119話 とある異国の日本侵略
『プレイヤーの皆様。いつもイノセントアースオンラインをご愛顧いただきありがとうございます。本日午前0時より、海外プレイヤーとの交流イベント《殲★滅☆戦》が開始されました。これは各国のサーバーから、ある一定条件をクリアしたプレイヤーを選抜し、異国へと派遣するものです。
派遣されたプレイヤーは、派遣先の国で無差別にPK行為を行います。迎え撃つ現地プレイヤー側は海外プレイヤーを全滅させる、攻め込む海外プレイヤー側は自分たちが全滅するまでに現地プレイヤーを合計1000人PKすることができれば勝利となります。なお期限は1週間。期間を過ぎても勝敗がつかない場合は、現地プレイヤー側の勝利となります。それでは、腕利きの海外プレイヤーとの地獄の生き残り戦をお楽しみください!』
というのがあの日の夜の23時59分に運営の公式ホームページの片隅にひっそりと掲載されていた内容の一部。もう色々と確信犯だ。
俺たちがあの日の夜に戦った男たちが、まさしくこのイベントの指している海外プレイヤーだったのだが、彼らから得られた情報は運営が公表していることの範囲内のものばかりだった。
一定条件をクリアというのは、おそらく《加護》を持っているということなのだろう。総一郎がここ最近ハイブ君たちと行動を共にしていないのはこれが原因だったとみて間違いないだろうな。
それと公式ホームページの情報によれば、彼らは1日最低でも5時間はゲームにインしなければならないようで、それを満たせなかった場合は自動的に撃破された扱いになるのだとか。1週間以内に1000人をPKしろという条件といい、おそらく運営に海外プレイヤーを勝たせたいという意図はないとみて間違いないな。殆どの国で、現地プレイヤー側の負けはないとみて間違いないだろう。
海外プレイヤーに不利な点はまだある。それは、街中での戦闘行為が禁止されていることと、例えフィールドエリアだったとしても生産職を襲撃することが禁じられていること。現地プレイヤーの中に紛れての街中での奇襲という手が使えない以上、彼らはフィールドで冒険者を相手にするしかない。
ただし、フィールドに出ている冒険者であれば、PK拒否機能を付けていても襲撃することが可能なため、その辺の選別を気をつければ彼らにも芽はある。
加えて、一度倒された海外プレイヤーは24時間後に再びこっちのサーバーにログインできるようになっているらしいから、敵の数が減ったままになっているとは限らない。まぁ一度倒した海外プレイヤーは、復活しても撃破された扱いは変わらないらしいので、こっちとしては無視することもできるが……降りかかる火の粉ならば、全力で吹き飛ばさないとな。そうだろ?
「やぁ、御菊、イル」
「お待たせ、あなた」
「お父さん、こんばんはー」
いつもと同じ白いローブに身を包む美魔女と、忍び装束と狐のお面を被る美少女。それらの温かい言葉を受け、俺の頬は最大限に弛緩していった。
■ □ ■ □ ■
天使たちと合流した俺の足は今、イマバリの町の土を踏む。この世界の町は、大きい規模のところは石畳、小さい規模のところは少し整備された程度の土であることが殆どだが、今いるイマバリの町は規模はエヒメエリア最大にもかかわらず、全て土で統一されている。
これは今回の大規模アップデートで実装されたNPC専用新種族、ビーストの実装によるところが大きい。
ビーストは人間に近い体の作りはしているが、手足や体毛、耳、尻尾などはやはり獣のそれであるケースが多い。そのため、人間と違い手袋や帽子、靴を履いている者もまた少ない。犬人のNPCの足には肉球がついており、履く必要がないと言えばそうなのだが、それでも石畳の上だとどうしても足にストレスはかかってしまう。馬人や牛人の蹄も同様だ。そのためこの町、いや国では、石畳の作りがされてこなかったのだろう。
そうしてしばらく歩いてると、町の中央に位置する広場に立つ、木製の大きな掲示板が視界へと映りこんできた。
「あれが例の掲示板だな」
「でしょうね。人だかりができているもの」
「うわ~、人でいっぱい」
俺たちが目指し、他のプレイヤーの多くも関心を寄せていたもの。それは、ある情報が記載された掲示板。そこには今回のイベントに対する運営からのコメントと、各陣営の状況がリアルタイムで書き込まれていた。
「なになに……やられた現地プレイヤー数73。やられた海外プレイヤー数が10、か。中々奮闘してるじゃないか。海外のプレイヤーも」
このイベントが始まったのは昨日の午前から。運営の計略により、何も知らない現地プレイヤーが昨日から今日までの間に73人やられたということか。俺たちが昨日倒した海外プレイヤーの数は9人だったから、それを除けば海外からの侵攻組は1人しかやられていないことになる。中々やるな。
「昨日のアレはこっちにとってかなりラッキーも働いてたんだから、あんまり油断しちゃ駄目よ?」
「ダメよ?」
慢心を戒めようとする由紀子の声に遅れて、天使の声が鼓膜を震わせる。その振動は鼓膜から全身へと伝わり、瑠璃への愛を全力で叫びたい衝動に駆られる。嫌われるからしないけれども。
「あぁ、気を付けるよ。だがイルも、真正面からの戦闘はなるべく避けるんだよ」
「うん!」
エンジェルスマイル。父は死ぬ。
「さてさて、見たいものも見れたことだし、そろそろ冒険に行きましょうか」
その言葉を発する由紀子の顔には、夏休みに突入する直前の子供の顔が張り付いていた。
「それはいいんだが、このイベントはいいのかい?」
由紀子の好きな情報戦も絡んできそうなイベントだ。このままスルーするとは考えにくい。それとも何か別の考えがあるのか?
