124話 とある戦士の現役復帰
白銀の輝きを放つフルプレートの騎士。一切の露出をせず、声すらも出さないその騎士の正体は……女の子だった。
「その……すみません」
しかも自己紹介の次に発した言葉が謝罪とは。小さな体もより一層小さくなっていく。シャイボーイではなく、シャイガールだったか。
「――炎鳥乱舞!」
『どわぁああ!?』
由紀子の顕現した火の鳥の群れ。それらの飛び交う光景で、ようやく俺は今敵の真ん中にいることを思い出した。それほどまでに、メタルボッチさんの件は衝撃であった。
「あなた、メタルちゃんが次の人形を召喚するまで暴れてて!」
合点だ由紀子。今メタルボッチさんは生身の状態。白銀の鎧の方はもう動かないようだから、次の鎧を召喚するまで時間を稼げ、ということだな。
「了解だ――来い、氷斧モケモケ、長銃ペリー」
声に応え、左手にハルバート。右手にライフル銃が収まる。これが、俺のフル装備。ここからは、出し惜しみなしの全力戦闘だ。
「おおおおおおおお!」
ようやく先ほどのショッキングな事実から現実へと帰ってきた若者たち。だが無情にも彼らに迫るのは、巨大なハルバートとライフル弾。俺の近くにいた数人は、ろくな受け身も取れずに次々に後方へと吹き飛ばされて、もしくは眼球を爆ぜさせていく。
『や、やべえぞコイツ』
『ハルバートを片手って、化け物か!?』
『は、離れろ! コイツから離れ――はびっ!?』
『何なんだコイツ、なんでこんな奴が!』
ちょっと周囲を派手に掃除しすぎたのか、周囲を取り囲んでいた野郎どもが距離をとっていく。
そして、
『風弾!』
『レッドショット』
『雷蜂!』
風の弾丸、爆炎を巻き起こす射撃、雷で体を構成する無数の蜂。それらが一斉に放たれる。方向はどれも似通っているが、それでもこのすべてを躱すのは少し難しい。総一郎なら全部躱すだろうが、俺にあいつほどの身軽さはない。
が、この世界でなら俺は総一郎にはないものが使える。現実でも不可能な、これが。
「――アースウォール!」
視界を覆う土塁の壁。それに激突しては消える無数の魔法。やはり魔法とは偉大だ。通常であれば訓練された兵士でせっせと作る土塁や塹壕があっという間に出来上がってしまう。万が一この壁が突破されたことを考慮して緊急回避用の《アースホール》も準備していたが、要らぬ心配だったな。
――そして由紀子。いいタイミングだ。
「エリュピシオン!」
唱えられた魔法により大地は膨隆し、裂け目から光が噴き出す。
次の瞬間――大地は爆ぜ、空気は焼き払われた。
『うわぁああああああああああああ!?』
『あああああああああああああああ!?』
『えええええええええええええええ!?』
現実であれば肺すら焼かれたであろう大爆発に飲み込まれた彼らの声が聞こえる。それは一言で言えば地獄絵図、いや阿鼻叫喚、驚天動地うーん……わからん。日本語は難しいな。
とにかく、戦場は由紀子の起こした噴火によりえらいことになった。そして俺たちにとっては、この上なくいいコンディションへと変化していった。
先ほど展開した土塁に加え、由紀子の魔法で周囲は穴ぼこだらけかつ火の海だ。これだけの障害物があれば、彼らが慌てふためいているこの隙をついて反撃に出ることができる。そうだろ、メタルボッチさん。
【モード黒鋼、準備完了です(`・ω・´)b】
漆黒の鎧に身を包んだ、いや、乗り込んだメタルボッチさんへ、反撃の火を灯した熱い瞳をぶつける。その視線に彼、いや彼女は、鉄で構成された親指をグッと天へと突き立てた。
「はっはっはっはっは、結構。では、行こうか!」
【(/・ω・)/ガオー】
混沌渦巻く戦場は、この後さらにその混沌をどん底まで突き落としていくことになる。
