128話 とある異国の物語(後編)
最初は悪魔かと思っていた。エリアボスか、それに類する実力を持った隠しボス。悪魔ならばその位置に座っていても何ら違和感はない、と。だが、目の前の化け物は、悪魔というよりは吸血鬼の方が近いようにも見える。
そして角付きは、俺の「何者か」という問いに、意味不明な答えを返す。
『可能性の獣』
……は? どういう意味だ? いや、それはいま重要ではない。それよりも、この絶体絶命の状況をどう切り抜けるかを考えるんだ。さっきの銃声で周りの奴らがこの異常に気付きだしている。あいつらがこっちに来るまでの時間さえ稼げれば、この場を凌ぐことも、
「――シャドウ・ニードル!」
月明かりにより浮き出ていた俺の影が、突如形を成し奴の顔面へと伸びる。
角付きはそれを軽々と躱すが、その隙にサリエル隊の4人が俺の横へと並び立った。
「サリエルか、助かった」
反射的に出た言葉に、サリエルは奴から視線を外さずに立てた親指だけこちらに向ける。いまの攻撃をサリエルが出してくれていなければ、間違いなくやられていただろう。戦いの雰囲気というものはよくわからないが、なんとなく、絶対にやられる予感がしたからな。
「オーラス、リジェ、スターク。久々に手応えのある相手だ、気合入れろよ!」
「「「 応! 」」」
4人の屈強なポリスマンコスの男たちの殺気が戦場に溢れる。こんな殺気を浴びて、腰が引けないやつがいるだろうかと思えるほどの。こいつらならやれる。
なにせこいつらは、たった4人でエリアボスを倒したことすらある化け物たちだ。たとえ角付きがいくら強かろうが、この4人を正面から相手して無事でいられるはずがない。
「――ビルドアップ! 行くぞ角付き!」
スタークの職業である拳闘士が今回の大規模アップデートで新しく習得したスキル《ビルドアップ》は30秒の間、身体能力を劇的に向上させる効果がある。デメリットとして効果後の30秒間は攻撃力が半減するが、チーム戦ならばそれはフォローできる。
ただでさえ屈強な肉体は、身体強化スキルによりその動きを人間から弾丸へと昇華させる。
凄まじい速さだ。世界最速の男、アンペア選手よりも間違いなく速い。
「くらえ――破邪聖拳!」
あれは拳闘士の奥義とも言われるアーツ。属性が闇や悪に寄っている対象に対して、絶大な効果を発揮する聖なる拳だ。これならあの化け物も――
『――リロード《閃光弾》』
次の瞬間、夜の世界に、白銀の光が生み出された。その光はとても目を開けていられるものではなく、光の中に飲まれていくスタークの姿を、最後まで見届けることは適わなかった。
それでも、そこで何が起こっているのかは何となく把握できた。
その――断末魔によって。
「な、躱し、だがこれなら――う、うわぁあああああああああ!?」
「スターク!?」
無敵の戦士のありえない声が戦場に轟く。それに魔法剣士であるリジェがたまらず心配の声を上げるも、その声に彼が応えることはなかった。
やがて光が止み、チカチカとした視界が徐々に見えてくる。そこにあったのは、両腕が切断され、呆然とした表情で固まるスタークの姿。だがそれも、すぐに光となって消えていった。
「スターク! くそっこの野郎、ロックホーン!」
『――っ!?』
リジェによる怒りをはらんだ反撃に、角付きはかなりのオーバーリアクションで避ける。あの慌てよう、もしや岩系統の攻撃に弱いのか。
だが角付きはすぐさま燃える瞳をリジェに向け、両の手に握る拳銃でリジェの眼球をぶち抜いた。
「ぐおお!?」
視界を奪われ慌てるリジェ。だが角付きは攻撃の手を緩めることなく、凶弾をリジェの開いた口に放り込む。
そして――
「あばぁああああああああああああああ!?」
リジェの口から爆炎が噴き出す。
頭部の大半を失った人形は、スタークの後を追って光へと散った。
一瞬でサリエル隊の半数を消した化け物は、なおも獲物を見る目でこちらへと視線を泳がせる。
――やばい、殺される!
