131話 閑話 とある軍曹の活動報告
出店が軒を連ねる町の大通り。笛や三味線、太鼓の心地よいリズムが自然と耳へと入ってくる。それを聞くだけで、踊らないことが罪のようにすら感じてしまう程の。さすがはアワの町。
町のいたるところに付けられた拡声器から、阿波踊りの音楽が流れてくる。
右を向けば着物を着た女NPCが両手を交互に上げ踊り、左を向けば甚兵衛姿の男NPCが足をパタパタと忙しなく動かしている。だがそれらの動きはバラバラで、ほとんど共通性がない。あるとすれば、流れる音楽に合わせて踊っているということぐらいだろうか。
伝統ある踊りがこんなにバラバラでいいのかとも思ってしまうが、これは別におかしなことではないらしい。同じギルドに所属している四国出身の奴――いや鎧が言うには、阿波踊りは《連》と呼ばれるチームごとに活動しており、この各連が趣向を凝らし、それぞれに踊りや演出を作り上げているらしい。
だがそこで「なんだそれなら適当に踊れば何でもいいのか」と言った時には本当に怒られたな。なんでも基準になる流派というのがしっかりと存在し、自由と伝統が見事に調律された芸術だと力説されてしまった。チャットで。
「……ダンジョンの方が性に合ってるんだがな」
「なーにすましてんだ――か!」
「いたっ!?」
後頭部に残る、小さい割には尋常じゃない膂力で放られた拳骨の感触。その主を細めた視線で見つめ、
「大佐……なにすんですか」
「カッコつけてるからつい。テヘペロ」
「いや、それ大佐がしても全然かわいくな――ほがっ!?」
「あ~ら、軍曹気を付けて。顎にハエが止まってたわよ」
そりゃどうも。アンタはハエに回し蹴りを放るのか。そりゃ嫁の貰い手に困るはずだな。
「何か言いたげね、軍曹」
「サー、何でもありません、大佐殿」
……今の殺気はマジの奴だったな。よし、この手の話題は永劫封印だな。
「ならよし。でも、折角日本に帰ってきたんだから楽しみなさいよ。アンタいっつも仏頂面だから、感情が読めないのよ」
人の考えは読めるのに、感情は読めないのか。不思議な生き物だな。
「……軍曹?」
封印だ、封印!
「日本に帰ってきたって……別に国外出張ってわけでなく、ただ他国のサーバーに飛ばされてただけですから」
「それでもよ。せっかく久しぶりにこっちで一緒になれたんだから、もっと楽しみなさいよ」
一緒って……現実世界でたまに顔は見たでしょうに。なにせ、同じ基地の所属なんだから。
「……それとも、もう少し向こうにいたかった?」
「ん~、そうですねぇ」
向こう、というのは勿論アメリカサーバーのこと。殲滅戦というイベントを行うという通知が運営から来て、それを了解したことで俺たち加護持ちのプレイヤーはアメリカサーバーへと飛ばされた。
結局ゴーストタウンというところに追い込まれ、最後は敵の自爆攻撃に巻き込まれてやられてしまったが。
「向こうじゃあ小僧にリベンジできませんからね。俺の居場所はやっぱりここですよ」
どっちが敵を多く倒せるかの勝負では、小僧に惨敗してしまった。てかあいつ、噂じゃ敵のリーダーを屠った後にあの包囲網を1人で突破したらしいからな。サバイバルやゲリラ戦には結構自信があったが、ちょっとあれは別格だったな。