■ □ ■ □ ■
野郎共の怒声が次々に鼓膜を打ち付ける。戦闘開始当初はこちらの手に翻弄されていた彼らだが、次第に落ち着きを取り戻すと本来の力を発揮しだす。
ハルバートの一撃はガタイのいい大男に盾で防がれるようになり、ライフルによる射撃も射撃線が見えているかのような動きで回避、あるいは防御されるようになってきた。そしてそれは、隣で大剣を振るう黒騎士、メタルボッチさんも同じだった。
彼女の乗り込む黒騎士の振るう大剣はまともに受ければ頭頂から股間まで真っ二つにされそうな代物だが、対する相手はそれを止めきる大盾を装備した騎士と、その間を縫うようにして蹴撃をいれてくる軽業師。おまけに最初に召喚した戦乙女たちも殆どが戦闘不能かそれに近い損傷を受けてしまっている。端的に言って、かなり苦戦気味である。この辺はさすがは加護持ちというべきだろうか。
だが、それでも負けるわけにはいかない。俺たちが突破されれば、瑠璃のいる側が挟み撃ちとなってしまう。それだけは何としてでも防がなければならない。最悪、俺がやられようとも、それだけは……それだけは認めることはできない。
だから由紀子、
「――頼むよ」
「は~い、あなた。唾炎」
覚悟を決めた俺の声に何ともゆるい声が被さると、周囲の地面から青白い炎が吹き出し彼らへとこびり付く。
『また炎魔法か!?』
『くそっ、何だこれ、粘っこい』
唾炎は相手の速度を低下させる上に追加ダメージを与える効果のある魔法。直接の威力は低いが、援護用としては非常に有用な魔法だ。
『あの魔法使いをやれ! 早く!』
あの魔法使いというのは由紀子のことを指しているのだろう。だが、それは間違いだ。由紀子の職業は魔法使いの上級に位置する派生職、名を炎術師。炎の扱いに特化した職業だ。
その最大の特徴はリキャストタイムの短さ。魔法使いでありながら、即効性に優れかつ経戦能力も高い、変わった職業だ。由紀子曰く、炎以外の魔法が使えなくなっているため魔法使いの完全上位互換とは言えないらしいが、あれを見ていると、とてもそうは思えないな。
『駄目だ、あいつあの2人の後ろからチョコチョコ姿を現しては炎の中に消えちまうから』
由紀子が今身に着けているのはレイドボスクリア報酬である炎のローブ。自分の発生させた炎の中であれば、ノーダメージで過ごすことのできるものだ。その特性を生かしたヒットアンドアウェイ戦法は、彼らの神経を削り取っていた。
『くそっ、どうする、ナジン!?』
『炎の中でもなんでもいいからとにかく魔法で掃討しろ! さっさと向こうの援護に行かねえといい加減ヤバいぞ』
後方から指示を飛ばす、つなぎ姿の眼光鋭い男。あいつがナジンか。いつかの海外プレイヤーの言っていたまとめ役の男だな。ここであったが百年目。相打ってでもその首は貰うぞ。
「御菊、あいつを狙う。援護、頼めるか」
「はいはい、お任せ」
多数の敵を相手にする上で最も有効な手段は、敵の頭を潰すこと。古来よりの絶対法則は、ここでも当然のごとく働く。
「炎精召喚! おいで――サラマンダー」
由紀子の呼び声に応え、大地を割って巨大な炎のトカゲが現れる。いや、サイズ的には恐竜だな。象ぐらいのデカさのトカゲとか意味が分からん。
『さ、サラマンダー!? 馬鹿な、この間実装されたばかりの召喚魔法じゃねぇか!?』
俺の前で充血するほどに目を開大させた男が叫びにも似た声を上げる。そう、これは由紀子のとっておき、召喚魔法。先日の大規模アップデートで実装された目玉の1つだ。熟練の魔法使いや一部の上級職しか使うことが出来ないと言われる代物で、肉弾戦ばかりしている俺は当然のごとく習得していない。
