101話 あの日の雪辱を果たすため俺たちは再び集まった
神アネとの戦いに敗れてから数日。俺たちは昼休みの教室で机を囲んでいた。いつも俺の前に座る伸二。その隣に堂々と座る翠さん。翠さんと俺の間の微妙な距離に立つ葵さん。現実世界における、俺の理想のパーティだ。
「総、今夜のうちにカゴシマに行くぞ」
そう身を乗り出すな親友。急かさなくてもまたリベンジに――ん、今なんて言った?
「カゴシマ? タカチホに再アタックじゃなくてか?」
「ああ、御菊さんから連絡が来てな。何人かと合流してからそこに向かってほしいそうだ」
また御菊さんか。伸二も翠さんもかなりあの人の言いなりのような気がするが大丈夫か?
「師匠の頼みじゃ断れないわね」
「師匠?」
「あ、ごめんごめん。私、カゴシマにいた時に御菊さんから本当に色々なことを教えてもらってて、その時御菊さんのことを師匠って言ってたからつい」
そう言えば伸二もカゴシマで戦いを教えてくれた人のことを教官と言ってたな。じゃあ俺も葵さんのことを先生と呼ぼう。保健体育の先生だな。オラ満点取るぞ。
「カゴシマかぁ……私たちは初めてですね、総君」
「そうですね先生」
「は、はい?」
「何でもありません」
「……お前、たまに突拍子もないコメントするよな」
ホントっスね。
「話を戻すぞ。目的地はカゴシマエリアのキリシマって場所で、軍曹、大佐、雪姫さんの3人と合流してから向かってほしいそうだ」
「え、7人で何するんだ?」
「するのは8人でらしいぞ。何でもそこにいる隠しボスを倒してほしいそうだ」
隠しボス? なにその素晴らしい響き。隠れ巨乳くらい素晴らしい響きだな。
「8人、ですか。残りの1人は現地で合流ですか?」
「らしいぜ。あ、心配すんなよ冬川。最後の1人も俺たちの知り合いらしいから」
らしいから、と言うことは伸二も御菊さんから詳細は知らされていないということか。だが俺たちの知り合いというとかなり限られてくるな。まさか……あの人じゃないよな。やめてよ? もう俺のツッコミゲージは臨界点ギリギリだよ?
「つうわけで今日の夜にまた集合頼むぜ。そうすれば明日はたっぷり時間が取れるだろうしな」
「私はオッケー。葵は?」
「大丈夫だよ。その……総君は?」
おっと、ここで上目遣いかい? そんなオーバーキルかまさなくても俺の首は上下にしか動く機能を持たないよ。
「勿論逝くよ」
俺の返事に、前髪で目元を隠す美少女が僅かに頬を緩ませる。だからそれオーバーキルだよ葵さん。もう6回は死んだよ俺。
それからしばらく雑談をしていると、昼休み終了5分前を鳴らす鐘の音が響く。楽しい時間というのは、本当に速く過ぎて行ってしまうのだな。
「っと、もうこんな時間か。じゃ、また今日の夜な」
伸二はともかく翠さん、葵さんと別れるのはなんとも言い難い気持ちが溢れてくる。だが仕方ない。俺たちは学生だ、学生なのだ。悲しいけどこれ、学校なのよね。
「じゃ、また後でね~」
「あの、またよろしく、ね」
「あ、あぁ、また後、で……」
血反吐を吐く思いで俺も別れの言葉を口にする。だがこの時間を切り抜けさえすればまたパラダイスがやってくる。だから総一郎、この時間を耐え抜け! そうすれば俺は――あ、そうだ。夜に備えて今寝とけばいいんだ。そうすればトレーニングに割く時間も増えて時間を有効に使えるぞ。俺って天才かよ。
その20分後、俺の頭部に三連チョークが突き刺さった。
■ □ ■ □ ■
「遅いぞ、小僧」
インして早々俺の耳に飛び込んできたのは、不愛想選手権三年連続優勝の男、軍曹。うっさいわ。
「いや~悪い悪い。ちょっ家に帰ってから色々あって」
「はっ、どうだか。大方帰り道に女でも引っ掛けて遊んでたんじゃねえの――パラスッ!?」
お、大佐殿、ナイスツッコミです。葵さんがえっという目をする前にその口に鉛玉ぶち込もうかと思っていましたが、とにかくナイスです。
「こんばんは、ソウ君。そもそも時間を指定してる訳じゃないのに一々難癖つけてくるこの馬鹿はほっときましょうね」
「そうですね」
「なっ小僧、てめぇ――」
「はい軍曹ストップ。時間が惜しいわ。さっさとカゴシマエリアに行くわよ」
非常に不満そうな表情の軍曹だが、俺に突っかかるよりも大佐への恐怖心の方が勝ったのか、その言葉に渋々従う様子を見せる。
因みに軍曹と喋る時は敬語禁止だ。あの女神との戦いが終わった後、唐突に軍曹からそう告げられた。訳を聞いても教えてくれなかったが、嫌われている訳ではないようだから深く考えるのはやめた。
「で、大佐。まずどこに向かうんですか?」
俺たちの現在地はタカチホに最も近い町ノベオカ。水の町として多くの河川が緑を育むのんびりとした町だ。タカチホに近い町としてここを拠点に数日間活動していたが、ここから南下してキリシマに直接行けるのだろうか。
「私たちが向かうのはミヤザキエリア南西の町エビノよ。そこでもう1人と合流して、そこからは徒歩でキリシマを目指すわ」
徒歩か。これはバトルは明日以降だな。