俺もまだまだだ。ちょっとぐらい剣術が他の奴らよりかもできて銃火器も扱えるからって、それだけで天狗になっていた。俺はまだまだだ。だから、まだまだ強くなれるはずだ。
「そ、そう。まぁ……別に軍曹がどこにいても私には関係ないけどね」
なんだかさっきから棘のあるようなないような、煮え切らない感じだな。先輩、腹でも空いてるのか。
■ □ ■ □ ■
祭りの雰囲気をそれなりに楽しんだ後、大佐と2人で気晴らしにフィールドへと出る。
トクシマエリアのフィールドは他のシコクエリア同様に山岳地帯が多いが、町周辺は比較的平原フィールドが広がっており、見通しもいい。これなら奇襲を受けることもないから、安心して敵を迎え撃てるな。
「にしても意外でしたよ。てっきり帰ってくる頃にはいくつかのエリアがクリアされてると思ったんですけどね」
「シコクとチュウゴクで競争にはなってるけど、うちのギルドが真っ二つに割れるのは気まずいからね。今回はギルドを挙げての攻略はせずに、やりたい人らで組んで楽しむって方針に決まったのよ」
蒼天のメンバーはキュウシュウ攻略の時点で1000人を軽く超えてたからな。そんな中で、シコクとチュウゴクそれぞれのメンバーで争ったら要らぬ火種になるのは目に見えてる。俺も大尉の判断に賛成だ。それに、集団行動ってのはどうも苦手だしな。
「もう1つ本音を言うと、一部のギルドメンバーが暴走した時に、自分のフットワークを軽くしておけるようにってのもあると思うけどね」
「暴走って……そんなのいるんですか?」
「例の親衛隊よ。あの子ら、ソウ君に異常に興味を示してて、今回チュウゴクエリアに行ってるの。大尉はその監視役――もとい、制止役ね」
「あ~、いましたね、そんなバカが。確か佐助と蘭が中心に動いてるんでしたっけ」
「そ。まぁ肝心のソウ君がアメリカサーバーに行ってたお陰で、まだ特に何も起きてないらしいんだけどね」
なるほどな。それで俺が帰ってきたタイミングで大尉たちが慌ただしくしていたのか。1つ、クソどうでもいい謎が解けてしまったな……ん、待てよ。
「あいつら知らないんですか? あの小僧にはできたてホヤホヤの彼女がいるって」
「知ってるわよ。でも佐助は『殿に奥室があるのは当然。拙者は奥方共々、殿を支えてみせよう』なんて言ってるし、蘭も『恋に障害は付き物や』って言って全然堪えてなかったわ」
「それは……小僧も苦労しそうだな。まぁ、俺はあいつがどう困ろうが別に何とも思わないですけどね」
「別にそこ、聞いてないから――っと。いいタイミングでモンスターが。よかったわね、軍曹」
「俺は別に」
どうも今日の大佐は突っかかってくるな。アノ日か?
「……軍曹?」
「軍曹、これより突貫します!」
砂塵を上げて突撃をかましてくる巨大な二足歩行の狸に向かって、全力で逃げ――いや突撃する。けして、けっして背後の大佐のプレッシャーに負けたからではない。
だが狸よ、いい仕事だとほめておこう。
「礼だ、受け取れ、一星剣!」
星の輝きを僅かに宿した刀を、一心不乱に駆け抜けてくる巨大狸――2メートルはあるだろうか――へと抜き放つ。
『ポンポコーーーー!?』
漫画のような鳴き声を発しながら後方へと吹き飛ばされる狸。だが気のせいだろうか。あいつ、俺に斬られる前にすでに半泣きだったような気が。それに、既にダメージを受けている?