く、悔しくなんかないぞ。悔しくはないが、俺の目の前で余所見をしている君にはご退場願おう。少しばかり力が強めに入るが、そこは気にしないでくれ。
「っらぁあ!」
『はびっ!?』
右ストレートをもろに受け地面に転がる彼の上を越え、ナジンと呼ばれるリーダー格の男めがけて突貫する。
先ほどまで俺を囲んでいた彼らは、突如現れた炎の化け物トカゲにてんてこ舞いだ。この隙を突かない手はない。全力で彼、ナジン君の元まで駆け抜ける。
途中、動きに気付いた何人かが間に入ろうとするも、メタルボッチさんの新しく召喚した人形、三頭のクマのぬいぐるみに行く手を阻まれ、俺の通過を口惜しそうに見送る。
そして、
「――さぁ、覚悟はいいな」
彼の前に躍り出た直後、返事を待たずに天高く振り上げたハルバートを一気呵成に振り下ろす――と同時に、
「アップヘイバル!」
『っ!?』
彼の足元の地面が隆起すると、彼の頭は自然とハルバートの刃部分へと吸い込まれていき、
『ひぶっ!?』
豪快な赤いエフェクトを周囲にぶちまけた。破裂したトマトみたいだな。さてこれで一先ず敵の指揮は落ちるはずだ。あとはもう少し時間を稼いで――
そう巡らせていた思考を、怨嗟の声が遮断する。
『――舐めるなよ、クソジジイが』
頭を割られたはずの男が、凄まじい怒気を孕んだ目を向けてくる。
そうだった、これゲームだったな。夢中になりすぎると現実の感覚と混同してて勘違いしてしまう。あの一撃はそれなりのダメージにはなるだろうが、流石にあれだけでHPを削り切るというのは無理があったか。
っと、ヤバ――
『カマイタチ!』
手を横一閃に引いた男の先から、視認できる真空の刃が生じる。彼の言う通り油断していた。相手に喋らせる隙を与えるなど、俺もまだまだだ。こんなんでは総一郎へのリベンジなど夢のまた夢だな。
ありがとうナジン君。初心を思い出させてくれて。お礼に、全力で相手をしよう。それが君を一瞬でも侮ってしまったことに対する、せめてもの償いだ。
「ほっ」
しゃがみ込んで躱してからの――
「爆裂掌!」
『風迅壁!』
掌に火の玉を作り出してそのまま相手にぶつけるオリジナル技、爆裂掌。それを彼は風の防壁で完璧に防ぐ。
面白い!
「むんっ」
『旋風!』
今度は小細工なしの回し蹴り。だが、それすらも彼は、自身の腕に小さな竜巻を纏わりつけ、またも完璧に防いでみせた。
「ほぅ、アーツはともかく、この蹴りに腕だけでも反応して見せるとは」
これがリアルであれば、腕ごと叩き折る自信はある。だがここはゲームの世界。足りてない膂力を、様々な方法で補うことの可能な。彼はその辺を実にうまく使いこなしている。
『クソジジイが……殺してやる!』
竜巻を纏った腕でそのまま殴りかかってくる彼の拳を、少しオーバー気味に躱す。
先ほど蹴りを入れた時、足へかなりのダメージが入ったからな。普段の彼の拳なら全然恐れることはないのだろうが、今の彼の拳は、威力だけはヘヴィー級チャンピオンと思って差し支えなさそうだ。
『ちょこまかと――風爆!』
「!?」
彼を中心とした地点から、ジェット噴射のような気流が発生する。とてもではないがその場に足をとどめることが出来ないほどの、凄まじい風だ。あっという間に空中に投げ出されてしまった。
『ははははは、死ね!』
身動きの取れない空中に投げ出したことで、彼の顔に勝利を確信した邪な笑みが浮かぶ。あの構えは、最初に見せたカマイタチとかいうやつだな。確かにこれがリアルであれば、相当に危機的な場面ではある。取れる手段と言えば、懐に忍ばせたナイフを彼の喉元に放るか、ハルバートで受け止めるか、銃を取り出し眉間に弾丸を打ち込むかしか方法が――割とあるな、うん。だがここは仮想世界だ。せっかくなら、もっとファンタジーな方法で切り抜けよう。
