110話 この日俺と彼女の関係は終わり、
雪の花が舞い散る地。
女神の美しい最後に目を奪われていた俺たちは、ここが決戦の地であったことを忘れて、その光景に見惚れていた。
「……勝った、ぞ」
やや実感の伴っていない口調で、騎士は盾を杖代わりにして呟く。
「勝った、わね」
何も被らぬ剣姫も、それにポツリと続く。
「……縛ってください」
無視。
「ま、こんなもんだろ」
ボロボロの侍は髪についた埃を落としながら、そっぽを向いて、軽口を叩く。
「なーにすましてんだかっ!」
物理系僧侶のドロップキックで軍曹の体が宙を舞う。
グッジョブ大佐。
「やったね、総君」
司令官も、肩の荷が下りたと言わんばかりに安堵の表情を浮かべる。本当に、お疲れさまだ。
その背後から、狐耳の巫女様がひょこっと顔だけ覗かせる。あまりの神々しさと可愛さにスライディング土下座をしたくなる。
「……総君、お疲れ様、です」
「ブルーも……その、お疲れ様」
彼女の頬を染める色が、こっちにも伝染してくる。
いかん、何喋ればいいんだ。全然言葉が浮かなないぞ。
「おい、総」
肘で脇腹を小突かれ周囲に視線を戻すと、皆俺が何か言うのをうずうずと待っているようであった。
そうだったな。とりあえず、俺たちが成し遂げたことをちゃんと言葉にしないとな。
未だ紅いオーラの立ち込める右手を天に掲げ、俺は、俺たちは、勝鬨を上げる。
「勝ったぞぉおおおおおお!」
『おおおおおおおおおおお!』
喜びを爆発させる。まだ確認しないといけないことはいくつかあるが、とりあえず俺たちに今できることはもうない。出来るとすれば、今この瞬間を最大限に喜ぶことだけだ。
「今大尉に連絡を取ったわ。少し前から神・アネに攻勢をかけていて、そろそろHPが6割を切るみたい。この調子なら向こうも大丈夫そうね」
大佐の報告が、俺たちの感情にさらなるスパイスを効かせる。
これでもう、俺たちのすることはなくなった。あとは向こうの成功を祈るだけだ。
「総」
伸二が急に正面へと立つ。その顔には、神・イモートに立ち向かう時以上の真剣さが浮かんでいた。
「総、わかってるだろ」
……そうだな、まだやることが残ってた。
むしろこれからが本番だよな。俺にとっては。
「だな。サンキュー」
もう結果はわかっている。
俺はフラれる。いや、フラれた。皆の前で葵さんを辱め、そして泣かせた。もう友達としての関係すら怪しいだろう。
だが、それでも俺は言う。
この想いを言葉にする。
その結果、彼女との友人関係すら終焉を迎えてしまったとしても、それでも。
俺自身がこの想いを否定することだけは、あってはならない。
だから、
「ブルー」
「は、はい!」
俺の問いかけに、葵さんは普段よりかもずっと早口に返答する。心なしか顔が赤い気もするが、俯いていてよく見えない。
「俺さ……ブルーに言いたいことがあって」
「……はい」
はぁ……どうしようもなく怖い。
まだレイドボスとタイマンしろと言われた方が気が楽だ。
だが怖くても行け、行くぞ、行くぞ。
「お――」
そこまで言いかけて、伸二の手が俺の肩にのる。
なぜこのタイミングで介入するのかと不思議に満ちた視線を向けると、伸二は顎でクイっと雪姫さんたちの方を示す。
その動きにつられ視線を流せば、雪姫さん、モップさん、軍曹、大佐は耳を塞いでこっちを見つめていた。
一瞬何をやってるんだこの馬鹿どもはと思ったが、彼らの真意に気付いた俺は心中で謝罪と感謝の念を送った。
さて、
再び葵さんを見つめる。
「葵さん」
「へぅ!? あ、はい」
突然呼ばれたことに驚きつつも、彼女は顔を上げて視線を合わせてくれる。
「俺……」
口が重い。
肺が潰れそうだ。
視界が歪む。
それでも――
「俺、葵さんのことが好きです」
「――っ」
……言った。
……言ってしまった。
ええい、覚悟を決めろ!
