130話 閑話 とある刀匠の技術習得
薄暗い視界の中、鉄を打つ音が均一的なリズムで鳴り、その度に黄色と赤の小さな閃光が周囲へと飛び散り肌を焦がす。
時間が、熱気が、神経を削り取る。
だが、目の前で徐々に形を成していく鉄が、武器が、情熱が、俺の魂をたぎらせる。
「――ここだ!」
このタイミングで、この角度で、この力で!
「よし、これは――」
全身全霊を込めて、この一振りを――
「…………失敗した」
「だーかーら! そうじゃないって言ってんでしょ!? もうこれで何回目よ!」
「あだっ!?」
後頭部に小さな拳骨の感触が残る。後ろを振り返ると、拳骨を放った主が、少しだけ赤くなった拳にフーッと息を吹きかけていた。
「いった~、この石頭!」
暴論だ。自分から殴っておいてこの言い草。だが、理不尽とわかっていても頭を下げることは時として必要だ。特に、師匠と弟子という関係においては。
「申し訳ありません、師匠」
「ふんっ」
腰に手を回し、小さな胸を誇らしげに誇張するのは、俺の師匠にしてこのトサの町でも1、2を争う鍛冶の腕前を持つNPCの女の子。
人間のような耳がない代わりに、頭部に半円の小さな耳が付いており、腰からはふわふわとした丸みのある尻尾が出ている。
「いい? この私が、このトサの町において鍛冶の腕では並ぶ者のいないこの私が、わざわざ時間を割いてあげてるのよ? これは凄いことなんだからね? ありがたいことなんだからね? その辺ちゃんとわかってるの?」
「はい、わかっています、師匠」
俺の返事に、狸タイプのビーストの女の子は、少しだけ不満そうな目で、わかればいいのよと口にする。
「さっきのは何で失敗したかわかる?」
「う~ん……タイミング、打ち込む角度、力加減。全て完璧だと思ったのですが……」
その言葉に、目の前の狸の少女は手を横に広げやれやれと言った空気を発する。
「全っ然ダメね。あんたは鉄の呼吸をちっとも見てない。自分の好きに鉄を叩いてるだけよ」
むむぅ……現実では俺が弟子たちに対して言うことを、まさか仮想世界で――しかも俺よりもかなり年下の女の子に――言われることになるとは思わなかったな。
「具体的に、どこが駄目だったのでしょう?」
手順は完璧だった。師匠の口ぶりから、おそらく鉄を打つタイミングが悪かったのだろうが、具体的にどう悪かったのかがまるでわからない。
「だーから呼吸だっつてんでしょ! 貸してみなさい!」
俺から鍛冶用のハンマーを強引に取り上げ押しのけると、先ほどまで座っていた大きな椅子に少女の小さなお尻がトスンと乗る。
「いい? 見てなさいよ」
鉄の塊に熱を加え、少女はその細腕でハンマーを打ち付ける。
「いい、ここで――こう! そして――うぉらぁあ! 次に――ガッキーン! もひとつ――てりゃぁ!」
なに1つ具体的に伝わらぬ説明を、何とか理解しようと必死に鼓膜に響かせる。
「ここでドッカーンよ、ドッカーン。バーンじゃないからね!」
無理だ。俺に長嶋語は理解できない。そして、どうやったらこの少女の細腕で俺以上の力が出せるのだ。
打ち付けられる鉄は自らが最適な形になるのを運命付けられたかのようにその在り方を変えていき、インゴットとハンマーは打ち鳴らされる度にその産声を生き生きとしたものへと昇華させていく。
だが、1つだけわかることもある。それはこの少女が、とんでもない鍛冶の腕前だということ。たまに特殊なスキルを使っているようだが、それ以外では実に洗練された、鍛冶師の理想のような動きをしている。もしこれがゲームではなく現実の光景だったら、俺はこの少女に凄まじい嫉妬の念を感じていたことだろう。
「いい、半蔵? ここが重要よ! ここで――ポンポコポーン!」
師匠、最後が一番わかりません。
■ □ ■ □ ■
「はっはっはっはっは。じゃあ何か? 今お前さん、その女の子のとこでしごかれてるのか? 現実ではあの人間国宝に直接指導を受け、この仮想世界でも屈指の刀匠プレイヤーと謳われるお前さんが。はっはっは、こりゃ傑作だ」
「そう笑わないでくださいよ、スミスさん」
サクラの店の奥で、職人仲間のスミスさんと珈琲を楽しみつつ、職人談議に花を咲かせる。ここ最近の、三番目に好きな時間だ。
「確かに女の子ですが、彼女の腕前は確かです。スキルを抜きにしても、腕は明らかに俺以上です。実に、学び甲斐がありますよ」
