116話 とある業者の廃棄処理
無造作に組まれた木材と鉄骨の隙間から、ライフルに付けられたスコープ越しに彼らの動きを注視する。
下卑た笑みを浮かべる3つの影が徐々にこちらへと近づいてくる。体格のいい方の黒人系の男と白人系の男は何かスポーツか武道でも嗜んでいるのだろう。中々にいい姿勢と体の動かし方だ。まぁ総一郎に比べたら屁以下だが。
『くそっ、ナジンの野郎、こんな場所を集合ポイントに指定しやがって。歩きにくくて仕方ねえぜ』
露出した木材を踏みつけながらガタイのいい黒人系の男が愚痴を零す。結構短気な性格だな。
『まぁそう言うな。ここなら日本プレイヤーに見つかるリスクは低いという話になったんだ。なにせアレは、なるべく目立たずにやる必要があるからな』
『そりゃわかってるけどよ……』
ふむ……話の内容から察するに、ナジンというのが黒幕、もしくはブレインといた感じか。そしてあの3人の力関係も、白人系の男がリーダー格と見た。
『このストレスはこれからたっぷりと晴らせばいいさ、たっぷりと』
白人系の男、ベック君と言ったな。そんなに待ち遠しいのならこちらから出迎えてあげよう。
――だが、俺の歓迎は少しばかり手荒いぞ。
そして彼らが廃材置き場の出口に差し掛かった辺りで、俺プロデュースの歓迎式典は開幕した。
『……え?』
出口を見つめていた細身の黒人系の男。彼の口から漏れるのは、不可解な現象に対する感想と、赤いエフェクト。
やがてその原因が、四方の地面から飛び出てきた鉄パイプにより胸を串刺しにされたことによるものだと理解すると、彼の口から絶望が噴出する。
『わ、わぁああああああああ!? なんだこりゃぁあああああ!』
罠だこりゃ。
『ジース、急いで回復しろ! 急所を貫いてる、早くしないと死ぬぞ!』
ジースというのは無事な方の黒人系プレイヤー。ベック君は顔を強張らせながらも、冷静を保とうと必死に彼へ指示を飛ばす。串刺しになったプレイヤーは両手ごと体を貫かれているから身動きが取れない状況だ。これでは確かに残った2人のどちらかが回復するしか手がない。
だが手遅れだ。君たちが落ち着く時間は、もうない。
アイテムボックスから回復薬を取り出したジース君へ、次のプレゼントを贈る。
『ジョルダー、今助け――』
そこまで言って、回復薬を振りかけようとしたジース君の首に、細いワイヤーが食い込み、彼を宙へと吊るす。
『――っが、ぐっ』
宙に浮かぶジース君が訳もわからずに首を掻きむしる。
普通ならこれで首の骨もやられて死ぬのだが、流石ゲーム。まだどっちも生きてるな。だがすでに3人はパニック状態に陥っている。立て直す隙を与えなければ、兎狩りよりも楽なミッションだ。
『ジョルダー!? ジース!?』
残る白人系のプレイヤーベック君が堪らず2人の名を叫ぶが……駄目だな、これは。
すでに敵の術中に嵌っている状況は明らか。ここにあってわざわざ仲間の名を叫ぶ暇があれば、1秒でも早くその場から離れるか2人を救出するかのどちらかを選ぶべきだ。
「まぁどっちを選んでも死ぬのは変わりないんだけどな」
スコープ越しにそう呟くと同時、人指し指にかかるトリガーをゆっくりと引く。そして俺の覗くスコープには、下あごをライフル弾で吹き飛ばされたベック君の無残な表情が映し出された。
『ぃああああああああああああ!?』
よし、実験段階のライフルだったが、実用性はまずまずだな。射撃職にしか使うことのできないスナイパーライフルが撃てない代わりに、普通のライフルにガムテープでスコープを付けてあれこれ工夫してみたが……50メートルぐらいなら結構いけるじゃないか。
『ろ、ろこらぁああ!? ろこにいるぅうう!?』
半狂乱に陥ったベックの叫びが、スコープ越しの唇の動きでなく直接鼓膜へと届く。しかし口の動きは英語、聞こえるのは日本語だと吹き替え映画を見ているようだな。これも自動翻訳装置によるものなのだろうが……正直いらんな。あとで由紀子に解除する方法を教えてもらおう。
『ベック……に、逃げ――』
そんなことを考えていると、最初に串刺しになった黒人系のプレイヤー、ジョなんとか君が光を零しながら散った。
必ず誰か一人がそこを通るように廃材の位置を調整し、その上で四方から急所に突き刺さるように組んだからまぁそうなるよな。両腕を封じることが出来たのはラッキーだったが。
さて、あの半狂乱は放っておいて、宙吊りの方を先にやるか。
そう考えていると、先に冷静さを取り戻した黒人系の男が、頭の上に浮かぶワイヤーを短剣で切り裂き窮地を脱した。
