10話 俺の親友がゲームでもチートすぎる件について
総一郎の友人、伸二視点になります。
中学校の入学式で初めて総を見た時、俺は不覚にも周囲の音が遮断された空間に隔離されたような錯覚に陥っていた。そしてすぐに、俺の持っているモノと総の持っているモノの違いに絶望して視線を無理やり外した。どうして俺はこんなであいつはああなのか。考えても仕方ないことだと頭では理解していても、気持ちは落ち着かなかった。特に周りの女子があいつを惚けた顔で見ているのが視界に入ると、無性にムシャクシャした。
だから、あいつの家庭が色々とヤバいって噂が流れて、周りから避けられていった時には胸がスカッとした。こんな気持ちは間違っているとどこかわかってはいたが、それでもその時の俺はその気持ちと向き合うことはできなかった。
そんな俺に転機が訪れたのは中学2年の時に行った修学旅行先でのことだ。
初めての海外旅行ということもあり俺ははしゃいでいた。他の班員も殆ど似たような状態だったと思う。真夜中の先生の見回りを潜り抜け、俺と3人の班員はそのまま眠らない夜の街へと向かっていった。ろくに言葉も話せないくせに。
俺たちはちょっと気持ちが大きくなっていたのだと思う。気付けば、先生から行くなと注意されていた街の一角に来ており、周りをニヤニヤと見つめる男たちに囲まれていた。俺たちは絵に描いたように街の不良共に囲まれ、これまた絵に描いたように身ぐるみ剥がされようとしていた。中にはナイフや銃を持っている奴らもいて、どう見ても無事に済むような雰囲気ではなかった。
このままだと最悪明日の新聞に載せられる。タイトルは【中学生4名、修学旅行先で謎の失踪】だ。やべえ、漏らしそうだ。膝も震えが止まらないぜ。
俺は最悪の事態を覚悟し、少し前までの馬鹿な自分たちを殴りつけたい気持ちと、誰か助けてくれと来るはずもない助けにすがる気持ちがごちゃ混ぜになり頭がどうかなりそうだった。
そんな時だ、総がいきなり現れたのは。総は何十人いるのか分からない不良共を瞬く間に蹴散らし、俺たちを助けてくれた。だが常識離れしたその動きは、俺に安堵よりも恐怖を植え付けた。助けられたことには確かに安堵した。だがそれ以上に、目の前の男たちを蹂躙する総のことが怖かった。俺はこの時、総の黒い噂のいくつかは実話だろうということを確信した。
それから俺たちは、まともに話したこともなく心の中では毛嫌いしていた総に感謝の言葉を述べた。本当の気持ちがどうなのかは一切触れずに。
俺たちが複雑な気持ちでいると、総は言った。「怪我はないみたいだな。良かったよ、じゃあな」と。
俺はこの時確かに感じた。恐怖が去っていくことによる安堵。そして、あまりにもちっぽけな自分に対する怒りを。
――何やってんだ。そうじゃねえだろ。助けてもらっておいてそれはねえだろ。
気付けば俺は総を追いかけて走り出していた。なぜそうしたのか、何が決め手だったのかは自分でもよくわからない。でも、とにかくそうしないといけないと思った。そうしないと俺は、胸の中でしこりの様に残るなにかが一生取れない。そう、思ったんだ。
結局その日の夜は総を見つけることはできずに、俺は渋々とホテルに戻った。翌日の早朝、出来れば人のいないところで早く話したいと思っていた俺の視界に、ロビーで1人ソファーに座っている総の姿が映った。俺は考えるよりも先に体を動かしすぐさまその反対の席に着いた。それから俺がどんな言葉を総に言ったかは詳しくは覚えてない。ただ必死に、昨日のことに感謝し、そして今まで避けていたことを謝った記憶はある。
それでも唯一、ハッキリと覚えているものもある。総の言ったあの言葉だけは、鮮明に。
「いや普通避けるだろ、俺みたいなやつ。だから高橋君が俺のことを避けても別に怒らないよ。それより話しかけてくれたことの方が嬉しいかな。ありがとう」
――なんだよ、それ。
その言葉に俺は声を上げて笑い、込み上げてくる涙を必死に誤魔化した。悲しいのか、嬉しいのか、訳の分からない感情が渦巻いていたが、その時に生じた思いははっきり口にできる。
俺はこの時、心の底から総と友達になりたいと思ったんだ。
総に助けられた俺以外の3人はそれ以降総に関わろうとはしなかったが、俺はあの一件以降完全に総に惹かれていた。断っておくが俺は女の子が大好きだ。そして決して男に対してその気はない。総には純粋に人間として惹かれていた。
しかしそれも仕方がないことだと思う。俺にとって総は完全にヒーローだった。男がヒーローに憧れるのは、1+1の答えが2であるよりも当然だろう。
それから俺は総と一緒にいることが増えていった。そしてその中で、総が本当に特殊な家庭にいることや、ちょっと普通じゃない鍛えられ方をしていることも知った。それを知った奴らは皆総を怖がって離れていったが、俺から言わせればそんなのは馬鹿だ。過去の俺も含めて、大馬鹿野郎だ。