「無理に返事をしろなんて言わない。そういうのが苦手だってことも、分かってるつもりだ」
少しだけキョトンとした表情を作る彼女。それでも俺は言葉を続ける。
「でも、これだけは聞かせてほしい。もう、この友人関係は……終わり、かな?」
縋るように、絞り出すように、その言葉を吐く。
そしてそれに、彼女は小さく、コクリと頷いた。
――終わった。
世界は暗転し、ただただ重い息だけが口から這いずり出てくる。
わかっていた。わかっていた。
もう友達の関係ですらいられなくなるってことは。
もうこれで俺は終わった。
完全に、終わった。
後は、ただ消えゆくのみ。
この傷を伸二に癒してもらおう。体育館裏で。
「じゃ――」「あのっ!」
その場を去ろうとする俺の足を、彼女の力強い声と揺れる瞳が、しっかりと地に縫い付ける。
……怖い。
何を言われるのだろう。
彼女の性格からして、俺を責める、拒絶する言葉は使いにくいはずだ。だからそれを言わせてしまう前に去ろうとした。
それとも、その気持ちに応えるべく、彼女も血を吐く思いで言おうというのだろうか――拒絶の言葉を。
……その顔。どうやら葵さんも覚悟を決めたようだな。
わかった。なら言ってくれ。言ってスパッと俺を斬って捨ててくれ。
俺も覚悟を決めた。どんな言葉をかけられようが、全て受け止める。その結果、モップ道に足を踏み入れてしまうかもしれないが、それもまた人生だ。来てくれ葵さん、俺は逃げも隠れもしない。
「私……」
うん。
「総君の……」
うん。
「友人を……」
……うん。
「やめます」
ごっはぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
アカン、あかんよコレ。死ぬ死ぬ、精神が死ぬ。わかっていても精神死ぬね、これ。マジとんでもない威力だ。これに比べたら極光六華なんて鼻糞だ。だが耐えろ俺。卒倒して現実逃避をしたい気持ちが既に臨界突破だが、それでも耐えろ! 何とか耐えて、彼女の前から歩いて去れ。くたばるのはその後だ。
「その、ですから……」
まだ、まだあるというのか、葵さん。今日はいつになく強い意志を感じるぞ。だが、それがあなたの成長の証でもあるのか。
悲しいけど、それが少し嬉しくも――いや、やっぱ超悲しい。もう哀しみ以外の感情が消え去ってしまった。だがそれでも聞こう、君の死刑宣告を。
「これからは……」
あぁ、これからは、
「恋人として、よろしくお願い、します……」
ゴミ虫として、君の視界から消え――
ん?
「え、今何を――」
それ以上は言えなかった。言おうとした瞬間、何故か半泣きの伸二が俺の頭部に全力でダイブを決めたからだ。
「うおおおお! やっとかお前! お前ら、お前」
痛い、痛い伸二。鉄兜で頭突きしてくるな。あと殴るな。俺の残り少ないHPが削れる。マジ死ぬ。
「うぇええええええん、あおいぃいいいい、葵ぃいい」
そして何故翠さんがガン泣きで葵さんに抱きついているのだ。そして何故、葵さんも泣いているのだ。わからん。何が起こっている。
「ちくしょぉおお、やっとかよお前、ちくしょぉ」
ちょっと待て、俺に時間をくれ、落ち着いて整理する時間を。
「おい伸二、ちょっと――うお!?」
またしてもそれ以上は言えなかった。言おうとした瞬間、雪姫さんがドロップキックをかましてきたからだ。
「ぐ……一体、何なん――にぃ!?」
またしても、またしても言えなかった。言おうとした瞬間、背後に回った大佐がジャーマンスープレックスを決めたからだ。
「ほがぁあ!?」
地面から逆さまに生える謎のオブジェと化した大混乱中の俺に、彼女たちの声が届く。
「まったく……やっと言ったわ、このキングオブチキンハート」
ぐぅの音も出ねぇ。
「あら雪姫さん。総君の二つ名は災厄のプリンスって決めてるんですから」
そう言えばあったな、そんなの。
「ちょっと待ったリーフ。俺はフラグタテーノを推すぞ」
それは諦めろ。
「いやいやハイブ君。ここはシンプルに最終兵器《彼》で」
どの辺をシンプルにした。くそっ、駄目だ、皆悪乗りしてる。大佐、ここは大人としてガツンと締めてください。
俺の視線に、大佐は分かったと言わんばかりのウインクを飛ばす。
「どれも酸味に欠けるわね。じゃあここはいっそのこと、粗チン野郎で行きましょう」
「やめろぉおおおおおおおお!」
畜生! とにかく畜生!
