135話 この騒がしいパーティに新キャラを
突然現れた和服姿の謎の女性、クレイン。肩口の大きく開いた着物は、紫の花を夜空に咲かせているような色合いをしている。だが布は膝の高さまでしかなく、着物の割には動きやすそうでもある。
シャランと音を立て、黄金の髪に差された派手なかんざしが目の前で左右に揺れる。しかし、これは参った。俺のことを主様と呼び、しきりに抱きついてくるこの女性に、思考回路は焼き切れる寸前だ。
さらにそこに、光を失ったうつろな目でこちらを見つめる葵さんの姿があったとなれば、これはもうご臨終だ。思考回路は、焼き切れた。
「――って何をしとるかこのアホがぁあああああああ!」
天を突くような勢いで死角から現れたアッパーは、そのまま俺の顎をきれいに打ち抜き、空への旅をプレゼントした。
ナイスアッパーだ、翠さん。いつの間にここに来たんだとか、そんな疑問がどうでもいいくらいにナイスアッパーだ。
「へぶっ!?」
背中が地面へと打ち付けられ、肺の空気が一気に抜ける。
今のアッパーは、効いた。
だがナイスだ翠さん。おかげで状況を打破できた。よし、急いで葵さんに――
「アンタ、彼女ほっぽいてこんな女と、なにいいことしてくれてやがんのよ!」
駄目だ。目の前の般若は人の話に耳を傾けられる雰囲気じゃない。てっきり助けてくれるために一撃を入れたのかと思ったが、どうやらただブチ切れているだけらしい。
いや、言い分はわかる。彼女がいながら他の女性に抱きつかれるなど、言語道断だというのだろ。俺もそう思う。そう思うが、まったくもってどうすればいいのかわからない。そもそも、この人はいったい誰なんだ?
いや、クレインという名前はわかっている。問題は、俺がそのクレインさんについて、まったく存じ上げないという点だ。
震える足に喝を入れ、今一度大地の上に立つ。そして、
「なぁ、一体君は――」「おいおい、総。誰だこの金髪ツインテールちゃん。俺にも紹介してくれよ」
伸二。少し前まではお前に救いを求めていたが、今はまったくもってお呼びじゃない。ていうか邪魔だ。余計ややこしくなるから、今は黙れ。
よし、言うぞ。
「君は一体――」「総君、誰よこの人! どういう理由があってこんな場所で抱きついたりなんかしてるの!?」
それは誰よりも俺が知りたい。ていうかそれを今から調べるから、言わせてくれ。頼むから。
よし、喋れそうな空気だな。言うぞ、言うぞ。
「どうして俺の――」「主様、わっちと夫婦の契りを結びんす」
特大の爆弾落としてくれたよこの子。もうこれは駄目だな。見なくても分かる。この後伸二と翠さんがそれぞれ違う表情で俺をぶん殴るんだろ?
そう思い後ろを振り返ると、何でお前だけと言いたげな顔で伸二が拳を握り、もう殺すとしか表現のしようのない顔で翠さんが杖を天高く掲げていた。
……うん。
「無駄かもしれないが言うぞ。俺の話を聞――」
この後めちゃくちゃ殴られた。
■ □ ■ □ ■
クラヨシの町の宿屋。その一室で、俺は周囲を裁判官に囲まれていた。姿勢は正座だ。是非もなし。
「……なるほど。つまり、被告人はこの子となんの面識もなく、顔も知らないと」
腕を組み、生ゴミを見るような視線を下すのは、裁判長の翠さん。モップさん垂涎の状況だな。
「胡散臭いけど、信じないことには話も進まなさそうだから、一先ずそれを前提にしましょうか」
よし、一歩前進したぞ。未だ目標までは険しき道だが、それでもこれは意味ある一歩だ。なにせ、初めて俺の意見が通ったんだからな。
「じゃあ質問相手を変えます。えっと、クレインさんでしたっけ。どうして往来であんなことを?」
横に並んで座る金髪ツインテールの女性に話が及ぶと、彼女は待ってましたと言わんばかりに堂々と胸を張り口を開く。頼むから話を前進させてくれよ。
「わっちは主様をお慕いしていんす。だから主様、わっちと契りんす」
後退した。意味のある一歩を、容易く後退させた。
クレイン、恐ろしい子。
「陪審員ハイブ、これは有罪では?」
「だな、裁判長リーフ。これは《羨ましいぞこの野郎罪》が適用される」
アカン、これははアカン流れだ。もう伸二のボケにツッコむ余裕すらない。こうなったら、多少強引にでもこっちの流れに戻さないと。
俺はその場から強引に立ち上がり、
「おい、さっきも言ったが、俺は君のことを知らない。それでいきなり契れと言われても、わけが分からない。だいたい俺には好きな人が……彼女がいる。だから、君の想いは受け止められない」
よし、言った。ちょっと強い言い方になってしまったが、この女性の勢いを止めるためには必要なことだ。たとえどんな顔をされようが、心を鬼にしてこの女性に言うぞ。
「そういうわけだから――」「わっち……二番目でも泣きんせんよ?」
チクショォオオオオ!
