115話 とある親父の潜入捜査
監視されている側からする側に回った俺たち親子。そんなことになっているとは夢にも思っていないであろう元監視者たちは、そのまま町から外れ、郊外にある廃材置き場へと向かって行った。
「あそこは貧しいビーストの子が日銭を稼ぐために、たまにやってくる程度のところだ。それ以外に用があって立ち寄るプレイヤーやNPCはいないはず……これは、黒っぽいな」
「ふふ、楽しくなってきたわね」
凶悪な笑みを浮かべる由紀子の顔に、容赦の気配はまるでない。だがそれは俺も同じ。
やつらは1つの罪を犯した。それは瑠璃を監視していたということ。
瑠璃は人からの視線――特に悪意の視線に対し非常に敏感で、かつ恐れている。その原因は瑠璃がまだ幼い時に起きた誘拐事件。あの件を境に、瑠璃は人の視線を極端に恐れるようになった。
今思えば、異常なほどに隠密スキルが高いのも、そういった人の視線から逃れるために身に着けた防衛策だったのだろう。
今でこそ、その症状は落ち着きを見せてはいるが、やはり人からの視線、特に悪意の乗ったものは未だ怖いようだ。会った時の無邪気な笑顔が消えて、俺たちを心配させないための哀しい笑顔へと変わってしまっている。
「どうしたの、お父さん?」
「……いや、何でもないよ」
こちらの何かを察したのか、少し心配そうな声で瑠璃が声をかけてくる。それに俺は、何でもないとしか答えられない。本当に、情けない。
「……」
彼らが何のために我々を監視していたのかは知らない。だが、この子から無邪気な笑顔を取り去った報いは、絶対に受けてもらうぞ。
「さて、じゃあここからは俺1人で行ってくるよ。御菊とイルはここで待っててくれ」
近くにあった岩陰を指さしそう告げる俺を、由紀子は眉を垂れ下げ仕方なさそうに、瑠璃は頬を膨らませ見つめる。かわいい。
「はいはい、気を付けて行ってらっしゃいな」
「む~お父さんばっかり、ズルい」
そう言ってくれるな娘よ。相手はこちらに対して悪意の籠った視線を向けていた奴らだ。初対面で瑠璃に心無い言葉をぶつけてこないとも限らない。そうなったら父さんは彼らを絶対に殺してしまうだろう。
瑠璃にはこれ以上悲しい顔をしてほしくないし、何より俺の乱暴な姿をあまり見せたくない。これは父親としてのエゴだろうが、どうかここは聞き入れておくれ。
「すまんな、イル」
デカい掌を瑠璃の頭に優しく乗せると、膨らんだ風船が少しずつ萎んでいく。
「……行ってらっしゃい。気を付けてね」
少しだけ尖がった口から漏れたのは、悔しさでも怒りでもなく、優しさだった。
「……あぁ、行って、くるよ」
必死に込み上げてくるものを抑える。駄目だ、今はまだ駄目だ。出てくるな心の汗よ。
愛すべき者に背を向け、急ぎその場から離れる。目指すは廃材が無造作に置かれてた荒れ地。
涙腺が緩む隙を与えぬよう、全力でその地を目指す。
■ □ ■ □ ■
鉄骨と木材が絡み合い出来た建物。廃材置き場の中で不自然に存在するそこに、男たちの姿はあった。
人数は3人。俺たちの監視をしていたのがあそこの内の2人だとすると、もう1人は最初からここにいたか、少し前にここで合流したのだろう。1人は金髪の髪をした白人系の見た目の男。残る2人は真っ黒な髪をした黒人系の見た目の男。
このゲームでは髪の色は自由に変えれるし、日焼けサロンに行けば肌色も変えることが出来るから、彼らのように日本人離れした見た目のキャラクターにすることも難しくはない。
「さて、と」
彼らの声が聞こえるギリギリまで接近するのは無理だ。その前に彼らにサーチされてしまう。ならばと俺が懐から取り出したのは双眼鏡。これで彼らの唇の動きを読み、その会話を盗み見る。
