104話 この日魅せた友の力に俺は「体育館裏」
渾身の一刀破斬の二連撃により、戦場に巻き上がる土煙。それを少し下がった位置から眺める。
「――エルステ・ヒルフェ!」
大佐の治癒魔法により、視界の端に浮かぶHPゲージが回復していく。元はと言えば自分の弾丸でやられた傷だから、少しカッコ悪いな。
「前衛組は反撃に備えて! モップさん、敵が視認出来たら私と一緒に遠距離攻撃を」
「お任せあれ。行くよ、ポン太君」
翠さんの声に応えたモップさんがボールから召喚したのは、額に葉っぱを乗せた二足歩行のタヌキ、ポンタ太君。確か攻撃魔法を使えるモンスターって言ってたな。ちょっとかわいい。
「大佐、ブルーは回復魔法の準備。HPが7割を切った人が出た時点で発動。優先は大佐」
女神を左右と正面の三方から挟む形で、俺と軍曹と雪姫さんはその時を待つ。
そして――
「ポン太君、狸火!」
「――アイス・ハンマー!」
ポンタ君が投げた葉っぱが炎を纏って女神へと飛来。それと時を同じくして、上空からは巨大な氷鎚が降り注ぐ。
――やった。
思わずそう呟きたくなる程に、完璧なタイミングだ。
だがこの物理法則の無視された世界では、その思いも簡単に破られるということを、俺は思い知る。
『――次手、銀壁』
水銀のような何かが渦巻くように女神を包み、その身に傷一つ付けぬ障壁を作り出すと、炎と氷の連撃は虚しくも霧散した。
「ダメージ……無しか」
女神のHPゲージは最初と殆ど変わりがない。この女神の素のHPか防御力が規格外でないのであれば、おそらく一刀破斬も魔法攻撃も全てあの障壁で防がれたのだろう。
しかし……
「あれを防ぎきる防御障壁か……これは破るより、かわした方が良さそうだな」
もっとも、あの流水的な動きではそのかわしの戦法すら容易ではないだろうが。
『――三の手、気威魔』
女神の腰を漂うローブから5本の布槍が弧を描いて俺たちに飛来する。
しかし雪姫さんに1本、軍曹に1本、俺に3本か。
俺、愛されてるなぁ。
それぞれに微妙にタイミングと角度をずらして降ってくる布槍。それを最小限の円運動で躱す。だがローブの方で助かった。もしあの水銀のような奴が変幻自在な動きで来ていたら結構危なかったかもな。
『――四の手、暴銀!』
そう思っていたのも束の間、女神は俺が最も警戒していた攻撃法を繰り出してくる。白く透き通った手をかざした瞬間、水銀のような何かが意思を持ったかのように濁流となって襲い来る。
しかも、その方向は――
「おいバッ、やめっ」
「……え」
俺の最も守りたい人に、最も向かってほしくないものが猛然とその矛先を向け進む。
伸二も翠さんも大佐も間に合う位置にはいない。モップさんは――駄目だ、遠い。
くそっ、迅雷で――駄目だ、俺の体で止められる攻撃じゃない。ならせめて彼女の体を吹き飛ばすか――
1つの非情な決断を迫られていた俺の足。だがそれを、あいつの声がピタリと止める。
「総!」
頼もしい声で俺の名を呼ぶのは、最も付き合いの長い相棒。その顔が物語っていた。俺に任せろ、心配するなと。
その男の顔を、俺は信じることにした。
前に抜き打ちテストの前にも同じ顔をして直後に撃沈した様を知っているだけに、不安がないといえば嘘になるが、それでもここは信じよう。俺の相棒を。
俺より遠い位置にいるお前がどうやって葵さんを助けるのか、見せてくれ。
そして伸二は、その右手に填める籠手を天にかざし、咆哮を上げる。
「――師子王の籠手、発動!」
天にかざした右手は眩い光を発動し、そして――
直後、葵さんにまっすぐ飛来していた水銀の波が、直角に進行方向を変え俺へと迫る。
「……は?」
……え、待って。なにこれ。何でこっち来てんの?
その時俺の頭に、オキナワでジーザーを倒した後に交わした伸二との会話が走馬灯のように駆け巡る。
『伸二は何がドロップしたんだ?』
『俺のは獅子王の籠手っていう腕に付ける防具だ。能力は、1日1回に限り、敵の攻撃を俺の指定した相手に無理やり変更できるものらしいな』
『じゃあ敵の攻撃を跳ね返せるってことか』
『いや、指定できる相手は味方だけみたいだな。使い方次第では最悪だが、騎士の俺が使うには色々と応用が利きそうだ。攻撃の変更先を自分に指定すればいいわけだからな』
『そうか。まぁそれをどの場面でどう使うのかまではよくイメージが湧かないが、お前が使えるって言うなら良かったじゃないか』
そこで回想は途切れ、俺は銀の濁流に飲まれていった。
「ぶるぁああああああああ」
伸二、お前後で体育館裏に来い。
■ □ ■ □ ■
「――迅雷っ!」
水銀の波に完全に飲み込まれ体の自由を奪われる前に、大地を全力で蹴り何とか水銀の暴力から逃れる。
しかしこのブーツでの脚力がなかったら危なかったな。まぁ伸二はそこまで考えて攻撃の矛先を自分ではなく俺に指定したのだろう。少し思うところはあるが、まぁ結果無事だったし、何より葵さんを守ることはできた。伸二、お前の慧眼、恐れ入っ――おい待て、なんだその「その手があったか」みたいな顔は。お前もしかしてあれか!? ノープランだったのか!? あいつに擦り付けたら後は何とかするだろ的なノリの。お前はあれか、馬鹿なのか!?
