108話 この日彼女の詰将棋は始まった
俺たちの初手、モップさん、いやポン太君による目くらまし&絨毯爆撃。
約30秒間も続くそれを、女神は防御技《銀壁》で耐えきっている。
『この……しつこい……』
虫けらを見つめるような視線で見つめられるモップさんとポン太君。だがその視線を、あの主従は恍惚の表情で受け止める。
――お前もドMなのかよ!?
まさかの性癖を晒すクソ狸。さっきまで少し可愛いと思っていた俺の感情をこうも見事に切り刻むとは。やっぱりモップさんの使い魔だ、侮れない。そして最低だ。
「軍曹、今です!」
「応!」
女神を囲むように展開された銀の膜。絨毯爆撃すら耐えるその障壁に軍曹が突貫する。
「切り札――行くぜ!」
迷彩服姿の侍の声に応え、その両手に刀が収まる。
あれは、
「二刀流!?」
あれが軍曹の切り札か。しかもさっきまで使っていた刀でなく、柄から刀身まで何もかも真黒な刀と、同じく真っ白な刀の二振りだ。チョット、いや、かなりかっこいい。
だが軍曹の切り札が二刀流か。確かにカッコいいが、切り札としてはインパクトに欠ける気もするな。
そうみていた俺の考えは真っ二つに否定される。いい意味で。
「――透刃百花!」
刀の尖端から半透明の刃が伸び、リーチを倍にする。その刃はそのまま吸い込まれるように銀の膜へと迫り、そして――
「吸い込まれた!?」
いや違う。吸い込まれたんじゃなくて、刃が障壁をすり抜けたんだ。その証拠に。
『ぎぃああああ!? な、何じゃ、何故攻撃が届く!?』
困惑の声を上げる女神。
なるほど、透刃とはそういうことか。防御不可能で、防ぐには回避するしかない技。確かにこれは切り札だな。
軍曹はその二刀を間断なく振るう。その一つ一つが実に洗練された動きは、舞のようにすら見える。そしてそれは、確実に女神のHPを減らしていった。
『おのれっ』
たまらず女神が銀の障壁を解除する。あのまま展開していても軍曹から斬られ続けるだけで、まともな反撃も出来ないから妥当な判断ではあるが。なるほど、確かにこれは詰将棋だ。相手がそう取るしかない道へと確実に追い込んでいる。思えばモップさんのあの攻撃も、軍曹のこれに繋げる為の布石だったのか。
「おっと女神、まだだ、まだ俺と――」
「軍曹! チェンジです!」
下がる女神へ食い下がろうと距離を詰める軍曹。だがそれを、翠司令が諫める。
「了、解……」
犬歯を見せ悔しがる軍曹だが、翠司令の命令には逆らえないのか渋々後退する。
「ブルー、ここ!」
「うん、総君、行きます」
いつの間にか俺の近くへと来ていたキツネ巫女、葵さん。その顔は少しだけ――いや、かなり赤いな。一体どうしたんだ。何かあったのか。
「――再生の祈り」
お、無くなったはずの左腕が熱い。これは……
「左手が、再生した……」
「部分修復の術です。でもごめんなさい、HPは1割しか回復しないんです」
そんなしょげた顔をしないでくれ。十分だ。というか、これは凄いことだ。
回復魔法は一般的にはHPを回復するだけで、欠損部位の修復は出来ないと言われている。だが巫女である葵さんはその欠損部位を修復させることすら可能としている。公になれば大変な情報だ。多数のスカウトが葵さんに押し寄せるだろう。彼女の秘密は、俺が意地でも守らなければ。
しかしさっきから何かを忘れている気がするな。一体何だったか……まぁいいか。とにかくこれで、またアイツと殺り合える。俺は言葉の代わりに、ポンと掌を彼女の頭にのせる。
「ありがとう、ブルー」
「――はぅあ!?」
体中の熱を顔面から一気に放出する葵さん。あれ、なにか不味いことしたか? とにかく落ち着かせよう。落ち着かせ――
「あ、でも待てよ。確かこの後」
『――暴銀!』
やっぱりそれが来たか。翠司令の作戦通りだ。前回も葵さんはこれに狙われたからな。
あの時は伸二の起点で矛先は俺に変更されたが、もうその手は使えない。しかし、俺たちには作戦がある。作戦が。それで次の作戦は……え~と……
「大丈夫よ、総君」
司令の凛々しくカッコいい声が耳に届くと、俺たちへと迫っていた銀の濁流が巨大な壁にせき止められる。
その壁に見覚えのあった俺は、それを発生させた相棒の名を叫ぶ。
「ハイブ!」
「総、お前作戦うろ覚えだろ!?」
な、何のことかな伸二さん。こっちを狙ってくる女神の何らかの攻撃を、誰かが何とかする。そこまでは覚えていたとも。覚えていたともさ。
「あれは虎牢関。ハイブの最強の盾よ」
そうだ思い出した。確か、特大の回復支援で葵さんが敵のヘイトを取り、それを伸二が防ぐんだった。
葵さんと女神の位置を考えれば攻撃手段は白いローブか暴銀か、碑舎で閉じ込めるかの三択。白いローブは俺が一緒だと防がれる可能性が高いし、何よりこいつは前回暴銀で葵さんを攻撃している。高い確率で暴銀が来ると思うが、その際は伸二が防御。万が一ローブか碑舎だったとしても俺が一緒なら問題なし。そして結果は読み通り、と。
