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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第6章 チュウゴク激動編
134/202

134話 この素晴らしい世界にラブコメを

アイツが戻ってまいりました(/・ω・)/

 夕日を浴びる背中が、道路に2つの影を作り出す。だがそのうちの1つは、錆びたロボットのようにぎこちない動きで、懸命に足掻いていた。


 ――動け、動け、動け、動け……動け! 今動かなくちゃ何にもならないんだ。


 だから……だから動いてくれ、俺の手よ!


「総君? どうしたの、そんなに手をじっと見て」


「ふぉう!? なんでもない。何でもないよ葵さん!」


「? 変な総君」


 はぁ……今日も駄目だった。伸二、俺にはやっぱり、この下校の際に手を繋ぐというクエストは、あまりに高難易度過ぎるよ。まだ神イモートとの一騎打ちの方が楽な気がする。


 今頃家に着いてIEOの世界にダイブしているだろう親友に、心中で情けない感想を漏らしつつ、葵さんと一緒に学校後の帰り道を一緒に歩く。


 現在学校は夏休み期間だが、進学校でもあるうちの高校は夏季特別授業という呪いのような呪縛が存在する。この呪いに、俺を始めとした在校生たちは怨嗟の声を上げ、のた打ち回るしかない。


 だが……この地獄にも女神はいる。


「この後、どうしよっか」


 視線を下に向けた女神が、紅く染めた頬をモジモジと動かし祝福の音を洩らす。


 ここでデートしよっかと答えたい口。だがそれを、尋常でない速度で血液を全身に送る心臓が邪魔をする。だが残念だったな心臓よ。今日の俺は、タカハ神からアドバイスを受けているのだ。


「今いるトットリエリアに、ラクダに乗って散歩できる砂丘があるらしいから、そこに行こっか」


 現実世界で葵さんをデートに誘うのは非常にハードルが高い。翠さんの計らいで期末テストは葵さんの家で勉強会ができたし、伸二の助けで花火大会にも行けたが、それは翠さんや伸二にも同伴してもらってのこと。


 未だに2人っきりという超高難易度クエストに、これまでずっと尻込みしてきていた。


 だが、だが今日の俺は違う。なにせ、葵さんをデートに誘ったのだから。2人っきりのな。


 まぁ……まだ仮想世界の中でないとそれができていないという欠点はあるが……それでも、それでもこれは進歩だろう!? なぁ伸二!?


 あまりの高難易度クエストに、思わずここにいない友の姿を想像し少しでも緊張を解こうとする脳ミソ。だが、そんな俺の姑息な手を、女神の一言は一瞬で破壊する。


「うん……いこ……ふたりで」


「――っ!?」


 女神の祝福を受けた心臓は、どっちにしろ倍速で動き出し、俺を卒倒させる。


「え、そ、総君!? え、え!?」


 拝啓、伸二。俺、もう死んでもいいです。敬……ぐふ……。





 ■ □ ■ □ ■





「見て見て、総君。砂漠みたい」


 ラクダに跨る彼女が、頬を弛ませ振り返る。その差された指の向こうには、いくつもの丘を形成し、キツネ色一色で出来上がった砂の大地が広がっている。


「見てるよ。あんまりはしゃぐと転ぶよ?」


 というか、砂丘しか見えない。もしくはラクダに跨る女神しか見えない。後ろを振り返れば、ラクダの足跡とその手綱を引く俺の足跡が並んで見えるが、何が悲しくて彼女以外の光景を目に入れないといけないのだろうか。そんな理由は皆無だ。俺の目には、葵さんの笑顔が映ればそれだけでいい。


 彼女の跨るラクダの手綱を引きながら、そんなことを考えていると、案の定と言うべきだろうか。


「へへ、そんなにドジじゃないも――わ!?」




「――ほらな」


 落下地点で備えていた腕の中に、軽くて柔らかい体を収める。こうなりそうな予感があったから、ラクダから降りておいてよかった。うん、決して彼女と二人乗りをする勇気がなかったからではないぞ。うん、違うぞ。


「あ、ありがと……」


「どういたしまし――て!?」


 顔を真っ赤に染める彼女を見て、気付く。気付いてしまった。


 ――これ、お姫様だっこじゃん!


 未だ現実では手を繋ぐことすらできていないというのに、いきなり段階を飛び越えてのお姫様抱っこだ。これはいかん。


「ご、ごめん!」


 慌てて彼女を柔らかい砂の上へと降ろし、数歩下がって謝罪する。


「う、ううん。私こそごめんね。総君の言うこと聞かないから……あと、ありがとう」


 おっと待ちな、心臓。まだ倒れるのは早えぜ? 確かにこれは超級の破壊力だ。これに比べたら、どんな大魔法だってネコパンチ以下だ。だがこの女神の恥ずかしながらのありがとうという奇跡の光景を見逃していいのか? 答えは否だ、断じて否。この奇跡を途中で放棄するぐらいなら、潔く死を選――