「え、こういうのって探すの面倒じゃない。それよりも冒険しましょ、冒険」
「冒険冒険~」
さっきの俺の思考を全否定する由紀子の言葉。それにノリノリで応える我が娘。いや、まぁ……いいんですけどね。
「それに、普通に冒険してたら彼らに出くわすと思うわよ。町に近いとこで襲撃したら応援を呼ばれちゃうから、襲撃するとしたら敵が孤立しやすいエリアを選ぶでしょうし」
……ちゃんと考えてはいたんだな。このちゃっかりさんめ。
「はは、じゃあ行こうか――」
言い終わった直後、俺の言葉を上書きするかのように、張り裂けるような男の声が響いた。
「ヤバいぞ! チェリーがやられた!」
その声に、周囲を行きかう人々の顔が大きく引き攣る。俺も引き攣る。
この人はこんな公衆の面前で一体何を言っているんだ。チェリーとはあれだろ、童貞のことだろう? つまり、この人は童貞が痴女に大事なものを散らされたと訴えているのだ。とんでもない報告をする若者だな。ところでその痴女はどこかな? みんなの安全のために速やかに確保しなければ。
「あら、思ったよりも積極的ね。海外プレイヤーさんは」
海外プレイヤー? 何のことを言っているんだ由紀子。積極的なのは痴女であって海外プレイヤーでは……いや待て、そういうことか、そういうことなんだな由紀子。つまり、海外プレイヤーの痴女――外国産痴女と言いたいわけだな。
何故この時点で痴女が海外プレイヤーだとわかるのかは謎だが、そこは由紀子だ。きっと想像もつかないような切り口から答えを得たに違いない。よし、積極的に情報を集めよう。こういう時こそリアル聞き耳スキルの使いどころだ。
両の耳に神経を集中し、未だ大きくざわつく広場の声を拾っていく。
「チェリーって蒼天や無職連合とならぶ大手じゃ……」
大手? 童貞の中の童貞、童帝だとでもいうのか?
「やられたのは頭らしいぞ」
童帝くんの頭がやられた? それは精神的にか? 物理的にか? いや、外国産痴女の破壊力は凄まじいものがある。ましてや今回の被害者は童貞。その威力はとても受け止めきれるものではないだろう。おそらく、両方やられたのだな。
「チェリーが散ったか……」
童貞を散らされた。考えようによっては別に悪いことでもないような気がしない訳でもないが、そこは本人の受け止め方次第だからな。チェリー君……強く生きるんだ。そして卒業おめでとう。
「チェリーが逝ったってことは……次は蒼天か?」
ん? 今のはどういう……いや、そういうことか。童貞を散らされて次のステージの上った彼は、いよいよその翼を広げ、大いなる世界へ羽ばたこうというのだな。なんとも……いい話じゃないか。
そうしてあらかたの情報を収集し終えると、俺の口が開くのを待ってくれていたのであろう妻の姿が目に入る。
「一通り聞いたみたいね。で、なにか面白い情報はあった?」
あったとも。哀しくもめでたい、漢の話が。今、それを解き明かそう。
俺はゆっくりと口を開きだし、
「あぁ。要約すると、童貞の男の子が外国人の痴女に襲われて童貞を散らされ、身も心もダメージを負った。だが男の子は悲しみと同時に、新たな扉も開いた。これからは彼も大きな舞台で羽ばたくことだろう、という話だった」
その答えに数拍のあいだ時を制止させた由紀子。だが再び肺に空気が入りだすと、彼女は俺を見てにっこりと笑いかけ、そして――
「黙れ外国産ゴリラ。その口から筋肉100%の脳ミソを捻り出すわよ」
……外国産ゴリラ。
次回『とある農家の果実収穫』
更新は木曜日の予定です。