となると次は……確か……え~っと……
俺の記憶がよみがえる前に、翠司令の声が戦場に響く。
「大佐!」
「待ってました!」
そう大佐だ。大佐がこうしてああして、で……うん。
「おいで、ブラストアーク!」
「あ、あれは!?」
大佐の声に応じ現れたソレに、思わず声を出してしまう。それはリアルで何度も目にしたあの武器。有無を言わさぬ破壊の王。あれで敵を蹂躙できれば、どれほどの快感だろうかと何度も夢見た。その武器の名は――
「……マシンガン」
まさか大佐があれを持っていたとは。あれ、でもならどうしてこれまで使わなかったのだろう。あれがあるのなら、これまで何度も使う機会はあったはずだ。大佐ほどのリアルスキルがあって、持て余していたということもあるまい。
その疑問に、俺の考えを見透かしていたであろう翠司令が答えてくれる。
「あの武器はね、蒼天が死力を尽くしてゲットした武器なんだって。物凄く強い武器らしいんだけど、一度使うと壊れちゃうみたいで。直すにはヤバいぐらいのお金と素材、それに何らかのイベントに遭遇しないといけないらしいから、使うとしたらこういう時じゃないと使えないんだって」
そういうことか。なら彼女がこれまであの武器を使ってこなかったのも納得だ。それに聞いている感じだとあの武器は大佐の、というよりは蒼天の所有物って感じだな。
「さぁ、アンタの命の声を聞かせてよ!」
あ、あれ、大佐。ちょっとキャラ変わってません? 何だか少し危ない人の色が見えた気がするんですけど……いや気にするな。それよりも敵を倒すことを優先すべきだ。
今女神は伸二へ攻撃している最中で、背後の大佐に対処することはできないはずだ。この状況でなら――
そこまで考えて俺はある1つのことを思い出す。そうだ女神にはあった。アーツでも魔法でもない、反則的な防御手段が。
「大佐、ちょ――」
っと待った。そう声をかけるよりも早く、女神は後ろを振り向き、空いている左手を後方にかざし巨大な鏡を顕現させた。
――やられた。
あれは俺の銃弾をそっくりそのまま反射させた鏡。ならおそらく、大佐の銃撃にも同様に対応できるだろう。
だが大佐はその顔から笑みを消さない。二脚の付いた長銃を地面へ固定し、うつ伏せの姿勢でじっと女神を見つめている。
その目には、未だ獲物を見つめる猛獣の輝きが宿っていた。
「雪姫さん!」
「おっ任せー!」
翠司令の凛とした美声を、可愛らしくも芯の通った声が受け止める。
彼女は鏡を展開する女神に一直線に駆けると、腰に差した愛刀を抜き、
「――燕返し!」
下から払うような剣で、女神の鏡を上空へと弾く。
『き、貴様はっ!?』
「あ~らゴメンナサイ、女神様。テヘペロ」
『このっ!』
そしてガラ空きの女神の動体へ、大佐の本命が――ぶち込まれる。
「ファイヤァアアアアアアアア!」
耳を劈く轟音が間断なく、大佐の握る銃から鳴り響く。
その銃口の先では、3メートルの巨体が小刻みに体を震わせ舞っている。
凄まじい威力だ。もし俺がこれと戦うとなれば、伸二を盾にして突貫するしか攻略法が思いつかない。いや、駄目だな。貫通して俺も撃たれる。うん、無理だ。
「アハハハハ、アハハハハハハハハハハ」
うん、大佐も大層ご機嫌だ。凄い世紀末感を感じる。ヒャッハーだ。さて……
【司令、敵のHPが15%を切りました】
銃による轟音と大佐のヒャッハーで上手く聞き取りができないため、チャットで翠司令に連絡を取る。
【多分もうすぐ弾が切れるから、私が軽く牽制する。止めはお願いね、エース】
最後の言葉に照れを感じてから間もなく。轟音は止み、一瞬の静寂が訪れ、そして――
『お、お、お、おのれぇえええええええ!』
女神がブチキレた。
まぁあれだけやられればキレるわな。
「そんなに大声出しても怯まないんだからね」
そう口にする彼女だが、それが強がりであると言うことは彼女の震える足を見ればよくわかる。気が強いと言っても、そこは普通の高校生の女の子。怖いのは当然だろう。
だがそれでも、彼女は立ち向かうのをやめない。
その先にあるのが、勝利だと信じているから。
「風車!」
女神の目の前に現れた巨大な風の十字手裏剣。それが女神を巻き込む形で高速回転を始めるも、白いローブの連続突きでその刃は虚空へと散った。
『ふん、こんなものが通用すると思って――』
「いるとも」
女神の背後に立ち、俺はそう答える。
『貴様っ!』
髪を大きくなびかせ振り返る女神。その目に映るのは、銃を構えた鬼。
そして俺は、終わりの名を告げる。
「――極光六連!」
次回『この日咲いた華の名は』
更新は月曜日の予定です。