『くっ、何だ今のは……攻撃が曲がった?』
あれ、今の伸二のあれで女神少し警戒してる? じゃあ伸二への制裁は後だな。今この瞬間を逃す手はない。まだあんまりダメージ入れられてないし、ここは気合の入れどころだ。
「リロード【徹甲焼夷弾PT-01】」
狙うのは女神の喉元。だがこれをこの距離で撃ってもあのローブで止められるのは目に見えている。なら、どうするか?
決まってる。
――ゼロ距離で撃てばいい。
「迅雷!」
踏み込んだ地面が大きく拉げるのに合わせ、俺の体は奴の右側面に躍り出た。
『――っ!?』
虚を突かれたかのような顔でこちらに顔を向ける女神。俺はその捻じれた首筋に、投擲用にあしらえた短刀を3本放つ。
が――
『そんなものっ』
腰で止まるローブの袖が伸び、そのことごとくを打ち払う。
『はっ』
どうだと言わんばかりのドヤ顔。それを俺に披露する女神の表情からは、もう1つ、これで終わりかと言っているかのような余裕すら見て取れる。
そう焦るなよ。あれで終わりな訳がないだろ。
女神まであと数歩の距離にいる俺の足は、再び勢いよく地面を蹴った。
短刀を迎撃した直後の僅かな硬直時間。その隙をつき女神の懐へと潜り込む。だが相手は女とは言え3メートルもある非人間的な敵。その身体能力は普通の人間を軽く凌駕するだろう。ローブのみでなく、あらゆる攻撃を考慮して突っ込む。
『――愚か』
女神の声に呼応するかのように、硬直を解いた布槍が俺の頭上から迫る。
だがその攻撃速度にはもう慣れた。それにその布を操っている奴が俺の目の前にいるのだ。そいつの目を見ればどのタイミングでどこに攻撃が来るかなど、わざわざ確認する必要もない。
頭上から降り注いだ布槍は首筋と左肩に薄く赤い線を引くが、HPバーは僅かな動きしか見せない。
さて、
「お返しだ」
女神の首へと向けられた2つの銃口。それが火を噴いた時、女神は今日初めての、
『がぁあああ』
叫びを上げた。
「うっし、効いたな。この調子で――」
いけなかった。燃え上る首元を抑えながらも、女神は俺に殺気の溢れ出る目をぶつけていた。
『――五の手、金夜叉』
白いローブが女神の全身を覆うと、その色は白から金へと変貌していく。
「ん? 何だこれ」
どう表現すればよいだろうか。金の衣に全身ぐるぐる巻きにされた女性、とでも言えばいいのだろうか。モップさんぐらいにしか需要ないよ、この絵。
「ま、いいや。とりあえず撃っておくか」
リアルではよく親父に対して使っていた言葉を、仮想世界の女神へ吐き捨てる。
だが次の瞬間、金の衣は女神の体へと溶け込むように同化し、消えていった。
そうして再び現れたのは、
「金ぴかの……女神?」
そう呟く俺の目の前に立つのは、もうそうとしか形容のしようがないそれ。それ以外の違いと言えば、右手に巨大な薙刀を持っていることと、服装が少しだけ武者っぽくなっていること。
『ふふ。こうなってはさっきのようにアタッ!? 接近戦でも遅れはイタッ!? とらなハペッ!?』
因みにこうして見惚れている間も、両の人差し指はトリガーを引き続けている。いやだって隙だらけだし。
「総、お前……容赦ねえな」
相棒の声が聞こえてきた気もするが、確かにそれは間違いではないだろう。そうだ、俺は容赦のない男だ。だから伸二、さっきのことは忘れないぞ。
『こ、こ、こ……』
プルプルと体を小刻みに震わせる金ぴかの女神。にわとりかな?
『殺す!』
鬼の形相の女神とはこれまた凄い組み合わせだな。しかし何をそんなに怒っているんだ。俺はただ茫然と隙だらけで突っ立っていた女神の眼球と鼻の孔と奥歯と咽頭と腋窩と心臓に弾丸を撃ち込んだだけだぞ。なんとも短気なことだ。
『この糞餓鬼がぁあああああ!』
未だ膨大な量のHPを保有しているヒステリック女神と、俺は再び戦場を踊る。
いや性格変わりすぎだろ。
次回『あの日建てたフラグの名を俺は知っている』
更新は月曜日の予定です。