125話 とある天使の鎧袖一触
落ち着いて、落ち着いて今の状況を分析しよう。
右側に展開していたのは15人の敵と、瑠璃を含めた17人の味方。左側に展開していたのは30人の敵と、俺、由紀子、メタルボッチさんの3人。
俺たちが左側を止めている間に、右側の瑠璃たちが敵を殲滅。その後こちらに合流して敵を叩く。その作戦で間違いはなかったはずだ。
ではどうして今、目の前に瑠璃がいる? 俺は敵の最奥に構えるリーダー格と思われる男、ナジン君と戦っていた。仮に加勢に来れたとしても、それがどうしたらこの位置になるんだ? いやそもそも敵を殲滅するにしては早すぎないか?
いや、今はそれよりも現状の把握だ。
どういうわけか手前ではなく奥から現れた瑠璃により、ナジン君の召喚した鎌イタチは黒鎖縛により動きを止められ、そして召喚した本人に腹には、巨大な鎌の先端が飛び出してきている。
凄い状況だ。カオスだ。これまで数々の戦場を、修羅場を見てきたが、これはその中でもトップスリーに入るほどに滅茶苦茶な状況だ。
『なん……デメェ……』
口から赤いエフェクトを零しながら、彼は困惑と怒気をごちゃ混ぜにした目を後ろの瑠璃に向ける。だがそれはやがて完全な殺気に染まり、
『ぶっ殺――』「狂骨」
巨大な鎌からいくつもの鋭利な棘が発生し、彼を内側から食い破る。体の各所から棘を咲かし、赤い花が吹き荒れるそのさまはまさに地獄。
まぁあんな可愛い死神に誘われたら、そりゃ逆らえんよな。
光となって消えていく彼に少しばかしの同情の念を飛ばし、意識は完全に瑠璃へと向く。
「る――イル、向こうの敵さんはどうしたんだ?」
「ん? やっつけた!」
そうかいそうかい、やっつけたのか……
マジか!?
15人だぞ。加護持ちだぞ。いくら乱戦で瑠璃から意識が逸れやすかったとはいえ、これはあんまりにもあんまりではないか!?
「頑張ったよ!」
そっかー、頑張ったのか。天使が頑張ったのだ。ならすべては上手く行くな。なにせ天使だからな。
……これは決して思考の放棄ではない。
とにかく、だ。
「イル、とにかく助かったよ。で、早速で悪いが加勢を頼んでもいいか?」
「うん! あ、でも、もう始まってるよ」
さされた指に従って後ろを振り返ると、そこには既に右側の制圧を終えたと思われる十数人の味方が加勢として雪崩れ込んでいた。
考えれば、瑠璃が加勢に来ているわけだから、他の人らもそりゃそう来るよな。
「おとーさん、わたしとどっちが敵さんをたくさん倒せるか競争ね」
巨大な鎌を携える狐面の忍者が隣に並び立つ。あぁ瑠璃、競争だとも。だがどうしてかな。父さん、全然勝てる気がしないぞ。こんなに勝てる気がしないのは、数か月前に総一郎の誕生日で真剣勝負をして以来だな。
「いっくよー。よーい、ドン!」
忍者のスキル《忍び走り》で音もなく疾走する瑠璃の背中を眺め、俺はただ、我が娘の成長に涙腺を緩ませながら背筋を凍らせるという器用なことをやってのけていた。
■ □ ■ □ ■
『お前ら……マジ何なんだ……』
最後に残った海外プレイヤーが、光となりながら漏らした声。それを聞き届けた俺たちは、ようやく終わった戦闘に安堵の息をついた。
「……終わったか」
「おわったおわったー」
【お疲れさまでした(*´ω`*)】
まったく疲れてなさそうな瑠璃の声と、無機質な表情――いや冑か――から出されるチャット。それらを耳と目から取り入れると、頬は綻び、口からは「お疲れ様」と仕事終わりによく口にする言葉が自然と漏れた。
「あれ、おかーさんは?」
「あぁ、御菊ならあそこだ」
少しだけ不安そうな顔でキョロキョロと周囲を探す瑠璃に、安心できる視線の位置を教える。
「今生産ギルド代表のアゲハさんとお話してるから、甘えるのはその後な」
「あ、甘えないもん!」
可愛い。
それから俺たちはやられてしまった仲間へ作戦が成功した旨を連絡し、継続して護衛任務に就いた。