「ここから駅舎を使えば、日が変わる頃にはエビノの町に入れると思うわ。それまでは楽しくお喋りでもしてましょ」
はーい、楽しくおしゃべりしまーす。俺そっちの女子トークに交ざりますね。軍曹? 伸二? 端で男の話をしていろよ。
ん? あれ、何ですか雪姫さんその笑顔は。良いこと考え付いたみたいなその笑顔は。ちょ、まさか――
「じゃあ私とルーちゃん、リーちゃん、大佐さんは秘密の女子トークをするから。男たちは隅で漢についてでも語ってなさい」
くそ、先手を打たれた。だが俺は諦めないぞ。
「え~皆で仲良くいきましょうよ、ね、軍曹?」
「は? 誰がお前と」
俺、渾身の人選ミス。
「え~皆で仲良くいきましょうよ、な、ハイブ?」
時の砂を使い時間を巻き戻した俺は伸二へと質問をやり直す。
「おい小僧、無視してんじゃねえよ」
うっさい不愛想侍。俺の中ではアンタには話しかけてないことになってるんだ。俺の時の調律に割り込んでくるんじゃない。
「ソ~ウくん」
真黒な笑みを浮かべたネトゲの姫が撫で声で俺の耳元に口を近づける。
――と、吐息が。
「しっかりソウ君の株を上げておいてあげるからぁ、ここはお姉さんに任せなさぁい」
凄いなこれ。こんなにも詐欺ってわかる声かけ初めてだ。さっきまでときめいていた心臓も一瞬で通常状態に移行したよ。
「いや、俺は別にそこまで――」
「言うこと聞かないとぉ~、ソウ君が普段ルーちゃんのあそこをチラチラ見てること本人に言っちゃうぞぉ?」
「行くぞハイブ、軍曹。モタモタするんじゃない。俺たちはあっちで男子トークだ」
「お、おい総。いきなりどわぁあ、足持つな、足」
こうして俺たちは速やかにエビノの町へと向かうべく、駅舎へと歩を進めた。
速やかに。
巨大なダチョウの引く車がエビノに着いたのは、既に時計の針が頂上を登り終えた後だった。
やっと着いたと肩を回しながら車を降りる俺の目に最初に飛び込んできたもの。
それは満面の笑みでこちらに手を振る、亀甲縛りのドMだった。
「ようこそ皆。さぁ、今こそ僕に極上のご褒美を――」
「リロード【炸裂弾PT-02】!」
「あぎゃぁああああ!?」
亀甲縛りのドMを俺の銃弾が貫く。慈悲はない。
この銃弾もあの変態にはご褒美なのだろうが、そんなことは知ったことか。俺はただ自分の心に従って、引き金を引くだけだ。
「流石だよ、ソウ君……背筋の凍る、やつだ……よ」
知らんわ。
挨拶を済ませた俺たちは、明日の大体の行動指針と集合時間を確認した後に揃ってログアウトした。
■ □ ■ □ ■
翌日、俺たちは2つのパーティを構成し目的地へと向かった。第1パーティは翠さんをリーダーとした、大佐、葵さん、モップさんの4人。主に後方支援を主体とする構成のパーティだ。モップさんに対して俺と伸二の嫉妬の炎が凄まじい勢いで燃え上がっているが、当の本人はそれを恍惚の表情で受け止めている。殴りたい。
そして第2パーティが俺と伸二、軍曹と雪姫さんの超攻撃型パーティだ。因みにリーダーはいない。これは全員が自分がリーダーをすると言い張ったがために、大佐が呆れながら施した処置だ。という訳で、俺たちのリーダーは第1パーティのリーダーである翠さんが兼任することとなった。
こんなに癖の強いメンバーの統率なんて大丈夫かなと心配するも、俺の問いかけに対して彼女は少し緊張した顔で一言「大丈夫」とだけ告げた。
その顔にはパーティメンバー全員の命を背負っているというプレッシャーだけでなく、なにか見えない巨人にでも追われているかのようなものも感じたが、まぁここは翠さんを信じよう。
「もうだいぶ歩いたよぉ……キリシマってまだ着かないのぉ?」
木々の隙間から差す陽光を額に浴びる雪姫さんがダルそうに呟くと、すぐ後ろから重そうな甲冑をひっさげた男が顔を出す。
「大丈夫ですか雪姫さん。お疲れのようでしたら俺がおぶって差し上げますよ?」
「あ、何だか頑張れそう。ありがとねハイブ君」
「……どうも」
そこ、人の目の前で疲れるコントをするんじゃない。余計に疲れる。しかしそろそろ着きそうな時間な気はするな。確か翠さんが地図と方位磁石持ってたよな。
「リーフ、地図だとどのくらいだ?」
「もう少しだと思うんだけど……この辺に古びたお社があるみたいだから、まずはそこを目指すようにとは書かれてるわ」
そう答える彼女の手に握られているのは、御菊さんから渡されたというメッセージ付きの地図。どうやら行先以外にも色々なことが書かれているようだ。
翠さんの先導の下歩き続けることさらに1時間。俺たちは目的の場所へと辿り着いた。
「これはまた……雰囲気があるな」
自然と割れた唇の間から声が漏れる。
深い山々に囲まれる形で間にポツリと立つ古びた社。だが天から差す陽光は社の隅々を照らし、所々に生える緑の苔は煌びやかな光を纏っている。
そしてその社の後ろでは、トラックでも楽に通れそうな程の巨大な洞窟が口を開いて俺たちを待っていた。
「――行くわよ!」
リーダーの声に従い、俺たちの女神へのリベンジは始まった。
次回『このダンジョンで俺たちは再びあの声を聴いた』
更新は木曜日の予定です。