総と付き合っていく中で、そんなことはコイツのほんの一部だってことがよくわかった。こいつは優しいんだ。たまに天然で、たまに変態だが、こいつは凄くいい奴なんだ。皆は総の得体の知れなさを怖がっているが、そんなのは総のほんの一部の個性に過ぎない。その程度のことでこんなにいい奴から目を背けるなんて、本当に馬鹿だ――俺は馬鹿だった。
俺は総と友達になれて、心の底から良かったと思っている。
――だから、いつか俺も総の力になれると嬉しい。いや、絶対なってやる。
■ □ ■ □ ■
総の誕生日の前日、俺は総からある相談を受けた。それは「どうやったら俺は普通の高校生みたいに生活できると思うか」だった。正直もう無理だろソレという言葉が何度も喉から出かかったが、あんな潤んだ瞳で相談されたら俺に任せろとしか言えなかった。
少し考えてから、俺は前から総に提案しようとしていたことを口にする。
「誕生日プレゼントに総が前から欲しいって言ってたゲームをねだってみればいいんじゃねえか?」
その提案を聞いた総は、それは名案かもと飛び上がって喜び、これまでにないほど俺に感謝してきた。
この時は少し――嬉しかった。
その翌日、総がゲームを買ってもらえると分かった時の喜びはまた一入だった。総の嬉しそうな顔を見て、本当に良かったと心から思った。
だからこそ、総がフレンドリーファイアを気にしてからインしなくなった時は、身が引き裂かれる思いだった。
あんなに楽しみにしていたゲームを諦め、あんなに悲しい顔をしながら俺に謝ってくる総を、俺は見ていられなかった。だから俺は決心したんだ。俺が何が何でも総の悩みを解決してやるって。あの時の借りを、今ここで少しでも返すんだって。
■ □ ■ □ ■
PvPで総を鍛えてやると宣言してからすでに37戦が終わった。うん、筋金入りの下手糞だ。これは相当大変だぞ。だが今度こそ俺は総の力になるんだ。絶対に諦めてたまるか。
「総、次だ次! 最初の頃よりかはアーツの使い方が上手く……なってる気がする。次行くぞ!」
だが38戦目も総は俺の動きに翻弄され、まるで反応できずに押されている。いや、目では追えてるがアーツの切り替えがチグハグすぎてまるで動けていない。俺はそのことを指摘するが、それを指摘しても問題の解決にならないことは理解していた。総の根本的な問題はそこではないのだから。
「――どうも体の方が先に動いてしまって上手くいかないんだよな」
そう、それこそが総の一番の問題点なのだ。ゲームのスペックを、総の生身が凌駕しているのだ。マジでリアルチートだな。
「いっそのことアーツを使わずにゲームが出来ればいいんだけどなー……ん?」
総が何気なく呟き、俺も何気なく同じことを呟く。
「そうだなーいっそのことアーツ使わない方が……ん?」
総も自分で言っていて気が付いたようだった。俺たちは全く同じことを、同じタイミングで口にした。
「「アーツ使わなければいいんじゃね!?」」
そうだ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。ゲームのサポートが総の動きに追い付いていないのなら、わざわざそんな足枷を付ける必要はなかったのだ。こんな簡単なことに気付かないとか俺はアホか。総もアホだ。俺たちアホだな。
「アーツを使わずに戦闘って出来るのか?」
「出来るはずだぜ。出来るはずだけど、アーツ無しでの戦闘をやってる人間の話は聞いたことがないな。生産職の人間にそういう人が稀にいるって話は聞いてたけど」
だが総なら出来るはずだ。俺は何故かそんな根拠のない自信に満ちていた。
総も一筋の光明が見えたおかげか、今日一番のいい顔をしている。やっぱりお前にはその顔が似合ってる。俺が女だったら確実に惚れてた自信がある。
「よしハイブ、続きやろうぜ。まだ俺のゲージは赤だから勝負はついてないよな!」
「オッケー、じゃあ少し距離を離してからまた再開と行くか。だがそのHPだとあと一回攻撃を食らったら終わりだからな。気をつけろよ?」
俺は総から一定の距離をとると再び剣と盾を構えた。
「何度も言うが、俺の職業である騎士は高い防御力と、装甲の厚い防具を装備できるのが特徴だ。お前の初期装備の銃じゃ鎧の上から攻撃しても殆どダメージは通らない。ダメージを与えるためには鎧の隙間や鎧のない腕や足の部分に攻撃を当てるしかないぞ」
「了解だ。それにお前が防御用のアーツを使えば相手の攻撃をある程度予測して盾でも銃弾を防げるんだろ?」
「そこまでわかってるならもう俺から言うことはない。精々俺の鎧に当ててみせろよ」
