122話 とある鬼嫁の反攻作戦
突然ですが、新キャラ登場です。
暖かな陽光の照らす草原。地図とコンパスを頼りに進むのは、俺や由紀子、瑠璃を始めとした冒険者20名と、生産職103名の計123人。
爽やかな風が髪を遊ばせ、川や山などの自然豊かな光景が目を楽しませてくれているお陰か、皆の足取りは軽く、所々で笑い声が聞こえてくる。
「何だかピクニックみたいで楽しいね、お父さん」
奇襲用の死神衣装ではなく、普段の忍者衣装に身を包み、狐のお面を被った天使が腰の周りでピョンピョン跳ねる。堪らなく可愛い。
「だな。だが調子に乗って仮面を外すなよ? 今日はたくさんの人と一緒に行動してるんだからな?」
「うん!」
仮面越しでも満面の笑みを浮かべているのがわかるほど、元気の良い天使の声。この子の笑顔を守るためなら、俺は何でもできるな。
【今日もイルちゃんは元気ですね(´∀`*)】
視界の中央にパーティ専用のチャット文が浮かぶ。もしこれが全く知らない男からの発言であれば、今すぐ吊るし上げて身元を調べ上げるところだが、幸いこの送り主は俺たちに対して一定の理解をしてしてくれる、所謂フレンド、というやつだ。そんな失礼なことはできない。
「ははは、元気過ぎていつも引っ張り回されてますよ」
後ろを振り向き、チャットの送り主に満面の笑みで応える。
視線の先にいたのは、白銀のフルプレートアーマーに身を包んだ、屈強な騎士。顔どころか手や足に至るまで、全てを白銀の鎧に覆われたその見た目は、物語に出てくる騎士そのものだ。
彼と関係を持ち始めたのは、カゴシマでの緊急クエストを終えた辺りからだっただろうか。始めはぶっきら棒で愛想のない人だと思っていたが、何度か顔を合わせていくうちに、ただの恥ずかしがり屋さんだということがわかった。
声を出すことすら恥ずかしがるこのシャイボーイの名は、メタルボッチ。トップギルド蒼天の所属で、それなりに有名人らしい。まぁあんな独特のコミュニケーション取っていたら有名にもなるか。
「あ、そう言えばギルドの皆さんは元気にしていますか?」
タカチホに現れたレイドボスというのを倒す時に会って以来、彼らとは全く会っていない。病気になっても元気そうなほどの人たちだったからそこまで心配はしていないが、気にならないという訳でもない。そんな微妙な位置にある気持ちから出た言葉だが、それはどうやら無用な心配だったようで、
【皆さんとても元気ですよ。元気すぎて、ちょっと心配になるぐらいです(;^_^A】
「やっぱりか。予想通りで安心しましたよ」
今回はプライベートでメタルボッチさんが付き合ってくれたが、またいつか彼らともクエストを共にしたいものだ。一緒にいて、あれほど痛快な人たちはそうはいなかったからな。
「あれ、そう言えばメタルボッチさん。装備更新したんですね」
白銀の鎧やフルフェイスの兜は変わりないが、背中のマントが少しだけ前と違う。色は鎧と同じ白だったが、金糸の刺繍が加わっている。何というか、エリート騎士のような印象だ。
【はい。前回ご一緒したレイドボス戦でのドロップアイテムなんです。性能もですが、見た目がいいので思わず装備しちゃいました(〃´∪`〃)ゞ】
かわいい顔文字が浮かんでいるが、それを表現しているのが目の前の大きな騎士だと思うと違和感が凄いな。これでもし中身がイケイケのヤンキーだったら、一周回って尊敬の念すら抱けそうだ。
「益々パワーアップした訳ですか。それは興味深い。どうです? この一件が終わったら模擬戦でも」
この後一杯やりませんか的なノリの言葉に、メタルボッチさんは両手を上げてオロオロとしている。ふぅむ、困らせてしまったか。彼の戦い方は凄く好きなんだがな。
メタルボッチ氏の戦闘スタイルは、その屈強な体を生かした近接戦。様々な武器を使いこなすその様は、熟練の騎士そのものと言える。自分のことを頑なに語らないため職業が何なのかまではわからないが、おそらく、騎士や剣士の部類であろう。
【あの、すいません。僕、試合とかは苦手で(^▽^;)】
「そうでしたか。それは申し訳ない。さっきのは気にしないでください」
【いえいえ、それこそ気にされないでください。僕は全く平気です!】
おそらくは私よりも年下だろうに、本当によくできた子だ。総一郎もこれくらい素直だったら……