「えへへ……」


 頬を赤く染めながらも、目の前の天使は頑張って笑みを浮かべ、そして――手を握ってくれた。


「手……繋いじゃった」


 コチラ総一郎。伸二、応答セヨ。我、本日ノ目標ヲ見事達成セリ。コレヨリ、死ヌ。


 柔らかな砂の上に溶け込むように、俺の体は垂直に降下していった。


「そ、総君!?」





 ■ □ ■ □ ■





「……で? 結局その場で卒倒したと」


「さすが総君……想像以上のヘタレ」


 葵さんのヘルプを受け、駆けつけた伸二と翠さんから容赦のない意見が浴びせられる。


「……面目ない」


 ガックリと落ちる肩。少し前まで急上昇だったテンションは、見る影もないほど地に堕ちている。くそぅ、死にたい気分だ。


「私、気にしてないよ? その……私たちは私たちのペースで、その……ね?」


 よし、生きよう。


 恥ずかしがりながらも頑張って告げようとする女神の姿を見て、俺のMPは上限突破の回復を見せる。


「そうだな。俺たちのペースで、頑張ろう」


 勢いであの細い手を握りたいところだが、今自分たちのペースでと言ったばかりだし、無理をすることもないだろう。後ろで伸二が「そんなんじゃ爺になるぞ」と言った気がしないでもないが、いま伸二はなぜか腹を抑えてしゃがみ込んでいる。一体何があったんだろうな。不思議だ。ああ不思議だ。


「はいはい、勝手に頑張りなさいな。で、これからどうしよっか。せっかく4人揃ったんだし、どこかダンジョンでも行く?」


 やや、いやかなり呆れた表情でそう漏らす翠さん。やめてくれ、その表情は、俺に効く。


「なら、このまま砂丘の奥にあるらしい隠しダンジョンを探すか? ガセネタかも知れないが」


 謎の腹痛から復帰した伸二が提案したのは、広大な砂丘の中に隠されていると噂されているダンジョンの探索。あるプレイヤーが偶然発見したらしいが、詳しいことはまだ何もわかっていない。もしかしたら、加護が得られるイベントに繋がるかも知れないということで、これを探すプレイヤーは多い。


「私はいいですよ。総君は、どうする?」


「俺もオッケー。でもその前に、街で買い物してもいいかな」


 先日までとある国でイベントに勤しんでいたお陰で、面白いアイテムや武器がいくつか手に入ったし、資金にも少し余裕ができた。せっかくだから、色々と装備も整えたい。


 皆も街に何らかの用事はあったようで、その返事に否の答えは返ってこなかった。




 それから向かったのは、クラヨシの町。横長なトットリエリアの中央に位置し、海側に広大な砂丘を、内陸側に雄大な山を構える町だ。


 その全景が見えてくると、口の周りの筋肉が思わず緩み、ポカンと丸く広がる。


「これは……デカいな」


 視界に映るのは、至って普通の規模の町であるクラヨシと、その後方で雲を突き破りそびえ立つ、雄大な山。


「これが有名な大山(だいせん)ね。東の富士山、西の大山と言われる、中国地方最高峰の山よ。この山の恩恵もあって、鳥取県はもの凄く綺麗な水が湧き出るの」


 なるほど、得心がいった。それでこのエリアでは、湧水を飲んだだけでHPが回復するのか。


「地理の授業で習ったから、当然知ってるでしょうけどね」


「「モチロンデスヨ、リーフサン」」


 まったく同じタイミングで隣から硬い声が聞こえる。さすが相棒。一心同体だな、俺たち。きっと表情も同じように固まってるんだろうな。MP削れていってるんだろうな。


 だがスマンな伸二。俺には心のオアシスがあるんだ。さぁ、オアシスよ。消耗したMPを回復させてください。


 願いを乗せた想いがオアシスに届くと、女神はその優しい笑顔と声で、俺の心に――


「総君。夏休み明けたら実力テストだよ?」


 毒の刃を突き立てた。





 ■ □ ■ □ ■





「よし、大体の準備はできたな」


 欲しかったものを買い揃え、一息つく。クラヨシの町はそこまで広いわけでもないが、4人一緒に行っては時間がかかるからと、伸二と翠さん、俺と葵さんの二手に分かれて買い物を行っている。


 集合時間も決めたが、それまでまだ結構時間があるのは、おそらく2人が気を遣ってくれたんだろうな。サンキュー2人とも。俺、頑張るよ。


「ブルーはもういいのか?」


「うん。本当は《破魔の矢》が欲しかったんだけど、この町では扱ってないみたいだから」


 今回のアップデートで、巫女の扱うことのできる武器に弓が加わったからな。狩人やアーチャーほど多彩で威力のあるアーツは使えないが、色々な副次効果を持った弓の技が使えるんだったな。


「時間まで結構あるし、どこか寄ってく?」


「そうだね~……あっ!」


 人差し指を下あごに立てて考えていた彼女の視線の先に映ったのは、プレイヤーの営む露天。その看板には、大きく梨の絵が描かれ、店先にはカットされた梨の他、梨のババロアタルト、梨のコンポート、ゼリーにジャムなんかが置かれてある。梨は二十世紀梨か?


