1-7 変な話ではないのか
どうも分かったような分からないような妙な話だ。
僕はこの松井という男のペースにすっかりはまってしまっているのだろうか。しかしそうも言えないので、質問を続けてみることにした。
「しかし………、どんな人でも何人かの友達はいるだろうし、おもに深刻なのはサラリーマンだと思うけれどそういう人には家庭があって奥さんがその役目をしているのではないのですか?」
「そういう人も確かにいるでしょうけどね、僕のリサーチによれば本当に胸の内を語れる友人を持っている人はごく少ない。友人はいても、その人に胸を開いて語れる話題というのは一定の限度があって、何から何まですべてをぶちまけることはできないようになっているんですよ。例えば会社の同僚なら余り露骨に上司の悪口をいう訳にもいかないし、学生時代の友達なら、そもそもそんなことをこぼしてみてもぴんとこないだろうからやはり話せない。それと、奥さんにそれを期待してはいけない。家庭での会話そのものが最初にいったような危機に満ちていて、例えば旦那さんが仕事の悩みや職場の人間関係の悩みを聞いてもらおうと思っても、奥さんはそれ以上に近所の主婦の間の人間関係や子供の問題を抱えていて、旦那さんが帰ってくると待ってましたとばかりにぶつけてくる。そうなると彼にとってはそこは癒されるどころか逆にもっとストレスを溜め込む場になっていくんです」
「そうですか………。しかし、そういった話というのは赤の他人に話せば済むものなんでしょうか。よく分からないけど、話を聴く以上のことをしてあげるわけではないのでしょう?」
「そうです。そこは大変に重要なところです。もう少しあとでお話しようと思っていたんだけど、いくつか守っていただかなくてはいけないことの中に、話を聞く以上のことをするな、というのがあります。我々はカウンセラーでも何でもないわけですから、余計な口出しはしない。ただ聞くだけです。でも、実際やって見れば分かりますけれど、それだけのことで大きな重荷を下ろしたように表情が和む人は大勢いるのです。余計なことを言うようだけど、宗教関係の人やプロの相談員なんかも人の悩みを聞きますよね。でもその後にお説教やアドバイスなんかがあるから避けるという人は多いはずです。しかも、そういう場というのは、話を聞いてもらう側の立場がどうしても弱くなる。そこへいくとこの仕事は、お客さんに話の主導権を与えてこころゆくまで語ってもらうところに特徴がある。確かに、人工的に一時的な会話エネルギーの落差を作り出すわけなんだけど、これは、僕がいうのも変だけど、結構人に感謝される仕事なんですよ。だからこそ、このうさぎ倶楽部という事業は今のところ軌道に乗っています」
「なるほど。で、うさぎ倶楽部というのはどういう仕組みなんですか?」
「あなたもだいぶ関心が向いてきたようですね。でも、ここで一応確認なのですが、私はあなたなら十分やっていけると思いますが、あなたはどうですか?やってみる意思がありますか?」
「それは………。今のところ関心はありますけど、拘束時間とか、お金の話も分からないと、今の段階では結論を出し兼ねますけど………」
「あなたも慎重な人だなあ。時給は書いてあるとおり千五百円、拘束時間のないバイトなんてありません。まあ家庭教師のようなイメージでいいと思いますけれど、ただ、時間が取りにくいようでしたら登録制にしておいて、仕事が入ってきたときに呼び出しということもできますよ。ただ、それだと常に仕事が続いて入ってくるかどうかの保証はできないけど、あなたの場合はそこから始めたほうがいいんじゃないかな。そんなにお金を一生懸命に稼ぎたそうにも見えないし、それに、もともと初心者はできるだけそうしてもらっているんですよ。そうすればこちらの方でも問題のなさそうなクライアントを選ぶことができるから」