あの擬音が何とかなれば、ね。
「そうか。まぁなんにせよ、楽しんでいるようだから何よりだ」
楽しんでいますとも。あの時間はここ最近で、二番目に好きな時間ですからね。
「そういうスミスさんも今日は上機嫌ですね。アレ、完成しそうなんですか?」
その言葉にスミスさんは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みを零す。
「大方な。あとは坊やと試射を重ねれば完全に完成するだろう」
「そうですか。じゃあそのとっておきは、しばらくお預けですね」
「あぁ……シコクとチュウゴクがクリアされるまではな」
俺たち職人組は偶然このシコクエリアを選択したが、彼らもまた揃ってチュウゴクエリアを選択した。事前に打ち合わせていたわけではないから仕方ないが、彼らのドタバタを近くで見れないのは少し残念だな。
「でもスミスさんのしていることはオリジナルの銃弾の製作ですよね。それであれば、ソウ君以外にも依頼できるのでは?」
職人の作るオリジナルの弾丸は射撃職にしか扱うことができないが、この世界では射撃職というのはそれなりに存在する。
二挺拳銃を扱うことのできるガンナーを始め、ライフル射撃に優れたスナイパー。バズーカを使える砲手。銃ではないが、弓を得意とするアーチャー。最近では、レア職と言われる銃操者までいる。代わりを頼むことはそう難しくないはずだ。
なにより、スミスさんは今やこの世界における銃弾開発の第一人者。お金を払ってでも協力したいプレイヤーは山ほどいるだろう。
だが先ほどの疑問に、スミスさんは目を閉じてゆっくりと首を横に振る。
「オリジナルの銃弾は、確かに便利だ。だが、オリジナルの銃弾は射撃アーツとの相性がそこまで良くないらしい。炸裂弾や徹甲弾程度であればそこまで影響を受けないが、焼夷弾や信号弾なんかの特殊性の強いものは多くのアーツを拒む傾向にある。徹甲焼夷弾や紅蓮徹甲弾なんかはその極致だな」
「それは……なるほど、それでは確かにソウ君にしか頼めませんね」
少し前に知ったことだが、ソウ君はほとんどアーツを使わないスタイルらしい。それでどうやってトッププレイヤーとして君臨しているのか凄く疑問だが、ここを追求すると彼が離れて行ってしまいそうで、俺もサクラも、そしてスミスさんもそこには触れていない。
「そうなんだよ……おまけにあの坊やは撃った時の感触や弾道の流れ、そして使い心地なんかをとんでもなくリアルにフィードバックしてくるんだ。他の奴らに、坊やの代わりはとても務まらないよ」
ソウ君の代わりの務まる人かぁ……人間で見つけるのは大変そうだな。
「だからって無い物ねだりして止まるのはナシだ。坊やにしか使えない最恐の弾丸も面白いが、汎用性も高い高性能でまとまった弾丸を作ることもまた魅力的。今度は、射撃職の常識を覆すような代物を作ってやるつもりだ」
イキイキしてるなぁ、スミスさん。これは、俺も落ち込んでる場合じゃないな。
「俺だって、究極の一振りを完成させるつもりでいますよ」
瞳の奥に幾千もの輝きを宿し、地獄の修行を乗り越える決心をより強く固める――と、扉が軽快に開かれ、
「あれぇ、スミスさん? めっずらしぃ、工房にいないなんて」
「おや、嬢ちゃん。嬢ちゃんこそどうしたんだ。てっきりダンジョンにいるかと思ったぞ」
「わたしぃ? 私はサクラさんからお料理を勉強中~」
「ほぅ、じゃあその手に持ったクッキーは俺たちへの差し入れか?」
「半蔵さんにって思ってたけど、実験動物は多い方が臨床データも集まりやすいから、スミスさんもいいよ~」
「「…………」」
大皿に盛られたクッキーを持つ可愛らしい女性と、その奥で意味深な笑みを浮かべる我が最愛の妻の視線を受け、実験動物1号と2号は恐る恐るその手をクッキーに伸ばす。
そして――
「「 ぎゃぁあああああああ 」」
これがここ最近で、一番目に好きな時間。
サクラと一緒の空間にいて、彼女がとびっきりの笑顔を浮かべるこの瞬間こそが、俺の、最高に幸せなひと時だ。
口の中が苦くて辛くて痛いのを除けば……な。
閑話第二弾は半蔵視点でした。
このシリーズも残すところあと二話です。
次回は一体誰でしょうねー(棒読み)
次回『とある軍曹の活動報告』
更新は月曜日の予定です。