「あれ! あれ買ってきてもいい?」


 瞳に星々の輝きを放つ彼女の口から、なんとも無邪気な声が飛び出てくる。


「あぁ、行ってきなよ。ここで待ってるから」


「うん!」


 そう言うや、小走りで屋台の方へと向かって行く。


 普段は大人しくてどこか大人っぽい雰囲気だと思ってたけど、ああいうのを見るとなんだか少し安心するな。


 さて、ならその間に買い揃えたブツの手入れをそこのベンチで――


「もし、そこのお人、待ちなんし」


 ……ん? なんか変な日本語が聞こえたな。だがここ梨の産地らしいし、どこかの妖精が「町ナッシー」とか言ってはしゃいでるだけだろ。よし、ここはこのまま――


「そこの黒服の金髪、待ちなんし!」


 く、黒服の金髪かー。そっかー偶然俺とおんなじ出で立ちのプレイヤーがいたんだな。そっかそっかー。

 これなら思わず振り向いちゃっても仕方なしな条件だけど、なんだろう。これ、振り向いちゃいけない気がビンビンするぞ。危険察知アンテナが、さっきからフルスピードで回転してるぞ。


 うん、ここはたまたま同じ服装と髪型をしているプレイヤーが俺以外にもたくさんいるということに――


「この……いい加減、わっちを向きなんせ!」


「――!?」


 おかしな言葉使いをしていた人物が、肩を掴んで前に出る。そこにいたのは、梨の妖精などではなく、


「……えっと……誰?」


 俺よりも頭ひとつ分ぐらい背の小さな女の子が、凛と吊り上がった瞳を向け、口をへの字に曲げている。黄金色の髪に、背中まで伸びるツインテールは、伸二の好きなアニメや漫画に出てきそうな雰囲気だ。


「わっちはクレイン。ある人を探していんす」


 エヘンと主張するように腰に手が置かれる。それでも決して胸が主張されていないのは……触れたら殺されるパターンだな。よし、やめよう。


 しかし俺が言うのもなんだが、変な子だな。格好は……着崩した和服というのだろうか。う~ん、どっかの時代劇のドラマで見たことがあるんだよな。


 そしてあの変な話し方。あれは何語だ? それともどこかの方言か? まだ妖精だナッ〇ーとか梨汁ブッシャァアとか言われた方が悩まずに済むな。


「はぁ、人を探して。それはどうも」


 なにがどうもなのか自分でもわけが分からないが、とにかくこの場から早く葵さんを連れて去りたい。頭にあるのはそのことばかりだ。


 この人には申し訳ないが、その探し人に関する質問を適当に答えて早く切り抜けよう。


(ぬし)、ソウという人を知りんせんかぇ?」


 探し人、俺だった。


 一体どういう確率だ。探し人を尋ねたら偶然その人がそうでした~とか漫画か小説かよ。


 だけど、ごめんなさい、変な人。


「さぁ……知らないです。すいません」


 キュウシュウでは最後に目立つことしたし、ここは念のためシラを切ることにした。この女性には申し訳ないが、ここにきて悪目立ちするような事態は避けたい。


「……左様で、ありんすか」


 肩から何かが抜け落ちるかのように落胆を露わにする女性の姿が、胃の奥に重いものを残す。


 だけど、それでも……


「じゃあ俺はこれで――」


 葵さんの向かった屋台の方へ体を向ける。後は彼女と合流して、そのまま伸二たちと落ち合おう。


 それでなんとかなるはずだ。


 そう――何とかなるはずだった。


 このタイミングで、彼女と出会わなければ。


「総君、何かあったの?」


 両手に梨のソフトクリームを持った彼女が笑顔で口にした名前。それは今――最も口にして欲しくない名であった。


「や、えっと、その、これは」


 不味い、今の聞かれたかな。そう思い、錆びついたような首をギギギと後ろへ回す。


 そこには――


「主が……主が……」


 はい聞かれました。よーしヤベえぞ。堂々と嘘ついたこともバレたし、俺がソウだっていうのもバレた。ダブルアタックだ、は〇ぶさ斬りだ。回復が追い付かないぞ。


 ジリジリと俯いたまま歩み寄ってくる女性。その不気味な静けさに、気圧される。


「主……」


「は、はい」


 俺と女性の作り出す謎の空気に、葵さんも先ほどの笑みを消し不思議そうに見つめている。


 これは……ヤバいな。とにかく、逃げるか。


 そう思い、葵さんの方へと再び体を――


(ぬし)様ぁああああ!」


 突然の様付け。だがしわの少ない脳ミソは、そんなことに思考を割く余裕はなかった。


 突然泣くようにして声を張り上げた女性の顔は、次の瞬間俺の胸へと収まり、両手は背中へガッシリと回った。


 要するに、抱きしめられた。


「え、えええええええええええええええええ!?」


 混乱する思考。それでも必死に回転するしわの少ない脳ミソ。だがそれらはすべて、両の耳がある音を拾ったことで時を止めた。


 ボタリと落ちる、2つのソフトクリームの音を。

次回『この騒がしいパーティに新キャラを』

更新は月曜日の予定です。

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