リアルで総が銃を撃っているところは――当たり前だが――見たことないが、それでも俺の鎧に当てることはできるだろう。
俺はどこか緊張感の漂う戦場に立っているような錯覚に陥り、総と対峙した。
総が持つのは2つの拳銃。それも初期装備。服装も初期装備のものだ。対して俺は全身の急所を殆ど隠せるプレートアーマーと鉄冑、それに防御範囲の広い盾と剣を装備している。装備の差は歴然だ。
と言ってもこのPvPの目的は総が俺に攻撃を当てるようになることと、誤射しない程度の技術を身に着けることだから、然したる問題はないのだが。何も知らない奴らがこれ見たら俺が初心者を苛めてるように見られるだろうな。
そんなことを考えつつ、俺は総の動きを注意深く観察し――世界が暗転した。
「はあっ!?」
俺は一瞬パニックに陥った。それもそうだろう、視界が一瞬で真っ暗だ。パニックから何とか脱した俺は、まず最初にVR機【レーヴ】の故障を疑った。だが視界の端に映るバッテリーや音声、そして映像などの設定にはどこにも異常のサインがなかった。そして俺はようやく気付いた。両目を撃たれたことに。だが……
「ま、マジか。いつ撃ったのか全然わかんなかったぞ……っていうか冑の隙間から見えてる目を両方とも正確に撃つなんて……いやマジで?」
そんな芸当が可能なのか? いや、現に受けているし、見せられたから出来るんだろうが。これは参った……想像の遥か上をいっている。
「うん、射撃の腕自体はリアルと殆ど一緒だな。違和感なく撃てる」
これをリアルで平然と出来るのかこいつは……すげえ。やっぱり総はヒーローだ。そして俺の親友だ。
俺はやがて視界が回復すると、嬉しさを我慢できずに爆発させた。
「やったじゃねえか総! これだけの早打ちと正確さならもう全然やっていけるぞ! っていうかこんなのアーツを使っても誰にもできねえよ!」
やべぇ、堪らなく嬉しい。総がこれでゲーム続けられるってことは当たり前に嬉しいが、総の力になれたって実感が、俺を堪らなく興奮させる。
「しっかしヘッドショットだけでも難しいって言うのに目を……それも両方かよ。流石リアルチートだな。しかも2発の銃弾をあんな短い間隔で撃つなんて」
本当にすごい奴だ。そう思っていた俺に、総はもう1個爆弾を投下してきた。
「俺が撃ったのは4発だぞ。両目と、あと鎧の隙間の両脇に撃ってる」
「え――」
俺は一瞬思考も体も何もかもフリーズし、そしてそれが一気に氷解すると急ぎ鎧を脱いで体を確認した。そこには――
「本当だ……両脇にダメージ判定がある……で、でも銃撃音は2回しか聞こえなかったぞ!?」
「そりゃそうだろ、同時に撃ってんだから。2挺の拳銃を持ってるのにわざわざ交互に撃つなんて非効率な真似する訳ないだろ?」
……俺はどうやら、とんでもない化け物をこの世界に生み出したようだ。もしかしてコイツがラスボスじゃねえよな。
それから俺は何度も総とPvPをして――完膚なきまでに叩きのめされた。
信じられないのは総が俺のアーツ【ディフェンスシールド】の防御をまるで気にも留めずに掻い潜り、急所を的確に攻撃してくることだ。あんな動き、攻略組のトップギルドでも出来る奴はいないだろう。
それだけではない。総には俺の盾での攻撃用のアーツ【オフェンスシールド】も、剣での攻撃用アーツ【ブレードアタック】もまるでかすりもしなかった。回避用のアーツも何も使っていない生身の状態で、総は全ての攻撃を回避したのだ。
極めつけは俺の予備の剣を総に貸してやった剣同士でのPvP。俺の使うアーツよりかも遥かに速くて多彩で、そして強い攻撃を総は常に涼しい顔で繰り出していた。これには俺も少しばかり落ち込んだ。いや、まぁこの怪物をこの世界に解き放ったのは半分以上俺の責任だけれども……それでも言わせてほしい。誰がこれを予想できようか。
それから間もなく、総は俺にしつこいぐらいに礼を言ってから落ちていった。危うくダークサイドに堕ちるところだったが、そこは何とか踏みとどまった。
俺は総にギッタギタにされたことによるほんの少しの疲労感と、総の力になれたことによる溢れんばかりの充足感を感じつつ、少し前から光っていたチャット申請中の項目を軽くタッチする。
【あ、ようやく出た。ちょっとハイブ? どうしたのよずっと連絡しないで】
【ああ、悪い。どうしても外せない大事な用があったんだ。でもそれも今終わったよ】
【用事? あぁ藤堂君ね。なら仕方ないわね。じゃあ明日の打ち合わせしたいから、ちょっとこっちに顔出してよ】
【(´・ω・`)え~】
【|д゜)あ?】
【(;゜Д゜)イエッサー】
【よろしい、じゃあまた後でね】
……ふぅ、明日は忙しくなりそうだな。
これにて序章は一区切りです。次章からはゲーム内システムについての掘り下げと冒険が始まります。