ふむ、獲物を前に舌なめずりをしてしまうとは……俺も本当に衰えた――いや違うな。今の俺はゴミ処理業者Aだ。目の前に散らかった生ゴミ共を、綺麗にするだけだ。ゴミを前に舌なめずりもクソもない。
「さて、では行くとするか」
正直このまま遠距離から一方的にやるのは少し物足りなかったところだ。出来ることなら直接この手で、とは思っていたからな。
さぁ、
「ゴミ処理を始めるぞ」
■ □ ■ □ ■
『ベック、無事か!?』
『あ、あぁ。顎をやられたが、もう喋れるくらいには回復した。HPも2割削れた程度だ。それよりジース』
『あぁ、俺たち相手にこんな真似……相当に罠スキルの高い奴がいるみたいだな。狩人である俺のサーチにすらかからないなんて。だがもう種が尽きたか』
『おそらく追撃に来るだろう。だが、かえって好都合。遠距離の得意なお前と拳闘士の俺なら十分に対処可能だ』
『姿を現した瞬間、この矢で撃ち抜いてやるぜ』
『あぁ、頼ん――来たぞ!』
俺の姿を確認したベック君が声高に叫ぶ。その声を受けるジース君は、こちらに鋭い殺気と矢を向け狙いを定めている。
『はっ、馬鹿め、堂々と正面から現れやがって』
彼らはあれだな、純粋だな。あれだけ罠にやられておきながら、この何か備えがありますよ的な堂々とした雰囲気をスルーするとは。凄いプラス思考だ。見習いたくはないが。
『――死ねっ!』
その言葉と共に飛来したのは、殺気と炎を纏った矢。空気抵抗を感じさせない真っすぐな軌道で、俺の眉間へと飛来する。
「いい腕だ」
思わず頬を吊り上げる筋肉に力が入る。やはり戦いとはこうでなくては。
左手に提げたライフルを前にかざし、引き金を引きながら俺はそう呟いた。
直後、飛来した矢が見えない壁にぶつかったようにして弾け飛ぶ。
その様子にジース君は「What!?」と声を上げる。いや、実際に聞こえるのは日本語だが、俺の脳内がそう逆再生した。
『――バ、馬鹿な!? ライフルで矢を撃ち落とすなんて……そんなのできるわけがねえ!』
いやいや決めつけはよくないぞジース君。実際に君は見たはずだ、それをするところを。まぁ確かに俺の職業はそういうトリックが得意ではあるが、少なくとも個人としての戦闘スタイルは何も小細工はないぞ。
そして、減点1だ。
前方へと突き出したライフルを下げずにそのまま2回引き金を引くと、ジース君は両膝を弾けさせそのまま地面へとダイブした。
「自分よりも格上の射撃武器を持つ相手に、姿を晒し挙句動かない。これでは殺してくださいと言っているようなものだぞ」
俺の言葉にジース君は頭の毛細血管を膨れ上げさせ、眼球を大きく剥く。
『こ、殺す、殺してやる! 獣爪矢!』
慌ててその場から立ち上がると、構えた弓から3本の矢が射出される。
明らかに逆上しているが、出された技は流石アーツ。本来は研ぎ澄まされた精神の上で成されるであろう達人の動きを、素人が興奮しながら達成している。それどころか、一度しか引かれていないはずの弓から同時に3本の矢が弧を描いて飛来している。
「ふむ、美技」
この世界の技は本当に美しい。現実の世界でも達人しか成し得ぬであろう動きを素人が完璧に再現する。そればかりか、現実では不可能な現象までも起こすことができる。本当に素晴らしく面白い世界だ。総一郎が夢中になるのも仕方がない。
「だが、足りぬよ」
三方から飛来する矢の正面をライフルで先ほど同様に撃ち落とす。
それにジース君は、
『馬鹿めっ!』
左右から弧を描き迫る2本の矢。ジース君の目には俺がそれに貫かれる様が映っていることだろう。
だが、
「足りぬと言っている」
左右から飛来する矢をそのまま掴み取り、彼へと言い放つ。
その様子に彼はさっきまであれだけ喋っていたにもかかわらず、口をパクパクさせ何も声を発さなくなってしまった。
「ふむ、終わりかな」
確かに美しい。美しいが、それだけだ。恐ろしくはない。実際に3本の矢を同時に放つ技は凄いと思うが、言ってしまえば弓矢が3本同時に迫るだけ。それではこの渇きは、飢えは満たされない。
「――では」
立ち尽くしているジース君に全力で接近を試みる。もし彼が本来の冷静さを持っていれば、この間に弓矢で迎撃なり牽制なりをしただろう。だがそれすらもできないほどに放心している彼に、俺は接近し無慈悲な右上段回し蹴りを――
『させるか!』
間に入ったのは、初撃に下顎を吹き飛ばされたベック君。逞しい上腕で俺の蹴りを受け止めている。少し前まで取り乱していたのとはまるで別人だ。何かスイッチが入ったのかな?
