油と融合しよりマイルドとなったアボカドが、下の奥へとツインショットを決めてくる。これは……
「うまい」
正直、寿司の中ではマイナーなものとして舐めていた。だがこれは、自分の認識が浅はかだったと認めざるを得ない。これは美味い。文句なしに、この寿司は美味い。
「へへ……主様のために、練習しんした」
あ、あれ、どうしよう。この子、悪い子じゃないように思えてきたぞ。全然好きだとかは思わないけど、少なくとも悪い人じゃない様な気がしてきた。
「主様、こっちの料理も食べなんし」
そう言って差し出されたもう一品。それは見た目はさっきと同じカリフォルニアロールだが、ここでまったく同じ料理が出てくるはずはない。そう思い、彼女に真意を問うべく視線を向ける。すると、
「このエリアの名物を使った、新しい寿司を作りんした。さぁ、たんと食べなんし」
ヤマグチエリアの名物? もしやサーモンの代わりに入ってるこの白身の魚か? 山口県でよく獲れる魚って言ったら……まぁいいか。食えば分かるだろ。
そうして口に含むと、酢飯の奥から顔を出したのは何と、
「これ、フグか?」
「あい。食べやすいように薄切りにしたトラフグを使っていんす」
本来はプリプリの食感を誇り、クセのないさっぱりとした味らしいが……なるほど。確かに、言われてみればそんな気がする。
「ん? これ、アボカドじゃない……なんだ?」
「それは白子でありんす」
これが有名なフグの白子か。確か白子ってのは雄の精巣のことで、毒はないんだったっけか。でも雌の卵巣は猛毒だから、誤って食べた場合は死に至るとか親父から聞いたな。
まぁなんにしてもよかったよ、この子がそのことを知っていて。
そしてこの味。これはまた――
「更に隠し味に、卵巣もブレンドしんした」
俺は死んだ。
次回『この愛らしいヒロインにゴメンねを』
更新は月曜日の予定です。