「……まぁいい、追撃だ――二星剣!」
『ポーーーーーン!?』
先ほどよりも輝きを増した剣が、再び狸に閃光を描く。このアーツ《星剣》は、連続して出す度に威力が増すタイプの技。最大で7回まで出すことができ、最終技《七星剣》に繋ぐことができれば、そこらの大魔法なんか目じゃない威力を叩き出すこともできる。発動条件は相当に厳しいが。
「だがこの狸相手じゃ、そこへ行きつく前に倒しきりそうだな」
『……ポ、ポ~ン』
涙目でこちらを見つめる巨大狸。そんな目をしても駄目だぞ。例え俺が結構な動物好きだとしても、そんなことじゃ――
「ポ~ン」
揺れる瞳に、迷彩服の侍が写る。そいつの顔は、残忍で、冷酷で……だが、迷っていて……
「……」
剣を持つ手から力が抜けていく。これは、おそらくバグだな。ああバグだ。なら、俺がこのモンスターを取り逃がすのも仕方のないことだ。
「……行けよ」
『ポン?』
今俺は謎のバグにあって、動けないんだ。だからクソ狸――
「行けっつってんだよ!」
『ポ、ポーーーン!?』
背筋を伸ばしたクソ狸は、ビクリと立ち上がり、急ぎ来た道を帰っていく。その際、一瞬だけ俺の方を振り返り、
「……礼はいらねぇぞ。ただの、バグだからな」
そのまま狸は、瞳に浮かべた涙を空にまき散らしながら、元いた場所へと帰って行――
「――百花繚乱」
『ポンポコォオオオオオオオ!?』
幾百もの黒閃が花のように咲き誇ると、巨大狸はそれにかき消されるように、光となって消えていった。
「た、狸ぃいいいいい!?」
な、なんだ!? 何が起こった!? てか狸ぃいいいい!?
くそっ、せっかく……くそっ! 誰がやりやがった……気配なんか消してコソコソしやがって……。
「そこにいるのは……誰だテメェ!?」
「――っ!?」
散っていく光の中に姿を隠し、おまけに気配も薄めようとしている卑怯者に、やりようのない怒りと殺気をぶつける。
あぁ、わかってるさ。ここはそういう世界だ。別にあそこで隠れてる奴は何も悪くない。だが……だがなぁ、それで割り切れるほど良い子でもねえんだよ、俺は。
「……ん? 気配が完全に消えたな。逃げたか?」
怒鳴り声にビビって逃げてしまったのだろうか。ふん、ビビりが……っていかん、いかんぞ。今のは俺が悪い。つい感情的になってしまった。こんなんだからいつも大尉にどつかれるんだ。これは反省だな。
「ちょっと、悪いことをしたな」
もう手遅れかも知れないが、さっきの奴を見つけて謝ろう。姿も気配もないから、多分反対方向に走って逃げたんだろうが、全力で追えばまだ間に合うかもしれ――!?
「影糸」
突如後方に感じた僅かな気配。それに身構えようとした直後に、揺れ動く黒いローブの塊から、漆黒の糸が伸びてくる。
「っらぁあ!」
「――っ!?」
迫る黒糸を、居合斬りで切り刻む。
――危なかった。思わず本気で刀を抜いた。それほどに、この敵は、
「くそがっ!」
真上からの斬撃で相手を両断する唐竹割りを放つ――が、黒いローブ野郎はそれを横に避けて躱すと、足元の影に溶け込むようにして姿を消した。
「消え!? いや、まだいるな」
体の芯に氷の刃を捩じり込むようなこの殺気……間違いなく、奴はまだここにいる。
なら――俺も全力で迎え撃とう。
「…………」
刀を鞘に納めた居合斬りの構えで、じっとその時を待つ。
そして――
「影雨」
空から無数の漆黒の針が降ってくる。
姿を隠したまま撃てるアーツとは便利だな。だが、舐めるなよ!
「斬空乱舞!」
空に対して一瞬で10の剣閃を描くと、剣閃から生み出された真空の刃が漆黒の雨と衝突し、飛散する。
さぁ防がれたぞ。次はどう――
「――影斬」
後方の死角から、奴の凄まじい気配が現れる。
だろうな、わかってたよ。刀を振り抜いたタイミングで来るってことは。
だがな、残念だったな。俺は――自衛官なんだよ!
懐に忍ばせていた拳銃を、気配のする方に抜き、同時に引き鉄を引く――が、
手応えが、ない!? 馬鹿な! 俺が気配を読み違えるなんて、
急ぎ気配の残る箇所へと振り返ると、そこにあったのは脱ぎ放たれた漆黒のローブのみ。
そしてその横には、紺の忍装束に身を包んだ狐のお面を被ったチビ。その手にはありえないほどの大鎌が握られており、
――ヤバい、やられる!