『おいジース、ぼうっとしてんじゃねえ!』
『あ、あぁ……すまん』
その檄を受け、ジース君の目に色が戻っていく。
いいね――
「そうこなくては!」
格闘戦を受けてくれたベック君へ、感謝の意味も込めて右拳を喉元へと突き出す。が、それをベック君は流れるように左手を差し入れ軌道を逸らす。
今の動きは……元々の能力でないとしたら、常時発動型の何らかのスキルかな? 確か接近戦を得意とするプレイヤーの取得しやすいスキルにそんな類のものがあると由紀子から聞いたな。
いいぞ、ならこれならどうかな。
嬉しくなってつい連続で拳を放ってしまう。しかしそれすらもベック君は見事にいなしていた。素晴らしい、素晴らしいぞ。だが防ぐだけでなく攻撃もしてくれ。もっと君の力を見せてくれ!
『ジ、ジース、援護を頼む! こいつ、かなり鍛えてる拳闘士だ。こんな重そうな鎧を着こんでおいてなんて動きしやがる、防ぐので手一杯だ!』
その言葉を聞いて、俺の闘志の炎が急速に鎮火されていく。
なんだ……そうだったのか。
ならもう、
「用はないな」
俺の左拳を払おうとする手を逆に掴み取り、そのまま手首と肘、肩の関節を極める。
『あぎっ!?』
実際にそこまで痛いわけではないだろう。だが、現実の体と同じ感覚で動かしている分、その痛みを想像してしまい隙ができてしまう。彼もまたその例に漏れることはなかった。これを受けたのが総一郎なら、腕を極めている間に俺の頭を吹き飛ばすだろうな。リアルでも。
では、
「さようなら」
隙を見せた彼の首筋に銀光が一閃すると、俺の顔めがけ赤いエフェクトがびっしりと飛び散る。おそらくナイフで切られたことにすら気づいていないのであろう。その顔には「え?」という表情が描かれてあった。
だが俺は言った、さようならと。だからベック君、さようならだ。
彼の心臓にナイフを突き立て、そして紡ぐ。鎮魂歌を。
「――炎渦」
その歌を彼が最後まで聞くことはなかっただろう。彼の内からほとばしった炎は体内から徹底的に焼き尽くし、目、鼻、口と穴という穴からその濁流を放出した。
『……がっ……ひゅ……』
蛋白質から炭へと変質した彼は、そのまま光を発し足元から崩れ落ちていった。
「さて、残るは君だけだ」
俺の視線に、言葉に、残された狩人の黒人プレイヤーは、生まれたてのヤギのように体を小刻みに震わせることしかできないでいる。ただヤギと違うのは、こっちは全然かわいくないという点だな。
『な、何なんだ……アンタ一体、何者なんだ!?』
ふむ、君もか。俺と対峙したプレイヤーは大体このセリフを口にするな。
『どうして拳闘士が……魔法を』
何故このゲームをやっている若者は人を見た目だけで判断するのか。
仕方ないな。この若者にも、自分の目にした情報だけが全てではないということを教えてあげよう。
「俺は拳闘士じゃない、俺は――」
アイテムボックスから巨大な斧を取り出し天高く掲げると、彼に冥土の土産を渡す。
「魔術師だ」
『嘘つけぇええええ――ひぎゃ!?』
また嘘って言われた。何故だ。
次回『とある聖母の情報収集』
更新は月曜日の予定です。