ヤメロ、そんないじらしいことを潤んだ瞳で言うんじゃない! その上目遣いは俺に効く。
こうなったらログアウトして葵さんの家にダッシュで向かうか。そうして開幕土下座だ。とにかく土下座だ。色々と意味不明だが、もうこの場における解決の手段がそれしか見い出せない。
――そう考えてたその時。この混沌とした議場に、女神の御言葉は舞い降りた。
「……あ、あの! 総君は私の、です。と、とらないでください!」
俯き、全身を強張らせた女神の口から、震えた声が降りる。
その声は、頭に渦巻く色んなものを一瞬で全て取っ払う。まさに、神の一声だった。
さて、総一郎。女神にここまで言わせて、お前はだんまりか? それは無いだろう?
……うん、無い。
「ゴメンな。俺、この子のことが一番好きなんだ」
俯く女神の頭に手をやり、諭すような眼をクレインさんへ向ける。
「だ、だからわっちは二番でも――」
「それで、二番目はないんだ。好きにも色んな意味の好きがあると思うけど、この子のことを想う好きに、二番目はないんだ」
「……総、くん」
ちょっとカッコつけすぎたかな。調子に乗り過ぎたかな。何だか時計の針が震える毎に羞恥心が増していくぞ。
いや、だが今の言葉なら彼女もさすがにわかってくれるはずだ。現に、ぽかんと口を開けて目をまん丸く開いている。
「……わかりんした」
ほら、ついにわかってくれた。やっぱり戦いを収めるのに最適な手段は、話し合うことなんだ。話し合いって、なんて素晴らしいんだ。
「なら、わっちが一番になるしかありんせん。そこの女子、わっちと料理勝負をしなんし!」
駄目だ、わかってない。人はやはり、戦いでしか平和を勝ち取ることができないらしい。人類が長い歴史の中で作り上げてきた残酷な事実が、また1つここで立証されてしまった。
チクショウ! もうめんどくさい。これだけは思わないようにと考えていたけど、もう限界だ。この子、本当にめんどくさい。
「おい、俺の言葉を聞いてたのか!?」
「聞きんした。愛せるのは1人だけ。だから、その座は奪うしかありんせん、と」
聞いてない。この子は俺の言うことを徹底的に聞いてない。
「そうじゃない、俺は――」
少し苛立ちながら強めに口を開く。だがその口は、本命の言葉を言う寸前、ある声によって上書きされる。裁判長による、一声で。
「よし、ならこれから料理勝負よ! 総君のハートを撃ち抜いた方の勝ちね」
料理勝負よ! じゃない。勝手に勝負を決めないでくれ。
大体、葵さんは勝負ごとにとことん向かない性格なんだ。その辺は親友である君が一番よくわかってるだろ。
反対だ。この勝負はとにかく反対だ。
勝負も何も、最初から勝者は決まっているし、もっと言えば争う必要すらないほどに気持ちはハッキリしている。
「ブルーの手料理か。オキナワのパイナップル園以来だな、総」
楽しみだなーみたいな顔でこっちを見るんじゃない、伸二。俺はちっとも楽しくないぞ。確かにあれ以来こっちでは葵さんの手料理を食べる機会などなかったが現実では……現実でもなかったな、そんな機会。
あれ、ならこれって葵さんの手料理を食べるチャンスなのでは?
いやいやいやいやいや、ダメだ、ダメだぞ総一郎。そんな邪な感情のために、彼女を嫌がる舞台に上げるなぞ言語道断だ。
そうだ、俺は彼女を守ると決めたのだ。その俺が、自分から彼女に試練を与えてどうする。
ここは優しく言うんだ。こんな勝負受ける必要はない。勝者は、はじめから決まっていると。
葵さんの両肩を掴み、ゆっくりと顔を上げる彼女に、
「ブルー、こんな勝負「私、負けないよ!」頑張ってください!」
次回『この煌びやかな料理で対決を』
更新は木曜日の予定です。