「シャドウ・バインド!」
今度こそ、と覚悟させられたところに、またしてもサリエルの救いの手が伸びる。レア職である影使いであるサリエルは、影を巧みに操り相手の自由を奪い滅する技に長けている。そして今のは、地面から伸びる影の手が、対象を押さえつけ拘束するアーツ。
「動きは封じた、やれ、オーラス!」
これぞサリエル隊の必勝パターン。サリエルが相手の動きを封じ、魔法使いであるオーラスが特大の一発を放つ。
本来はこの前後にスタークやリジェの援護や牽制があるのだが、ここまでくればそれも不要だ。
『なんだこの手、絡みついて!?』
「無駄だ! 何本も伸びるそれは相手を完璧に拘束する。どんな化け物でも、その手を引きちぎることはできな」『じゃあ撃つ』
体の動きを止められていたはずの角付き。だが奴は、あろうことか手首だけを動かし、その手に持つ銀の拳銃でサリエルの頬と右目を吹き飛ばした。
「ばをおおおお!?」
口元と目元から溢れる赤いエフェクト。その瞬間、角付きを捉えていた影手は色素を失う様に消えていった。
「サリエル!? この――雷槍・ミカズチ!」
後方に構えるオーラスから、雷槍の雨が放られる。その数は20は超えるだろう大魔法だ。
「やった」
思わずそう漏らしてしまうほどに完璧な間合いとタイミング。拘束こそ解かれてしまったが、攻撃後に生じた一瞬の隙を逃さなかったオーラスの勝ちだ。
そう、信じていた。
なのに――こんなの、嘘だ……
「避けて、る、だと……」
大砲で打ち出されたかのような勢いで放たれた20を超える雷槍。そのことごとくを、あの化け物は慌てもせずただ淡々と避けてみせる。まるで、この程度は日常の範囲だと言わんばかりに。
「くそがぁああ!」
大魔法は発動後のリキャスト時間が大きい。威力の低い魔法はその魔法単体のリキャスト時間が発生するのみだが、さっきのような威力の高い魔法の場合だと大抵が魔法全体にリキャスト時間が発生する。つまり、この瞬間オーラスは魔法が使えない状態にある。
しかし、それでも戦えるから、サリエル隊はエースなのだ。
懐に忍ばせていたリボルバー。慣れた手つきでそれを敵に突き付け、
「死ねぇええええ!」
引き鉄をひく。だが、
「なぜ……躱せる……」
それすらもあの化け物は落ち着いて避けてみせた。体を半身ずらす、ただそれだけの動作で。
なぜ、この距離で銃を躱すことができる。俺よりかも、おそらく撃ったオーラス本人がより強くそう感じているだろう。
もしやこの化け物には射撃武器完全無効の能力でもあるのだろうか。あるいは、こちらの行動をプログラムが先読みし回避させているのだろうか。もはや、そうとしか考えようのない現象だ。
「ち、ちくしょ――」
次弾を撃ち込もうと再び角付きに向けられた照準。だがその先にすでに奴の姿はなく、ジンライと唱えた奴の体はオーラスの前を一瞬で通過し、銀の閃光を首元に走らせた。
「ぐ、ぐるぁあああ!」
首筋から吹き出す血潮。それを努めて無視し、オーラスは背後にいる角付きへリボルバーを再び向ける。いや、向けようとした。
だがその先にあったのは、片刃の剣を抜き放ったであろう角付きの姿と、くるくると宙を舞うリボルバーを握った左手。
「ぐ、ぐぞ……」
最後に頭頂から股間まで真っ直ぐな銀閃を描かれ、オーラスは散った。その目に、圧倒的な憤怒と恐怖を抱いたまま。
『これで……381』
何かの数字を呟く化け物。だが、その数字に思考が及ぶ前に、奴はその剣を俺に向けた。
そして――俺の意識はこの世界から切り離された。
■ □ ■ □ ■
現実世界へと強制送還される際に流れる不快なシステムメッセージを耳に入れながら、俺の意識は徐々に現実世界へ戻されようとしていた。
あれからどうなったのかはまだわからない。だが、完全に消える前にサリエルの悲鳴が聞こえていたから、結果はきっと聞かない方がいいのだろう。もう当分、この件のことは話したくない。
それほどの、悪夢だった。
だがそれでも、完全に現実に戻る前の意識が先ほどのことを考えてしまう。嫌だ嫌だと脳が信号を出すも、それでも、あの不可解な悪夢を考えてしまう。
あの化け物は一体何者なんだ。本当に隠しボスか何かの類なのか? あれだけの化け物がゴーストタウンに潜んでいたなら、もっと前から話題になっても良さそうなものだが。
それともこのイベント配信に合わせて新しく配備されたイベントキャラ……いや、少し無理があるな。何の関連性もない。この運営はクソでアホだが、何も理由がないことはしない。むしろ、あいつはただの国外プレイヤーの1人で、こちらがただ深読みしすぎただけだと言われた方がまだ納得――え……。
え、いやいやいや、それはないだろう。だってあれ、人間じゃないだろ? 見た目も動きも。あれが人間だって言うんなら、俺は人類の可能性について改めて一から検証する必要が出てくるぞ?
はっはっはっはっは、どうも疲れてるな。まぁあんな大規模な作戦を展開したわけだし、それも当然か。よし、今回は休もう。しっかりと、休もう。
ただ、心の整理がついたら、後でちょっとだけ、日本サーバーの掲示板でも見にいってみよう。
うん、ちょっとだけ。
これにて外伝(16話構成)はお終いです。
初めて総一郎を敵側からの視点で書いてみましたが、いかがだったでしょうか。
楽しんで読んで頂けたら幸いです(*´ω`*)
次話からは総一郎に馴染みのあるメンバー視点での閑話(4話構成)に入ります。
こちらもお楽しみいただけたらとても嬉しいです。
次回『とあるドSの進路相談』
更新は月曜日の予定です。