だがここで俺の眉は大きく歪むことになる。
「あれは……英語、か?」
彼らの口の動き。あれは日本語ではない。英語だ。それも相当にネイティブな。
そこで俺はこれまでの考えを一度払拭し、シンプルな視点へと立ち返る。
「やつら……俺と同じ外国人か?」
彼らの見た目と口の動きを見れば、その答えが最もわかりやすくシンプルだ。日本サーバーにおける在日外国人プレイヤーの数はそれなりに多い。これまでも何度か外国人のプレイヤーは見てきた。となると問題はどこからアクセスしているのかだが。
もしかしたら彼らも俺同様に、海外からちょっとアレな方法でアクセスしているアレなプレイヤーなのだろうか……いや、家のようによほど特殊な事情でもない限り、彼らがわざわざそんなことをする理由はないはず。なにせ、このゲームは海外でも多くのサーバーを持つのだから。
だとすれば、最もシンプルな答えは彼らは在日の外国人プレイヤー。元々海外でアカウントを持っていて、今回旅行か何かでたまたま日本サーバーにインしている、もしくは元々日本在住だった、といったところだろうか。
まぁそこは後で考えよう。まずは彼らの会話内容を把握して、由紀子に伝えることが先決だ。
そう決めるや、彼らの口元へと神経を集中させる。
『……で、奴らはもうこっちに来ているのか?』
そう言うのは顎髭を生やした黒人系のプレイヤー。恰好は軽装の狩人風だが、見た目とは裏腹に隆起した筋肉が目に付く。
『いや、まだ着いてないみたいだ。多分他で遊んでからこっちに合流するつもりなんだろ』
これに答えたのも同じく黒人系の男。軽装タイプの胸当と籠手を着けているが、さっきの男に比べてこっちは線が細く、力強い印象は受けない。
『どうするベック。動くか? 待つか?』
あの白人系のプレイヤーの名はベックか。こっちはイケメンの爽やかエリート軍人風の男だな。やたら前髪を気にしているようだし、ナルシストでもあるようだが……昔からああいうタイプは大嫌いなんだよな。訓練のときなんかはああいうのは率先して潰したものだ。
『もう少し待とう。だが、何もせずに待つのも退屈だから、目立たない範囲でなら少し遊んでもいいだろ』
『お、話が分かるなベック。丁度ここに来る途中によさそうなカモを見つけたんだよ』
『ほぅ、どんなカモだ?』
ベックと呼ばれた男が愉悦の表情を作り狩人風の男へと尋ねる。
『男と女、それに背のちっこい子供の3人だ。女の方は白いローブを羽織ってたから魔術師系だろうな。子供は服装からしてありゃ忍者だ。で、男の方は完全なファイター、それも重装甲タイプだな』
『バランスは良さそうだな。俺たちの敵ではないだろうが』
ベックと言ったな。その顔、覚えたぞ。
『じゃあ俺は魔法使いの女をやるぜ。女が死ぬ時のあの顔、たまらねえからな』
そう言うのは線の細い戦士タイプの男。殺す。
『なら俺は子供の方だ。ガキの泣き叫ぶ姿はいつ見てもいいからな』
いかつい体の狩人風の男が顎髭をさすりながら嗤う。殺す。
『なら俺が男の方か……まぁいいだろう』
どことなく不満そうに漏らすベック。心配するな、お前も殺すさ。
『よし、では楽しむとしようか――狩りをな』
『『おう!』』
そう言って彼らは歩を進めだす。進む先は勿論、愛する我が妻と娘が最初にいた場所。
だがそう上手く行かぬのが世の理。ゴミ処理場職員Aは、この廃材置き場に漂う3つのゴミを掃除せねばならんのだ。
だから貴様ら――
「ここから、生きて出られると思うなよ」
外伝は全15話構成と言いましたが……その……
はい、ごめんなさい。訂正です(土下座)
外伝は全16話構成。閑話が全4話構成となりました。
次回『とある業者の廃棄処理』
更新は木曜日の予定です。