100話 この日もたらされた情報に我々は望みをかける
ある人物による別視点となります
3日前、我々のギルド蒼天を中心とした、レイドボス神アネの討伐は失敗した。
私は職務中にも関わらず、どうすればあの女神を倒すことができるのか、そのことで頭がいっぱいだった。
前回挑んだメンバーは、私が招集できるメンバーの中でも最高に近い人材だった。惜しむらくは我がギルドのツートップの1人、メタルボッチが出張で不在だったことと、御菊氏が招集に応じてくれなかったこと。もし彼らがいれば、結果は変わっただろうか……いや、最後の眷属召喚はどうしようもなかった。おそらくは厳しかっただろう。
だが私は蒼天のマスター。厳しいからと言って、諦めることはできない。あらゆる可能性を模索する必要がある。
そうだな……仮に更なる戦力のアップができればどうなるだろう。
例えば……そう、あの超人的なプレイヤー、ソウ君のような。
彼は凄かった。凡庸な表現だが、彼を表す言葉でこれほど簡潔明瞭な言葉もないだろう。軍曹も相当なモノだが、正直彼の動きは別次元だった。あれはもう、人間の域を超えている。
女神に対して1人突っ込んでいくその強靭な精神も見事だが、その精神を体現したかのような動きっぷりは私に限らず多くのプレイヤーの度肝を抜いたことだろう。
あまり目立ちたくないという彼の意向を酌んでの班編成だったが、彼の力、いや存在感の前では無駄な配慮になってしまったな。だが招集したメンバーには今回見たことを口外しないようにお願いしてあるし、下手なことをすれば彼と我々を完全に敵に回すとも伝えてある。あの実力を見て彼と敵対したいと思う人間はいないだろう。
特に最後の戦いっぷりなどは思わず震えてしまった。武者震いではなく、背筋の凍る方の震えだ。
女神の召喚した眷属の勢いは凄まじく、我々は一瞬で総崩れとなった。多くの人員が眷属の相手をさせられ、結果女神の攻撃を防げなくなり雪崩のように我々は飲み込まれていった。1分が経過した時点で残っていたのはもう20人も居なかったな。
だがそんな中、彼、ソウ君はたった1人でオキナワのエリアボス、ジーザーを抑え込んで――いや、ボコボコにしていた。それどころか、そこに更に乱入してきた軍艦刀を交え2対1の状況に陥ってもなお、彼は互角に戦っていた。フクオカエリアのボス、ミッチザーネが乱入してきて以降は彼の動きが急に鈍ったが、あれさえなければ彼1人で2体のエリアボスを封じることができていただろう。最後まで彼の戦う姿を目撃していたのは私や軍曹ぐらいだろうから騒ぎにはならないだろうが……あれはとんでもない化け物だな。
仮に、仮にだ。もしソウ君と同じポテンシャルを持つプレイヤーがあと7人……いや4人いれば、あのエリアボスたちを抑えつつ女神を倒すこともできるのではないだろうか。
……いや、意味のない仮説だ。そんなことを考えても仕方がない。そもそも、彼はほぼ間違いなくこのゲームのトッププレイヤー。そんな彼と比肩しうるプレイヤーを1人見つけ出すことすら困難だ。
我がギルドの双剣、軍曹とメタルボッチの2人でなら……いや、無理だな。誰がエリアボスに対して単独で互角以上に戦える化け物と肩を並べられるというのだ。あれはもうちょっとした戦略兵器だ。戦う対象として、あれはもうおかしい。この考察はやめよう。
そういえば彼の戦いっぷりに惚れて熱を上げているメンバーがうちに数名、いや十数名いると聞いた。特に佐助や蘭はファンクラブでも作ってしまいそうな勢いだったな。流石に迷惑すぎるからやめておけと軽く釘は刺したが……大丈夫だよな。
「隊長、どうしたんですか。ボーっとして」
「む、軍曹。いや、ソウ君のことを考えていてな」
「軍曹はやめてくださいよ、今は仕事中なんですから」
そうだったな。ついゲームの癖が抜けなくて困る。
「で、あの小僧がどうかしたんですか?」
「いや、うちの奴らが何人か彼に熱を上げているだろう? 無茶なことをしなければいいなと思ってな」
「あ~そういえば佐助と蘭がファンクラブを作るとか騒いでましたね。主に女共でしたが、何人かと行動に移してましたよ」
「なにぃ!? あいつら本当にそこまでしているのか!」
「えぇ、佐助の奴はあの小僧のことを殿と呼んでましたね。蘭なんかはハチマキにLOVEって書いてましたよ」
あのバカタレ共め……下手なことをすれば我々は今後彼と行動を共にすることができなくなるぞ。いやそれだけではない。彼の後ろにはあの御菊氏もついている。どういう訳かはわからないが、彼に危害が加えられた場合は今後一切の関係を絶ち敵対するとまで言われてしまったからな。あの2人が同時に敵に回るなんて、あのレイドボスを遥かに凌ぐ悪夢だぞ。あいつらは私の毛根を死滅させる気か。
「軍曹、私は今日仕事を上がり次第あのバカタレ共に説教してくる。貴官は御菊氏と連絡を取り、重要情報の受け取りに行ってくれ」
「ハッ、了解しました」
昨夜、御菊氏からあの女神を倒す算段が付いたとの連絡がメールで届いた。かの御仁がそこまで言うのだ。期待せずにはいられない。だがその前に、女神以上に恐ろしい2人を敵に回さないように立ち回る必要もあるな。