死神の鎌が首元に向かって真っすぐと飛来する。
――くそっ、小僧との対戦用にと思っていたが。光栄に思えよ、チビ助。
「奥義――」
だが、死神の鎌と俺のとっておきが衝突する直前。野太いオッサンの声が、間に強引に割り込んできた。
「ま、待ってくれぇえええええええ!」
それに一瞬ピタリと止まる2つの刃。ここが現実だったら敵を前にして刀を止めるなどありえなかっただろうが、ここは仮想世界。それに、目の前のチビが真っ先に鎌を止めたのだから、俺が後から斬りかかるなんてカッコ悪い真似ができるか。
軽くため息を零した後に、声のした方を振り向く。
するとそこには、漆黒の鎧に身を包んだ金髪のオッサンと、白銀のフルプレートに身を包んだ……え!?
「メタルボッチ!?」
【軍曹さ~ん、ごめぇええええん(ノД`)・゜・。】
呆然と佇む2人に突っ込む、暑苦しい鎧2つ。
何だこれは。
■ □ ■ □ ■
「つまり、あの狸はもともとそっちの獲物で、このちっこいのが追っていた。だがなぜか狸の方から向かって来たからラッキーと思ったから倒した。すると、俺から怒鳴られて殺気も向けられたから、思わず襲い掛かってしまったと。そういうことか?」
俺の問いに、チビ死神。もとい、ちっこい狐面の忍者は、メタルボッチの後ろに隠れながらコクリと頷く。
「まぁ……それは悪かった。こっちもちょっと気が立っていて、冷静さを欠いた」
「わたしも……その……ごめん、なさい」
殺気を向けられたら思わず襲うってどういう神経してんだ? と思わなくもないが、先に怒鳴ったのは俺だ。それに、明らかに自分よりも幼い相手を責めるというのはあまりにも大人げない。
「いや、俺が悪かった。だから――げぐ!?」
「あぁ~ん、もう可愛いぃいいい! メタルボッチ、何この子。超かわいいんですけど!? もしかしてアンタの子供?」
俺の頭を踏み台に、大佐がチビ忍者に抱きつき頬を何度も擦り合わせる。
「ゴメンねぇ、怖かったでしょ。こいつ目つき悪くて、口も悪くて、おまけに愛想もないの。でも、私はそんなことないから、仲良くしましょうね!」
おい、普通最後のところは俺のフォローを入れる場所じゃないのか? なに普通に自分の売り込みをしてんだ、この人。
【イルちゃんが困ってますから、大佐、あの(/・ω・)/ガオー】
顔文字打ち間違えたな、あいつ。
そんな様子を眺めていると、隣に見覚えのない知り合いが腰かけてくる。
「うちの子がごめんね、軍曹くん」
「いえ、俺の方こそすいません、御菊さん」
御菊さんとは何度か情報のやり取りで会っているから、顔見知りではある。だが、会う度に印象が――というか顔が違うから、毎回違和感が凄いな。
「でもさすが軍曹くんね。あの子とまともにやり合えるなんて」
「いや……最後は危なかったですよ」
マジでな。危うく奥の手を出すところだった。
「いやいや、謙遜することはないよ。あの動き、実に見事だった。息子と手合わせしてほしいぐらいだ」
そう言って御菊さんのいる隣に腰掛けてきたのは、最初に俺とチビ忍者の間に割って入った、野太い声の主。
てかこの動き……この人も相当にヤバいな。あの小僧に近いものを感じる。
「いや、俺はまだまだですよ。今日は、それが本当によくわかりました」
あの小僧だけでなく、さっきのチビ忍者。それにこの鎧のオッサン。このゲームにはまだまだ面白い奴らがたくさんいやがる。
まったく……だからこの世界は面白いんだ。
閑話第三弾は軍曹でした。
さて次回で閑話は最後。
締めてくれるのは……コイツです!
次回『とあるドMと開発主任』
更新は木曜日の予定です。