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リアルチートオンライン  作者: すてふ
第5章 シコク動乱編
127/202

127話 とある異国の物語(中編)

 情けないほどに怯えた声が、開いた口から大音量で溢れてくる。


 だが、それを自覚していても口は塞がらない。それどころか、足が、手が、肩が震える。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 嘘だ、こんなの現実じゃない。こんなの――そうだ、ここは仮想世界じゃないか。あれはただのデータだ。何を怯える必要がある。あんなの、あんなもの、俺はちっとも――


 だが次の瞬間、松明を持っていた男の顔に、角付きの悪魔の掌底が下の角度から顎に入ると、男はありえない速度で飛翔を始め、一瞬でその顔を天井に埋めていった。


「う、うあぁああああああああああ!?」


「ば、バケモノぉおおおおおおおお!?」


 俺以外の口から、圧倒的な恐怖が言葉となって溢れ出す。一方で天井から首から下をぶらりと下げる男は、振り子のように体を揺らし、まるで生気を感じさせない。


 いや落ち着け俺、これは現実じゃない、これは現実じゃない。他の奴らのように怯えるな。怯えは正常な判断を狂わせる。落ち着いて、落ち着いて奴の動きを――


「いぎぃ!?」「ほもっ!?」


 み、見えない。今あいつは何をしたんだ。なぜ目の前にいたはずの2人が、床に倒れ、壁に半身を埋めて動かなくなっているんだ。いま……今あいつは何をしたんだ!?


「ひ、ひぃいいいいいい!? く、来るなぁあ、来るなバケモノぉおお!?」


 恐慌に陥り泣き叫びながら右手のナイフを振り回す男。最初に天井に吊るされた男が持っていた松明は床に落ちているため、その動きが部屋に大きな影の動きを作る。そして悪魔は、その動く影の中に巧みに身を移し、


「あ、あひぇ、消え――」『てねぇよ』


 男の胸から、銀に輝くナイフが飛び出てくる。


 もう、なにがなんだか、本当にわからない。


「ひぃあぁあああああああ!?」『うるさい』


 叫びを上げる男の後頭部に拳銃が突き付けられると、次の瞬間、それは熟れすぎたザクロへと成り果て、男は以降、まったく動かなくなった。


『さって……これで264人目』


 に、にひゃ? え、何を言ってるんだ、こいつ。え、ていうか喋ったのか、今。喋るモンスターなんて、これまでエリアボスやイベントキャラぐらいしか確認されていないぞ。ということは、やはりこのダンジョンの隠しボスか。


『次は、お前か』


「――ひっ!?」


 暗闇に浮かぶ悪魔の赤い瞳が、ゆっくりと俺を捉える。その動きは、獲物を射程圏に入れた肉食獣のソレだ。


 ――あぁ、俺は、喰われるのか。


 それを覚悟し、腰に差してある剣に震える手を伸ばす。すると――


「無事か、テッペリン!」


 民家の入口から、聞き覚えのある声が響き渡る。


「サ、サリエル!? よ、よか、助けてくれ!」


 今回の討伐チームの中でも最精鋭と言える、サリエル隊が救援に駆けつけてくれた。よかった、これで助かる。


「こいつが例の角付きか! テメェ、テッペリンから――離れろ!」


 警官のコスチュームに身を包むサリエルが、腰に付けていたホルスターから拳銃を抜き取り悪魔へと制裁の弾丸を放つ。


 だが――


「か、躱しやがった!? 化け物か!」


「下がれサリエル、テッペリン、一斉射撃だ!」


 サリエルの後方についていたもう1人の味方から指示が飛ぶ。あいつは確かサリエル隊の1人、オーラス。指示を出されるのは癪だが、ここは素直に従うしかなさそうだ。


「ファイア!」


 オーラスの声に合わせ、現場に駆け付けたサリエル隊4名の一斉射撃が行われる。全員が正規の軍人であるサリエル隊は、リアルスキルで拳銃などの武器を自在に扱うことができる最強の部隊。これであの化け物も――