「やれやれ……リアルもゲームも大忙しだな」
そして私はいつも通り、高機へと乗り込んだ。
■ □ ■ □ ■
その日の夜。私は軍曹から吉報を受ける。
「御菊さんから伝言を預かってきました。なんでもあの女神には胸のデカい妹がいるらしくて、その妹を先に倒すことであの眷属召喚を封じることができるらしいです」
なんと、あの女神に妹がいたのか。いや待て、もしやあの神アネというのは神姉ということだったのか。ストレートすぎて逆に見落としていたぞ。
だが流石御菊氏だ。よくぞそこまで詳細な情報を仕入れることができたものだ。一体どういう情報網を構築すればここまで調べることができるのだろう。最早感心しかない。
「了解だ軍曹、ご苦労だった。しかし胸がデカい妹か。それは大変素晴らしい情報だぞ」
問題はその妹に何人でのアタックが可能なのか。そして妹を倒した後どの程度の時間姉を弱体化させることが出来るのか、だな。まぁあの御仁のことだ。私が考えていることは全て調べつくした上で軍曹を呼び出したのだろう。
案の定、軍曹は私の求めていた情報を口にする。
「神イモウトにアタック可能な人数は8人。イモウトを撃破後の30分間だけあの眷属召喚を封印することが出来るそうです」
やはりか。そうなると、イモウト撃破に向かう8人はアネの討伐戦には参加できないことになるな。これは人選も慎重に行う必要があるだろう。
「あと、イモウトのいる場所はカゴシマエリアのキリシマという場所らしいです」
そこまで掴んでいたか……本当に頭が下がる。御菊氏……本当に何者なんだ。
「あと、イモウトの討伐メンバーも指定されました」
「なに!?」
討伐メンバーまで指定だと!? 一体どういうことだ。
「御菊さんが言うには、この人選でなければ現時点での討伐は難しいそうです」
現時点、か。御菊氏……本当にどこまで深部の情報を掴んでいるんだ。まさか実は運営の人でしたというオチではなかろうな。
「……聞かせてくれ」
「はい。まず俺と大佐、そしてあの小僧」
軍曹とソウ君……早速我々の最強の手札が持っていかれてしまったか。おまけに大佐もか……彼女は戦闘もできるヒーラーとして非常に優秀なのだが……御菊氏の頼みだ、断れんな。
「あとあの小僧のフレで、ハイブ、リーフ、ブルー」
確かに彼らはソウ君と親交が深そうだった。彼のサポートをするのには最適な人材だろう。
「それと、雪姫って人」
雪姫さんか。確か彼女はウチの蘭とも親交があったな。この前見た戦闘でも彼女の動きは見事だった。納得の人選だ。ということは後1人か。
「で、最後にモップって男だそうです」
モップ? それは人の名前なのか? どうも不安になるぞ。いや、あの御菊氏の指名だ。きっと只者ではないに違いない。
「そうか、分かった。軍曹、貴官は大佐に今のことを伝え次第、ソウ君たちのパーティと合流しろ。それと、8人のリーダーだが大佐を――」
「あ、大尉。それも御菊さんから指名がありました」
「なにぃい!?」
リーダーまで指名だと!? 本当にどこまで視えているんだ彼女は。
「リーダーは、リーフって子にさせろとのことです」
確かソウ君の所属しているギルドのマスターだったか。確かに魔術師としての力量は中々のものだったが……あの少女にこの濃いメンバーの統率を任せられるのか? ここは経験の差から言って大佐に任せるべきではないのか?
「あとこれも伝言です。リーフは私の可愛い弟子、あの子ならきっとできる。だそうです」
「弟子……御菊氏が……そうか。なら、ここは信じるしかない、な」
あの御菊氏がこうまで言うのだ。それだけで我々の命運を託すのには十分だ。まぁ本音を言えば貴女に指揮を執ってほしいと言いたいところだが。
「しかしそうなると問題はアネに当たるメンバーだな。正直今のメンバーを抜かれた我々では例えあの眷属召喚がなくとも攻略は厳しいぞ」
軍曹とソウ君がいたからこそ女神のHPを半分以上も削れたのだ。軍曹の抜けた穴は出張明けのエース、メタルボッチが埋めれるとしても、ソウ君の抜けた穴がデカすぎる。正直どうすれば埋められるのか見当もつかないぞ。
「そこについては代案があるそうです」
「ほぅ」
「俺たちが抜ける代わりに、御菊さんのパーティメンバーが攻略に入るとのことです。あの小僧の抜ける穴も、それで埋めると」
「――なっ!?」
お、御菊氏が一緒に戦ってくれるだと……!? それはなんとも心強いことだ。だがいくら御菊氏でも、ソウ君と同等の戦闘能力を持つプレイヤーを易々と見つけるなんてことなんて――そうか! おそらく強力な策かアイテムがあるのだな。あの御菊氏のことだ、そうに違いない。
ならば……我々の取る道は決まった。
「軍曹!」
「ハッ!」
「貴官は大佐を連れリーフさんの指揮下に入れ。以降は彼女を上官として行動に移すこと」
「ハッ!」
これは……これは燃えてきたぞ!
次回『あの日の雪辱を果たすため俺たちは再び集まった』
更新は月曜日の予定です。