『――カマイタチ!』
予想通り、横一線に引かれた手の先から真空の刃が顕現する。だが青年よ、詰めが甘いぞ。
「ファイア・ブラスト」
前にかざした両手から、勢いよく炎の柱が噴き出す。真空の刃と衝突し一瞬だけ拮抗したそれは、風を飲み込み真っすぐに下にいる彼へと襲いかかる。
『うおおお!?』
あの体勢からの反撃を予期していなかったのか、予想以上に驚いた声を上げオーバーに避けている。
しかし思っていた以上に彼はやるな。最終的に彼に勝つビジョンは浮かぶが、これまでの相手のようにどうにでも料理できる感じではなさそうだ。こうなったら――ん、なんだその顔。あ、ちょっと待って、
『おいっ、俺がこいつを抑える。お前らはその間に向こうの援護に回れ!』
やられた。敵の頭を潰すはずが、逆に俺が敵陣深くで足止めを食らう形になってしまった。由紀子もメタルボッチさんも自分の位置を守るのに精一杯で、これ以上フォローに回るのは無理そうだ。
ヤバいぞ、このままでは瑠璃が――
『クソジジイ、てめえの相手はこの俺だ』
「……」
そうか、君は俺の最も大切なものに手をかけようというのだね。ならば仕方ない。惜しい使い手ではあるが、これ以上時間はかけていられない。全力で……そして本気で殺ろう。ゲームとしてではなく、相手を確実にかつ素早く処理することにすべてを注ごう。
『俺のとっておきだ。ありがたく食らえ――風精召喚、鎌イタチ!』
彼の呼び声に応え顕現したのは、両手両足が巨大な鎌となったイタチ。だがその体躯は優に2メートルを超えており、どうみても可愛らしい愛玩動物という感じではない。おまけに浮いている。重力も完全無視だ。そしてこれが使える彼は、
「風術師、だったのか」
今更ながらに彼の職業に気付く。由紀子と同様の、魔法使いらしくないリキャストタイムの短さ、それに召喚魔法。これらを使えるのは、おそらく魔法使いの上位職、風術師だ。これでさっきから風の魔法しか使ってこなかったのも頷ける。
「だが――」
そんなのは関係ない。関係ないのだ。彼は、してはならないことをしようとしている。ありえない罪だ、断罪するしかない。目の前に何が立ち塞がろうが関係ない。
「お前を――殺す」
これほど殺気をたぎらせて相手と対峙するのは、現役の時以来だ。そしてこの研ぎ澄まされた感覚は、総一郎とやる時以来。
俺の発する殺気に多少たじろぎはしても獰猛な笑みを消さない男は、その口で召喚魔に命ずる。
『やれ、鎌イタチ!』
風に乗って凄まじい巨体がありえない速度で突っ込んでくる。これは確かに奥の手だ。普段であれば、一度後退して由紀子と共に当たるべき案件だっただろう。だが、今は瑠璃が危ない。すぐにでも彼を処理しなければならない。
ならば――
「出し惜しみしている場合ではないな、こっちも奥の手だ」
召喚魔ともども打ち倒す。一刻も早く。
「いくぞ、スキル《青――」「えい!」
時が、止まった。
目も前の光景に対して、俺の脳ミソはそのすべての活動を停止させた。
なぜ、鎌イタチが地面から生えた黒い鎖でグルグル巻きにされている。
なぜ、ナジン君の腹部から巨大な鎌の先端が飛び出てきている。
そしてなぜ、君がそこにいる。
彼女の姿を映し出す瞳は瞳孔を拡大させ、俺の金縛りを解き放った。
「イル!?」
「えへへ、来ちゃった」
満面の笑みでそう零す天使と、それをありえないものを見るような目で見る男2人。
え、来ちゃったって、え? もしかして……もう向こう片付いたの?
え!?
次回『とある天使の鎧袖一触』
更新は月曜日の予定です。