「ねぇねぇメタルさん。メタルさんは、どうして喋らないの?」
俺の腰に手を当てて少しだけ恥ずかしそうに、だが子供特有の無邪気さをもって問いかける天使。大人では聞きにくい質問を、こうも真正面から切り込むとは。さすが天使。
【その……恥ずかしくて(*ノωノ)】
だろうね。わかっていたよ、それ。だが何だろうな。その見た目でそれを言われてしまうと、心の中にもの凄いしこりが残るな。いや、別に彼には何の非もない。それはわかっている、わかってはいるんだ。だが……やっぱりこの見た目でそれを言われるとなぁ。
「恥ずかしいの?」
【うん……実は、人と話すのも苦手なんだ。駄目だよね、これじゃ】
「ん? メタルさんはダメじゃないよ?」
俺の腰に引っ付いていた弱虫さんが、トテトテとメタルボッチさんの前に出る。
「恥ずかしいけど、いっしょーけんめー、わたしとお話してくれてるもん。だから、ありがとー」
……天使だ。
俺のように偏見に満ちた目でなく、彼を一個人として、しっかりと正面から見ている瑠璃の言葉は、正しく俺の心の目から鱗を零れ落ちさせた。
その言葉に、白銀の騎士は一瞬だけ時を止めたかのように硬直する。そして時の流れを思い出した騎士は、静かに、静かに文字を浮かばせる。
【ありがとう。。。イルちゃん】
「ん? おかしなの。どうしてメタルさんがありがとう?」
【 (;´∀`) 】
不思議そうな顔で首を横にコテンと傾ける瑠璃。
それはね、瑠璃の気持ちに、ありがとうという意味なんだよ。そう教えてあげたい気持ちをぐっと堪え、その後もメタルボッチさんと娘との微笑ましいやり取りを眺める。
……何だか、涙が出てきそうになってきたな。
「……なに泣いてるの、あなた」
■ □ ■ □ ■
モンスターからの襲撃を退けること十数回。俺たちは目的の場所までついに辿り着いた。
「これは……石?」
高原の上に広がる大草原に、白い石――いや岩が点在している。その数は数えるのが馬鹿らしくなるほどで、例えるなら夜空に広がる満天の星々に近いとすら思えてくる。
【これは石灰岩です。ここは四国カルストのようですね】
「かるすと? それなーに?」
【地表に出てきた石灰岩がこうして所々に見られる地形のことを言うんだよ。ここは日本三大カルストの1つ、四国カルストだね】
「せっかいがん? んん?」
【 (;´∀`) 】
瑠璃には少し早かったかな? 小学校3年生ではまだ習ってないかもしれないな。
「気になったことは一度自分で調べて見なさい。その上で分からないことがあったら、父さんかお母さんに聞くといい。調べ方は後で教えてあげるよ」
「うん!」
総一郎を無意識に外してしまったが……まぁ仕方ないよな。多分あいつ、上手く説明できないだろうし。
【本来は愛媛と高知の県境に見えるものですけど、これは結構愛媛寄りにありますね。現実よりかも広いエリアに設定されてるのかもしれません】
「ふーん。メタルさん物知りー」
【僕は四国生まれだから(*^-^*)】
「そうなんだー。四国生まれの物知りさんなんだね」
シャイボーイと天使の微笑ましい交わり。それを父としての眼差しで見守っていると、隣から由紀子が耳打ちをしてくる。
「あなた、そろそろ襲撃が来ると思うから、警戒よろしくね」
ん? またモンスターの襲撃があるのか。だがそれがどうしてわかるんだ? ここを根城にしているモンスターの情報でも掴んでいるのだろうか。
「岩に偽装したモンスターとかでもいるのかい?」
「え? ん~いるかもしれないけど、今回来るのはもっと明確な目的を持った別のものよ」
明確な目的? 時間になったからここに洗濯物でも干しに来るというのだろうか。
「そうか……随分家庭的なモンスターなんだな」
「まぁ……あなたはそれでいいわよ」
ため息交じりにそう言うと、由紀子は石灰岩へ熱い眼差しを向けているアゲハさんたちの方へと行ってしまった。
何だか呆れられてしまった気がするな。まぁいつものことと言えばいつものことなのだが、ちょっと寂しいものもある。ここは少し――
そこまで考えて、俺の思考は完全に遮断された。
「……囲まれてるな」
俺たちとは明らかに違う、異質な気配。それがぐるりと取り囲むようにして展開されていることに、今更ながら気付いた。