『――迅雷!』


 だが何かを呟いた化け物は、生物としての常識を疑う脚力で天井を突き破り、屋根の上へと姿を消した。


「くそっ、逃がしてたまるか。追うぞ!」


 サリエルの勇ましい姿に、先ほどまで全身を支配していた圧倒的な恐怖が急速に薄れていくのを感じる。これなら、


「お、俺も行く、今度こそあいつを殺してやる」


 加護こそ持っていないが、サリエル隊は俺が知る範囲では最強クラスのパーティだ。こいつらと一緒にいれば、あの化け物をこの手で殺すチャンスが巡ってくるかもしれない。


「絶対に……絶対に殺してやるぞ、角付き……」





 ■ □ ■ □ ■





『く、くそ……何なんだ、何なんだおま――』


 また1つ、仲間からの通信(ボイスチャット)が途絶えた。これで消えた部隊の数は10。100人以上が消されたことになる。まだ加護持ちのプレイヤーが残っているから純粋にすべてが奴による被害というわけではないにしろ、この被害はあんまりだ。いくら正面切っての戦闘ではなく、建物を巧みに使ったゲリラ戦を強いられているとはいえ、こうも一方的な展開を誰が予想できる。


 俺たちが相手にしているのは、本当にモンスターなのか? 実は某国が秘密裏に送り込んだ最強のエージェントとかじゃないだろうな。


 そんな不安を抱えていた俺に、サリエルが頼もしい声を発する。


「心配するなテッペリン。もうすぐこっちから仕掛けてやるさ」


「本当か!?」


「ああ。敵の加護持ちはもうほとんど殲滅した。残っていたとしても1人か2人程度だろう。これなら、奴に狙いを絞った作戦が建てられる」


「作戦? 一体どんな……」


 その疑問に、サリエルは逞しい腕を組み、片手を顎髭に伸ばす。


「まずこの敵は、建物を使った遭遇戦に恐ろしく強い。1対1ではまず瞬殺され、囲もうとしてもその前にキーとなるプレイヤーから消されて一方的に殲滅される」


 そうなのだ。さっきからいくつもの部隊が奴と遭遇し、そして救援が駆け付ける前にそのほとんどが殲滅されている。


「だが、この敵の行動パターンはそれほど複雑じゃない。動き自体は生物の常識を超えているが、次にどこに現れるかは割と予測しやすい。これなら、次か、その次で奴の現れるポイントを特定できそうだ」


「おお、さすがだな、サリエル」


 現役の軍人というのは伊達ではないな。おまけにこれで真性のゲーマーでもある。サリエル隊が付いている限り、俺たちに――俺に負けはない。




 それから俺は、サリエルの指定したポイントに残る部隊のほとんどを集結させ、個別の配置を終えた。


 あとはこれに、奴が喰いつくのを待つだけだ――っと、またチャットか。しかもこいつは……まぁいい。


「どうした、カマセドッグ」


『なぁ、テッペリン。本当に俺の隊はこの配置でいいのか?』


「あぁ、お前の隊がこの作戦の要だ。頼りにしてるぞ」


『そうか、そうなのか。了解だ、万事任せておけ!』


 お前の隊は確かにこの作戦の要だ。なにせ、お前の隊を餌に奴を誘き寄せ、周囲の建物ごと広域殲滅魔法で吹き飛ばすんだからな。そのための配置もすでに終えている。まぁその結果、非常に頼りになる仲間が犠牲になってしまうわけだが……勝利のためだ、カマセドッグも喜んで死んでくれるだろう。


「さぁ……喰いつけ、化け物」


 それから息を殺すこと数分。先ほどまで血と怒号の舞っていた戦場は嘘のような静けさを取り戻し、皆の顔に冷たい夜風を運んでくる。


「……まだか」


 サリエルの話では、このモンスターの行動パターンは実に単純で、動きのある奴ら、それも孤立傾向のある奴から狩っていく傾向にあるとのこと。動物としてならそれでも優秀な部類に入るのだろうが、今回の相手は人間様だ。どうやら敵は動きは化け物でも、AIはそれほど優秀じゃないと見える。