「ちょ、ちょっと皆。言い過ぎですよ。総君、大丈夫?」
頬に付いた汚れを真っ白な手が優しく払ってくれる。天使の手だな。
「あらブルー。もう正妻気取り? やるわねぇアンタ」
「そ、そんなんじゃないよ!」
■ □ ■ □ ■
それからさらに一悶着も二悶着もした俺は、ようやく仲間からのイジリから解放された。
「何だか……凄く色々あった1日でしたね」
「……だね」
地面に腰を落ち着ける葵さんの横で、俺はポカンと開いた口から相槌をうつ。
どこか現実感に欠ける、不思議な感じだ。
夢ではないかと何度も疑ってしまう。もしくはVR機の故障で、機械が俺に謎の夢を見せているとか。実は俺が葵さんだと思っていたのは全くの別人で、中身はただのおっさんだったとか。
そんなアホなことを考えなければ、奇声を上げて周囲を飛び回ってしまいそうになる衝動が勝ってしまいそうなほど、俺のテンションは危険な状態だった。
いやそれはそうだろ。あの葵さんが、俺の恋人になってくれたのだ。実際に夢で何度も見たシチュエーションだ。あの時は朝目覚めて何度も絶望を味わったものだ。
だがこれは現実。
目が覚めても、変わっていない現実の出来事として今俺の目の前にあるのだ。どうしよう、嬉しすぎてヤバい。
「あの、総君……私が恋人で、本当に良かったんでしょうか」
何なんだこの可愛い生き物は。こんなことを言われてノーと言える生物が地球上にいる訳ないじゃないか。ギリギリ牛がモーと言える程度だよ。
「この上ないほど、良いと思ってるよ」
あぁ、もっと気の利いた台詞を言える男になりたい。しかしこんな薄っぺらい言葉でも赤面してくれる彼女は天使かな?
「ありがとう……私も、です」
天使だった。
「ちょっとちょっと2人ともぉ~。付き合った瞬間から2人の世界ですかぁ~? 私たちは外野ですかぁ~? ソウ君もルーちゃんもお互いしか見えない感じなのかなぁ~?」
来たな堕天使。
「雪姫さん、終わったんですか?」
お、やるな葵さん。雪姫さんの超絶ウザい絡みをスルーとは――って顔赤っ!? 全然スルー出来てないよこの子! わかってたけど、ポーカーフェイス苦手だなこの子! そこが可愛いんだけれども!
「終わったわよ~。力作が出来たから見てみて」
そう言って雪姫さんは俺と葵さんをある場所へと案内する。
そこで待っていたのは、俺と葵さん、そして呼びに来た雪姫さん以外のメンバー。
「お、来たか総。出来たぜ、見てみろよ」
そう言って伸二は巨大な石碑へと指をさす。
俺たちが神・イモートを倒した後、この石碑は突如現れた。ジーザーを最初に倒したことのある俺や伸二。そして何度もボスアタックを成功させている蒼天のメンバーにとってそれはお馴染みの物。最初の踏破者のみが刻むことを許される、記念碑。俺がオキナワでM字開脚と刻み、今もこのゲームの七不思議になっている石碑と一緒のものだ。
それが現れた時、伸二と翠さんはここは自分たちに任せてくれと言い、代わりに俺と葵さんは向こうで2人、少し落ち着いて話してこいと提案してきた。その提案に二つ返事で飛びついた俺は、先ほどまで葵さんと2人っきりで話す時間を得ることができ、今こうして再び石碑の前にやってきている。
俺と葵さんの為にそこまで粋な計らいをしてくれる親友には、もう感謝の気持ちしかない。
そして親友たちが自信満々に刻んだ石碑に視線を移し――
俺はすぐさま自らの選択の過ちに気付いた。
そこに刻まれてあったのは――
《恋愛成就の聖地~ヘッタレランド~》
世のヘタレ男子よ、集え。ここでならどんなヘタレでもあら不思議。たちまち告白大成功!
世のヘタレ男子からの告白を待つ女子たちよ、連れて来い。ここでならどんなヘタレも漢になる!
後日、この地が本当に恋愛成就の地としてプレイヤーから崇められることになったり、世のヘタレ共が御利益にあやかろうと殺到したり、運営が大いに困惑したり、伸二がボコボコにされたりなど色々あったらしいのだが、それはまた、別の話。
長かった……総一郎がここまで来るのに110話
文字数にして454,473字もかかりました(;´∀`)
さて彼らの物語はこれにて一旦一区切りです。
勿論まだまだ続きますが、とりあえずの目標地点には無事到着できました。
本章は次話でラスト。そしてお決まりの掲示板回を挟んで、物語は新章に向かいます。次章もお楽しみいただければ幸いです。
次回『これまでの日々を振り返り、私は反省……しませ~ん!』
更新は月曜日の予定です。