由紀子と話をしていたアゲハさんは、当初の予定通りここ四国カルデラで採れる良質な石灰の回収を始め、俺たちはたまに現れるモンスターをリラックスした気持ちで倒しては休憩するといったサイクルを繰り返した。
その間にわかったことは、先ほどまでの戦闘における瑠璃の予想以上の活躍。
俺たちが左側を食い止めていた間、瑠璃たちは右側の敵を殲滅するべく戦っていたのだが、敵が全員加護持ちということもあり、攻防は一進一退の均衡した状態、いや、やや不利なぐらいだったらしい。
しかしその状態を一気に打破したのが、我が心の天使、瑠璃。
瑠璃は乱戦状態にある中で、敵の半数以上を1人で葬ったらしい。まぁこの子が本気で気配を殺して忍び寄ったら、多分、総一郎でも気付かないだろうからな。ゲームスキルに頼っている彼らに、瑠璃の死神の鎌から逃れる手はなかったのだろう。気付く前に手足を落とされ、気付いた時には首をもがれる。哀れな子羊たちの断末魔が聞こえるかのようだ。
結果、右側に展開していたプレイヤー17人の内、13人が生き残るという大勝利を手にし、そのまま俺たちのいる左側に加勢に来てくれたらしい。
なお瑠璃がこちらに合流してから倒した敵の数は8人。俺は5人。真正面からの戦闘ではこちらに相当な分があるが、ああいった乱戦でのスコアアタックでは逆立ちしても瑠璃には勝てないな。
あ、それともう1つ。メタルボッチさんのことも少し話せた。
彼――でなく彼女が召喚した人形の中に入り込んでいる理由は、予想したとおり、恥ずかしいから、というものだった。鎧の中に隠れてしまうのは、大学生にもなって小学生並みの身長やスタイルなのを、強烈なコンプレックスとして抱えていた彼女の自衛策だったようだ。
だがあの外見では、中身がいかつい男と思う人は多いようで、声を出してのコミュニケーションも次第に取らなくなっていったらしい。いま彼女の正体を知っているのは、俺や由紀子、瑠璃以外だと、同じギルドの親しい仲間だけ。
ちなみに由紀子は最初から気付いていたとのこと。さすが変装の名人。他人の中身を覗くこともお手のものか。
「ねぇ、あなた」
先ほどまでアゲハさんたちと一緒に採集をしていた由紀子が、白いローブを風に揺られながらこちらに歩み寄ってくる。
――今考えていたこと、バレてないよね!?
「このクエストが終わった後のことなんだけど、トクシマエリアに行かない?」
よかった……バレてない。
「トクシマ? あの徳島県か? それはいいが、どうしてまた」
「アゲハのギルドの人が、何でもトクシマのボスに関わる情報を手に入れたそうなの」
「そうか。だがトクシマのボスは確か、オリーブオイルに塗れたうどんでできた多数の触手を持つ巨大だこじゃなかったか?」
「それはカガワね。トクシマのボスの情報はまだ出回ってないはずよ。今回わかったのはボスのいそうな場所だけだけど、面白そうだからこのまま突っ込んでみましょう」
楽しそうにそう言う由紀子の顔には、どことなく総一郎の面影が映る。
「あぁ、勿論いいよ。イルはどうかな?」
「うん、いいよ!」
元気に咲く向日葵すら敗北宣言してしまいそうな笑顔を咲かす天使。そのまま瑠璃は、その笑みを大きな鎧へと向け、
「ねぇメタルさん、メタルさんも一緒にいこ?」
「え……」
いきなりだったのか、思わず鎧の中から可愛らしい声が漏れる。
【いや、でも僕こんなだし、その。。。いいの?】
申し訳なさそうな、不安そうな仕草の鎧。それを俺と由紀子は、何も言わず、ただただ天使の言葉を待つ。
「一緒がいいの! だってわたしたち、なかま、でしょ?」
その言葉を受けた鎧は、一瞬だけよろけて見せた後、その重厚な鎧でもって、瑠璃をやさしく、抱きしめた。
「……ありが、とう」
「変なの。一緒がありがとうなの?」
少しだけ鎧が震えていたのは、きっと、この爽やかな風のせいだろう。
これにて親父視点は終了ですが、外伝はあと3話続きます。
次の舞台は異国の地。突如現れた謎の鬼が大暴れするお話です。
(´・ω・`)イッタイダレナンダー
次回『とある異国の物語(前編)』
更新は木曜日の予定です。