『来たぞ、テッペリン』


 餌、もとい、カマセドッグから通信が入る。ようやくお出ましか、化け物。さぁカマセドッグよ、存分に抵抗しろ。


 そして――化け物ともども、死んでくれ。


「カマセドッグ隊、全力で迎え撃て。時間を稼いでくれ」


 お前らが揃って死ぬまでの時間を、な。


 それからすぐ、カマセドッグ隊の構えるポイントから爆発音と銃声が鳴り響いた。


「……始まったか」


 問題は爆撃のタイミングだ。早すぎては奴に逃げる隙を与えてしまい、遅すぎれば囮が全滅してしまう。


「さぁ、どのタイミングで――」「ここだ」


 被さるように声を発したのは、現在最も頼りになる男、サリエル。


「ここだテッペリン。合図を出せ」


「早すぎやしないか?」


「いや、あいつらではたいした足止めにはならない。ここがギリギリのタイミングだ」


 その言葉を聞き、俺の中にあった迷いが一瞬で晴れる。奴の化け物じみた力の一端を見たサリエルの言だ。ここは、あいつの戦術眼を信じる。


「よし……各隊、作戦開始だ!」


 その声を受け、それぞれの隊から了解の声がボイスチャットで返ってくる。


 その数拍後。


「――――――――――――――――!!」


 何色もの光の爆発と轟音が全員の目と耳を襲う。過去これほど大規模な戦闘はレイドボスぐらいでしか見たことがない。この光の渦に飲まれて、生きていられる奴なんて間違いなく存在しないだろう。


「ははははははははは、いいぞ、やれ、殺れ! やってやれぇえええ」


 轟音にかき消されたる形で吐き出された殺意。これで少しは気が晴れたというものだ。


【よし、そこまでだ】


 この轟音の中ボイスチャットは意味を成さない。文字によるチャットを、それぞれの隊のリーダーに飛ばす。


【各隊はゆっくりと爆心地に迎え。敵モンスターの死骸やドロップアイテムが残ってるかもしれないから、見落とすなよ】


 連絡を終わらせてから、自分も駆け足で現場へと向かう。やつが直接死ぬところを見ることは叶わなかったが、それでも墓はしっかりとこの目に焼き付けてやる。


 だが、俺の目に最初に飛び込んできたのは、無残に転がる奴の残骸でも、ドロップアイテムでもなく、


「……カマセ、ドッグ?」


「テッペリンか!」


 囮にして奴もろとも吹き飛ばしたはずのカマセドッグ。なぜこいつがここにいる。いや、生きている。こいつはあの化け物に殺されたか、もしくはあの一斉攻撃の余波で消し飛んだんじゃなかったのか。


「お前、どうして……」


「すまない、あの化け物が現れて戦ったんだが、俺以外のメンバーは瞬殺されちまった。俺も覚悟を決めたんだが、なぜか奴はいきなり動きを止めて、その場から急いで離れてしまったんだ。慌てて後を追ったんだがその後にすごい爆発が起きて……」


 急ぎ離れた? どういうことだ? あいつは見かけた奴を手当たり次第に殺す、獣のような行動パターンのモンスターではなかったのか?


 もしや……もしや、獣如きが人間様の張ったトラップに気付いたとでも言うのか!?


「テッペリン、俺、どうすれば」


「うるさい! お前なんか知るか、消え――」


 熱くなった頭で、暴言を吐きだそうとする口。だがそれを完全に言い切る前に、俺の顎は大きく開いたまま止まった。耳に銃声を、そして瞳に、頭が弾け盛大な赤を吹き出す男の姿を残しながら。


「カ、カマセ……」


『ふ~、さっきのはヤバかったな』


 月明かりに照らされた残骸の上で、それは現れた。頭から突き出した二本の角。綺麗に整った顔立ちながら、燃えるように紅く光る瞳と、立ち上るオーラがその凶悪性を醸し出す。


「なんだ……お前……」


 気付けば、これまで通信越しに何度も聞いたそのセリフを、俺自身が口にしていた。他の奴らと同じく、声を震わせながら。


 ――やっぱり、死ぬかもしれない。

次回『とある異国の物語(後編)』

更新は木曜日の予定です。

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