「10……20……いやもっとか」
これまで処理してきたモンスターとの遭遇戦とは明らかに規模が違う。それに、百獣の王のような殺気を孕んだこの圧力。これは……
すぐさま由紀子に現状をチャットで知らせる。今ここにいるのは123人だが、その内戦う術を持っているのは20人の冒険者のみ。自分たちの身を守るだけの戦いならば難しくはないかもしれないが、100人を守りながらとなると、これは中々に難易度の高いミッションだ。
そんなことを考えていると、急いで由紀子がこちらへ戻ってきた。
「御菊、どうする。他の皆は気付いていなさそうだぞ」
「そう慌てなくても大丈夫よ。生産職の人たちには奥に下がっててもらうから。今アゲハにそれを頼んだから、会敵する頃にはそれなりに安全な場所に移れてるはずよ」
「安全って……敵はモンスターだろ? 俺たちが抜かれるなりやられるなりしたら、彼らを守る術が――」
「あら、私敵がモンスターだなんて言ってないわよ」
「……え?」
由紀子の言葉に、戻り方を忘れてしまった口はそのまま開き続ける。
「今私たちを囲んでるのは、海外プレイヤーの人たちよ」
その一言で、これまでの由紀子の不可解だった言動が、徐々に一本の糸へと繋がっていく。
「自分たちの位置を特定されてしまうアイテムなんて、作らせるわけにはいかない。彼らとしては、当然そう考えるでしょうね」
そうだな。つまりは、邪魔しに来たという訳だ。問題はその邪魔し方だが、
「でも、彼らにはその素材がどこで採れて、どうやって作られるのかがわからない。だったら私たちの後を追って、情報を集めた上でまとめてPKすればいい。護衛の私たちさえいなくなれば、生産職の彼らだけでここから街に帰ることはまず不可能だしね」
確かに護衛が居なければ、生産職の彼らだけでモンスターの襲撃から逃れるのは難しい。だから彼らの狙いが俺たち護衛というのも頷ける。頷けるが……
「じゃああれかい? 君は、彼らをおびき寄せるためだけに、わざわざこの遠征を準備したのかい?」
「ええ。ネットにアイテムの噂を流して適度に拡散して彼らのアンテナを敏感にさせれば、今回のような大規模な採集系クエストは目につきやすいでしょ? 狙い通り、見事に釣れたみたいだし」
それは理解できる。だが、それでは、
「それでもアゲハさんたちの危険が全くない訳じゃない。だったら、素材アイテムを極秘裏に手に入れた方がリスクは低かったんじゃないか?」
由紀子らしくない。誰かの犠牲を顧みないこのやり方は、俺の知っている由紀子のやり方ではない。そう叫ぶ心が、苦しくも熱い言葉となって口から飛び出す。
だが、由紀子から返ってきた言葉は、俺の熱い心に液体窒素をぶっかけた。
「それは無理よ。だって、そのアイテム、嘘だもの」
「……は?」
「だから、海外プレイヤーをサーチできるアイテムなんて最初から存在しないって言ってるの。今回の遠征の目的は、偽の情報で彼らをおびき寄せること。最初からね」
えぇ……
「あ、でもこれはアゲハたちや護衛のメンバーには周知の事実よ。知らないのは貴方と瑠璃と、海外プレイヤーぐらいね」
マジか……
「それと、アイテム収集に来たのも本当。ここはカルストの中でも特に良質な石灰が取れるポイントだから、アゲハたちにもメリットのある遠征にしてるわよ」
コワイ……妻、コワイ……
「何もそこまで……」
思わず彼らに対する同情の言葉が口から漏れる。
だが、由紀子はそれに目を細め口角を吊り上げ、
「駄目よ。彼らは最初にイルを狙った。それだけの事実があれば、私が彼らを皆殺しにするのに躊躇なんか無いわ。まったく、ね」
どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。今回のイベントを、由紀子は楽しんでいるものだと思っていた。楽しんだ上で、積極的に介入しているものと。
だがそれは根底から間違っていた。彼女は怒っていた。いや、怒り狂っていたのだ。最愛の娘に凶刃を向けようとしていた彼らに対して。
それが彼女の、今回のイベントに対するモチベーションとなっていたのだ。
俺はこの時、もう二度と……二度と由紀子を怒らせてはいけないと心に深く刻み込んだ。
「さぁ、パーティを始めましょうか」
次回『とある鋼鉄の一意専心』
更新は月曜日の予定です。